84 / 114
いつもより多めに懐いています
夫婦喧嘩は猫も食わない
しおりを挟むほぼ脅しをかけてる口調なんだが……と貴弘の言動を見守るのどかに向かい、貴弘は叫んだ。
「此処は俺の家だっ。
俺のエリアだっ。
此処では、俺が王様だっ」
……社長、もしや、酔ってますか?
のどかは貴弘が、ただ夜景を見ているのどかにワインを差し出す、というだけの行動になかなか踏み切れず。
ひとりキッチンでガブ飲みしてから、此処まで来たことを知らなかった。
「此処に住む人間は、王様の言うことを聞かなきゃ駄目なんだ」
と子どものようなことを貴弘は言い出した。
じゃあ、出て行きますよ……とのどかが苦笑いして思ったとき、貴弘はのどかの両肩に手を置き、言ってきた。
「なんでこうなったかわからないし。
お前の何処がいいのか、今もさっぱりわからない。
でも、今の俺にとって、お前が一番気になる女なんだ。
俺の人生で、お前が一番俺の心近くに居る気がする。
お前のする阿呆な話を聞いていると、すべてが莫迦莫迦しくなって、いつも張り詰めて生きてきた俺の人生に隙ができたっていうか。
穴ができたっていうか」
いや、それはいいことなのですか……と思っていると、貴弘が言う。
「俺はお前を……
お前を……
好き、
かもしれない」
かもしれないか~。
「だから、キスしていいはずだ」
いやいやいや、かもしれない程度の人は駄目ですよね~、と思ったが、その瞬間にはもう口づけられていた。
軽く触れるだけだった前回のキスとは違ったので、
どっ、どうしようっ。
これ、どうしたらっと迷う暇もあった。
ガラスの向こうで猫から猫耳神主に戻った泰親が、表情で、どうする? と訊いてくる。
邪魔しようか?
やめとこうか?
と。
そ、そうですね。
ど、どうしましょうね……と思った瞬間、貴弘の手が胸許にかかったので、どうもこうもない、のどかは貴弘を突き飛ばしていた。
「そこまでですっ」
「お前は、警察かっ」
「いやいやいやっ。
私、まだ社長とは知り合って、間もないですしっ」
「そんなことは関係ないっ。
俺は出会って三日で結婚した奴を知っているっ」
「……いや、それを言うなら、うちは、知り合って、ではないですが。
初めて二人で呑んで、その日のうちにですよね?」
「そうだなっ。
なんだ、俺たち、超ラブラブじゃないかっ」
「違うと思いますっ」
と二人はまた、バルコニーをぐるぐる回り始める。
「私、社長のこと、まだなにも知りませんしっ」
「なにもってことないだろうっ。
それに、俺はお前のこと、いろいろ知ってるぞっ。
考えなしで、金遣いが荒くて。
その癖、こうと決めたら、曲げなくて。
そして、巨乳の姉が居るっ」
「やっぱり、巨乳、好きなんじゃないですかっ」
「莫迦を言え。
巨乳好きなら、お前を選んではいないっ」
と高らかに貴弘は宣言する。
……選ばれたんですか、私。
巨乳でない、という理由で?
「巨乳美女なんて、騙されそうだし。
第一、俺は牛みたいだから、巨乳は、あまり好きじゃない」
と言う貴弘に、
「可愛いじゃないですか、巨乳。
女でもぽにょぽにょ触りたくなりますよっ」
とのどかは何故か、巨乳でもないのに、巨乳様をかばってしまう。
そして、かばっておいて、のどかは沈黙した。
「……私、今、何故、巨乳様をかばったんでしょうね。
常日頃うらやましいと思っている巨乳様をかばったのは、常日頃うらやましいと思っている自分をかばったんですかね?」
「なにややこしいこと言い出した」
と言ったあとで、貴弘が少し真面目な顔になって言う。
「お互いのことを知らないのなら、これから知ればいいじゃないか。
……そうだ。
まず、生年月日を教えろ」
いや、そこからですか、と思いながら、のどかは言った。
「じゃあ、社長は、血液型を教えてください。
ちなみに、私の電話番号はですね」
「それは知ってる。
お前、生年月日言いたくないのか」
「女に年を訊くとか最低の行為ですよ」
と、くだらぬやり取りをしているうちに、血液型占いの話になり、星座の話になり。
気がついたら、バルコニーの冷たい床の上に座り込み、貴弘がのどかの手相を見ていた。
「お前、頭脳がないぞっ」
「せめて、頭脳線がないと言ってください……。
短いんですよ、単に。
ありますよ、ほら」
とくだらぬことをやっていて、ふと窓ガラスの向こうを見ると、泰親はもう猫に戻って寝ていた。
莫迦莫迦しくなったようだ……。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる