100 / 114
プレオープンですっ!
呪いはまだ終わっていないのだろうかな?
しおりを挟む泰親が目を閉じ、なにか唱え始めた。
どうしたのかと思ったら、
「もしかしたら、もう浄化しているか、眠っているのかもしれん。
揺り起こしてみよう」
と言い出す。
「いや、祟り神が眠ってくださったのならいいのでは。
何故、また揺り起こすんですか」
とのどかが言うと、
「猫が可哀想だろうが。
この猫の願いを主人なら叶えてやれ」
と言う。
いや、そもそも猫が主人の願いを叶えようとしたんだったと思いますが……と思ったとき、すうっと木の幹に浮かび上がるように人影のようなものが現れた。
祟り神というから、どんなのかと思っていたのだが。
美しい貴公子のような姿をしていた。
その貴公子は目の前に立つ老人を見て、
「……なんだこれは」
と言う。
猫が、なー、と説明するように鳴き、泰親が、
「お前がフラれた人間の息子だ。
猫がお前に捧げようと連れてきた」
と教えてやったが、老人を一瞥した祟り神は、
「いらん」
と言って、消えてしまう。
なー、と猫が困った感じに木を見上げて鳴いた。
すると、一度消えた祟り神が再び現れ、猫の前に屈むと、その袖で包むようにして、すっと猫を抱く。
猫は祟り神の胸に頭をこすりつけて喜んだ。
「もしかして、ただ、もう一度、抱っこして欲しかっただけだったんですかね……?」
よくやったぞ、と褒めてもらって。
「そうだったのかもな」
と感慨深げに頷いたあとで、泰親は、
「祟り神の方は――
若く美しくなかったから、受け取らなかったんだろうな」
とそこも感慨深げに言った。
「あの、ちょっと気になってたんですけど。
猫が祟り神に若い男を捧げていたのは、生贄として殺すためですか?
それとも、もしかして……」
祟り神がフラれた相手は、女?
……男?
覚えてない泰親ではなく、前世の記憶を持つ老人を振り返ったが、ほほほ、と老人は笑うだけだった。
もしかしたら、この老人は、祟り神が自分を連れて行かないことをわかっていたのかもしれない。
「……ところで、消えてないですね、泰親さん」
「そうだな。
呪いはまだ終わっていないのかな。
祟り神、満足してないし。
それか、私に別の心残りがあるからかもしれないな」
「別の心残り?」
とのどかが見上げると、
「まだお前のカフェがオープンするのを見てないし。
もう一回、貴弘の部屋に行って、ふかふかのベッドの上で飛び跳ねる野望も果たしてないし。
そうだ。
第一、お前たちの結婚式も見ていない!」
と泰親は主張してくる。
……いやいや、結婚式とか。
まだ、離婚するかどうか、お試しで付き合おうって段階なのに、
とのどかは赤くなり、チラと、貴弘を見ようとしたが。
その前に、北村が目に入ってしまっていた。
北村は普通に泰親を見ている。
「北村さん、泰親さんが見えるんですか?」
「え? この神主さんですか?
見えてますよ」
おや? と思い、のどかは泰親の腕に触ってみる。
「なにか普通の感触がしますよ」
さっき泰親が言った言葉が気になっていた。
『私は祟り殺されたのだろうかな?
いや……死んでないな』
のどかは泰親の両腕をつかみ、下手くそなダンスのように不自然な横歩きで、泰親を草原から連れて出る。
泰親が北村に見えていたのは、此処が泰親の神社があった場所であり、呪いの地であったこともあるのかもしれない。
だが、今、のどかの目に、いつもよりクッキリ見え、ハッキリ触れるのは――。
のどかは泰親を呪いの地から連れ出してみた。
彼の足許を見る。
「……足がある」
「足なら最初からあるぞ」
「そうじゃなくて、なんて言うか。
地面に足ついてちゃんと立ってて、その……
もしかして、生きてませんかっ? 泰親さんっ」
おや? という顔を泰親はした。
そうだ。
気になっていたのだ。
泰親には死んだ記憶がないらしいことが。
彼は祟り神と猫を見守り、一緒に彷徨ってはいたが、死んではいなかったのではないだろうか。
猫の幸せそうな顔を見、泰親は安堵した。
そのことにより、自身に課していた使命が終わり、呪いが解けたのではないか――?
「生きてるじゃないですかっ、泰親さんっ」
「ほんとだ、のどかっ。
ちゃんと触れるぞっ」
と泰親がのどかの腕や背をパシパシと触ってくる。
「気安く触るなっ。
俺もまだあんまり触ってないのにっ」
と貴弘がのどかを泰親から引きはがしたとき、ああっ、と泰親が叫んだ。
「ってことは、もう猫になれないじゃないかっ」
と頭を抱える。
「いや、そこですか」
と青田が苦笑いして言っていた。
そして、気がつけば、老人はさっさと帰ろうとしている。
「待ってくださいっ。
あのっ、ありがとうございましたっ」
と叫んだあとで、のどかは言った。
「それと、すみません。
此処の雑草くださいっ。
お礼はしますからっ」
「いや、そこですか……」
「お礼、いりますかね~」
と青田と北村がそろって呟いていた。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる