26 / 30
#10-②
しおりを挟む
「復讐義は、達成できて?」
「ええ。もちろんです。すべてが終わりました。思い残すことはもうありません」
王だった男の首を見下ろしていたヒパラテムは、苦しそうに笑い再びアーシェンの前に膝をついた。
「…天秤は私の方に傾いてしまっています」
「なんのことかしら」
「妹を虐めた人間に報復を、という私の望みに、王城の陥落と催眠の使用という許可をくださいました。それに満足しなかった私に、パルテンという忌々しい名前をも王の処刑によって消し去ろうとしてくださった。これでは私の荷が軽すぎませんか」
「そんなことはないと思うのだけど…」
顎に手をあてアーシェンは首を傾げた。十二分に目的は達成できたし、カーン鉱石もケルア地域の特産物も手中にあるも同然。正当な継承者のカミールを婚約者としているのだからこの新たに生まれたエレイナ公国はアーシェンのものとするのは簡単だ。
「お嬢、」
シュートがそっと耳打ちする。「彼らの復讐義の最後はその主導者の死と決まっています。いかがいたしましょう」
なるほど、とアーシェンは頷く。目の前のヒパラテムは故郷の慣習よりも、アーシェンの指示を重んじているのだ。それは最大の恩返しに他ならない。ヒパラテムの故郷、ヒラリオンは何にも属さず、服従もしないとする部族の集まりであるにもかかわらずだ。
シュートはどうやら歴戦の勝者にも匹敵する戦力を逃したくないらしい。アーシェンは幾通りものパターンを頭の中でシミュレーションし、一番ましなものを選んだ。
「ひとつ聞きましょう。…ヒパラテム、あなたの持つ何をもってしてその天秤は釣り合うと思いますか」
「…僭越ながら、私のこの命をもって釣り合いをとらせていただきたく思います」
即答だった。まるで用意していた回答のようで、アーシェンは少しばかり面白くないとため息をつく。シーアに目配せして紅茶を頼み、再びヒパラテムに目を落とした。
「あなた一人の命で釣り合いが。…ふふ、かなりの自信ですね。嫌いじゃないですわ」
「…」
「いいでしょう。この時をもってあなたの命はわたくしのものです」
掌をシュートに出し、アーシェンはその手に剣を握った。
刃をヒパラテムの首に当て、静かに立ち上がる。
「…ですから勝手に生を終わらせるなど、許しませんよ」
「はっ!」
「有事の際はフクロウを飛ばします。何を置いても最優先にしなさい」
「御意」
民衆の熱を下げるほどの冷たい風が強く吹く。咄嗟に身震いしたアーシェンを気遣い、シュートは自らのジャケットをアーシェンの肩にかける。ヒパラテムは跪き、うつむいたまま微動だにしなかった。
「冬は近そうですね」
「…そのようです。民にはわからぬよう、皆で引き揚げます。帰還の許可を」
「ええ。くれぐれも気を付けて」
面を上げたヒパラテムは、新しい焔をその瞳の奥に宿しながら美しくその口角を上げた。
「おおせのままに」
「ええ。もちろんです。すべてが終わりました。思い残すことはもうありません」
王だった男の首を見下ろしていたヒパラテムは、苦しそうに笑い再びアーシェンの前に膝をついた。
「…天秤は私の方に傾いてしまっています」
「なんのことかしら」
「妹を虐めた人間に報復を、という私の望みに、王城の陥落と催眠の使用という許可をくださいました。それに満足しなかった私に、パルテンという忌々しい名前をも王の処刑によって消し去ろうとしてくださった。これでは私の荷が軽すぎませんか」
「そんなことはないと思うのだけど…」
顎に手をあてアーシェンは首を傾げた。十二分に目的は達成できたし、カーン鉱石もケルア地域の特産物も手中にあるも同然。正当な継承者のカミールを婚約者としているのだからこの新たに生まれたエレイナ公国はアーシェンのものとするのは簡単だ。
「お嬢、」
シュートがそっと耳打ちする。「彼らの復讐義の最後はその主導者の死と決まっています。いかがいたしましょう」
なるほど、とアーシェンは頷く。目の前のヒパラテムは故郷の慣習よりも、アーシェンの指示を重んじているのだ。それは最大の恩返しに他ならない。ヒパラテムの故郷、ヒラリオンは何にも属さず、服従もしないとする部族の集まりであるにもかかわらずだ。
シュートはどうやら歴戦の勝者にも匹敵する戦力を逃したくないらしい。アーシェンは幾通りものパターンを頭の中でシミュレーションし、一番ましなものを選んだ。
「ひとつ聞きましょう。…ヒパラテム、あなたの持つ何をもってしてその天秤は釣り合うと思いますか」
「…僭越ながら、私のこの命をもって釣り合いをとらせていただきたく思います」
即答だった。まるで用意していた回答のようで、アーシェンは少しばかり面白くないとため息をつく。シーアに目配せして紅茶を頼み、再びヒパラテムに目を落とした。
「あなた一人の命で釣り合いが。…ふふ、かなりの自信ですね。嫌いじゃないですわ」
「…」
「いいでしょう。この時をもってあなたの命はわたくしのものです」
掌をシュートに出し、アーシェンはその手に剣を握った。
刃をヒパラテムの首に当て、静かに立ち上がる。
「…ですから勝手に生を終わらせるなど、許しませんよ」
「はっ!」
「有事の際はフクロウを飛ばします。何を置いても最優先にしなさい」
「御意」
民衆の熱を下げるほどの冷たい風が強く吹く。咄嗟に身震いしたアーシェンを気遣い、シュートは自らのジャケットをアーシェンの肩にかける。ヒパラテムは跪き、うつむいたまま微動だにしなかった。
「冬は近そうですね」
「…そのようです。民にはわからぬよう、皆で引き揚げます。帰還の許可を」
「ええ。くれぐれも気を付けて」
面を上げたヒパラテムは、新しい焔をその瞳の奥に宿しながら美しくその口角を上げた。
「おおせのままに」
37
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。
音爽(ネソウ)
恋愛
伯爵令嬢と平民娘の純粋だった友情は次第に歪み始めて……
大ぼら吹きの男と虚言癖がひどい女の末路
(よくある話です)
*久しぶりにHOTランキグに入りました。読んでくださった皆様ありがとうございます。
メガホン応援に感謝です。
婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?
ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
悪女は婚約解消を狙う
基本二度寝
恋愛
「ビリョーク様」
「ララージャ、会いたかった」
侯爵家の子息は、婚約者令嬢ではない少女との距離が近かった。
婚約者に会いに来ているはずのビリョークは、婚約者の屋敷に隠されている少女ララージャと過ごし、当の婚約者ヒルデの顔を見ぬまま帰ることはよくあった。
「ララージャ…婚約者を君に変更してもらうように、当主に話そうと思う」
ララージャは目を輝かせていた。
「ヒルデと、婚約解消を?そして、私と…?」
ビリョークはララージャを抱きしめて、力強く頷いた。
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる