悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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不安

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 アルターニャはアーグレンが部屋から出てきたのを確認するとさっさと扉を閉めてしまい、「ではごゆっくりどうぞ!」と向こう側から声をかけてくる。


 私とアレクシスを二人きりにするなんて死んでも嫌なはずなのに…何を考えているのか全然分からないわね。


「なんか…無理やり押し込まれちゃったな」


 全てにおいて強引すぎるアルターニャに困惑していたアレクシスは周囲を取り囲む本を呆然と見上げる。


 大小様々な本がジャンルごとに綺麗に飾られており、流石は王族の所有する書斎といったところだ。隅の方に置かれた勉強机はどう見ても新品で、アルターニャが使っていないというのはどうやら本当のようであった。


 まぁ第一王子がいれば王女は政治とかを詳しく勉強する必要がないものね。


 …ないにしてもちょっとは勉強しなさいよとは思うけどね。やらなきゃいけないことがないわけではないんだろうし。


「そうね。でもどうせ貰えるなら貰っておきましょ。貴方はいくらでも貰えるみたいだしアーグレンの分まで貰ってあげたら?」


 私はそう言いながら適当な本を手に取りパラパラと捲ってみるがそれは何処かの誰かの冒険日記のようであった。


 ありきたりな日常がそのまま綴られており、作者のコメントが最後に小さく残されている。


 普通に過ごせることこそが何よりも幸せである。決して特別を求めてはならない。特別すぎる日常は…普通を壊してしまうから。


 何よこれ…「私」という存在がこの世界にとって「特別」だとしたら…「アレク」の「普通」を壊してしまうともとれるじゃない…。


 あくまでも人ではなく日常と書いていてその他に詳しくは書いていないけど…どうも私のことのように思えて仕方ない。


 だとしても私は彼の普通を壊すつもりは毛頭ない。彼の未来を奪うつもりも一切ないのだ。私はただ…この先も前に進むだけ。


「…シア…リティシア?」


 呼ばれていたことに気づき私は彼に覗かれる前に本をパタンと閉じると元の場所へと仕舞う。


 あれ、こっちに置いてあったっけ…まぁいいや、間違えたところに置いてもアルターニャはどうせ気づかないでしょ。


「何?」


 冷たく鋭い視線を送るが、アレクシスは一切表情を変えない。怒りも、悲しみも負の感情は一切ない、普段通りの表情をしている。


 いつも思うけど悪役令嬢耐性が凄すぎる。


「リティシアはどんな本が好きなんだ?それはどうやら…お前の好きな本じゃなかったみたいだけど」


 私が適当に戻した本を指差しアレクシスは呟く。しっかり見られてたのね。まぁ好きな本じゃなかったのは事実だわ。


 好きな本…好きな本ねぇ。


 確かに色んな本を読んできたけど好きな本はって聞かれると困るわね。友達が全然いないから暇つぶしに本を読んでてそれで読むようになっただけだから。


 特に好きな本なんてないけど…あぁでも一番印象に残っているのは間違いなくこの本ね。


「…そうね。私が好きな本は…『悪が微笑む』かな」


 それは正しくこの世界が記された本。私にとってこの世界を知る手がかりはそれしかない。忘れられるはずもなかった。


 だが大まかなストーリー以外は何故か忘れ始めている。もしかしたら私が…ここの世界の住人になりかけているからかもしれない。


 記憶が薄れるのはまだいい。


 一番怖いのは…身だけでなく…心も悪役令嬢リティシアになってしまうこと。


 そうなれば小説通り私は自らの手でアレクを傷つけることになる。それだけは…絶対に避けたい。今はただそうならないことを願うだけなのだけど。


 私の返答を聞いたアレクシスは少し考えつつも言葉を発する。


「それは…俺の城の書斎にもなかったな。どんな本なんだ?」


 私は純粋な彼の疑問に対し、静かに言葉を紡いでいく。


「…心優しい主人公が心優しい王子様と結ばれるありきたりな話よ」


 そうここは、主人公とアレクシスのためだけに作られた世界。私の出る幕なんかそもそも存在していないのだ。


「王子のことが好きな王女様が主人公を邪魔することもあったわ。でも結局打ち解けて王女と主人公は親友になる。王女だって改心して優しい人になるわ。結局、不幸になるのは悪役だけ。」


 薄れていく記憶の中ではっきり言えることは、悪役には悪役に相応しい終わりしか残されていないということだ。


「主人公には明るい未来が初めから約束されているわ。何もしなくたって幸せになれる。でも悪役は?」


 こんなことが言いたかったわけじゃないのに。こんなことを言っても彼が意味を理解できるはずがない。それなのに私の口は勝手に動き続ける。


「悪役はどうすればいいの?主人公と違って悪役にはバッドエンドしかないわ。どんなに足掻いたって死ぬしかないの。最後には愛した人に殺される。それって…不公平よ」


 ここまで言って私はようやく気づかされる。


 結局私は…自分が死ぬのが一番怖いのね。ずっとずっと不安だったんだわ。


 さっきまでは偉そうにアレクを幸せにしようとしていたくせに…最後にはこうなるの。


 マギーラックのせいで死にかけたあの時もそう。私は死への恐怖を捨てられない。捨てられないから中途半端な悪役にしかなれないのだ。


 …殺されたくない。いや、アレクの為なら死んでも構わない。


 …全てを捨てて平凡に生きられるならそうしたい。でも私の大好きなアレクだけは幸せに生きてほしい。


 …物語を知っているのは私だけだから彼を正しい未来へ導きたい。でももう少し婚約者のままでいたい。


 私の心は…いつだって矛盾だらけだ。


 半端者な私より悪を貫いた悪役令嬢リティシアの方がずっとずっと…立派な人間なのかもしれない。
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