十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅

文字の大きさ
1 / 22
願うは易く、叶うは難し

#1

しおりを挟む
 どうやら身体が思考を追い越すことは、実際に起こってしまうようだ。

「何してるんだ!」

 毒入りのグラスを傾けようとする彼の手を高橋優斗たかはしゆうとは思いっきり叩いた。床に落ちたグラスの破片は飛び散り、赤いカーペットをさらに濃く染める。

「入間! さっきの話聞いてたのか!」

 散らばったグラスを見ていた入間渉いりまわたるの視線が、ゆっくりと高橋をとらえる。その瞬間、高橋の背に緊張が走った。

「…あれ? もしかして…高橋?」
「…っ」

 抵抗する間もなく脚から力が抜け、頽れる。腹の下あたりが疼いて、顔が火を吹いているのかと思うほどに熱い。なんだこれは。思考回路がだんだんと鈍くなっていく。運動をしているわけでもないのに息が上がって苦しい。胸を押さえながら入間を見れば、その瞳孔は開き僅かな恐怖を覚えた。


 15分ほど前、重い足で会場に入ると目の端に映ったうしろ姿を追った。300人近い同窓生の中、彼を見つけられたのは奇跡に近いだろう。あまりいい思い出のない顔が多いというのに、まるで光に導かれるように高橋はその後ろを歩く。長くなったくせ毛を後ろで雑に縛り、顔横に前髪を流している。長年の想い人を見間違えるはずがない。しばらく眺め、話しかける機会をうかがっていると壇上に幹事が立った。

「み、皆さん…近くのグラスを…お、お持ちくだ…ください」

 あれは楠木慧人くすのきけいとではないかと目を細めた。高校の三年間でいじめられ続けた彼は、いまだにあそこにいるのか。幹事も任されたのではなくやらされているにすぎないのだろう。何を感じようとどう思おうと高橋には何もできない。楠木をいいように使っているのはDomで、楠木と高橋はSubだから抵抗の術がないのだ。コマンドをひとつでも言われてしまえば、従うしかない。なんと悲しい性だろう。しかし、そんな状況にほっとしてしまっているところも否めない。面倒ごとに自ら首を突っ込むほど、強い正義感を持ってはいない。

「そ…それ、では。…乾杯」

 ぼそぼそとした乾杯の音頭とは裏腹に会場は今日一番の盛り上がりを見せた。各々が近くの旧友とグラスを合わせ、白と赤のワインを喉に流していく。壁の花になっていた高橋はとても飲む気にはなれず、ため息をついた。

「きゃあああっ!」

 複数の黄色い声が会場に響いた。薄暗い中声は反響し、どこで何が起きているのか見渡してもわからない。どよめく中でひとり壇上に立つ楠木が不気味な笑い声をマイクにのせた。

「ふふっ…ふふふっ。 飲んだ…飲んだ、飲んだ! 何年も何年も俺をコケにしやがって…。ワインのすべてに青酸カリを入れたっ! 全員、ここで死ね!!」
「なっ」

 楠木の言葉を合図にしたかのように、どよめきは混乱に変わった。青酸カリなら少量体内に入っただけで死に至る。今乾杯したばかりだ。飲んでいない人の方が少ないだろう。

 一生懸命に吐き出そうとする人、泣き出す人、意識を失ってしまった人、我先にと会場から出ようとする人が入り乱れ、割れんばかりの悲鳴と叫び声が皮膚を震わせる。救急車と警察に連絡をとスマホを取り出すが、人の波にもまれ押されうまく発信ができない。

 楠木だけは逃がすまいとステージに向かう。しかしそれもままならなかった。

 数分が経ったころ、混乱は少し落ち着き、会場であるホテルの従業員が連絡したのか救急隊員と制服警官をちらほら見かけるようになった。次第に人数が増えていく。ようやくステージにも手が届いた。

「楠木、慧人だな」
「…」

 放心状態で逃げるでもなく抵抗するでもない楠木は、高橋の存在にも気が付いていないようだった。

「19時48分、現行犯逮捕」

 高橋は懐から出した手錠を楠木にかけた。反応すらない。ついさっきの楠木と同一人物なのかを疑ってしまうほどに、その目はうつろで何も映していなかった。

 同級生の何人かに話を聞いたのか、制服警官がふたり駆けてきた。

「大丈夫ですか!」
「私は刑事課の人間です。…楠木慧人、この騒動の犯人として現行犯逮捕しました。連行をお願いします」
「はっ、承知しました!」

 警察手帳を見せて警官に楠木を任せ、静かに息をつく。収まりかけている騒動の中、高橋は再び彼を見つけた。あろうことか、その手に持つグラスを口元で傾けている。まさか、飲もうとでもいうのか。考えるよりも先に、身体が動いてしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

【完結】俺だけの○○ ~愛されたがりのSubの話~

Senn
BL
俺だけに命令コマンドして欲しい 俺だけに命令して欲しい 俺の全てをあげるから 俺以外を見ないで欲しい 俺だけを愛して……… Subである俺にはすぎる願いだってことなんか分かっている、 でも、、浅ましくも欲張りな俺は何度裏切られても望んでしまうんだ 俺だけを見て、俺だけを愛してくれる存在を Subにしては独占欲強めの主人公とそんな彼をかわいいなと溺愛するスパダリの話です! Dom/Subユニバース物ですが、知らなくても読むのに問題ないです! また、本編はピクシブ百科事典の概念を引用の元、作者独自の設定も入っております。 こんな感じなのか〜くらいの緩い雰囲気で楽しんで頂けると嬉しいです…!

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...