196 / 228
第5章 飛竜乗雲の章
第196話 元は野原なれば
しおりを挟む
永禄七年九月六日。家康が一向一揆が和議を結んだ後も頑強に抵抗し続けていた上野城の酒井将監忠尚が降伏。足助鱸氏も直前に降伏を申し出ていたこともあり、これにて西三河で家康に楯突く勢力は皆無となった。
そうして上野城攻めにおいて本陣とされた隣松寺には功績のあった家臣らが集められ、戦功を賞されていた。
「三左衛門、前へ」
「はっ!」
「坂部造酒之丞を生け捕り、そのほかにも比類ない働きをしたと報告を受けておる。よって、三河国中島に六百石の所領を与えることといたす」
「はっ、ありがたき仕合わせ!」
二十歳となって、初めて自分の所領を与えられた内藤三左衛門信成。その喜びに打ち震える様を見て、周囲の者らも大いに喜び、言葉をかけた。続けて名を呼ばれたのは小林平左衛門重正であった。
「平左衛門、そなたの働きも実に見事であった。されど、手傷を負ったと耳にしておるが、傷の具合はどうじゃ」
「はっ、かすり傷にございますれば――とかように申したきところにございますが、思いのほか傷が深く、前線での槍働きはこれまでのようには参らぬかと。されど、使い番としてならばまだまだ働けまするゆえ、そのお役をいただけませぬか」
「良かろう。恩賞については追って沙汰するゆえ、今しばらく待つように」
「ははっ、感謝いたしまする!」
功績を挙げた内藤三左衛門、小林平左衛門をはじめとした功臣らへを労った次は降伏を願い出てきた者らへの対応であった。
まず家康の面前へ引っ立てられたのは、内藤三左衛門に生け捕られた本多弥八郎正信、坂部造酒之丞、酒井作右衛門重勝、高木九助広正、足立右馬助遠定といった面々であった。
「そなたらについても罪は不問とする。今後ともわしのもとで奉公してくれればそれでよい」
――不問に処す。
その一言に、五名ともが驚き、顔を見合わせたが、家康からの配慮と受け取り、五名ともが静かに一礼し、退出していく。
五名に続き、家康のもとへ連れてこられたのは、酒井将監の家臣であった芝山小兵衛正員、榊原七郎右衛門清政の両名であった。
「うむ、そなたらについても罪は問わぬ。我が直臣として、これからは奉公いたせ。また、そなたらを許すように取り成したのは、大須賀五郎左衛門尉と榊原小平太の両名である。後で構わぬゆえ、両名にしかと礼を申しておくがよい」
家康が口にしたことは、本多弥八郎らにかけたものと同じもの。罪を問われなかったことに安堵した二人。元は同じ主君を戴いた大須賀五郎左衛門尉康高の取り成しに芝山小兵衛は感謝し、弟・小平太康政の取り成しに、兄として榊原七郎右衛門も心の底から感謝した。
そうして酒井将監の家臣らへの対応を済ませたところで、本命ともいえる元宿老・酒井将監忠尚が家康の前へと高手小手に縛られ引っ立てられてきた。
『三河一のおとな』と称され、家康の父・松平広忠の頃から松平家を支えてきた宿老。家康の代となってからは一度たりとも叛乱を起こすことなく、忠臣としてあり続けた老将である。そんな彼も、今や家康に弓引いた謀反人として扱われているのだ。
「将監、よもやこのような形で再会が叶おうとは思わなんだ」
「ふっ、蔵人佐殿をこうして儂の前へ引っ立ててやろうと思うておったものを、武運拙く敗軍の将となってしもうた」
「駿府の今川家と内通し、反旗を翻したことはわしも承知しておる。それだけに飽き足らず、甲斐の武田家とも通じておったとも聞いておるが、それは真か」
「そうじゃ。蔵人佐殿が戦を止めぬおかげで三河の民は疲弊しておること、儂は再三再四申し上げたが、その道理も分からぬ愚か者でござったゆえ、昨年兵を挙げたまでのこと」
あくまでも家康の政治方針の過ちが人民を苦しめた。それゆえに、自分は挙兵したのだと胸を張り、高らかに述べる酒井将監。
それは聞き捨てならぬと、若い本多平八郎忠勝や榊原小平太康政が刀に手をかけたのをすぐ傍にいた鳥居彦右衛門尉元忠、渡辺半蔵守綱らが押し留める。そのことにひやりとしながらも、天野三郎兵衛康景と阿部善九郎正勝は家康の両隣で酒井将監を睨みつけていた。
「左様か。じゃが、わしはこうして一向一揆も鎮め、西三河で弓引く者を悉く成敗した。東三河も残すところは田原城と牛久保城のみであり、このままの勢いで遠江へ雪崩れ込むつもりじゃ。時流の読めぬ耄碌爺の言葉など、聞くに値せぬ」
「ぐっ……!」
「本来であれば一族皆斬首とするところであるが、父の代よりの功績でもって罪を減じることといたす。先刻、城より逃れておったそなたの息子らも猿投山にて捕縛したゆえ、ともに当家領より速やかに退去せよ。二度と三河の地を踏むことは許さぬ」
家康が選択したのは吉良義昭、荒川甲斐守義広へ採った処分と同じ。すなわち、三河追放であった。酒井尚昌・酒井重元の二人の息子とともに国外へ追放することを命じたのであった。
「将監。これまでの忠節、まこと大儀であった。金輪際、わしの前へ姿を見せるでないぞ。与七郎、この謀反人を城の外へ放り出せ」
「はっ!」
家老・石川与七郎数正は家康の命を受けると、酒井将監の側で控えていた兵士らに酒井将監の身柄を連行させ、城門の方へ進んでいく。その酒井将監の唇を噛んだ様子こそ、家康が見た最後の酒井将監の顔となった。
「与七郎」
「……」
引き立てられる酒井将監は家康の姿が見えなくなると、先頭を行く石川与七郎の背中へ向けて言葉を投げかけた。しかし、罪人の言葉など聞こえぬと言わんばかりに、石川与七郎はしかとする。
「与七郎殿」
「何でござろう」
それでも、何度も呼びかけられるうちに忍びなくなった石川与七郎はついに口をきいてしまった。
「これにて松平家は一層危うくなったわ」
「負け惜しみか」
「否、どいつもこいつも蔵人佐殿の言葉に言い返さぬ。首を縦に振るだけの忠犬しかおらぬ。これでは松平家は立ち行くまい」
「何が申したい」
「わしが申したいのは他でもない。主君の嫌われ役を担う人間が必要じゃということよ。そして、儂の見る限り、蔵人佐殿へ思うまま意見を述べられるのは、お主か作左衛門しかおらぬ」
「ほう、某か作左衛門殿が嫌われ役を担えと仰せか」
石川与七郎の言葉に静かに頷く酒井将監。謀反人とはいえ、宿老として長きに渡って松平家の過渡期を見守ってきた傑物である。
そして、彼が言わんとすることは、石川与七郎も同じく不安に思いながら、その胸中に押し留めていることでもあったのだ。それだけに酒井将監が申したことは深く石川与七郎の心を刺した。
結局、石川与七郎は酒井将監とはそれ以上言葉を交わすことはなかったが、二十年の長きに渡って、その言葉は石川与七郎の心の中で熟成されていくこととなる。
そうして酒井将監忠尚が息子たちと国外追放処分となり、駿河へ落ちていった日から半月が経った頃。家康のもとへ、遠江国曳馬にて起こった変事が報じられる。
その日の家康は書院にて酒井左衛門尉、植村出羽守家政、石川彦五郎家成、石川与七郎の四家老と松平家臣随一の所領を有していた酒井将監の上野領の分配などについて議論を重ねていた。
そんな折、田原城経略を推し進めていた土居の本多豊後守広孝が一通の書状を手にして書院へ現れたのである。
「合議の最中、失礼いたしまする」
「おお、豊後守か。いかがしたか」
「はっ、吉田城を守る戸田主殿助より書状が届きました。書状をそのまま殿へ披露してほしいとのことで、持参いたした次第」
「ほう、主殿助からの書状とな。豊後守、すまぬが読み上げてくれぬか」
家康の命を受けて、本多豊後守は明瞭な声でもって戸田主殿助重貞よりの書状を読み上げる。はじめは家康も家老らも軽く聞き流すことのできる内容であったのだが、終盤に至っては仰天する内容が含まれていた。
「つまり、去る十五日に曳馬城を攻めた新野左馬助親矩が討ち死にし、同道していた井伊家重臣も戦死する大敗を喫したということか」
「はっ。重要なのは戦死した新野左馬助が今川家御一家衆であることにございましょう」
「うむ。井伊家を統括していた今川家御一家衆が討ち死にともなれば、井伊家の混乱は免れぬ。加えて、今川家の威信低下も有り得る。まさしく遠江侵攻の好機とも言えよう」
「ともなれば、今成すべきことが自ずと定まりましたな」
家老・酒井左衛門尉が申したことに家康は不敵な笑みを浮かべて頷く。西三河における反家康を掲げる勢力は駆逐した。だが、懸念事項が一つだけ残されていたのである。これを片付けるのは今を置いてほかにはない。それが家康と酒井左衛門尉の共通認識であった。
二人が思い描くことは他の三家老も理解しており、本多豊後守にもおおよその見当はついていた。
そうして家康が最後の問題を片づけるべく支度を進め、行動に移したのは翌十月。そう、家康は土呂本宗寺と佐々木上宮寺・針崎勝鬘寺・野寺本證寺の三ヶ寺を筆頭とする本願寺派寺院へ宗旨替え、すなわち浄土真宗本願寺派から他の宗派へ改めるよう改宗を迫ったのである。
当然、本願寺派からは抗議の声が殺到したが、家康は寺側に改宗に応じる意思がない返答を受けるなり、ただちに軍勢を派遣して寺の破却を開始したのである。
これに怒った野寺本證寺の住持・空誓は家康へ抗議するべく、岡崎城へ登城してくるのであった。
「蔵人佐殿!此度の宗旨替えの要求は浄珠院にて交わした和睦の起請文に背いておりましょう!そのうえ、寺を破却するとはなんたることか!そもそも領主たる者、交わした約定を破るとは恥とは思われぬのか!」
「なんと!和睦の起請文に背いておると!」
「然り!起請文には『寺や僧たちは元のままにする事』と、かように記しておりましょう!宗旨替えに続き、寺院の破却!このような不義、到底見過ごせませぬぞ!」
家康よりも三ツも若い弱冠二十歳の空誓は怪力を誇る豪腕を床へ振るいながら、滔々と家康の不義を詰り、詰問していく。しかし、家康はそれを最後まで聞き終えると、静かに笑った。
「ははは、何も起請文の内容には背いてござらぬ」
「なんと仰せか!この起請文の内容も理解できぬ阿呆め、それで領主が務まるとお思いか!」
阿呆呼ばわりされ、眉をひそめる家康であったが、あくまでも冷静に切り返していく。
「すでに起請文にも記しておるように、某は寺や僧たちは元のままにしておりましょう」
「どこがじゃ!」
「破却と申されるが、某は寺を元のままにするべく動いておるまで。元は野原なれば、元の如く寺を野原にしておるまでのことでござろう」
「おのれ、屁理屈を申されるな!そのようなことをして、ただで済むとお思いか!」
「ほう、ただで済むとは大層な答え。そうまでして我ら殿和議を反故にして戦をご所望とあらばやむを得ませぬ。受けて立ちましょうぞ!もっとも、すでに一揆は解体してもおります。はてさて、僧兵のみでどこまで抗えるか、見物でござろう」
「くっ、くそっ!」
寺のあった場所は元は野原であったなどと、屁理屈ですらない暴言である。しかし、すでに一向一揆で主力として働いた門徒武士の多くは宗旨替えしてでも家康のもとへ帰参し、そうでない者は国外へ退去した後である。
武力を失い、一向一揆を再び起こすこともできない。そのうえ、西三河で家康へ反旗を掲げた勢力は悉く駆逐され、すべてが家康の麾下に収まっている。これではいかに理不尽な要求であっても、三河の本願寺派に抗う術は皆無であった。
空誓をはじめとする、本願寺派の僧侶たちの抗議も空しく、成す術なく寺の伽藍を焼かれ、僧侶たちは悉く国外へ追放されていく。空誓もまた、野寺を追われて加茂郡菅田和へと退去した
「良いか!数多の民を惑わし、この西三河に無益な戦乱をもたらした浄土真宗本願寺派の活動は以後、禁制と定める!」
浄土真宗本願寺派を禁制とすることを高らかに宣言する家康。まさしく、ここまでは家康の筋書き通りであった。
一向一揆と和睦し、武力を解体。そのうえで自分に従わない勢力を一つ残らず制圧し、西三河の一統を成し遂げた。そのうえで、東三河や奥三河の国衆らを次々と従属させ、勢力を拡大。
こうして着々と布石を打ち、万全を期して煩わしい本願寺派の寺院へ理不尽な要求を突き付け、従えぬのならばと力ずくで寺院を破却し、僧侶らを有無を言わせず国外へ追い出した。
これにて、家康は西三河での地盤をさらに強固なものとすることに成功したのである。
そうして上野城攻めにおいて本陣とされた隣松寺には功績のあった家臣らが集められ、戦功を賞されていた。
「三左衛門、前へ」
「はっ!」
「坂部造酒之丞を生け捕り、そのほかにも比類ない働きをしたと報告を受けておる。よって、三河国中島に六百石の所領を与えることといたす」
「はっ、ありがたき仕合わせ!」
二十歳となって、初めて自分の所領を与えられた内藤三左衛門信成。その喜びに打ち震える様を見て、周囲の者らも大いに喜び、言葉をかけた。続けて名を呼ばれたのは小林平左衛門重正であった。
「平左衛門、そなたの働きも実に見事であった。されど、手傷を負ったと耳にしておるが、傷の具合はどうじゃ」
「はっ、かすり傷にございますれば――とかように申したきところにございますが、思いのほか傷が深く、前線での槍働きはこれまでのようには参らぬかと。されど、使い番としてならばまだまだ働けまするゆえ、そのお役をいただけませぬか」
「良かろう。恩賞については追って沙汰するゆえ、今しばらく待つように」
「ははっ、感謝いたしまする!」
功績を挙げた内藤三左衛門、小林平左衛門をはじめとした功臣らへを労った次は降伏を願い出てきた者らへの対応であった。
まず家康の面前へ引っ立てられたのは、内藤三左衛門に生け捕られた本多弥八郎正信、坂部造酒之丞、酒井作右衛門重勝、高木九助広正、足立右馬助遠定といった面々であった。
「そなたらについても罪は不問とする。今後ともわしのもとで奉公してくれればそれでよい」
――不問に処す。
その一言に、五名ともが驚き、顔を見合わせたが、家康からの配慮と受け取り、五名ともが静かに一礼し、退出していく。
五名に続き、家康のもとへ連れてこられたのは、酒井将監の家臣であった芝山小兵衛正員、榊原七郎右衛門清政の両名であった。
「うむ、そなたらについても罪は問わぬ。我が直臣として、これからは奉公いたせ。また、そなたらを許すように取り成したのは、大須賀五郎左衛門尉と榊原小平太の両名である。後で構わぬゆえ、両名にしかと礼を申しておくがよい」
家康が口にしたことは、本多弥八郎らにかけたものと同じもの。罪を問われなかったことに安堵した二人。元は同じ主君を戴いた大須賀五郎左衛門尉康高の取り成しに芝山小兵衛は感謝し、弟・小平太康政の取り成しに、兄として榊原七郎右衛門も心の底から感謝した。
そうして酒井将監の家臣らへの対応を済ませたところで、本命ともいえる元宿老・酒井将監忠尚が家康の前へと高手小手に縛られ引っ立てられてきた。
『三河一のおとな』と称され、家康の父・松平広忠の頃から松平家を支えてきた宿老。家康の代となってからは一度たりとも叛乱を起こすことなく、忠臣としてあり続けた老将である。そんな彼も、今や家康に弓引いた謀反人として扱われているのだ。
「将監、よもやこのような形で再会が叶おうとは思わなんだ」
「ふっ、蔵人佐殿をこうして儂の前へ引っ立ててやろうと思うておったものを、武運拙く敗軍の将となってしもうた」
「駿府の今川家と内通し、反旗を翻したことはわしも承知しておる。それだけに飽き足らず、甲斐の武田家とも通じておったとも聞いておるが、それは真か」
「そうじゃ。蔵人佐殿が戦を止めぬおかげで三河の民は疲弊しておること、儂は再三再四申し上げたが、その道理も分からぬ愚か者でござったゆえ、昨年兵を挙げたまでのこと」
あくまでも家康の政治方針の過ちが人民を苦しめた。それゆえに、自分は挙兵したのだと胸を張り、高らかに述べる酒井将監。
それは聞き捨てならぬと、若い本多平八郎忠勝や榊原小平太康政が刀に手をかけたのをすぐ傍にいた鳥居彦右衛門尉元忠、渡辺半蔵守綱らが押し留める。そのことにひやりとしながらも、天野三郎兵衛康景と阿部善九郎正勝は家康の両隣で酒井将監を睨みつけていた。
「左様か。じゃが、わしはこうして一向一揆も鎮め、西三河で弓引く者を悉く成敗した。東三河も残すところは田原城と牛久保城のみであり、このままの勢いで遠江へ雪崩れ込むつもりじゃ。時流の読めぬ耄碌爺の言葉など、聞くに値せぬ」
「ぐっ……!」
「本来であれば一族皆斬首とするところであるが、父の代よりの功績でもって罪を減じることといたす。先刻、城より逃れておったそなたの息子らも猿投山にて捕縛したゆえ、ともに当家領より速やかに退去せよ。二度と三河の地を踏むことは許さぬ」
家康が選択したのは吉良義昭、荒川甲斐守義広へ採った処分と同じ。すなわち、三河追放であった。酒井尚昌・酒井重元の二人の息子とともに国外へ追放することを命じたのであった。
「将監。これまでの忠節、まこと大儀であった。金輪際、わしの前へ姿を見せるでないぞ。与七郎、この謀反人を城の外へ放り出せ」
「はっ!」
家老・石川与七郎数正は家康の命を受けると、酒井将監の側で控えていた兵士らに酒井将監の身柄を連行させ、城門の方へ進んでいく。その酒井将監の唇を噛んだ様子こそ、家康が見た最後の酒井将監の顔となった。
「与七郎」
「……」
引き立てられる酒井将監は家康の姿が見えなくなると、先頭を行く石川与七郎の背中へ向けて言葉を投げかけた。しかし、罪人の言葉など聞こえぬと言わんばかりに、石川与七郎はしかとする。
「与七郎殿」
「何でござろう」
それでも、何度も呼びかけられるうちに忍びなくなった石川与七郎はついに口をきいてしまった。
「これにて松平家は一層危うくなったわ」
「負け惜しみか」
「否、どいつもこいつも蔵人佐殿の言葉に言い返さぬ。首を縦に振るだけの忠犬しかおらぬ。これでは松平家は立ち行くまい」
「何が申したい」
「わしが申したいのは他でもない。主君の嫌われ役を担う人間が必要じゃということよ。そして、儂の見る限り、蔵人佐殿へ思うまま意見を述べられるのは、お主か作左衛門しかおらぬ」
「ほう、某か作左衛門殿が嫌われ役を担えと仰せか」
石川与七郎の言葉に静かに頷く酒井将監。謀反人とはいえ、宿老として長きに渡って松平家の過渡期を見守ってきた傑物である。
そして、彼が言わんとすることは、石川与七郎も同じく不安に思いながら、その胸中に押し留めていることでもあったのだ。それだけに酒井将監が申したことは深く石川与七郎の心を刺した。
結局、石川与七郎は酒井将監とはそれ以上言葉を交わすことはなかったが、二十年の長きに渡って、その言葉は石川与七郎の心の中で熟成されていくこととなる。
そうして酒井将監忠尚が息子たちと国外追放処分となり、駿河へ落ちていった日から半月が経った頃。家康のもとへ、遠江国曳馬にて起こった変事が報じられる。
その日の家康は書院にて酒井左衛門尉、植村出羽守家政、石川彦五郎家成、石川与七郎の四家老と松平家臣随一の所領を有していた酒井将監の上野領の分配などについて議論を重ねていた。
そんな折、田原城経略を推し進めていた土居の本多豊後守広孝が一通の書状を手にして書院へ現れたのである。
「合議の最中、失礼いたしまする」
「おお、豊後守か。いかがしたか」
「はっ、吉田城を守る戸田主殿助より書状が届きました。書状をそのまま殿へ披露してほしいとのことで、持参いたした次第」
「ほう、主殿助からの書状とな。豊後守、すまぬが読み上げてくれぬか」
家康の命を受けて、本多豊後守は明瞭な声でもって戸田主殿助重貞よりの書状を読み上げる。はじめは家康も家老らも軽く聞き流すことのできる内容であったのだが、終盤に至っては仰天する内容が含まれていた。
「つまり、去る十五日に曳馬城を攻めた新野左馬助親矩が討ち死にし、同道していた井伊家重臣も戦死する大敗を喫したということか」
「はっ。重要なのは戦死した新野左馬助が今川家御一家衆であることにございましょう」
「うむ。井伊家を統括していた今川家御一家衆が討ち死にともなれば、井伊家の混乱は免れぬ。加えて、今川家の威信低下も有り得る。まさしく遠江侵攻の好機とも言えよう」
「ともなれば、今成すべきことが自ずと定まりましたな」
家老・酒井左衛門尉が申したことに家康は不敵な笑みを浮かべて頷く。西三河における反家康を掲げる勢力は駆逐した。だが、懸念事項が一つだけ残されていたのである。これを片付けるのは今を置いてほかにはない。それが家康と酒井左衛門尉の共通認識であった。
二人が思い描くことは他の三家老も理解しており、本多豊後守にもおおよその見当はついていた。
そうして家康が最後の問題を片づけるべく支度を進め、行動に移したのは翌十月。そう、家康は土呂本宗寺と佐々木上宮寺・針崎勝鬘寺・野寺本證寺の三ヶ寺を筆頭とする本願寺派寺院へ宗旨替え、すなわち浄土真宗本願寺派から他の宗派へ改めるよう改宗を迫ったのである。
当然、本願寺派からは抗議の声が殺到したが、家康は寺側に改宗に応じる意思がない返答を受けるなり、ただちに軍勢を派遣して寺の破却を開始したのである。
これに怒った野寺本證寺の住持・空誓は家康へ抗議するべく、岡崎城へ登城してくるのであった。
「蔵人佐殿!此度の宗旨替えの要求は浄珠院にて交わした和睦の起請文に背いておりましょう!そのうえ、寺を破却するとはなんたることか!そもそも領主たる者、交わした約定を破るとは恥とは思われぬのか!」
「なんと!和睦の起請文に背いておると!」
「然り!起請文には『寺や僧たちは元のままにする事』と、かように記しておりましょう!宗旨替えに続き、寺院の破却!このような不義、到底見過ごせませぬぞ!」
家康よりも三ツも若い弱冠二十歳の空誓は怪力を誇る豪腕を床へ振るいながら、滔々と家康の不義を詰り、詰問していく。しかし、家康はそれを最後まで聞き終えると、静かに笑った。
「ははは、何も起請文の内容には背いてござらぬ」
「なんと仰せか!この起請文の内容も理解できぬ阿呆め、それで領主が務まるとお思いか!」
阿呆呼ばわりされ、眉をひそめる家康であったが、あくまでも冷静に切り返していく。
「すでに起請文にも記しておるように、某は寺や僧たちは元のままにしておりましょう」
「どこがじゃ!」
「破却と申されるが、某は寺を元のままにするべく動いておるまで。元は野原なれば、元の如く寺を野原にしておるまでのことでござろう」
「おのれ、屁理屈を申されるな!そのようなことをして、ただで済むとお思いか!」
「ほう、ただで済むとは大層な答え。そうまでして我ら殿和議を反故にして戦をご所望とあらばやむを得ませぬ。受けて立ちましょうぞ!もっとも、すでに一揆は解体してもおります。はてさて、僧兵のみでどこまで抗えるか、見物でござろう」
「くっ、くそっ!」
寺のあった場所は元は野原であったなどと、屁理屈ですらない暴言である。しかし、すでに一向一揆で主力として働いた門徒武士の多くは宗旨替えしてでも家康のもとへ帰参し、そうでない者は国外へ退去した後である。
武力を失い、一向一揆を再び起こすこともできない。そのうえ、西三河で家康へ反旗を掲げた勢力は悉く駆逐され、すべてが家康の麾下に収まっている。これではいかに理不尽な要求であっても、三河の本願寺派に抗う術は皆無であった。
空誓をはじめとする、本願寺派の僧侶たちの抗議も空しく、成す術なく寺の伽藍を焼かれ、僧侶たちは悉く国外へ追放されていく。空誓もまた、野寺を追われて加茂郡菅田和へと退去した
「良いか!数多の民を惑わし、この西三河に無益な戦乱をもたらした浄土真宗本願寺派の活動は以後、禁制と定める!」
浄土真宗本願寺派を禁制とすることを高らかに宣言する家康。まさしく、ここまでは家康の筋書き通りであった。
一向一揆と和睦し、武力を解体。そのうえで自分に従わない勢力を一つ残らず制圧し、西三河の一統を成し遂げた。そのうえで、東三河や奥三河の国衆らを次々と従属させ、勢力を拡大。
こうして着々と布石を打ち、万全を期して煩わしい本願寺派の寺院へ理不尽な要求を突き付け、従えぬのならばと力ずくで寺院を破却し、僧侶らを有無を言わせず国外へ追い出した。
これにて、家康は西三河での地盤をさらに強固なものとすることに成功したのである。
0
あなたにおすすめの小説
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる