十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅

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願うは易く、叶うは難し

#4

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 毒物混入の犯人、楠木慧人くすのきけいとは現行犯逮捕され、事件は片付いたものと思われていた。

「皆揃ったな。事件の概要を説明する」

 夜が明けて、出勤した高橋は捜査会議に呼ばれた。捜査員は30人程度。事件としては小さい方かとぬるいコーヒーを飲む。

「犯人は楠木慧人。身柄はすでに署にある。しかしながら黙秘を続け、動機から毒の入手経路まで全くわかっていない」

 胸元から手帳を取り出し、警部の言葉を書きとっていく。

「本件は毒物混入事件ではあるが、あの場にいた人間はみな無事だ。だが、Dom性とSub性の特性が著しく低下している。…毒入りのワインを飲んだ全員がUsualに転化した。致死性はないが何らかの薬物であったことは明確だ。…鳴宮先生、続きを」

 右端の白衣の男が立つ。長髪は後ろで雑にまとめられ目の下のくまは尋常でなかった。

「毒物はおそらく新種の抗生剤のようなものでしょう。毒物を飲んだ患者は各々副作用ような症状を見せていますが、命に別状はないと報告を受けています。…一点、これは何者かによってつくられたものであることは明白です。国内の薬品会社から持ち出されたものか、あるいは楠木が作ったか、別の第三者が作ったか、これらの可能性が考えられますが、いまだにわかってはいません。以上です」

 始終猫背だった鳴宮はけだるげな身体をうしろに投げるようにして座った。そういえば、入間も昨夜見た時猫背だった。はたと思い出して内ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出す。走り書きされた字で『先に出るね』という文字と11桁の数字がそこに並んでいる。今朝目が覚めた時、入間の姿はすでになく、代わりにこの紙があった。一抹の寂しさを覚えた自分が何だか悔しくて、でもまた会いたい気持ちもあって。悩んでいるうちにいつの間にかポケットに入っていた。

「…おい、高橋!」
「はいっ」

 反射的に椅子を蹴飛ばし立った。

「お前はあの現場にいたんだろうが! ぼうっとしてないで昨日の状況を話せ!」
「は、はいっ!」

 警部に怒鳴られ、身が震える。深呼吸をしてかいつまんで話した。


「ちゃんと話聞いてたのか?」

 方針が決まり、警部の指示で皆が部屋を出ていった。何も言われなかった高橋はその肩を警部に叩かれる。

「はい…大体は」
「大体って…お前なぁ」
「…聞き込み行ってきます」
「いや、お前はおれと一緒に来い。…別件だ」
「…? はい」

 手帳を胸元にしまい、スマホを腰ポケットに突っ込んで警部の後をついて行く。地下駐車場に出る廊下で、白衣の男が立ちふさがった。

「頑張った姉貴に労いの一言もないわけ?」
「…どけ」
「どかないわよ。徹夜でどれだけ頑張ったか、あんたにはわかんないんでしょうね?」
「刑事なら徹夜も当たり前だ」
「あたしは研究者よ。刑事じゃないっての」

 目の前の男は確かにさっきの捜査会議で前に立った鳴宮だ。口調が違いすぎて別人かとも思ったが、こうも似た別人がいるものかと目を見張った。

「なんだ。なんか進展があったのか」

 はあ、と大きくため息をつき、警部は言う。

「伝言頼まれてたの。楠木は精神疾患があるそうよ。今、心理師をつけてるわ。一人暮らしで生まれがこの町ではないから、かかりつけの精神科医が楠木の口を割ってくれる可能性が高いわね」
「それはおれとこいつで行ってくると伝えてくれ」
「そ? わかった。…それじゃ」
「ああ」

 大きなあくびをし、手を振りながら鳴宮は去っていった。

「先輩…お姉さ、いや、ご兄弟がいらっしゃったんですね」

 そういえば、警部も苗字は鳴宮だ。

「あれがなきゃ、天才肌の兄貴なんだがな…」
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