十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅

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願うは易く、叶うは難し

#8

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 甲高いクラクションが二回鳴り、高橋の足を止める。音のした方を見れば、もはや見慣れた車の運転席からこちらに手を振る影がある。無視するわけにもいかず、高橋は渡りかけた横断歩道を引き返した。

「お疲れ様」運転席から降りてきた入間は助手席のドアを開け、満足そうに微笑む。

「…なんのつもりだ」
「これから帰るだけだよね。送ってく」
「…」
「少し、話したいことがあるんだ。今日は…なにもしないから」

 そのまなざしは真剣そのもので、断れるはずもなかった。そっとため息をつき、車に乗り込んだ。

「住所、教えてくれる?」

 エンジンをかけながら、入間が言う。一瞬ためらったが、まあいいかと教えた。

「ありがとう」

 さらっと頭を撫でられ、鼓動が早くなった。ごまかすように「話ってなんだ」と聞く。

「昨日のだけどね…、私は決して責任を感じて言ったわけではないよ。そこをわかっていてほしい」

 昨日の、とは、「パートナーになってくれ」と言われたことだろう。胸がきゅっと苦しくなったような気がした。
「私は、君が好きだよ。本当を言うと、知り合ったときからね。同窓会の時はこんな幸運があるものかと驚いたよ。グレアをあててしまったのは申し訳ないけれど…、これも意図したことではないんだ、信じてくれ…」
「…」

 入間の言葉はまるで甘露のようで耳に心地いい。けれど返答に困るそれに、戸惑いを隠せそうにない。

 本当は、責任を感じての言葉でないことはとうに気づいていた。甲斐甲斐しく世話をやき、高橋を褒めている入間の方が嬉しそうに笑顔を見せる。誘いを断ればわかりやすくへこんで、コマンドを使えば従わせられるにもかかわらず、それをしない。たった一日だが、されど一日。十分だった。

 自分も同じ気持ちだ、と言えたらどんなにいいだろうかと高橋は拳を握る。まだ、事件は解決していないのだ。同じSubの楠木に申し訳が立たない。とはいえ、その気持ちに嘘はないけれど、言い訳がましくなってしまっているのは否めない。

「すぐに返事をくれとは言わない。これからも君のエスとして働けるしね。頭の片隅ででも考えてはくれないかな」

 入間がブレーキを踏む。信号に一度も引っかからず、僅か十数分でアパートの駐車場についてしまった。まるで今はふたりの時間を持つべきでないと誰かが言っているようだ。

「分かった。…ありがとう」

 送ってくれてありがとう、なのか、返事を待ってくれてありがとう、なのか。高橋自身もわからなかった。おそらくどちらともだろう。降りようとした入間を手で制止し、ドアを開ける。降りて閉める前に、高橋はぼそりと聞いた。

「…パートナーはいないのか?」

 苦笑して入間は頷く。つられて口角を上げ「またな」とドアを閉めた。

 その一言が今の高橋にできる、精一杯の返事だった。
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