不屈の葵

ヌマサン

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第4章 苦海の章

第149話 北条氏康、駿三一和を周旋する

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 源応尼の三回忌、富永城への攻撃を控えた五月初旬。法事に戦と慌ただしく支度に追われる元康のもとへ、血相を変えて家老・酒井左衛門尉忠次が駆け込んできた。

 酒井左衛門尉が慌てるということは、東三河八名郡に取り残されている義兄弟・西郷孫九郎の身に何かあったのかと思い、元康も緊張を帯びた面持ちで対面した。

「左衛門尉、さように血相変えて何事ぞ!よもや、西郷孫九郎殿の身にご不幸があったのではあるまいな?」

「いえ!西郷孫九郎殿がことではございませぬ!ひとまず、この書状をご覧いただきたく!」

 蒼ざめる酒井左衛門尉から手渡された書状へ目を落とすと、元康にも酒井左衛門尉が慌てふためく理由が恐怖とともに理解することができた。

 態令啓候、蔵人佐殿・駿州一和之儀、以玉瀧坊申届候、成就於氏康令念願計候、併可在其方馳走候、恐々謹言
 五月朔日 氏康(花押)
 酒井左衛門尉殿

 冒頭の『態』の一字は『態と』であり、わざわざこの書状を書いたということを示している。元康も、この書状の差出人が甲相駿三国同盟の一角をなす北条左京大夫氏康であることを知ると、冒頭の一字が恐ろしく不気味なものに思えてならなかった。

 内容としては元康と駿州こと今川氏真の一和、すなわち和睦のことについて、玉瀧坊を通じて申し届けたことと、その申し届けた内容が成就することを願っており、そのために酒井左衛門尉に尽力してもらいたいといった内容であった。

「左衛門尉。して、玉瀧坊と申されるご使者は何と仰せであったか」

「はっ、ははっ!然らば、使者殿より承ったことをそのまま申し上げまする。『永禄三年より開始された長尾弾正少弼景虎らと興亡をかけた戦いを行うにあたり、娘婿の今川上総介氏真殿は要請に応じて速やかに援軍を派遣してくだされた。それにより、かえって上総介殿の領国が荒れてしまったことに御本城様は心を痛めておられる。京におられる将軍足利義輝様より松平家と今川家の和睦周旋を依頼されたこともあり、こうして動いておる。義に厚い婿殿へのせめてもの返礼として両家の和睦を成立させたい。重ねて申すが、これは将軍の意向でもあるゆえ、そこのところお忘れなきように』とのこと」

「やはりそうであったか。使者の口上と合わせて書状を読むと、なおのこと寒気がして参った」

「はい。ただならぬことゆえ、取り急ぎご報告をと思い、こうしてやって参った次第」

「いや、ご苦労であった。これはなおのこと、富永城攻めを急がねばならぬ。事と次第によっては、水野家に留まらず、織田家へも救援を求めねばならぬ仕儀となろう」

 仮に、今回の北条左京大夫氏康よりの要望を踏みにじる形で今川氏真との和睦を蹴り、戦争を継続した場合、武田家の動きは分からないまでも、少なからず北条家が援軍を派遣してくることは現実的に有り得る。

 そうなれば、水野下野守信元だけでなく、美濃攻めに傾注する織田信長にまで援兵を請わねばならない事態に発展しかねないのだ。

「そうじゃ、殿!水野の名を聞き、思い出したことがございます」

「ほう、思い出したこととな?」

「はい!此度使者として小田原の本山派の修験寺院より参られた玉瀧坊と申される方が、同日付の北条左京大夫殿の書状を緒川の水野下野守殿へも持っていかねばならぬと申しておりました」

「なに、伯父上にも書状を……!?」

 家老である酒井左衛門尉に留まらず、母方の伯父にあたる水野下野守に対しても松平・今川の和睦についての要請をするとは、北条家としても看過できない事態となっていることを示唆していた。

「左衛門尉、東三河へは予定通り出兵とする」

「……承知いたしました。支度はこれまで通り、続けさせていただきまする」

 酒井左衛門尉は駆け込んできた時よりも生気が戻った様子で退出していく。一方で、元康は酒井左衛門尉が恐怖の感情を肩代わりしたような心持ちで瞼を押さえながら考え込んでしまっていた。

「じゃが、ここで退くわけには参らぬのだ。断じてな……」

 元康は敵対する今川家との強力な同盟先である北条家からの圧力に恐れを抱きながらも、今さら退くことはできないのだと自分に言い聞かせるようにして、これまで進めてきたことを継続する方針を変えることはしなかった。

 そうして五月六日。元康は移住してきたばかりの生母・於大の方とともに外祖母・源応尼の三回忌法要を執り行った。

「蔵人佐殿。こうして妾もともに母上の法要へ参加できること、嬉しく思います」

「某も駿府にて大変お世話になりました。まこと母上にとっても実の母であることを実感できる立派なお方にございました」

「そうでしたか。妾は母上の死に目には会えなかったことが唯一の心残り。されど、蔵人佐殿が側におってくださったと聞き、母は涙が出たものです」

「こうして我らが合掌し、法要に母子ともに参列しておること、あの世でさぞかし喜んでおられましょうぞ」

 元康が源応尼を看取ったのは桶狭間合戦のため出陣する直前のことであった。よもや、その二年後には今川家と敵対し、実の母と同じ空間で三回忌法要を執り行えようとは夢にも思っていなかった。

「蔵人佐殿はこれから再び戦とか」

「はい。厭離穢土欣求浄土の旗とともに東三河へ」

「一日も早く民百姓が戦で苦しめられることのない世となりますよう、母はこの地より祈っております」

「お頼み申します。この松平蔵人佐元康、祖父が成し、父の悲願でもあった三河一統を成し、金輪際三河が戦場とさせぬことを、天地神明に誓いましょう」

 今から戦へ向かわんとする我が子へ向ける於大の方の視線。それは我が子とお家の安泰、領内で暮らすすべての者たちが無事であらんことを祈願し、ただ神仏に祈ることしかできない無力な自分を恨めしく思う感情とが混ざり合ったような複雑な心境から出るものであった。

 そうして元康は源応尼の三回忌を済ませると、ただちに岡崎を出陣。翌七日には東海道を通って、富永城との距離は指呼の間とも呼べるほどにまで接近した。

「蔵人佐殿!援軍かたじけのうござる!」

「おお、菅沼新八郎殿。ご無事で何より。さっ、今より富永城を憎き今川の手より取り戻しましょうぞ!」

 菅沼新八郎定盈ら旧領奪還を悲願とする野田菅沼勢と合流した元康は二千に満たない兵で富永城を強攻した。

「さあ、今再び富永城を取り戻すのじゃ!牧野民部丞を追い落とせっ!」

 高らかに元康からの号令が発されると、松平方による城攻めが開始された。降伏勧告の使者を介することなく行われた城攻めに、籠城する牧野勢に動揺が走る。

「殿!松平と菅沼の旗指を確認!数は千五百ほどかと!」

「おう、来たか!我らは本領の牛久保へも兵を割いておるゆえ、寡兵じゃ!されど、負け続きの松平や菅沼なんぞ恐れることはない!我らの恐ろしさ、とくと教えてくれようぞ!」

 本丸に座していた齢三十八となった牧野民部丞成定は勇ましく、家臣らを鼓舞し、迎撃に当たらせた。幾度も牧野家の窮地を救ってきた稲垣重宗をはじめ、能勢甚三、真木清十郎、池田小左衛門といった強者たちが懸命に防戦する。

 その甲斐あってか、松平方も城門を突破し城内へ押し入るのに苦戦を強いられるも、粘り強い松平方の攻撃を前に、ついに大手門を打ち破った。

「申し上げます!菅沼新八郎殿のご家来衆が大手門を破ったとのこと!」

「おお、でかした!我らも後れを取ってはならぬ!大手門へ主力を回すこととしようぞ!」

 元康は伝令からの報告内容に満足し、大手門方面へと軍勢を集中させた。城を攻めるには兵数が不足している以上、一度城内へ突入することに成功した箇所へ戦力を集中投下するしか勝利を収めることはできないと判断してのことであった。

 そんな松平方の主力が槍先揃えて突っ込んでくる状況に、大手門の牧野勢も押され始める。

「ええい!怯むな!これ以上城内へ入れてはならぬ!食い止めよ!」

 稲垣重宗が自ら槍を振るって敵の侵入を阻むが、限度というものがあった。しかし、そこへ本丸にて腰を下ろしていた人物が援軍を率いて加勢したのである。

「と、殿!?ここは危のうございます!何卒お下がりくださいますよう!」

「黙らっしゃい!味方が苦戦するのを指を咥えて見ておれと抜かすか!儂を臆病者と侮るでないわ!」

 そこまで言い終えると、次の瞬間には牧野民部丞自ら腰に差していた自慢の太刀を抜き払ってたちまち敵兵を斬り伏せてみせる。

「者共!ここが正念場ぞ!」

「おお、殿じゃ!殿御自ら戦っておられるぞ!」

 激戦の中、当主自ら敵兵と太刀打ちしちえる。そんな大将自らが最前線へ出てきたことの意味は想像以上に牧野兵の士気を奮い立たせた。

 火事場の馬鹿力ともいうべきか、死ぬ気になった牧野兵の死をも恐れず突っ込んでくる頑強な抵抗に遭い、ついに松平方はそれ以上前進することはおろか、城攻めを諦めて退却せざるを得なくなってしまう。

 かくして松平方は牧野民部丞成定に率いられた稲垣重宗、能勢甚三、真木清十郎、池田小左衛門といった牧野家臣らの力戦により、退却。富永城は奪回ならずという口惜しい結果となった。

 失意の中、西三河への退却を余儀なくされた元康は菅沼新八郎を道中で宥めながら、東海道を西へ進み、岡崎城へと帰還した。

 そんな折のことであった。水野下野守信元に代わり、叔父の水野織部が畏まった様子で訪ねてきたのは。

「おお、これは伯父上。此度はいかなるご用にございましょうか」

「うむ。然らば、蔵人佐殿にはこの書状をご一読願いたい」

 異様なほどに落ち着き払った生母・於大の方の同母兄にあたる水野織部の懐から一通の書状が取り出される。こうして書状が出されることに対して、嫌な予感がした元康であったが、図らずもその予感が的中することとなる。

 久不能音問候、抑近年対駿州被企逆意ノ由、誠以歎敷次第候、就之自駿府当方へ出陣ノ儀、承候間、氏康自身出馬無拠歟、 州閣急敵、於三州弓矢無所栓候、去年来候筋日駿三和談念願、就中三悪相如筋語ハ、就彼調仰成下京都御下知、当国ヘモ被 書由、各御面目到候哉、松平方へ有意見、早々落着候様、偏ニ其方可有御馳走候、委細口上申含候間、令省略候、恐々謹言
 五月朔日 氏康(花押)
 水野下野守殿

 酒井左衛門尉忠次へ宛てた同日付の北条左京大夫氏康からの書状にも目を通した元康には、この書状から途轍もない激情が感じられた。

 まず、水野下野守が今川家に叛逆していることを嘆かわしく思っていると述べ、今川家から北条家へ援軍要請が成されていると綴られている。

 しかも、そんな今川家からの要請に対して、関東での仇敵、すなわち上杉弾正少弼輝虎との戦いを差し置いてでも出陣すると記しているのだ。氏真とともに北条氏康自ら松平もろとも水野を攻め潰すと暗に仄めかしているような文面は、酒井左衛門尉に宛てた書状よりも威圧感を帯びたものであった。

「お、伯父上。使者の名は玉瀧坊と申される方ではございませんでしたか」

「そのような名でござった。兄は蔵人佐殿と協議し、事が成せるよう尽力いたすと返答し、丁重に使者をお返しになりました」

 元康は水野織部からの言葉を聞き、尽力いたすとは神妙な言い回しであると笑いそうになった。はなから和睦調停などするつもりもないくせに、そのことを詰られれば尽力したものの成就とはなりませなんだ、とにべもなく言い返すに違いない。

「いや、実は当家にも一通相模より書状が届いておりましてな。その写しが二通ございますゆえ、まとめてお持ち帰りいただけませぬか」

「ほう、二通と。承知いたした。しかとお渡しいたそうほどに安心召されよ」

 察しの良い水野織部はクスッと笑いながら元康の依頼を受け、酒井左衛門尉経由で書状の写しを二通持ち帰り、緒川と清須へしかと送り届けたのであった。

「殿、やはり水野下野守殿はしたたかな御仁にございますな」

「ははは、敵にすると厄介なお人じゃが、味方とすれば実に心強い。あれほど敵意が窺い知れる書状に目を通し、使者へ平然と切り返せる胆力は見習わねばなるまい」

「まことに。某も家老として慌てふためくことのないよう、精進せねばなりませぬ」

「それはわしとて同じことよ。わしの伯父上のようにしたたかに立ち回らねば、この乱世を生き抜くことはできぬと思う」

 元康は平伏する酒井左衛門尉を見やりながら、脇息のしたで小さく震える拳をもう一方の拳で覆い隠すのであった。
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