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第5章 飛竜乗雲の章
第209話 三河国主・松平家康
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永禄九年四月二十一日、足利義秋が座す近江国矢島御所へは朝廷からの使者が入っていた。
「義秋様、朝廷よりのご使者が到着。おそらくは叙位任官のことにございましょう」
「おお、吉田神社の神主を務めるそなたの伯父、吉田兼右公へ斡旋を依頼しておった件か」
「はい。叔父が水面下で奔走してくださったようにございます」
朝廷からの使者が来訪した。そのことを伝えるのは奉公衆の細川与一郎藤孝であった。彼の母方の伯父が足利義秋の叙位任官を斡旋した吉田神社の神主・吉田兼右なのである。その伝手もあり、こうして足利義秋は朝廷から官位を授けられる運びとなったのである。
本来ならば武家伝奏を経て朝廷に申請するのが正式な手続きであったが、そうできなかったことにも明確な理由が存在した。
「三好三人衆らが担ぎ出した義親めが摂津の普門寺まで進出してきておるせいで、このように御隠密に叙位任官を受けねばならぬとは」
「義秋様、堪えてくださいませ。長らく阿波へ逼塞しておっただけの者を朝廷が将軍と認めるはずがございませぬ」
「当然じゃ!まあ良い、ひとまず使者のもとへ参ろうぞ。与一郎、ついて参れ」
「はっ!」
永禄の政変からあと一月で一年が過ぎようとしている中、未だ京へ帰洛することもできず、近江国に留まったまま。そのことに焦りと不安を抱えたまま、足利義秋は使者と対面を果たす。
「足利義秋殿。この度、貴公を従五位下、左馬頭に任ずることとなりました」
「はっ、ありがたく頂戴いたしまする」
「帝も貴公の帰洛を待ち望んでおられる。そのこと、しかと胸に畳みおきくださいますように」
今回足利義秋が叙位任官されたのは従五位下・左馬頭。中でも左馬頭は次期将軍が就く官職であり、この官職に摂津の普門寺まで進出している義親より義秋を先に任じたことは、朝廷はあくまでも室町将軍の正統な後継者として義秋だと認識していたことを示している。
外気と同じく暖かな気持ちで朝廷の使者との対面を終えた足利義秋は嬉々とした様子で細川与一郎へ話しかけていく。
「聞いたか、与一郎!従五位下の位階と左馬頭の官職を義親より先に得られたことは大きい!」
「いかにも。従五位下ともなれば、義秋様も朝廷内では貴族という扱いになりまする。無位無官の義親など、もはや敵ですらございませぬ」
「うむ!」
「されど、義秋様が望まれる征夷大将軍の座を得られたわけではございませぬ。亡き義輝公は生前には正四位下を得てもおられます。このようなところで満足しておってはなりませぬぞ」
細川与一郎の申すことはその通りであった。今回義秋が任命された従五位下の位階は今後義親も朝廷へ献金して得ることは大いにあり得る。そうなれば、より高い位階を得るべく、精進することが求められる。
「何より、義秋様が京へ帰洛なされることこそ、幕府再興ともなり、征夷大将軍の任命への大きな一歩となりましょう」
「うむ。ともすれば、どれだけ多くの大名を味方に付けられるか、これにかかっておると申したいのだな」
「はっ!」
目下、足利義秋が親密に連絡を取っている大名は三好長慶存命の頃から三好家と度々干戈を交えている近江の六角承禎と河内の畠山高政、兄・義輝と入魂の間柄であった越後の上杉弾正少弼輝虎、六角承禎の娘を正室としている能登の畠山修理大夫義綱といった者たち。
中でも三好氏によって居城の河内高屋城を奪われ、紀伊に没落する憂き目にあった畠山高政は義秋を積極的に支持しており、実弟の政頼に義秋の『秋』の一字を偏諱させ、秋高と名を改めさせたほどである。
そして、矢島に御所を構えることを承諾した近江の六角承禎も義秋の帰洛に積極的であり、最も頼りにしている戦力であった。北近江の浅井備前守長政と織田上総介信長の妹・お市の方の婚儀の仲立ちを務めるなど、背後固めにも余念がなかったほどである。
「義秋様のおかげで六角家と浅井家の戦は小康状態となってもおり、関係は着実に改善してもおります」
「そうであろう。加えて、兄の盟友であった上杉弾正少弼殿のため、甲斐の徳栄軒信玄殿と相模の北条氏政殿へ講和を命じてもおる。北信濃や関東での戦が落ち着けば上杉弾正少弼殿も北陸より加勢に向かっていただけるであろうゆえな」
「それは良き案かと。となりますれば、残るは美濃と尾張にございますか」
「そうなのじゃ。何度も織田上総介殿と一色右兵衛大夫龍興殿へ和解するよう命じておるが、なかなか話がまとまらぬ」
「これまでの織田家と美濃一色家の経緯を踏まえればやむを得ない仕儀と心得まするが、それでは義秋様帰洛に差し障りがございます」
「それゆえに与一郎。そなた、和田伊賀守とともに織田上総介殿と一色右兵衛大夫殿を説得し、和解させて参れ。さすれば織田軍は美濃、南近江を経由して上洛することが可能となるのじゃ」
義秋からの命とあっては否とは申せない細川与一郎は帰洛に関わる重大事にあたるということもあり、その責任感に双肩が押しつぶされるような感覚を覚えながらも和田伊賀守惟政とともに尾張・美濃の停戦を実現させるべく、矢島御所を出立するのであった。
「伊賀守殿、織田と美濃一色の和睦、成し遂げられるでしょうか」
「難しい交渉となろうが、義秋様の御為、成さねばならぬと言うが正しかろう。某は一度上総介殿とお会いしておるゆえ、人柄はよう存じておるが、上洛に否と申しておるわけではない。美濃一色氏との和議を結ぶのも条件次第では受け入れると申してもおられた」
「ならば、難儀なのは美濃の方にございますか」
「そうなるでしょうな」
和田伊賀守の言葉に真の障壁がどこにあるのか、それを再確認した細川与一郎は尾張・美濃において織田家と美濃一色家の和議締結に向けて奔走していくことになる。
そうして上方では足利義秋と足利義親の派閥が虎視眈々と上洛の機会を窺っている頃、家康の三河一統はいよいよ実現する日を迎えた。
翌五月。六日には外祖母であり、駿府では幼年期に育ての母ともなってくれていた源応尼の七回忌を執り行い、その三日後の九日。牛久保城から岡崎城へ一人の国衆が来訪していた。
「松平蔵人佐家康様。牛久保城主、牧野民部丞成定にございまする。この度はご挨拶が遅れましたこと、まこと申し訳ございませぬ」
岡崎城の大広間にて家康へ一礼するのは病身の牛久保牧野家当主・牧野民部丞成定その人であった。昨年より体調を崩すことが多くなった彼が、ようやく岡崎城にて家康を主君と認め、服属を宣誓したのである。
「民部丞殿、ようやくお目にかかれましたな。某が松平蔵人佐家康である」
「はっ、ははっ……!ごほっ、ごほっ……!」
「いかがした、やはり体調が優れぬのか……!」
「はい。病状が軽くなりましたゆえ参上した次第に。それゆえ、まだ病が治癒したわけではないのです」
しばらく咳き込み、まともに離せそうにないかと思われた牧野民部丞であったが、家康は彼の症状が落ち着くまで気長に待つこととし、近侍らに水を運ばせるなどしながらじっと待ち続けていた。
「蔵人佐様、お待たせいたし、申し訳ございませぬ……!」
「構わぬ。今後も病の場合は岡崎に出仕するには及ばぬ。養生に努めるように」
「ははっ、感謝申し上げます……!されど、この身に何かあった折には嫡男の新次郎を後継としていただきたく」
「言われるまでもない。新次郎こそが正当な後継者じゃ。たとえ牧野の御家中でそれに不服を申す者がおれば、この家康が成敗いたすゆえ、案ずるには及ばぬ」
牧野民部丞を服属させたことで名実ともに三河国主となった家康のその一言は大きな意味を持った。だが、病身の牧野民部丞を安心させるにはこの一言をおいて他にはなかった。
齢四十二でいつ死ぬかも分からない病状の牧野民部丞にとって、齢十二の嫡男・新次郎が無事に家督を継承できることこそが唯一の望みと言っても良かった。
「蔵人佐様、加えて言上いたしたきことがございます」
「遠慮のう申されよ」
「はっ、某は病の身にございます。それゆえ、これまで通り軍事と内政の両面につきましては重臣らに一任したく」
「なるほど。その体では政務は執れぬであろうゆえ、認めることといたす。稲垣平右衛門重宗や山本帯刀左衛門成行といった者らにこれまで通り委ねること、この家康が認めようぞ。されど、逆意を抱くことあらば、たちどころに成敗することともなろうゆえ、重臣らへはそのことを民部丞殿からも強く申しておいてはくれまいか」
「ははは、そのくらいのことはお任せくださいませ……げほっ、げほっ……!」
家康としても牧野民部丞が齢四十二にして臥せっていることは牧野重臣らからも届け出があったため、知っていたつもりではあったが、ここまで病が悪化しているとは想定していなかった。
それゆえに、家康としても牛久保牧野家が牧野民部丞の死を契機に乱れるのではないか、今川方へ再度帰属されてはかなわぬ、そんな一抹の不安が心を過ぎった。
「民部丞殿、戦の折には吉田城へ入っておる家老、酒井左衛門尉の指揮下へ入っていただくこととなるゆえ、そのこと重臣一同へもお伝えくだされ」
「はっ、ははっ……!然らば、本日のところはこれにて失礼させていただきまする……!」
咳き込みそうになるのを堪えながら最後の挨拶を終えた牧野民部丞は同行してきた家臣らに肩を貸してもらいながらゆっくりと広間を退出していく。
齢五十半ばにも見えるほどに衰弱した牧野民部丞の様子に危機感を覚えたのは何も家康だけではなかった。
「殿、民部丞殿は大丈夫にございましょうか」
「おお、彦五郎か」
「はっ、あのご様子ではあと半年と持たぬのではないかと思われますが……」
「これ、滅多なことを申すでない!じゃが、もはやあの体では次の冬は越えられまい。ともすれば、一刻も早く新次郎が当主となれるよう足場固めをしておく必要があろう」
同席していた西三河衆を束ねる石川彦五郎家成。彼に家康が打ち明けたのは縁組によって牧野新次郎の立場をより強固なものとすることであった。
「然らば、牛久保牧野家は戦の際には左衛門尉殿の指揮下へ入ることともなりますゆえ、左衛門尉殿との結びつきを強めておくのがよろしいかと」
「うむ、それはわしも同意見じゃ。じゃが、左衛門尉にはわしの従弟にあたる小五郎がおるのみで、新次郎と齢の近い姫がおらぬ。それゆえ、養女を嫁がせるがよかろう、というのがわしの考えじゃ」
「それならば良いやもしれませぬ。ただ、姫を探すだけでも骨が折れそうにございますな」
「その意向だけでも牧野家中に報せておくのが家中統制にも効果覿面となろうか」
「そうですな。殿は家老である左衛門尉殿の養女をゆくゆくは新次郎殿へ嫁がせる心積もりであられる、と聞けば家中一丸となりましょう」
家康の従兄であり西三河衆を束ねる旗頭でもある石川彦五郎の同意を得られた家康は心強く思い、その意向を吉田城の酒井左衛門尉と牛久保城の牧野家中へと使いを派すのであった。
「ともあれ、殿。まずは名実ともに三河国主となられましたこと、心よりお祝い申し上げまする」
「うむ。三河一統と申しても織田家と和議を結んだ際に織田領へ編入された加茂郡西部の高橋群域、水野の伯父御が領する碧海郡西部は除かれるゆえ、完全なものではない」
「それでも、三河から敵勢力を放逐したのでございますから」
「それもそうじゃな。義元公が桶狭間の地にて落命されてから早六年が経とうとしておる。ここまで六年でよくぞ辿り着けたものよ」
家康は遠くを見つめるような眼差しで、永禄三年五月十九日以降の動乱の日々を思い返す。
今川家親類衆として織田・水野を相手に孤軍奮闘し、両者と和睦した後は三河平定のために三河中を軍勢を率いて駆け回った。今川氏真自らの三河遠征、三河一向一揆を乗り越え、今に至る。その道のりのすべてが、長く辛いものであった。
多くの喜びを得たと同時に、数えきれないほど人の命を奪い、奪われてきた。その東奔西走の日々が今、ようやく実を結び、強固な基盤を築くことができたのである。
「殿、ここまでまこと、長き道のりにございましたな」
「うむ。じゃが、今川家との戦はこちらが望まずとも継続されよう。次は遠江制圧、これを見据えて動いていかねばならぬ」
今川義元の七回忌にあたる永禄九年五月十九日を十日前に控えたこの日、三河国主・松平蔵人佐家康は遠江制圧を夢見て、次なる一手を模索していくのであった――
「義秋様、朝廷よりのご使者が到着。おそらくは叙位任官のことにございましょう」
「おお、吉田神社の神主を務めるそなたの伯父、吉田兼右公へ斡旋を依頼しておった件か」
「はい。叔父が水面下で奔走してくださったようにございます」
朝廷からの使者が来訪した。そのことを伝えるのは奉公衆の細川与一郎藤孝であった。彼の母方の伯父が足利義秋の叙位任官を斡旋した吉田神社の神主・吉田兼右なのである。その伝手もあり、こうして足利義秋は朝廷から官位を授けられる運びとなったのである。
本来ならば武家伝奏を経て朝廷に申請するのが正式な手続きであったが、そうできなかったことにも明確な理由が存在した。
「三好三人衆らが担ぎ出した義親めが摂津の普門寺まで進出してきておるせいで、このように御隠密に叙位任官を受けねばならぬとは」
「義秋様、堪えてくださいませ。長らく阿波へ逼塞しておっただけの者を朝廷が将軍と認めるはずがございませぬ」
「当然じゃ!まあ良い、ひとまず使者のもとへ参ろうぞ。与一郎、ついて参れ」
「はっ!」
永禄の政変からあと一月で一年が過ぎようとしている中、未だ京へ帰洛することもできず、近江国に留まったまま。そのことに焦りと不安を抱えたまま、足利義秋は使者と対面を果たす。
「足利義秋殿。この度、貴公を従五位下、左馬頭に任ずることとなりました」
「はっ、ありがたく頂戴いたしまする」
「帝も貴公の帰洛を待ち望んでおられる。そのこと、しかと胸に畳みおきくださいますように」
今回足利義秋が叙位任官されたのは従五位下・左馬頭。中でも左馬頭は次期将軍が就く官職であり、この官職に摂津の普門寺まで進出している義親より義秋を先に任じたことは、朝廷はあくまでも室町将軍の正統な後継者として義秋だと認識していたことを示している。
外気と同じく暖かな気持ちで朝廷の使者との対面を終えた足利義秋は嬉々とした様子で細川与一郎へ話しかけていく。
「聞いたか、与一郎!従五位下の位階と左馬頭の官職を義親より先に得られたことは大きい!」
「いかにも。従五位下ともなれば、義秋様も朝廷内では貴族という扱いになりまする。無位無官の義親など、もはや敵ですらございませぬ」
「うむ!」
「されど、義秋様が望まれる征夷大将軍の座を得られたわけではございませぬ。亡き義輝公は生前には正四位下を得てもおられます。このようなところで満足しておってはなりませぬぞ」
細川与一郎の申すことはその通りであった。今回義秋が任命された従五位下の位階は今後義親も朝廷へ献金して得ることは大いにあり得る。そうなれば、より高い位階を得るべく、精進することが求められる。
「何より、義秋様が京へ帰洛なされることこそ、幕府再興ともなり、征夷大将軍の任命への大きな一歩となりましょう」
「うむ。ともすれば、どれだけ多くの大名を味方に付けられるか、これにかかっておると申したいのだな」
「はっ!」
目下、足利義秋が親密に連絡を取っている大名は三好長慶存命の頃から三好家と度々干戈を交えている近江の六角承禎と河内の畠山高政、兄・義輝と入魂の間柄であった越後の上杉弾正少弼輝虎、六角承禎の娘を正室としている能登の畠山修理大夫義綱といった者たち。
中でも三好氏によって居城の河内高屋城を奪われ、紀伊に没落する憂き目にあった畠山高政は義秋を積極的に支持しており、実弟の政頼に義秋の『秋』の一字を偏諱させ、秋高と名を改めさせたほどである。
そして、矢島に御所を構えることを承諾した近江の六角承禎も義秋の帰洛に積極的であり、最も頼りにしている戦力であった。北近江の浅井備前守長政と織田上総介信長の妹・お市の方の婚儀の仲立ちを務めるなど、背後固めにも余念がなかったほどである。
「義秋様のおかげで六角家と浅井家の戦は小康状態となってもおり、関係は着実に改善してもおります」
「そうであろう。加えて、兄の盟友であった上杉弾正少弼殿のため、甲斐の徳栄軒信玄殿と相模の北条氏政殿へ講和を命じてもおる。北信濃や関東での戦が落ち着けば上杉弾正少弼殿も北陸より加勢に向かっていただけるであろうゆえな」
「それは良き案かと。となりますれば、残るは美濃と尾張にございますか」
「そうなのじゃ。何度も織田上総介殿と一色右兵衛大夫龍興殿へ和解するよう命じておるが、なかなか話がまとまらぬ」
「これまでの織田家と美濃一色家の経緯を踏まえればやむを得ない仕儀と心得まするが、それでは義秋様帰洛に差し障りがございます」
「それゆえに与一郎。そなた、和田伊賀守とともに織田上総介殿と一色右兵衛大夫殿を説得し、和解させて参れ。さすれば織田軍は美濃、南近江を経由して上洛することが可能となるのじゃ」
義秋からの命とあっては否とは申せない細川与一郎は帰洛に関わる重大事にあたるということもあり、その責任感に双肩が押しつぶされるような感覚を覚えながらも和田伊賀守惟政とともに尾張・美濃の停戦を実現させるべく、矢島御所を出立するのであった。
「伊賀守殿、織田と美濃一色の和睦、成し遂げられるでしょうか」
「難しい交渉となろうが、義秋様の御為、成さねばならぬと言うが正しかろう。某は一度上総介殿とお会いしておるゆえ、人柄はよう存じておるが、上洛に否と申しておるわけではない。美濃一色氏との和議を結ぶのも条件次第では受け入れると申してもおられた」
「ならば、難儀なのは美濃の方にございますか」
「そうなるでしょうな」
和田伊賀守の言葉に真の障壁がどこにあるのか、それを再確認した細川与一郎は尾張・美濃において織田家と美濃一色家の和議締結に向けて奔走していくことになる。
そうして上方では足利義秋と足利義親の派閥が虎視眈々と上洛の機会を窺っている頃、家康の三河一統はいよいよ実現する日を迎えた。
翌五月。六日には外祖母であり、駿府では幼年期に育ての母ともなってくれていた源応尼の七回忌を執り行い、その三日後の九日。牛久保城から岡崎城へ一人の国衆が来訪していた。
「松平蔵人佐家康様。牛久保城主、牧野民部丞成定にございまする。この度はご挨拶が遅れましたこと、まこと申し訳ございませぬ」
岡崎城の大広間にて家康へ一礼するのは病身の牛久保牧野家当主・牧野民部丞成定その人であった。昨年より体調を崩すことが多くなった彼が、ようやく岡崎城にて家康を主君と認め、服属を宣誓したのである。
「民部丞殿、ようやくお目にかかれましたな。某が松平蔵人佐家康である」
「はっ、ははっ……!ごほっ、ごほっ……!」
「いかがした、やはり体調が優れぬのか……!」
「はい。病状が軽くなりましたゆえ参上した次第に。それゆえ、まだ病が治癒したわけではないのです」
しばらく咳き込み、まともに離せそうにないかと思われた牧野民部丞であったが、家康は彼の症状が落ち着くまで気長に待つこととし、近侍らに水を運ばせるなどしながらじっと待ち続けていた。
「蔵人佐様、お待たせいたし、申し訳ございませぬ……!」
「構わぬ。今後も病の場合は岡崎に出仕するには及ばぬ。養生に努めるように」
「ははっ、感謝申し上げます……!されど、この身に何かあった折には嫡男の新次郎を後継としていただきたく」
「言われるまでもない。新次郎こそが正当な後継者じゃ。たとえ牧野の御家中でそれに不服を申す者がおれば、この家康が成敗いたすゆえ、案ずるには及ばぬ」
牧野民部丞を服属させたことで名実ともに三河国主となった家康のその一言は大きな意味を持った。だが、病身の牧野民部丞を安心させるにはこの一言をおいて他にはなかった。
齢四十二でいつ死ぬかも分からない病状の牧野民部丞にとって、齢十二の嫡男・新次郎が無事に家督を継承できることこそが唯一の望みと言っても良かった。
「蔵人佐様、加えて言上いたしたきことがございます」
「遠慮のう申されよ」
「はっ、某は病の身にございます。それゆえ、これまで通り軍事と内政の両面につきましては重臣らに一任したく」
「なるほど。その体では政務は執れぬであろうゆえ、認めることといたす。稲垣平右衛門重宗や山本帯刀左衛門成行といった者らにこれまで通り委ねること、この家康が認めようぞ。されど、逆意を抱くことあらば、たちどころに成敗することともなろうゆえ、重臣らへはそのことを民部丞殿からも強く申しておいてはくれまいか」
「ははは、そのくらいのことはお任せくださいませ……げほっ、げほっ……!」
家康としても牧野民部丞が齢四十二にして臥せっていることは牧野重臣らからも届け出があったため、知っていたつもりではあったが、ここまで病が悪化しているとは想定していなかった。
それゆえに、家康としても牛久保牧野家が牧野民部丞の死を契機に乱れるのではないか、今川方へ再度帰属されてはかなわぬ、そんな一抹の不安が心を過ぎった。
「民部丞殿、戦の折には吉田城へ入っておる家老、酒井左衛門尉の指揮下へ入っていただくこととなるゆえ、そのこと重臣一同へもお伝えくだされ」
「はっ、ははっ……!然らば、本日のところはこれにて失礼させていただきまする……!」
咳き込みそうになるのを堪えながら最後の挨拶を終えた牧野民部丞は同行してきた家臣らに肩を貸してもらいながらゆっくりと広間を退出していく。
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「殿、民部丞殿は大丈夫にございましょうか」
「おお、彦五郎か」
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「これ、滅多なことを申すでない!じゃが、もはやあの体では次の冬は越えられまい。ともすれば、一刻も早く新次郎が当主となれるよう足場固めをしておく必要があろう」
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「然らば、牛久保牧野家は戦の際には左衛門尉殿の指揮下へ入ることともなりますゆえ、左衛門尉殿との結びつきを強めておくのがよろしいかと」
「うむ、それはわしも同意見じゃ。じゃが、左衛門尉にはわしの従弟にあたる小五郎がおるのみで、新次郎と齢の近い姫がおらぬ。それゆえ、養女を嫁がせるがよかろう、というのがわしの考えじゃ」
「それならば良いやもしれませぬ。ただ、姫を探すだけでも骨が折れそうにございますな」
「その意向だけでも牧野家中に報せておくのが家中統制にも効果覿面となろうか」
「そうですな。殿は家老である左衛門尉殿の養女をゆくゆくは新次郎殿へ嫁がせる心積もりであられる、と聞けば家中一丸となりましょう」
家康の従兄であり西三河衆を束ねる旗頭でもある石川彦五郎の同意を得られた家康は心強く思い、その意向を吉田城の酒井左衛門尉と牛久保城の牧野家中へと使いを派すのであった。
「ともあれ、殿。まずは名実ともに三河国主となられましたこと、心よりお祝い申し上げまする」
「うむ。三河一統と申しても織田家と和議を結んだ際に織田領へ編入された加茂郡西部の高橋群域、水野の伯父御が領する碧海郡西部は除かれるゆえ、完全なものではない」
「それでも、三河から敵勢力を放逐したのでございますから」
「それもそうじゃな。義元公が桶狭間の地にて落命されてから早六年が経とうとしておる。ここまで六年でよくぞ辿り着けたものよ」
家康は遠くを見つめるような眼差しで、永禄三年五月十九日以降の動乱の日々を思い返す。
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多くの喜びを得たと同時に、数えきれないほど人の命を奪い、奪われてきた。その東奔西走の日々が今、ようやく実を結び、強固な基盤を築くことができたのである。
「殿、ここまでまこと、長き道のりにございましたな」
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百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
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