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結ばれた縁
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翌朝、捜査会議ではある情報に部屋がどよめいていた。一通りの報告が終わった時だった。
「痕跡が、ない? 遺留物が散乱していたんじゃないのか」
警部は眉を寄せて聞き返す。書類を持って立っている鑑識課の男は、言葉を続けた。
「はい。現場にはばらまかれた札束や、書類、クッションの羽毛などが散乱していました。ですが、そのどれからも被害者夜乃騎士、本名新垣雅人の指紋やDNAしか検出されませんでした。ちなみに死因は失血死です。凶器と思われるアイスピックは現場に残されておりましたが、こちらも犯人の指紋はなく、拭き取られた痕跡がありました」
アイスピックは細く、一か所刺しただけではどんなに深くとも死には至りにくい。それでも失血死するほどのメッタ刺しされていたのだ。
「さらに検視の結果、ガイ者の身体は死後引き裂かれ、臓器が抜き取られていることがわかりました」
プロジェクターに解剖図を簡略化したものが映し出される。外傷は多数。身体のいたるところにアイスピックでの切り傷がある。現場が遺留物で散乱していたのと同時にあたりは血みどろになっていた。大きく切り裂かれた腹は血液を湛え、まるでバケツのようだった。
腎臓はおよそ胃の後ろ、背中側にある。それを腹側から、腎臓に繋がるすべての血管を切って摘出するとなると素人ではとてもできない。
「臓器? 手術記録は」
「ありません。抜き取られた臓器は肝臓です」
「…」
欠片も残っていなかった、と。部屋はどよめいた。
肝臓は臓器で唯一再生することができる。人によって残しておかなければならない割合が決まっているが、逆にいえば残しておけば再生する。欠片もなかったというのは、ガンなどで部分摘出された可能性がつぶされたことを意味している。
「また、刃物の使い方から、実行犯はふたりいると思われます。身体のあちこちの切り傷は様々な角度でつけられていましたが、それらからは怨恨を疑ってもいいほどの犯人の情動が見え隠れしています。一方、肝臓周辺の血管や内臓はほとんど傷がなく、必要最小限のメスの入れ方をされています。このことから、実行犯はふたりだと考えられます」
どよめきは勢いを増し、各々推理を重ねた。臓器が足りない、それは三課の協力を仰がなければならなくなるのでは。聞こえてきたその言葉に高橋は違和感を覚える。三課は主に暴力団などの一般にやくざと言われる人たちを監視し、場合によっては逮捕検挙を担う部署だ。臓器がないのなら、それは売られたのでは、と考えられるのは理解できる。でも。
すっと手を上げると、水を打ったように部屋は静まり返る。
「なんだ、高橋」
「はい。ガイ者の身体は死後、引き裂かれていたのですよね? 鳴宮先生、死後の臓器でも使うことはできるんですか?」
指名された鳴宮はそのぼさぼさの頭を掻き、「時と場合、あと臓器によるね」と答えた。「死後の臓器提供があるように、許容時間内だったらもちろん使うことはできる。肝臓は死後十二時間以内がリミットだ。ちなみに死体は死後硬直がすでに解けていたから、死亡推定時刻は死体発見から約四十八時間前だろう。腹の傷は死後十五時間ごろの傷だとわかった」
「つまり、臓器は売られるために抜き取られたのではない、と」警部は剃り残しのある顎を撫でた。
「その通り。猟奇殺人、もしくはコレクターも視野に入れて捜査すべきかと。以上です」
どかりと椅子に身を投げた鳴宮は、不服そうに高橋を睨んだ。俺をダシに使いやがって、と思っているに違いない。いや、私をだろうか。
「犯人はガイ者を殺害してから、十五時間後にまた現場に来ている。これは同一人物ではないかもしれない。万札が散乱していたことから金銭面でのもつれも考えられる。さらに、鳴宮先生の言う通り本件は猟奇、コレクター、愉快犯、その他もろもろ視野に入れて聞き込みと交友関係をもっと洗い出せ! いいな!」
「はいっ!」
もはや恒例だなと人差し指を耳に突っ込んだ。それでも野太い声に肌が震えた。
「痕跡が、ない? 遺留物が散乱していたんじゃないのか」
警部は眉を寄せて聞き返す。書類を持って立っている鑑識課の男は、言葉を続けた。
「はい。現場にはばらまかれた札束や、書類、クッションの羽毛などが散乱していました。ですが、そのどれからも被害者夜乃騎士、本名新垣雅人の指紋やDNAしか検出されませんでした。ちなみに死因は失血死です。凶器と思われるアイスピックは現場に残されておりましたが、こちらも犯人の指紋はなく、拭き取られた痕跡がありました」
アイスピックは細く、一か所刺しただけではどんなに深くとも死には至りにくい。それでも失血死するほどのメッタ刺しされていたのだ。
「さらに検視の結果、ガイ者の身体は死後引き裂かれ、臓器が抜き取られていることがわかりました」
プロジェクターに解剖図を簡略化したものが映し出される。外傷は多数。身体のいたるところにアイスピックでの切り傷がある。現場が遺留物で散乱していたのと同時にあたりは血みどろになっていた。大きく切り裂かれた腹は血液を湛え、まるでバケツのようだった。
腎臓はおよそ胃の後ろ、背中側にある。それを腹側から、腎臓に繋がるすべての血管を切って摘出するとなると素人ではとてもできない。
「臓器? 手術記録は」
「ありません。抜き取られた臓器は肝臓です」
「…」
欠片も残っていなかった、と。部屋はどよめいた。
肝臓は臓器で唯一再生することができる。人によって残しておかなければならない割合が決まっているが、逆にいえば残しておけば再生する。欠片もなかったというのは、ガンなどで部分摘出された可能性がつぶされたことを意味している。
「また、刃物の使い方から、実行犯はふたりいると思われます。身体のあちこちの切り傷は様々な角度でつけられていましたが、それらからは怨恨を疑ってもいいほどの犯人の情動が見え隠れしています。一方、肝臓周辺の血管や内臓はほとんど傷がなく、必要最小限のメスの入れ方をされています。このことから、実行犯はふたりだと考えられます」
どよめきは勢いを増し、各々推理を重ねた。臓器が足りない、それは三課の協力を仰がなければならなくなるのでは。聞こえてきたその言葉に高橋は違和感を覚える。三課は主に暴力団などの一般にやくざと言われる人たちを監視し、場合によっては逮捕検挙を担う部署だ。臓器がないのなら、それは売られたのでは、と考えられるのは理解できる。でも。
すっと手を上げると、水を打ったように部屋は静まり返る。
「なんだ、高橋」
「はい。ガイ者の身体は死後、引き裂かれていたのですよね? 鳴宮先生、死後の臓器でも使うことはできるんですか?」
指名された鳴宮はそのぼさぼさの頭を掻き、「時と場合、あと臓器によるね」と答えた。「死後の臓器提供があるように、許容時間内だったらもちろん使うことはできる。肝臓は死後十二時間以内がリミットだ。ちなみに死体は死後硬直がすでに解けていたから、死亡推定時刻は死体発見から約四十八時間前だろう。腹の傷は死後十五時間ごろの傷だとわかった」
「つまり、臓器は売られるために抜き取られたのではない、と」警部は剃り残しのある顎を撫でた。
「その通り。猟奇殺人、もしくはコレクターも視野に入れて捜査すべきかと。以上です」
どかりと椅子に身を投げた鳴宮は、不服そうに高橋を睨んだ。俺をダシに使いやがって、と思っているに違いない。いや、私をだろうか。
「犯人はガイ者を殺害してから、十五時間後にまた現場に来ている。これは同一人物ではないかもしれない。万札が散乱していたことから金銭面でのもつれも考えられる。さらに、鳴宮先生の言う通り本件は猟奇、コレクター、愉快犯、その他もろもろ視野に入れて聞き込みと交友関係をもっと洗い出せ! いいな!」
「はいっ!」
もはや恒例だなと人差し指を耳に突っ込んだ。それでも野太い声に肌が震えた。
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