37 / 114
妻が俺に惚れる雑草はないのだろうか
とりあえず、お前を確保する!
しおりを挟む自分とのどかを残して、あっさり隣に帰っていく八神を見ながら、
……でもまあ、あいつは、別に、のどかに気があるとかじゃないのかな、と思う。
俺なら、八神をのどかの家に残して帰るのは嫌だが、と思ったとき、のどかが訊いてきた。
「じゃあ、お疲れ様でした、社長。
そういえば、なにしに来られたんでしたっけ?」
「用がなきゃ来ちゃいけないのか……」
とつい恨みがましく言ってしまう。
だが、相変わらずなのどかは、すでに話を切り替え、
「いやあ、それにしても、最初はどうなることかと思いましたけど。
うまく話まとまってよかったですよね」
と言い出す。
……どの辺がうまくまとまったんだ?
と思いながら、
「俺は今もどうなることかと思ってるよ」
と言うと、ははは、とのどかは笑っていた。
「でも、店だか社員寮だかわからない感じになっちゃったけど、刑事さんが居てくれると、なんだか安心ですよね」
イケメンなら、何者だろうが、なにも安心じゃないんだが……。
「まあ、とりあえずは、カフェとして開店させろよ。
社員寮は八神んちの方に併設するという形にするから」
と言ったあとで、貴弘は、一瞬、考え、
「のどか」
と呼びかけた。
はい? とのどかがこちらを見る。
「今からうちに来ないか?」
えっ、という顔をのどかはした。
「……俺も此処に来るのなら、うちの電化製品とか、こっち移してもいいし」
マンションはそのまま置いておくつもりだが、普段住まないのなら、家電は移動させてもいいから、とのどかには言った。
いや、単に、のどかを自宅に来させるためなのだが。
此処は邪魔が入りすぎる……と貴弘は思っていた。
こいつを好きかどうかの判断はまだできていないが。
判断する前に、次々現れるイケメンにハラハラして。
ぼうっとしていたら、誰かに持っていかれるっ、と思って焦ってしまう。
落ち着け、冷静になるんだ! と貴弘は自らに言い聞かせていた。
とりあえず、確保してから、好きかどうか考えてみよう。
「そんなことを考えてる時点で、冷静でないのでは……?」
と北村辺りが居たら、苦笑いして突っ込んできそうだったが、居なかったので、誰も止めてはくれなかった。
だが、のどかは、
「じゃあ、もう遅いですし。
今からでは、ご迷惑でしょうから、また今度」
と微笑み、言ってくる。
呑み会で、こんな風に、やんわり誘いを断られている友人を何人も見てきたが、まさか、自分がそんな憂き目にあうとはっ、と貴弘は思っていた。
しかも、戸籍上のこととはいえ、妻であるはずの女にっ。
今まで自分から女を誘ったことなどなかったので気づかなかったのだが、俺は実はモテない男なのだろうか?
働くばかりで、そんなこと意識したこともなかったがっ。
「じゃあ、社長、お気をつけて」
とまた、にっこり微笑まれ、仕方なく、貴弘は帰ることにする。
寂しくひとり帰る貴弘の視線の先に、玄関の灯りに照られた庭の隅のイカリソウが入った。
こういうのじゃなくて、妻が惚れる雑草とかないものだろうか……、と思いながら、貴弘は、のどかの家を後にした。
20
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる