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願うは易く、叶うは難し
#1
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どうやら身体が思考を追い越すことは、実際に起こってしまうようだ。
「何してるんだ!」
毒入りのグラスを傾けようとする彼の手を高橋優斗は思いっきり叩いた。床に落ちたグラスの破片は飛び散り、赤いカーペットをさらに濃く染める。
「入間! さっきの話聞いてたのか!」
散らばったグラスを見ていた入間渉の視線が、ゆっくりと高橋をとらえる。その瞬間、高橋の背に緊張が走った。
「…あれ? もしかして…高橋?」
「…っ」
抵抗する間もなく脚から力が抜け、頽れる。腹の下あたりが疼いて、顔が火を吹いているのかと思うほどに熱い。なんだこれは。思考回路がだんだんと鈍くなっていく。運動をしているわけでもないのに息が上がって苦しい。胸を押さえながら入間を見れば、その瞳孔は開き僅かな恐怖を覚えた。
15分ほど前、重い足で会場に入ると目の端に映ったうしろ姿を追った。300人近い同窓生の中、彼を見つけられたのは奇跡に近いだろう。あまりいい思い出のない顔が多いというのに、まるで光に導かれるように高橋はその後ろを歩く。長くなったくせ毛を後ろで雑に縛り、顔横に前髪を流している。長年の想い人を見間違えるはずがない。しばらく眺め、話しかける機会をうかがっていると壇上に幹事が立った。
「み、皆さん…近くのグラスを…お、お持ちくだ…ください」
あれは楠木慧人ではないかと目を細めた。高校の三年間でいじめられ続けた彼は、いまだにあそこにいるのか。幹事も任されたのではなくやらされているにすぎないのだろう。何を感じようとどう思おうと高橋には何もできない。楠木をいいように使っているのはDomで、楠木と高橋はSubだから抵抗の術がないのだ。コマンドをひとつでも言われてしまえば、従うしかない。なんと悲しい性だろう。しかし、そんな状況にほっとしてしまっているところも否めない。面倒ごとに自ら首を突っ込むほど、強い正義感を持ってはいない。
「そ…それ、では。…乾杯」
ぼそぼそとした乾杯の音頭とは裏腹に会場は今日一番の盛り上がりを見せた。各々が近くの旧友とグラスを合わせ、白と赤のワインを喉に流していく。壁の花になっていた高橋はとても飲む気にはなれず、ため息をついた。
「きゃあああっ!」
複数の黄色い声が会場に響いた。薄暗い中声は反響し、どこで何が起きているのか見渡してもわからない。どよめく中でひとり壇上に立つ楠木が不気味な笑い声をマイクにのせた。
「ふふっ…ふふふっ。 飲んだ…飲んだ、飲んだ! 何年も何年も俺をコケにしやがって…。ワインのすべてに青酸カリを入れたっ! 全員、ここで死ね!!」
「なっ」
楠木の言葉を合図にしたかのように、どよめきは混乱に変わった。青酸カリなら少量体内に入っただけで死に至る。今乾杯したばかりだ。飲んでいない人の方が少ないだろう。
一生懸命に吐き出そうとする人、泣き出す人、意識を失ってしまった人、我先にと会場から出ようとする人が入り乱れ、割れんばかりの悲鳴と叫び声が皮膚を震わせる。救急車と警察に連絡をとスマホを取り出すが、人の波にもまれ押されうまく発信ができない。
楠木だけは逃がすまいとステージに向かう。しかしそれもままならなかった。
数分が経ったころ、混乱は少し落ち着き、会場であるホテルの従業員が連絡したのか救急隊員と制服警官をちらほら見かけるようになった。次第に人数が増えていく。ようやくステージにも手が届いた。
「楠木、慧人だな」
「…」
放心状態で逃げるでもなく抵抗するでもない楠木は、高橋の存在にも気が付いていないようだった。
「19時48分、現行犯逮捕」
高橋は懐から出した手錠を楠木にかけた。反応すらない。ついさっきの楠木と同一人物なのかを疑ってしまうほどに、その目はうつろで何も映していなかった。
同級生の何人かに話を聞いたのか、制服警官がふたり駆けてきた。
「大丈夫ですか!」
「私は刑事課の人間です。…楠木慧人、この騒動の犯人として現行犯逮捕しました。連行をお願いします」
「はっ、承知しました!」
警察手帳を見せて警官に楠木を任せ、静かに息をつく。収まりかけている騒動の中、高橋は再び彼を見つけた。あろうことか、その手に持つグラスを口元で傾けている。まさか、飲もうとでもいうのか。考えるよりも先に、身体が動いてしまっていた。
「何してるんだ!」
毒入りのグラスを傾けようとする彼の手を高橋優斗は思いっきり叩いた。床に落ちたグラスの破片は飛び散り、赤いカーペットをさらに濃く染める。
「入間! さっきの話聞いてたのか!」
散らばったグラスを見ていた入間渉の視線が、ゆっくりと高橋をとらえる。その瞬間、高橋の背に緊張が走った。
「…あれ? もしかして…高橋?」
「…っ」
抵抗する間もなく脚から力が抜け、頽れる。腹の下あたりが疼いて、顔が火を吹いているのかと思うほどに熱い。なんだこれは。思考回路がだんだんと鈍くなっていく。運動をしているわけでもないのに息が上がって苦しい。胸を押さえながら入間を見れば、その瞳孔は開き僅かな恐怖を覚えた。
15分ほど前、重い足で会場に入ると目の端に映ったうしろ姿を追った。300人近い同窓生の中、彼を見つけられたのは奇跡に近いだろう。あまりいい思い出のない顔が多いというのに、まるで光に導かれるように高橋はその後ろを歩く。長くなったくせ毛を後ろで雑に縛り、顔横に前髪を流している。長年の想い人を見間違えるはずがない。しばらく眺め、話しかける機会をうかがっていると壇上に幹事が立った。
「み、皆さん…近くのグラスを…お、お持ちくだ…ください」
あれは楠木慧人ではないかと目を細めた。高校の三年間でいじめられ続けた彼は、いまだにあそこにいるのか。幹事も任されたのではなくやらされているにすぎないのだろう。何を感じようとどう思おうと高橋には何もできない。楠木をいいように使っているのはDomで、楠木と高橋はSubだから抵抗の術がないのだ。コマンドをひとつでも言われてしまえば、従うしかない。なんと悲しい性だろう。しかし、そんな状況にほっとしてしまっているところも否めない。面倒ごとに自ら首を突っ込むほど、強い正義感を持ってはいない。
「そ…それ、では。…乾杯」
ぼそぼそとした乾杯の音頭とは裏腹に会場は今日一番の盛り上がりを見せた。各々が近くの旧友とグラスを合わせ、白と赤のワインを喉に流していく。壁の花になっていた高橋はとても飲む気にはなれず、ため息をついた。
「きゃあああっ!」
複数の黄色い声が会場に響いた。薄暗い中声は反響し、どこで何が起きているのか見渡してもわからない。どよめく中でひとり壇上に立つ楠木が不気味な笑い声をマイクにのせた。
「ふふっ…ふふふっ。 飲んだ…飲んだ、飲んだ! 何年も何年も俺をコケにしやがって…。ワインのすべてに青酸カリを入れたっ! 全員、ここで死ね!!」
「なっ」
楠木の言葉を合図にしたかのように、どよめきは混乱に変わった。青酸カリなら少量体内に入っただけで死に至る。今乾杯したばかりだ。飲んでいない人の方が少ないだろう。
一生懸命に吐き出そうとする人、泣き出す人、意識を失ってしまった人、我先にと会場から出ようとする人が入り乱れ、割れんばかりの悲鳴と叫び声が皮膚を震わせる。救急車と警察に連絡をとスマホを取り出すが、人の波にもまれ押されうまく発信ができない。
楠木だけは逃がすまいとステージに向かう。しかしそれもままならなかった。
数分が経ったころ、混乱は少し落ち着き、会場であるホテルの従業員が連絡したのか救急隊員と制服警官をちらほら見かけるようになった。次第に人数が増えていく。ようやくステージにも手が届いた。
「楠木、慧人だな」
「…」
放心状態で逃げるでもなく抵抗するでもない楠木は、高橋の存在にも気が付いていないようだった。
「19時48分、現行犯逮捕」
高橋は懐から出した手錠を楠木にかけた。反応すらない。ついさっきの楠木と同一人物なのかを疑ってしまうほどに、その目はうつろで何も映していなかった。
同級生の何人かに話を聞いたのか、制服警官がふたり駆けてきた。
「大丈夫ですか!」
「私は刑事課の人間です。…楠木慧人、この騒動の犯人として現行犯逮捕しました。連行をお願いします」
「はっ、承知しました!」
警察手帳を見せて警官に楠木を任せ、静かに息をつく。収まりかけている騒動の中、高橋は再び彼を見つけた。あろうことか、その手に持つグラスを口元で傾けている。まさか、飲もうとでもいうのか。考えるよりも先に、身体が動いてしまっていた。
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