96 / 114
プレオープンですっ!
何故、雑草カフェを作ろうと思ったんですか?
しおりを挟む縁側で猫耳神主と三人並んで、うどんをすすった。
「青田さん、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
泰親さんも。
泰親さん、めちゃめちゃ働いてくれてましたよね」
とのどかは笑う。
猫耳神主は、
「しばらく女はいいわ。
いや、男もいい……」
と弱った感じに呟いていた。
「やはり、来世は人間になるとしよう」
綾太を始め、男連中にも散々可愛がられたようだった。
はは……と笑いながら、青田は、のどかが作ってくれた鍋焼きうどんをすする。
甘辛い汁に、雑草の苦味がよく効いていた。
煮込まれて、くたっとなった雑草を見ながら、青田は言った。
「雑草もこうして食べると美味しいですね。
ただ、厄介なだけのものだと思ってたのに」
三日に渡って、せっせと客に料理として運んだり、摘んだりしていたので、愛着も湧いている。
ふと、訊いてみた。
「のどかさんは、何故、雑草カフェを作ろうと思ったんですか?
海崎社長の会社をクビになったと聞きましたが。
やはり、雑草のように踏まれても踏まれても立ち上がろうとか思ってのことですか?」
「え?
いや、雑草って、あんまり立ち上がらないですよ」
青田は、ぽろりと箸を落とした。
「倒れたら倒れたまま、子孫を残そうとするそうです。
その臨機応変さというか、ゆるっとした感じが気に入っているんですよ」
とのどかは笑ったあとで、
「まあ、雑草たちは、ゆるいわけではなく、必死に自分たちの種を残そうとして、そうしてるんでしょうけどね」
と言う。
青田さん、とこちらを向いて、呼びかけてきた。
「引き止めてすみませんでした」
「えっ?」
「せっかく此処までいらしたのに。
出社、遅れてしまいましたね」
いえ、と俯いた青田は、
「……まだ不安なんです。
出社できるかどうか。
頑張って此処まで出てきたんですけど」
とのどかに打ち明けた。
汁まで綺麗になくなった小鍋の中を見つめていると、泰親が、
「なんだ、今度は寮に引きこもるつもりだったのか?」
と言ってくる。
すると、のどかが、
「いや、寮に引きこもるのは別にいいですよ。
ついでにカフェにも引きこもってもらって、手伝ってもらいますから」
と言ってきた。
いやそれ、引きこもれてません……と思いながら俯いていると、のどかが。
「青田さん」
とまた呼びかけてきた。
「そういえば、靴、とられたままですよね。
新しい靴、プレゼントしますよ。
入社祝いに」
「えっ、でもっ」
「いやいや、うちの呪いでなくなったんですし。
それ履いて、行きたくなったら、会社、行ってください」
とのどかが言うと、泰親が、
「まるで、シンデレラだな」
と笑う。
「……行きます」
えっ? とのどかが自分を見た。
「今から行きます、会社。
もうカフェの用事、終わりましたよね?」
と立ち上がろうとすると、泰親が、
「待て待て、まだ靴がないだろう」
と止めてくる。
確かに。
踏ん切りがつかないまま、靴を買えず。
スーツは持ってきていたが、スニーカーしか持ってきていなかった。
「あ、じゃあ、呪いの靴があるので、あれ、履いてったらどうですか?」
下駄箱の中にはいろいろありますよーと言うのどかに、泰親が、
「呪いの靴履いたら、此処に引き戻されそうだろうが」
と言っているのだが。
いや、それ以前に、此処の人たちは、どうして、自分が出社しようとするたびに、ちょと待て、と言ってくるのだ、と思っていた。
だがそのとき、一緒に立ち上がったのどかが、庭先を見て、あっ、と言う。
その視線の先を泰親も見、ふふふ、と笑う。
「今日の私は人間様だから怖くないぞ」
庭には、犬様が居た。
いや、犬が居た。
猫の泰親を追いかけ回す、首輪を外すのが得意な、困った近所のゴールデンレトリバーだ。
「早く飼い主に連絡してやれ」
と泰親は言ったが、のどかはその犬の前にあるものに着目したようだった。
客たちに踏まれ、まさに立ち上がらなくなってしまっている雑草の中に埋もれていたのは、まだ真新しい男物の靴だった。
「……これ、八神さんが履き潰す予定で買ったのに、一週間しか履けなかった例の靴では」
「え?」
「この間、また同じのを買ったって言って履いてたの、見たんです。
新しいのは、今、履いてってるはずですから」
八神の匂いがついていたから、此処まで運んできたのかもしれない。
犬は、
褒めて?
と言うように、のどかを見上げている。
「犬よっ。
その靴は、何処から持ってきたのだっ?」
と泰親が訊いている。
「ちょっ、ちょっと飼い主さんに言って、リード持ってきてもらって、一緒に行ってみましょう。
この靴があったところまで」
そう、のどかが言った。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる