十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅

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結ばれた縁

#15

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 現場周辺の聞き込みに行こうと捜査書類をまとめていると、高橋の肩がたたかれた。

「高橋さん、ですよね? 私、鑑識課の榎本えのもとと申します」
「…どうかしましたか」
「以前は高橋さんも鑑識課にいたとお聞きしたもので、意見を頂戴したく。こちらを見ていただいてもいいですか」

 さっき前で発言していた男が有無を言わさず資料を広げる。「ここの見解を聞きたい」と指さした先は現場に散乱した札束だった。

「どうも違和感があるんです。その正体がわからず苦戦してます。思い過ごしだったらいいんですけど…」
「違和感?」
「はい。なんと言いましょうか…例えばこれとこれです」

 万札が一枚写った写真が二枚ある。一方はべっとりと血液がつき、万札とかろうじてわかるくらいで、もう一方は端に少し血痕が飛び散った程度のものだった。

 確かに言いようのない違和感がそこにある。何かを見落としてしまっているかのような、そんな居心地の悪さが胸に広がっていく。

「引きの写真はあるか」
「はい、こちらに」

 遺体を中心としてばらまかれた札束。軽く目を通すと、その違和感の正体が垣間見えた。

「これ…。もしかして遺体の下には札はなかったのか…?」
「ええ。一枚も…あ、」
「そうだ、この札は少なくともガイ者が殺されてからまかれたんだろうな。金銭関連の殺しかとも考えられてたが…ミスリードだったわけだ」
「なるほどっ! すぐに警部に報告します!!」
「その必要はない」
「警部」

 高橋と榎本の間に警部は静かに顎を撫でた。「猟奇殺人の線が濃くなったな」

「心して捜査します」
「ん、そろそろ行け。綾木が待ちくたびれてるぞ」

 軽く頭を下げ、高橋は部屋を後にした。


 現場はオフィス街から少し外れたビルの一室だった。そのビルは五階建てで、一階と二階にのみテナントが入り、三階から上の部屋は埃をかぶっている。ビルの管理会社は杜撰な管理をしていたようで、テナントの入っていない三つの階、すべての部屋の鍵が壊れ、誰でも入れる状態になっていた。

「こういうビル、増えてきましたよね。管理できないなら壊せっての」
「確かにな。でも、壊すにも金がかかるんだろ。管理不行き届きの罰金の方が安いって、この前ここの管理会社の社長が言ってたぞ」

 高橋と綾木は蛍光灯の薄明りの階段を登る。五階の階段から一番離れた角の部屋にはいまだ、血痕が残っている。どちらにせよ、事故物件となったこのビルは取り壊しになるだろう。

 エレベーターを降りてすぐの部屋は物置になっている。今までこのビルに入っていたテナントがいらないものを勝手に置いていった物が溢れかえって埃をかぶっていた。警察がここに立ち入るまでここが勝手に物置、もといゴミ捨て場になっていることに管理者が気づいていなかったというのだから呆れたものだ。

 廊下をまっすぐに行き、トイレと外に繋がる非常口を通り過ぎると犯行現場の部屋の扉がある。以前は入っていたテナントの社長の部屋だったようで、応接家具のセットがそのまま残っていた。廊下側の壁の本棚と横幅の大きな机の間に、テープで縁どられた死体の跡がある。

「…やってみるか」
「え。またですか? まあ、文句はないですけど」
「ガイ者やってくれ」
「了解です」

 すぐに綾木はテープの足の位置に立つ。そのまま倒れればテープと同じ形になるように。

「埃が拭われてたのは…」そこから殺された新垣雅人の行動を逆再生するようにしるしのつけられたソファーの端や、机を回って扉まで歩く。

「やっぱりおかしいな」
「何がです?」
「足取りからしてもこれは衝動的なものだ。机の端周りが拭われたように埃がないのは逃げ回った証拠だろう。散乱してた遺留品というのはこの本棚にあったものか。ところどころ日焼けの跡があるな。なのに、きれいに肝臓が抜かれてたんだろ。同一人物ではないな」
「そんな早くから結論付けていいんですか? 警部から怒られません?」

 はあ、と高橋はあからさまにため息をついた。「…今回も医者がらみかな」

「まあ、そうでしょうね。解剖所見、見ました? すっごいきれいに切られてましたね。…でも、ガイ者はなんとかっていう歌手ですよね? まったく関係ないですね」
「かかりつけ医を調べてみてもいいかもしれないな」
「それ、警部も言ってました。今頃、薩摩班が行ってますよ」
「薩摩? …ああ、坂本と島津の班か。なら、今日も周辺の聞き込み行くしかないな」
「ですね」

 がくんと肩を落とす綾木はスマホを見て「今日の昼はここに行きましょ」と呑気に言う。

「好きにしろ」
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