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第4章 苦海の章
第152話 門松は冥土の旅の一里塚
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松平元康による一宮砦救援は見事に成功。今川軍は何ができるわけでもなく、指を咥えて見ていただけではないか。
そう揶揄されても仕方ない、不甲斐ない結果に終わったかに見える一之宮の後詰であるが、今川軍にほぼ無傷で一宮砦を譲ったことにもなり、さほど氏真は悔しいという感情は抱いていなかった。
「御屋形様、蔵人佐めは榊原弥平兵衛忠政といった旗本を引き連れて一宮砦へ来援し、本多百助信俊ら砦の守備兵らを救出して撤退したとの由」
「ははは、そうか。では、砦は無傷で手に入ったというわけか」
「はい。少々手狭ではございますが、拡幅すればより多くの兵や物資を詰めることも可能であるかと」
「ならば、そのまま野田城攻めの拠点として使えるであろう。蔵人佐の置き土産じゃと思うて存分に使ってやろうぞ」
――置き土産。
そう言われると、報告のために参上した三浦右衛門大夫真明も活用しなければ損したような心地がしてくるのだから不思議なものである。
「包囲しておる者から献上された絵図を見た限り、そもそも小高い段丘のうえにあり、北からの侵攻は堀切で防ぎ、西の虎口は枡形にもなっておるゆえ、千で守れば敵の攻撃も凌げよう」
「いかにも。然らば、この砦は牧野民部丞ら牧野勢に守らせまするか」
「それが良かろう」
松平勢が捨てていった一宮砦の処理について一段落したところで、三浦右衛門大夫は吉田城に残る父・大原肥前守資良より届いた書状にあった内容を報告することとした。
「御屋形様。今朝がた父より届いた書状にございまする。これに記された事柄は吉田城だけでなく、この牛久保城下でも確認されておりますれば」
「見せよ」
三浦右衛門大夫から大原肥前守の書状へ視線を落とす今川上総介氏真。だが、その内容があまりに滑稽であったため、一笑に付した。
「右衛門大夫。すでに飯尾豊前守や井伊肥後守が蔵人佐に調略されており挙兵して予の退路を断つ、駿府におる我が祖父無人斎道有が甲斐におる息子の徳栄軒殿と通じて挙兵するなどと、実にくだらぬ」
「されど、万が一にも後方で不測の事態あらば、我らは後に退けなくもなりまする」
「それもそうか。何より、これほどの大軍でこれ以上長陣は厳しいであろうし、此度の遠征はこれまでとし、予もまた駿府へ引き揚げることとしようぞ」
「ははっ!然らば、その旨を全軍へ伝えて参りまする」
「うむ、頼む」
三浦右衛門大夫が一礼して退出していくと、ようやく氏真はひと息つくことができた。
飯尾豊前守連龍、井伊肥後守直親らが怪しいと言われれば、彼らの挙動は確かにおかしくも思えてくる。だが、さすがに駿府にいる外祖父・無人斎道有までもが寝返るなどとはどうしても思えなかった。
それでも、後方で何かあっては元康を攻めている場合ではないことも理解しているがゆえに、今回は全軍に撤退を命じる決断をしたのである。
氏真としては東三河での戦局は優勢を維持することができ、三河国衆らに援軍として当主自らが出陣してくることもできるのだということを事実として示すことができただけでも大きな成果とも言えた。
そうして氏真は内心では未だに弟分という認識が抜けきらない元康との直接対決を避けることができたことにも安堵しつつ、東三河から撤兵。
六月もまもなく下旬に入ろうかという頃、遠州を通過して駿府館へ帰還したのであったが、三浦備後守正俊が血相を変えて氏真を出迎えたのである。
「おお、備後守ではないか。いかがした」
「御屋形様、昨年甲斐の武田信玄殿よりいただいた書状に対して、返書は出されましたか」
「返書とな?」
三浦備後守からの突然の確認内容に氏真も思い出すのに戸惑ったが、思い当たる節があり、青ざめた。
武田信玄より書状を送られたのは去年。そして、今は年も変わって六月。さすがに返書を出していないのは武田信玄を怒らせても仕方ない。そのことに思い至り、氏真は急いで返書をしたためていく。
御帰陣之上早々可申之処、少取乱候而、遅々意外之至候、仍去年以随波斎申候之処、以一書承之候、得其意 穏便可申候、就御在陣遅引非疎意候、只今存分以定林院令申候、於氏真聊無別儀候、将亦初秋至三州可出馬候、如兼約御合力候者、可為祝着候、此時御入魂偏憑存候、於様体者彼付口上候、猶三浦備後守可申候、恐々謹言
六月廿日 氏真(花押影)
徳栄軒
家臣の随波斎を通じて武田信玄と連絡を取っており、そのことについての武田信玄からの返事を受け取っていた。にもかかわらず、今の今まで返事を出せなかったことを氏真は詫びるところから書状を書き始めている。
そんな書状には氏真は信玄へ詫びつつ、定林院を通じて自らの考えを述べさせていることもしっかりと記されていた。
しかも、書状の後半部分には元康が知ったならば仰天すること間違いなしの内容まで記されている。『今年の初秋には三河へ出馬する予定なので、かねての約束の通り合力してほしい。それをひとえにお願いする』と。
「備後守!書状が仕上がったぞ!」
「はっ、この文面でよろしかろうかと。されど、信玄殿は三河へ援軍を派遣してくださいましょうか?」
「派遣してくださるであろう。当家と蔵人佐の争いが拡大すれば境を接する東美濃や南信濃、北遠江にも余波が広がろう。そうなっては徳栄軒殿にとっても座視できぬ仕儀となろう。天文から弘治にかけて徳栄軒殿は越後の長尾弾正少弼との戦に忙殺されていたにもかかわらず、この地域の国衆が当家に反旗を翻し、美濃の斎藤や尾張の織田と結んで混乱をもたらした過去もある」
「まこと御屋形様の仰られる通りにございますな。あれには義元公も手を焼き、鎮定するのに苦労しておられたのを今でもよう覚えておりますれば」
「そうであろう。ともすれば、必ずや徳栄軒殿も尽力くださるに相違ない。そなたからも口上として諸々伝えておいてくれよ」
「ははっ!委細承知いたしました!では、某はこれにて失礼いたしまする!」
三浦備後守に書状を預け、今川氏真がようやく一息ついて出陣の疲労を癒やすことができようかという頃、同盟先の北条家と武田家は上杉家との戦いで忙しなかった。
七月、齢三十三となった上杉弾正少弼輝虎が関東を空けて越中へ出陣し、椎名康胤を圧迫する神保長職を降伏させるべく動いている頃を見計らい、北武蔵の松山城にて扇谷上杉を再興させていた上杉憲勝を降伏させるべく、五万を超える北条・武田連合軍が動き出したのである。
そんな状況では氏真の願いも空しく、武田家からの援軍を得ての三河侵攻は実現することはなかった。なぜなら、北武蔵の松山城攻めが陥落するのは翌年の三月となるのだから――
北条家と武田家の攻勢によって上杉家とそれに与する勢力は劣勢となっていたが、今川家の同盟先の二家が関東に釘付けとなる状況に変わりはなかった。
今川家の軍事行動が停止した七月。同月三日には菅沼新八郎定盈率いる野田菅沼勢が野田領の富永・広瀬にて今川方と衝突するなど、東三河での松平方と今川方の戦いは熾烈を極めていた。
そうして七月も戦に次ぐ戦で両軍が疲弊する中、五井松平家にて不幸があった。二十六日、とうの昔に隠居していた松平太郎左衛門元心がこの世を去ったのである。享年八十二。
元康が生まれたばかりの頃に『竹千代』と名付けた高祖父・松平長親の従兄弟にあたるのが、五井松平太郎左衛門元心という人であった。分かりやすく言い換えれば、祖父の祖父の従兄弟といったところか。
ともあれ、五井松平家を長く隠居の身として支えてきた長老の死を悼み、元康も五井城へと足を運び、松平太郎左衛門元心の曾孫で現当主を務める松平弥九郎景忠とその子・弥三郎と対面していた。
「弥九郎殿。心底よりお悔やみ申し上げる」
「蔵人佐殿にそう申していただけただけで、曽祖父も浮かばれましょう」
「まこと、そうであれば良いのですが」
故人を悼み、そっと目を閉じる二十一歳の元康と二十二歳の五井松平家当主・弥九郎景忠。そんな二人の若武者が身動き一つ取らずにじっとしている状況に耐えられなくなったのか、三ツになった松平弥三郎が父の袖をくいくいと引っ張る。
「おお、弥九郎殿。ご子息は父と遊びたいのだそうな」
「弥三郎、これにおられるはそなたの主君じゃ。主君の前でわがままなど言ってはならぬ。大人しく座っておらぬか」
松平弥九郎としては𠮟りつけたつもりはなかったのだが、当の弥三郎は叱られたと思ったのか、大声で泣き出してしまう。
「ええい、泣くな!武士の子がそのようにめそめそと!」
「弥九郎殿、そのように怒ってはならぬ」
「はっ、も、申し訳ござらぬ」
「良いか、修行と思え。決して、力を持たざる子供に力を行使してはならぬ。そういう修行だと思えば、松平弥九郎景忠ほどな武士であれば耐えられようが」
「い、いかにも。某が未熟でござった」
「いやはや、弥九郎殿だけではござらぬ。某とて、竹千代がわがままを申したならば、同じように怒っておったであろう」
元康の言葉を純粋に聞き入れた松平弥九郎は不器用ながら、弥三郎の頭をごつごつとした手で撫でて落ち着かせると、手を叩いて妻を呼び、泣き止んだ弥三郎を預けて下がらせたのであった。
「あれが弥九郎殿の奥方か」
「いかにも。気立てが良く、某も幾度となく助けられておりますれば」
「左様か。たしか小栗正重の娘で酒井将監忠尚の養女として輿入れしたのであったか」
以前、大樹寺で対面した時にしていた話を思い出したようにきり出す元康に松平弥九郎は相槌を打つ。
「おっしゃる通りにございまする。して、近ごろは将監殿の噂をあまり耳にせぬのですが、何ぞ体調でも崩しておられるのでしょうや」
「うむ。上野城に籠もることが多くなった。年が年じゃし、岡崎城まで出仕するのが厳しくなったのやもしれぬ」
「なるほど。もし病床に臥しておるのであらば、見舞いの品でも贈るといたそう」
「それは酒井将監も喜ぶことであろう。血の繋がりはないとはいえ、弥三郎殿は孫にもあたることでもある。近ごろの様子を書き送ってやるだけでも気力が戻ってくるやもしれぬ」
上野城主として元康を支える老臣・酒井将監忠尚。三河一のおとなとまで言われる傑物であるが、体調でも優れぬのか、岡崎城への出仕も途絶えがちであった。
しかし、元康としては初陣以前からも松平家を支え続けている酒井将監を労わりたい気持ちもあるため、出仕しろなどと無理を言うつもりもなく、当人の自由意志に任せていた。
「まあ、甥にあたる左衛門尉が家老として張り切ってもおるゆえ、酒井将監としては張り合いが亡くなって来ておるのであろうか」
「そういえば、その左衛門尉殿は蔵人佐殿の叔父となられたとか」
「うむ。元は長沢松平家の政忠殿に嫁いでおったが死別してしまったゆえ、再婚したのじゃ。仲睦まじくしておるようじゃし、子が生まれるのも時間の問題であろう」
「それはようございました。もし左衛門尉殿にお子ができたならば、蔵人佐殿にとっても従弟。貴重な一門衆ともなりましょう」
「それもそうじゃな。竹千代にとっても年の近い一門ともなろうゆえ、喜ぶであろう」
今誕生すれば、自分とは二回りも齢の違う従兄弟ともなるが、竹千代としては限りなく年の近い良き一門衆となることは間違いなかった。
「そうじゃ、蔵人佐殿より丸根砦攻めの褒美として賜った金盃にございまするが、大事に保管させていただいておりまするぞ」
「おお、そういえば金盃を授けたが、永禄三年のことゆえ二年も前のことにもなるか」
「まこと、月日が流れるのは早うございまする。このままでは、あっという間に竹千代殿も弥三郎も元服となりましょう」
「うむ。ともすれば、その頃には我らは齢三十を超えておる。まだまだ先のことのようじゃが、そう思うておるうちに訪れるのであろう」
二十代の若武者二人であるが、父としての述懐は言葉の一つ一つに重みを感じる何かがあったが、同時に楽しみに思っていることも彼らの表情が物語っている。
「さて、弥九郎殿。長居してしまい、相済まぬ。某はそろそろ岡崎へ戻らせていただく」
「此度は曽祖父の弔問のため、お越しいただけたことまこと嬉しゅうございました」
「うむ。まだまだ東三河では戦が続くことにもなろうが、五井松平を頼りにしておる。今後ともよろしく頼む」
元康は松平太郎左衛門元心の死により五井松平家中において混乱が生じていないことを確かめられたことに満足し、近侍らを伴って岡崎城への帰路につくのであった。
そう揶揄されても仕方ない、不甲斐ない結果に終わったかに見える一之宮の後詰であるが、今川軍にほぼ無傷で一宮砦を譲ったことにもなり、さほど氏真は悔しいという感情は抱いていなかった。
「御屋形様、蔵人佐めは榊原弥平兵衛忠政といった旗本を引き連れて一宮砦へ来援し、本多百助信俊ら砦の守備兵らを救出して撤退したとの由」
「ははは、そうか。では、砦は無傷で手に入ったというわけか」
「はい。少々手狭ではございますが、拡幅すればより多くの兵や物資を詰めることも可能であるかと」
「ならば、そのまま野田城攻めの拠点として使えるであろう。蔵人佐の置き土産じゃと思うて存分に使ってやろうぞ」
――置き土産。
そう言われると、報告のために参上した三浦右衛門大夫真明も活用しなければ損したような心地がしてくるのだから不思議なものである。
「包囲しておる者から献上された絵図を見た限り、そもそも小高い段丘のうえにあり、北からの侵攻は堀切で防ぎ、西の虎口は枡形にもなっておるゆえ、千で守れば敵の攻撃も凌げよう」
「いかにも。然らば、この砦は牧野民部丞ら牧野勢に守らせまするか」
「それが良かろう」
松平勢が捨てていった一宮砦の処理について一段落したところで、三浦右衛門大夫は吉田城に残る父・大原肥前守資良より届いた書状にあった内容を報告することとした。
「御屋形様。今朝がた父より届いた書状にございまする。これに記された事柄は吉田城だけでなく、この牛久保城下でも確認されておりますれば」
「見せよ」
三浦右衛門大夫から大原肥前守の書状へ視線を落とす今川上総介氏真。だが、その内容があまりに滑稽であったため、一笑に付した。
「右衛門大夫。すでに飯尾豊前守や井伊肥後守が蔵人佐に調略されており挙兵して予の退路を断つ、駿府におる我が祖父無人斎道有が甲斐におる息子の徳栄軒殿と通じて挙兵するなどと、実にくだらぬ」
「されど、万が一にも後方で不測の事態あらば、我らは後に退けなくもなりまする」
「それもそうか。何より、これほどの大軍でこれ以上長陣は厳しいであろうし、此度の遠征はこれまでとし、予もまた駿府へ引き揚げることとしようぞ」
「ははっ!然らば、その旨を全軍へ伝えて参りまする」
「うむ、頼む」
三浦右衛門大夫が一礼して退出していくと、ようやく氏真はひと息つくことができた。
飯尾豊前守連龍、井伊肥後守直親らが怪しいと言われれば、彼らの挙動は確かにおかしくも思えてくる。だが、さすがに駿府にいる外祖父・無人斎道有までもが寝返るなどとはどうしても思えなかった。
それでも、後方で何かあっては元康を攻めている場合ではないことも理解しているがゆえに、今回は全軍に撤退を命じる決断をしたのである。
氏真としては東三河での戦局は優勢を維持することができ、三河国衆らに援軍として当主自らが出陣してくることもできるのだということを事実として示すことができただけでも大きな成果とも言えた。
そうして氏真は内心では未だに弟分という認識が抜けきらない元康との直接対決を避けることができたことにも安堵しつつ、東三河から撤兵。
六月もまもなく下旬に入ろうかという頃、遠州を通過して駿府館へ帰還したのであったが、三浦備後守正俊が血相を変えて氏真を出迎えたのである。
「おお、備後守ではないか。いかがした」
「御屋形様、昨年甲斐の武田信玄殿よりいただいた書状に対して、返書は出されましたか」
「返書とな?」
三浦備後守からの突然の確認内容に氏真も思い出すのに戸惑ったが、思い当たる節があり、青ざめた。
武田信玄より書状を送られたのは去年。そして、今は年も変わって六月。さすがに返書を出していないのは武田信玄を怒らせても仕方ない。そのことに思い至り、氏真は急いで返書をしたためていく。
御帰陣之上早々可申之処、少取乱候而、遅々意外之至候、仍去年以随波斎申候之処、以一書承之候、得其意 穏便可申候、就御在陣遅引非疎意候、只今存分以定林院令申候、於氏真聊無別儀候、将亦初秋至三州可出馬候、如兼約御合力候者、可為祝着候、此時御入魂偏憑存候、於様体者彼付口上候、猶三浦備後守可申候、恐々謹言
六月廿日 氏真(花押影)
徳栄軒
家臣の随波斎を通じて武田信玄と連絡を取っており、そのことについての武田信玄からの返事を受け取っていた。にもかかわらず、今の今まで返事を出せなかったことを氏真は詫びるところから書状を書き始めている。
そんな書状には氏真は信玄へ詫びつつ、定林院を通じて自らの考えを述べさせていることもしっかりと記されていた。
しかも、書状の後半部分には元康が知ったならば仰天すること間違いなしの内容まで記されている。『今年の初秋には三河へ出馬する予定なので、かねての約束の通り合力してほしい。それをひとえにお願いする』と。
「備後守!書状が仕上がったぞ!」
「はっ、この文面でよろしかろうかと。されど、信玄殿は三河へ援軍を派遣してくださいましょうか?」
「派遣してくださるであろう。当家と蔵人佐の争いが拡大すれば境を接する東美濃や南信濃、北遠江にも余波が広がろう。そうなっては徳栄軒殿にとっても座視できぬ仕儀となろう。天文から弘治にかけて徳栄軒殿は越後の長尾弾正少弼との戦に忙殺されていたにもかかわらず、この地域の国衆が当家に反旗を翻し、美濃の斎藤や尾張の織田と結んで混乱をもたらした過去もある」
「まこと御屋形様の仰られる通りにございますな。あれには義元公も手を焼き、鎮定するのに苦労しておられたのを今でもよう覚えておりますれば」
「そうであろう。ともすれば、必ずや徳栄軒殿も尽力くださるに相違ない。そなたからも口上として諸々伝えておいてくれよ」
「ははっ!委細承知いたしました!では、某はこれにて失礼いたしまする!」
三浦備後守に書状を預け、今川氏真がようやく一息ついて出陣の疲労を癒やすことができようかという頃、同盟先の北条家と武田家は上杉家との戦いで忙しなかった。
七月、齢三十三となった上杉弾正少弼輝虎が関東を空けて越中へ出陣し、椎名康胤を圧迫する神保長職を降伏させるべく動いている頃を見計らい、北武蔵の松山城にて扇谷上杉を再興させていた上杉憲勝を降伏させるべく、五万を超える北条・武田連合軍が動き出したのである。
そんな状況では氏真の願いも空しく、武田家からの援軍を得ての三河侵攻は実現することはなかった。なぜなら、北武蔵の松山城攻めが陥落するのは翌年の三月となるのだから――
北条家と武田家の攻勢によって上杉家とそれに与する勢力は劣勢となっていたが、今川家の同盟先の二家が関東に釘付けとなる状況に変わりはなかった。
今川家の軍事行動が停止した七月。同月三日には菅沼新八郎定盈率いる野田菅沼勢が野田領の富永・広瀬にて今川方と衝突するなど、東三河での松平方と今川方の戦いは熾烈を極めていた。
そうして七月も戦に次ぐ戦で両軍が疲弊する中、五井松平家にて不幸があった。二十六日、とうの昔に隠居していた松平太郎左衛門元心がこの世を去ったのである。享年八十二。
元康が生まれたばかりの頃に『竹千代』と名付けた高祖父・松平長親の従兄弟にあたるのが、五井松平太郎左衛門元心という人であった。分かりやすく言い換えれば、祖父の祖父の従兄弟といったところか。
ともあれ、五井松平家を長く隠居の身として支えてきた長老の死を悼み、元康も五井城へと足を運び、松平太郎左衛門元心の曾孫で現当主を務める松平弥九郎景忠とその子・弥三郎と対面していた。
「弥九郎殿。心底よりお悔やみ申し上げる」
「蔵人佐殿にそう申していただけただけで、曽祖父も浮かばれましょう」
「まこと、そうであれば良いのですが」
故人を悼み、そっと目を閉じる二十一歳の元康と二十二歳の五井松平家当主・弥九郎景忠。そんな二人の若武者が身動き一つ取らずにじっとしている状況に耐えられなくなったのか、三ツになった松平弥三郎が父の袖をくいくいと引っ張る。
「おお、弥九郎殿。ご子息は父と遊びたいのだそうな」
「弥三郎、これにおられるはそなたの主君じゃ。主君の前でわがままなど言ってはならぬ。大人しく座っておらぬか」
松平弥九郎としては𠮟りつけたつもりはなかったのだが、当の弥三郎は叱られたと思ったのか、大声で泣き出してしまう。
「ええい、泣くな!武士の子がそのようにめそめそと!」
「弥九郎殿、そのように怒ってはならぬ」
「はっ、も、申し訳ござらぬ」
「良いか、修行と思え。決して、力を持たざる子供に力を行使してはならぬ。そういう修行だと思えば、松平弥九郎景忠ほどな武士であれば耐えられようが」
「い、いかにも。某が未熟でござった」
「いやはや、弥九郎殿だけではござらぬ。某とて、竹千代がわがままを申したならば、同じように怒っておったであろう」
元康の言葉を純粋に聞き入れた松平弥九郎は不器用ながら、弥三郎の頭をごつごつとした手で撫でて落ち着かせると、手を叩いて妻を呼び、泣き止んだ弥三郎を預けて下がらせたのであった。
「あれが弥九郎殿の奥方か」
「いかにも。気立てが良く、某も幾度となく助けられておりますれば」
「左様か。たしか小栗正重の娘で酒井将監忠尚の養女として輿入れしたのであったか」
以前、大樹寺で対面した時にしていた話を思い出したようにきり出す元康に松平弥九郎は相槌を打つ。
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「うむ。上野城に籠もることが多くなった。年が年じゃし、岡崎城まで出仕するのが厳しくなったのやもしれぬ」
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しかし、元康としては初陣以前からも松平家を支え続けている酒井将監を労わりたい気持ちもあるため、出仕しろなどと無理を言うつもりもなく、当人の自由意志に任せていた。
「まあ、甥にあたる左衛門尉が家老として張り切ってもおるゆえ、酒井将監としては張り合いが亡くなって来ておるのであろうか」
「そういえば、その左衛門尉殿は蔵人佐殿の叔父となられたとか」
「うむ。元は長沢松平家の政忠殿に嫁いでおったが死別してしまったゆえ、再婚したのじゃ。仲睦まじくしておるようじゃし、子が生まれるのも時間の問題であろう」
「それはようございました。もし左衛門尉殿にお子ができたならば、蔵人佐殿にとっても従弟。貴重な一門衆ともなりましょう」
「それもそうじゃな。竹千代にとっても年の近い一門ともなろうゆえ、喜ぶであろう」
今誕生すれば、自分とは二回りも齢の違う従兄弟ともなるが、竹千代としては限りなく年の近い良き一門衆となることは間違いなかった。
「そうじゃ、蔵人佐殿より丸根砦攻めの褒美として賜った金盃にございまするが、大事に保管させていただいておりまするぞ」
「おお、そういえば金盃を授けたが、永禄三年のことゆえ二年も前のことにもなるか」
「まこと、月日が流れるのは早うございまする。このままでは、あっという間に竹千代殿も弥三郎も元服となりましょう」
「うむ。ともすれば、その頃には我らは齢三十を超えておる。まだまだ先のことのようじゃが、そう思うておるうちに訪れるのであろう」
二十代の若武者二人であるが、父としての述懐は言葉の一つ一つに重みを感じる何かがあったが、同時に楽しみに思っていることも彼らの表情が物語っている。
「さて、弥九郎殿。長居してしまい、相済まぬ。某はそろそろ岡崎へ戻らせていただく」
「此度は曽祖父の弔問のため、お越しいただけたことまこと嬉しゅうございました」
「うむ。まだまだ東三河では戦が続くことにもなろうが、五井松平を頼りにしておる。今後ともよろしく頼む」
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炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
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偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
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虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
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貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
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