88 / 114
いつもより多めに懐いています
タンポポコーヒーを作ってみました
しおりを挟む貴弘に電子タバコを渡したあと、寮に帰ったのどかが、ぼんやりカフェと寮の間辺りにある草原を眺めていると、後ろで自転車の音がした。
「あ、おかえりなさい」
と振り返ると、マウンテンバイクに乗った八神が、
「ただいま」
と言う。
「今日は早いんですね」
とのどかは笑った。
八神の帰ってくる時間はまちまちだ。
かなり日が長くなったせいもあるだろうが。
まだ明るい時間なのに、今日は仕事が終わったようだった。
「なにしてたんだ?」
と問われ、
「いや、タンポポの綿毛が飛ぶの、見てたんですよ。
風が強いせいか、よく飛びますね~」
と言いながら、のどかはスカートについた綿毛を見た。
此処についてても駄目だろうと、ぱたぱたはたいて、落としてやろうとしながら言う。
「飛んでる綿毛、綿毛が湿ると落ちるらしいですね。
すごいですよね。
ちゃんと水分があって、芽が出せそうなところで落ちるようになってるんですよね。
誰が考えるんでしょうね、そんなこと」
「タンポポだろ」
と言われたので、のどかの頭の中では、タンポポに子どもが描いた絵のようなニコニコしている顔がつき、人格を持ってしまった。
「……掘ってしまいました。
そんないたいけなタンポポを」
と縁側に数日前から干しているタンポポの根を見る。
タンポポコーヒーを作るのだ。
「もういいんじゃないか? あれ」
と八神が言うので、細かく切って干していたタンポポの根を煎ってみることにした。
「おっ、いい匂いがしてきたじゃないか」
と自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、八神が横で言う。
「……お手軽に自販機にお金入れたらコーヒー買えるのに、手間暇かけてなにやってんだろうなーと思ってしまわなくもないですね」
寮の方のキッチンで赤いフライパンを手にのどかが言うと、
「自分で作ることに意味があるんだろうよ。
カフェインレスなんだろうし。
ま、俺からすれば、カフェインのないコーヒーっぽいものとか、なんでわざわざ飲むのかわからんが」
と八神が言ってくるので、またそこで、今、せっせと煎っていることの意味を見失う。
疲れてきたところで、八神が交代してくれて、煎り終わり。
フードプロセッサーで細かくして、タンポポコーヒーは完成した。
「早速、飲んでみましょう」
とのどかが近くの窯で買ってきた陶磁器のカップを出してきて淹れようとすると、八神が、
「待て」
と言う。
「俺のは、こっちに淹れてくれ」
と言って、スノーピークのチタンのマグカップを出してきた。
「あ、アウトドアっぽくていいですね」
と笑うと、
「お前にも貸してやる」
と言って、もうひとつ出してくる。
「外で飲みましょうか?」
縁側にコーヒーを持って出ると、またなにかの虫を追いかけていた泰親猫が飛んできたので、猫の皿にコーヒーを淹れてやろうとして、
「カップに淹れてくれ」
と猫耳神主に戻った泰親に言われる。
八神がもうひとつカップを出してきてくれたので、それに淹れ、三人で並んでタンポポコーヒーを飲んだ。
「うん。
味が薄いっ」
と笑顔で八神が言う。
「俺は全然物足らんが。
健康志向の女子にはいいんじゃないか?」
なにか飲む気が失せる感じなんだが……。
「あ、でも、確かに。
タンポポコーヒーにもいろいろ嬉しい効能があるらしいですよ」
ほう、と八神と泰親が言う。
「なにに効くんだ?」
と八神に問われ、
「いや、わからないんですけど。
なにかに効くらしいです」
とのどかが笑って言うと、八神が、
「……いや、メニューには、そこのところを詳しく書いた方がいいんじゃないか?」
と言う。
私よりこの刑事さんの方が商才がありそうだ……とのどかは思った。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる