あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ

文字の大きさ
102 / 114
すべては夢だったのでしょうか……

シロツメクサが四つ葉になるには――

しおりを挟む

 のどかはボタンを押すと、すぐに開いた扉からエレベーターに飛び乗った。

 階数ボタンを押すと、夜遅いからか、誰も乗ってこないまま、エレベーターは着く。

 白い壁にナルセの社名。
 受付には誰も居ない。

 のどかは会社の入り口のガラス扉を押し開けた。

 デスクのライトだけつけた貴弘が、電子タバコを手にしてみたり、煙草を手にしてみたりしながら、苦悩していた。

 ……笑ってしまう。

 いや、笑いながら、ちょっと涙ぐんでしまっていた。

 貴弘が気がついて、こちらを見る。

「起きたのか。
 冷房効きすぎてたか?

 お前、あそこから動きたくないっていうから、警備員さんに言って、置いてきたんだが」

 酒の呑みすぎで暑いとうるさかったので、ちょっと冷房を効かせてもらっていたと貴弘は言う。

「警備員さん、交代したみたいですよ」

 引き継ぎが上手く行ってなかったようだ、と思いながら、のどかは貴弘の側に行く。

「水でも持ってこようか」
と立ち上がった貴弘の胸に頭をぶつけた。

 貴弘がびくりとしたのが伝わってくる。

「今―― 全部夢だったのかと思ったんです。
 またあのロビーで目を覚まして」

 猫のように額を貴弘の胸にこすりつけたまま、のどかは言う。

「社長のような人がふっと現れて、ピンチのとき助けてくれるとか。
 そんな都合のいいことあるわけないとか。

 あやかしが住んでる呪いの家でカフェを開くとか。
 そんなことあるわけないとか」

「まあ……それはあんまりないかもな」
と貴弘も認めて言った。

「そんなこと考えてたら、やっぱり、全部夢だったんじゃないかって思えてきて。

 ものすごく怖くなって。
 カフェのことと、社長のことが気になったんですけど。

 ……社長の方に来ちゃいました。
 私、やっぱり、社長が好きなんですかね?」

 そう言うと、貴弘は、
「……今か」
と小さく言いながらも、そっと、のどかの後ろ頭に手をやった。

 そのままじっとしていた。

「二人でまたあの店に行ったのは覚えてるか?」
と貴弘が言ってくる。

 そういえば、すべての始まりだったあの店に行こうと貴弘が言い出して、二人で呑みに行ったんだったと思い出す。

「店に行ったら、やあ、やっと来てくれましたねって言われて。
 前、婚姻届を出すって言って帰っていったから、店の人たちがお祝いを用意してくれてたんだ。

 それで、みんなで写真を撮ろうってことになって――」

 ああ、とのどかは言った。

 思い出したからだ。

 みんなで、のどかのスマホで写真を撮ることになったのだが、容量がいっぱいだったのだ。

「なに入れてんだ、お前」
と言いながら、貴弘が写真を少し消そうと確認していたのどかの手許を覗き込む。

「いやあ、私、適当に撮っては見返さないので」

 ははは、とのどかは笑いながら、どれを消そうかと写真を見ていた。

「雑草だらけじゃな……」

 雑草だらけじゃないか、と言いかけた貴弘はその言葉を止めた。

 のどかが庭や道端で撮った雑草の写真のその先に、それはあった。

 お店の人が撮ったとおぼしき貴弘とのどかの写真。

 二人は店の中でちょっとだけ頭を寄せ合い、恥ずかしそうに微笑んで写っていた。

「……早く見ればよかった」
とのどかは言った。

 写真の中の二人は幸せそうで。

 この写真を見れば、適当にその辺の人とヤケになって婚姻届を出したのではなかったことくらい、すぐにわかったのに。

「まあ、俺はわかってたけどな」
と今、目の前に居る貴弘が言ってくる。

「だって、酔った弾みで一夜を共にするならともかく、婚姻届を出すなんて。
 本気だった証拠だろ」

「あっ、なんなんですかっ。
 そんな後出しで勝ち誇らないでくださいよっ」

 後からなら、なんとでも言えるではないかと思いながら、のどかは言い返す。

「それを言うなら、私なんて、ぐへへへへですよ。
 大家さんに、結婚するんです、ぐへへへへって言うなんて。

 よっぽど嬉しかったんですよ、社長と結婚することがっ」

 阿呆か、とちょっと赤くなり言ったあとで、貴弘はのどかの頰に触れてきた。

 そっと口づけてくる。

「……指輪、買いに行かなきゃな。
 あと式も挙げて」

「式はともかく、指輪はいいですよ」
とのどかは言った。

「もう、いただいたので」
と言いながら、さっきポケットの中で、かさりと音を立てたそれを引っ張り出す。

 ハンカチの間に挟んであったのは、貴弘が作ってくれたシロツメクサの指輪だった。

 もう干からびてしまっているのだが。

 あの日の店に行くと聞いたのどかは、大事にとっていたそれをポケットに入れて持ってきたのだ。

 貴弘は少し笑って、それをもう一度、指にはめてくれる。

 貴弘につかまれたおのれの手を見ながら、のどかは言った。

「……青田さんに、雑草は踏まれたら立ち上がらないって話したんですけどね。

 確かに立ち上がらないんですけど。

 シロツメクサは踏まれたら、成長点が傷ついて、四つ葉になるらしいんですよ。

 だから、よく踏まれる場所ほど、四つ葉が多いんじゃないかなって思います。

 立ち上がってはこないかもしれないけど。

 踏まれて、どんどん幸福が増えるとか。

 雑草、たくましいですよね、やっぱり。

 だから、私、雑草カフェ、頑張りたいです。

 私も雑草のように、店が倒れても倒れても、幸せになれるよう頑張りたいです」

「いや……店倒れると増えるのは幸福じゃなくて、赤字だから」
と経営者の貴弘は、そこは頷かずに言ってきた。

「そうだ、のどか。
 この間、換気しにマンションに帰ったら、ルーフバルコニーの隅に雑草が生えてたんだ。

 生えるんだな、あんな高い場所でも。

 いつの間にかつるっと俺のところに侵入してきて、おのれの居場所を作ってる。
 まるでお前みたいだな」
と貴弘は笑うが、そこはちょっと微妙だった。

 あの社長。
 雑草のようでありたいとは思ってるんですが。

 妻に、俺んちに何処からともなく侵入してきた雑草みたいだと言うのはどうなんでしょう……と思うのどかに、貴弘は少し迷ったあとで言ってきた。

「……なんの草か、お前ならわかるだろ?」
「え?」

「健気に生えてるぞ、今から見に来ないか?」

 そこへ話をつなげたかったらしい。

「寮だとあいつらがうるさいから」
と言う貴弘に、のどかは少し赤くなり、

「え……えーと、そうですねー」
と言った。

「よし、決まりだな」

 いや、えーと、そうですね、しか言ってないと思うんですがっ、とのどかは思っていたが。

 同じように散々迷っていたくせに。
 一度こうと決めたら、仕事と同じように強引になる貴弘は、もうさっさとデスクの明かりを消していた。

「帰ろう、のどか。
 俺たちの家に――」

 貴弘は、のどかの手を握り、歩き出す。

 あの日、言ったみたいに、少しだけのどかの先を歩いてくれながら――。





しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。  ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。  意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。 「あ、ありがとうございます」 と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。  あれは夢……?  それとも、現実?  毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...