69 / 114
いっしょに住めと言われました……
おのれ、猫耳神主め
しおりを挟むだんだん正気に返ってきた、と貴弘は思いながら、のどかと猫になった泰親と三人で映画を見ていた。
このマンションに越してきたときは、朝支度するときや寝る前に、結構使っていた気がするホームシアター用のスクリーンだが。
今の仕事をするようになってから、なんとなく、この手のスクリーンを見ると、仕事を思い出すので使わなくなっていた。
テレビもかなり大画面なので、わざわざスクリーンを出してというのが面倒臭くなったというのもある。
だが、今日は、泰親が見てみたいというので、久しぶりに使っていた。
泰親が選んだのは、何故か、呪いの家的なホラーで。
そんなもの見たければ、家に帰れと思いながらも、三人で見た。
泰親は見たいと言っておいて怖いのか、猫になって、のどかの膝に乗る。
そんな泰親を映画が怖いらしいのどかが、猫になっている気安さで、ぎゅっと抱きしめる。
おのれ、猫耳神主め。
そこは、のどかが俺にすがりついてくるところではないのか。
そんなことを思いながら、貴弘はのどかたちが座っているカーペットの後ろのソファに座り、酒を呑んでいた。
……酔わないな。
一度、告白らしきものをしたのを流されたせいか、あれから、全然酔わないんだが。
無駄に酒強いしな。
っていうか、そんな俺が意識が飛ぶほど酔うなんて。
あの晩、のどかと、どんだけ呑んだんだ、と思いながら、貴弘はソファ左手の肘掛けに両肘を預け、暗がりの中、スマホで検索していた。
酒に酔う方法……。
もう一度、酔えたら、のどかに何かもう一言、言えそうな気がしたのだ。
酔わない方法ならともかく、酔う方法なんてないか、と思いながら、検索したのだが、結構ある。
何故だ……。
自分で調べておいてなんだが、みんな、何故、酔いたい……?
そんなくだらないことをしている間も、のどかと泰親は楽しそうに映画を見て、小さく悲鳴を上げたりしている。
ふいに、のどかが言ってきた。
「でも、外国のホラーって、便器から何かが溢れ出してきたり、違う意味でホラーな感じがしますよね」
あとの掃除を考えると怖い、とのどかは言うが。
その手のホラー、掃除するほど長く、登場人物生きてないんじゃないか?
と思っていると、
「私はグロイのとかより、霊が出そうで出そうで、出ないとか。
そういうのの方が怖いんですけどね~」
とのどかが言ってきた。
俺にとっては、居そうで居ない妻の方がホラーなんだが、と思っていると、のどかは、スクリーンに見入っている泰親猫を、ひょいとカーペットに置いて、側に来た。
すとん、と隣に腰掛ける。
どうした?
と思ったが、その手にはワインのグラスがあった。
のどかもまだ、チビチビやっていたようだ。
完全に酔うほどではないようだが、少し頬も赤らんでいて可愛らしい。
「社長、ありがとうございます」
と唐突に、のどかが可愛らしい笑顔で言ってくる。
……急にどうしたと思いながら、ああ、と言った。
「こんな素晴らしい待遇で迎えていただき、身に余る光栄でありますっ」
お前は何処の軍隊から出てきた?
と思いながら、貴弘は、ちょっと酔っているらしいのどかに言ってみた。
「貴弘」
「はい?」
「社長じゃなくて、貴弘だ」
「わかりました、貴弘さん」
ニコニコしたまま、のどかは、すっと名前で呼んできた。
……酒の力、恐ろしいな。
まあ、よくわからない状態で婚姻届出しに行くくらいだからな、と思いながら、まだ肘掛によりかかったままだった貴弘は起き上がる。
「のどか」
「はい」
「今日は俺の……」
「そういえば、八神さんが」
何故、今、八神の話題っ!
今日は俺の部屋に泊まるかと言おうとした瞬間、何故か、八神の話になっていた。
「自販機を家に置いてみたかったとかで、寮に自販機は置くのかと訊いてましたよ」
「……置けよ。
っていうか、そこは、お前の裁量で決めていいところだろうが」
「そうなんですか?」
と言ったのどかに、
「そうだ。
お前のカフェの前に置けよ、自販機。
喉が渇いたイケメンが来たとき、自販機見て、これでいいやって買って帰るだろ」
と、どうせのどかは酔ってるんだしと思って、好き勝手なことを言ってみたが、
「帰っちゃ駄目じゃないですか~」
と言いながら、のどかは笑っている。
「社長……貴弘さんは、私が雑草カフェやるの反対なんですよね?」
「自分の妻が店に来た男にヘラヘラ応対してんの見るの嫌かなとは思う。
でも……」
と言うと、でも? とのどかが猫の泰親にも似た可愛らしい瞳で見つめてくる。
「なんか一生懸命、店のことを考えてるお前は可愛くて好きだ」
「……照れるではないですか。
では、言いますが、私もお仕事してるときの社長が好きです」
仕事という言葉に反応してか、また社長に戻ってしまっていたが、嬉しかった。
「普段の、ちょっと間が抜けてる感じも好きなんですけど」
と言い出すのどかに、
「……待て。
誰が間が抜けている」
と返す。
だが、のどかは気にせず、そのまま続けてきた。
「職場で見てたときほど、隙がない感じじゃなくて好きです」
「……じゃあ、それ。
もう俺を好きだってことでいいんじゃないのか?」
そうだってことにしとけ、とのどかを見つめ、貴弘は言ってみる。
「俺もお前を好きなことにするから」
いや、好きなことにするってなんですか、と笑われてしまったが。
自分でも今の気持ちをまだ上手く言葉にはできなかった。
だが、とりあえず、のどかの居ない日常はもう考えられないなとは思う。
これまでも充実した人生を送っていたとは思うが、のどかが現れてから起こる出来事がちょっと濃すぎて――。
「まあ、とりあえず、一生側に居ろよ」
となんとなく言うと、酔っているのどかは、
「とりあえず、一生ってなんかおかしいです」
と笑っていたが、嫌だとは言わなかった。
23
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる