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警察に通報されました
今日の俺はよく頑張った
しおりを挟む「今日の俺は挫折した」
家に帰り着く頃、貴弘が言ってきた。
え?
なにを?
いつの間に?
と思うのどかの両肩に手を置き、貴弘は言う。
「まだ、時間はあるんだ。
頑張ろう」
……だから、なにをですか?
とのどかは苦笑いして、貴弘を見上げた。
……もういいだろう。
今日の俺はよく頑張った。
そう貴弘は思ってしまった。
大丈夫だ。
明日もある。
まだ、明日ものどかは此処に居る。
こういう、まだ大丈夫だろう的な余裕が危険なのだが、いっぱいいっぱいな貴弘はそのことに気づいてはいなかった。
貴弘は感情を殺し、廊下でテキパキと部屋割りを告げる
「泰親はそっちの部屋。
のどかはこっち。
俺の部屋は此処だ。
なにかあったら言ってこい」
じゃ、と部屋に戻ろうとしたが、のどかに腕を引っ張られる。
なんだ、のどか。
ひとりじゃ寂しくて寝られないとかっ?
俺がさっき一字ずつしか増やせなかった言葉の正解がわかったとかっ?
と勢い込んで振り向いたのだが、そんなはずもなく、のどかは照れたように笑い、言ってきた。
「今日はいろいろとありがとうございました。
あっ、違いますね。
今日もいろいろとありがとうございました、ですよね。
いつもいっぱいお世話になっちゃって、すみません」
……のどか。
なんで婚姻届を出したのか、いまいち思い出せないんだが。
今このとき、お前がはにかむように俺を見ているこの瞬間にも、確かに俺はお前と婚姻届を出しに行きたいと思ったぞ。
やっぱり、俺はお前が好きなんじゃないだろうか。
「いや、だから、今か」
と信也に突っ込まれそうなことを考えながら、のどかの白くて、ちんまりとした顔を見つめる。
廊下の灯りは暖色系で少し暗く、雰囲気あるバーの灯りにも似ていた。
なにか……
なにか思い出せそうだぞ、と思いながら、のどかの顔を凝視したまま強く手を握ると、のどかが赤くなって後ずさる。
「あ、えーと……」
と俯きなにか言いながら、逃げ腰になるのどかに、
「待て。
ちょっとそのままで」
と貴弘は言った。
なんですか、社長。
なんで私の手を握ったまま、見つめているのですか、社長。
廊下でいきなり貴弘に手を握られ、あの黒い綺麗な瞳でまっすぐ見つめられたのどかは、どうしていいのかわからなくなる。
いやっ、そのままでとか言われても困るんですけどっ。
ひーっ。
泰親さんっ、助けてっ、と思うが、泰親は自分に割り当てられた部屋のドアを開けたり閉めたりしながら、ウキウキしていて、こちらを見もしない。
三人だから緊張しないかと思って此処まで来たけど。
これなら二人で居るのと変わらないっ、と手を握られたまま、のどかは固まる。
……に、逃げ出したい。
社長の目の前から。
この場から。
いや、もうこの家からっ!
今すぐ走って逃げ出したいっ、と思ったとき、のどかは、
「ああっ」
と叫んでいた。
「なんだ、どうしたっ?」
と何故か一緒にテンション高く、貴弘も叫ぶ。
「もしかして、靴がないのは、逃げられないようにじゃないんですかっ?」
「はあっ?」
「呪われて連れ込まれた人たちが靴を履いてないのは、あそこから逃げられないように、靴を取られてるんじゃないですか?
ほら、平安時代とか、婚姻のしきたりとして、男性が三日女性の家に通ってたじゃないですか。
そのとき、女性の家族は男性が家にとどまってくれるように靴を抱いて寝るんですよ。
それと同じに、イケメン様に家にとどまって欲しいから靴がなくなるんじゃないですかねっ?」
どうでしょうっ、とのどかは手を握り返し、貴弘を見つめ返す。
貴弘もまっすぐ、のどかを見つめ返してくる。
のどかの手を強く握り、貴弘はゆっくりとのどかに言い聞かせるように言ってきた。
「そうかもしれないが……。
……今か」
なにかがまずかったようだ、ということは、さすがの、のどかにもわかった。
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