悪役令嬢リティシア

如月フウカ

文字の大きさ
7 / 209

疑惑

しおりを挟む
「…お嬢様…すみません、お嬢様。少しよろしいでしょうか」


 先程から何度もルナに声をかけられていた事にそこで気がついた私は本をそっと閉じ、顔をあげる。


 彼女は怪訝な表情を隠そうともせず、私をじっと見つめている。


「ごめんなさい、気がつかなかったわ。」


「…お嬢様、使用人に対してそう謝罪やお礼をなさる必要はございません。今まではしてこなかったのに、急にどうなさったのですか?」


 聞けば聞くほどリティシアは使用人に対して相当酷い扱いをしていたらしい。小説では主人公がメインで次に多く出てきたのはアレクシスだったから…そんなに細かく描かれてないのよね。


「…使用人だからって働いてくれるのは当たり前じゃないわ。謝罪もお礼もするのは当然のことよ。」


 私は理不尽な悪役令嬢にはなりたくない。結局死ぬのは目に見えてるし、何より心苦しくてそんな事はできない。


 最低限の礼儀をわきまえた上で、最悪な令嬢を演じて、婚約破棄を命じられるようにするの。…上手く言葉に出来ないけど、史上最悪の悪役令嬢になるもう何歩も手前みたいな、そんなイメージかしらね。


 わざわざ最悪な令嬢を演じなくともアレクシスに婚約破棄を言いつければいいと考える人もいるかもしれない。


 しかし私の知るアレクシスという人間は、そんな簡単に流される男ではない。


 勿論リティシアを愛している訳ではない。


 しかし彼の尊敬する父の決めた婚約相手であるため、別れる訳にはいかないのだ。


 それに彼自身、意外と頑固なところがあり、一度決めたらなかなか覆すことはない。


 自分の目でリティシアが酷いことをしている現場を見るまで、決して婚約破棄はしないだろう。


 …この方法はあまりやりたくない。私はなるべく殺されにくく、密かに暮らせるルートを辿りたい。


 一番はアレクの幸せ、二番は私が生き残ること。本当にどうしようもなく、最悪の場合は…死んでも彼を幸せにする。


「…そう、ですか。…お嬢様に、お聞きしたいことがございます」


「丁度良かった。私も貴女に聞きたいことがあったの。貴女からどうぞ」


 私が微笑むとルナは心底不思議そうな表情を浮かべる。


「…数週間、勝手ながらお嬢様を観察させて頂きました。」


 彼女は少しずつ、私の機嫌を窺いながら言葉を紡いでいく。


「えぇ、そう。それで?何か分かった?」


 バレたかな…リティシアじゃないこと…。

 心臓が激しく音を立てていることに気がつかないフリをして、私は真顔を保ち、あくまでも平静を装う。


 大丈夫、リティシアじゃないから殺すなんてことは、いくらなんでも言わないはず。


 というか侍女に出来ることなんて限られてるし最悪魔法を使って逃げれば…あっ、まだ使い方分からないんだったわ。魔法の使い方なんて小説にも書いてないし本にも細かくは載ってなかったのよね…。


 本当に習得するには誰かに聞いてみるしかなさそう。


 とにかく、なんとしてでも生き延びる。こんなところで死ぬわけにはいかないもの。誤魔化すのよ。


「はい…。…お嬢様、何か企んでいらっしゃるのですか?」


「…え?」


「気を悪くされたら申し訳ありません。…今までお嬢様には散々…悪戯をされてきました。しかしこのような悪戯は初めてです。悪戯でないのなら使用人に優しくして、一体何を企んでいらっしゃるのですか?」


「…何も。何も企んでいないわ。私は変わったのよ」


 リティシア…あんた使用人にここまで言われるってほんとにどんな人間だったの…貴女一人を書いただけで一冊の分厚い本が出来そうだわ。


 でもそれはそうか。


 別人だと疑うより気が狂ったと考える方がずっと現実的だもんね。


「…変わった…本当にそうですか?」


「…えぇ」


 どうにか貫き通す秘訣は余計なことを一切話さないこと。


 無駄なことを永遠と話して誤魔化そうとするようでは素人としか言えないわね。…別に私が詐欺師だったとかではないけれど、なんとか誤魔化し通すにはこれを使うのが鉄則だったのよ。


 それに厳密に言えば人が変わってるんだから嘘じゃないしね。


「ルナ。私に仕えて今年で何年になる?」


「7年目になります。」


 思ったより長かったわ…。でもこれで納得がいく。リティシアに強く言える訳が、今ようやく分かった。そして私がこの質問をしたのには、ある意図がある。


「ルナ。7年も仕えた主人を疑うなんて、あまりにも酷いと思わない?」


 こんな事を言うのは心苦しいけどこれ以上疑われたら困るから…釘を差しておかないといけない。


 ルナは驚いたように目を見開き、そして「…はい。申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」と謝罪をし始める。


 とても心苦しい。本当は私には数週間しか仕えてないのに。こちらが全力で謝りたい。


「でも私の事をよく見てくれていることはよく分かったわ。特別にルナにだけ、今私が一番したいことを教えてあげる。」


「お嬢様が一番したいこと…でございますか?」


「えぇ。私は、アレクシス王子と婚約破棄をするつもりよ」


 その言葉が飛び出した瞬間、ルナの目は落下を疑うくらい見開かれ、あまりの衝撃に口元を手で覆ってしまった。


「そんな、お嬢様はあれだけ殿下との婚約をお喜びになられていたのに…。」


 その人とできるだけ早く仲良くなるための方法は、情報をその人にだけ特別に与えること。その人を特別扱いしていることを明言して、こちらも特別扱いしてもらうという魂胆ね。これでルナが上手く私を信じてくれるといいんだけど…。


「詳細は後々話すわ。この事実は、貴女しか知らない。」


 未だに困惑しているルナの手を握り、彼女の目を見つめる。ごめんね、混乱させちゃって…。


「言っておくけど、アレクシス王子が嫌いなわけじゃない。私には相応しくない…そう感じただけよ。」


「ですが、やはり納得ができません。お嬢様はあれだけ…」


「うん。だけど私は、もう決めたの。誰に何を言われても変えるつもりはないわ。」


「そう、ですか…」


 ルナは悲しげに表情を歪める。…どうしてリティシアにこんな顔が出来るんだろう。貴女にも酷い扱いをしていたはずなのに。まぁ、7年もいたら情が湧いちゃうのかもしれないわね。


 ルナへの親密アプローチは失敗に思われた。


 …だが、婚約破棄を決めた可哀想な令嬢を哀れに思ったのか、彼女は私の手を掴んで目をじっと見つめてくる。


「お嬢様、疑ってしまって申し訳ありません。人は誰しも変わるものですよね。それにお嬢様がアレクシス殿下との婚約を破棄なさろうとしていたとは…。そこまで悩んでいたなんて気づきませんでした。申し訳ありません!」


 …あら?なんか違う方向に理解されちゃった気がする。…うーん、でもなんか私はリティシアだって納得してくれたみたいだし結果良ければ全て良しよね。


 あぁ、何故お嬢様と呼ぶのか聞くのを忘れていたわ。でもいいや。


 なんかルナがすごく幸せそうだから。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――  乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】! ★★  乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ! ★★  この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

処理中です...