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第4章 苦海の章
第161話 骨肉の争いなき国を夢見て
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永禄六年八月二日。名を新たに松平家康とした彼はこの日、育ての母親ともいえる随念院の三回忌を迎えていた。
家康は三河一統を実現するため、東三河で敵対している今川方の動向にも気を配りながら、岡崎より北に位置する上野城の酒井将監忠尚離反への対処も行わなければならない事態が続いていた。
そのような中で執り行われた随念院の法要であったが、内心で感じている焦燥感を微塵も滲ませることなく、つつがなく終えた家康。
そんな家康のもとへ、家老である石川与七郎数正が四方へ放った草の者から得た情報などを携えて登城してきたのである。
「殿、上野城の酒井将監にございまするが、やはり当家に従うつもりは毛頭ないとの一点張りにございました」
「左様であったか。身内の左衛門尉が働きかけても同じであったか」
「はい。甥の左衛門尉殿の言葉にも耳を貸すことはない様子。ここは心を鬼にする必要があるのではないかと」
「そうであろうな。加えて、酒井将監がことじゃ。放っておいては大給城の松平和泉守や足助真弓山城の鈴木重直と連携する恐れもあろう」
家康が懸念する事柄としては、随念院の実子である大給松平家の松平和泉守親乗や、夫であった鈴木重直といった反家康を掲げる勢力を結びつくこと。そうなっては、滝脇城の松平出雲守乗高だけでは到底抑えきれない勢力になっていくのは必定ともいえた。
「上野城に信濃から来た僧侶だの、駿河から旅して参った僧侶だの、怪しげな者も出入りしておるとか。あまり野放しにいたしますと、不都合極まりないかと存じまする」
「やはり今川や武田も暗躍しておると見える。されど、決め手に欠くのじゃ。東三河までも警戒せねばならぬ今では、城攻略に割けるだけの兵力が足らぬ」
東三河の今川方と隣接している松平家の兵力を動員しては攻めてくださいと言っているようなもの。しかも、東三河の野田菅沼氏や西郷氏をむしろ救援に向かわなければならない立場でもあるのだ。家康としても、即断即決できるような事柄ではなかった。
「そうです、遠江や駿河に放った草の者から面白き報告がございました」
「なに、面白き報告とな。遠慮することはない。申してみよ」
「はっ、然らば申し上げまする。どうやら今川の領内では三州急用との名目で課せられた徴税への不満が高まっておるとのこと」
「ほう、わしを成敗せんがための徴税が反発を招いておると申すか」
「はい。それが、今川氏真自らは軍勢を率いて駿府を発し、相模へ入ったとのことで。三河侵攻のための徴税であるのに、関東へ出陣したことが背後にある様子」
家康も今川領国のすべてを把握しているわけではない。しかし、自分が未だに今川家の従属国衆という立場であった時、織田を征伐するといって臨時徴税まで行ったにもかかわらず、それを有言不実行のまま終えた時、己が何を想うかを考えれば自ずと答えが見えるような気もしてくる。
「酒井将監と呼応しての動きと見ゆるが、東三河へ三浦備後守を派遣したのみ。おそらく、将監めも焦っておろう」
「そうでありましょうな。されど、初戦で我らに敗北を喫し、数多の将兵が失っておりまする。打って出て野戦を仕掛ける気力はございますまい」
家康としても石川与七郎数正の意見には同意するところ。だが、何分にも酒井将監忠尚という男は底知れぬ傑物である。打って出てこないと見せて、打って出て来る可能性は十分にある。
「よいか、与七郎。酒井将監という男は油断ならぬ。滝脇城の松平出雲守にも何かあったらすぐにも報せるよう、改めて伝えておかねばならぬ」
「承知いたしました。苅谷の水野下野守殿へも使者を派遣して知らせておきましょうか」
「おお、それもそうじゃ。加茂郡ともなれば、小牧山城の織田上総介殿へも助力を願うやもしれぬと使者を立てておこうぞ」
同盟先である小牧山城の織田上総介信長、苅谷城の水野下野守信元にも協力してもらう可能性。
この選択肢は家康としても最終手段ともいえることだが、加茂郡での変事とあっては、両者にとっても見過ごせない事態であるため、他人事として扱われる可能性は低いというのが家康の見立てであった。
「殿。当の今川氏真自らが率いる今川軍は相模国にて北条家当主と御隠居が指揮する北条軍と合流し、上野国方面からは当主自らが采配を執る武田軍も侵攻を開始するとのこと。甲相駿三国同盟の三当主揃い踏みでの関東での攻勢が行われんとしておる様子」
「それは三国同盟以来初のこと。それがどこまでの成果を挙げるかまではわしにも分からぬ。じゃが、与七郎が申したきことは、上野城を攻め落とすならば今しかないということであろう。違うか」
「仰せの通りにございまする。この戦、今川氏真が今一度三河へ入るなどということがあっては、今度こそ当家は窮地に立たされまする。それだけは是が非でも回避せねばならぬ正念場であると心得まする」
「それについてはわしも同意見じゃ。されど、そなたが聞かせてくれた今川家の領国がことを鑑みるに、手立てを講じることはできるように思う」
「調略、にございまするか」
石川与七郎の言葉に家康は大きく頷いた。東三河の切り崩しには手間取っているものの、領国内で不満が蓄積しているというのならば、東三河に隣接する遠江を調略で荒らしまわるということも一手になり得るのではないか。それが家康の思い描く最良の一手であった。
そうして家康が内憂外患に悩む頃、永禄六年八月。各地の戦国大名の間にも動きがあった。
越前の朝倉義景が家臣たちを統制する力を失った若狭守護の武田義統の治める隣国・若狭へと出兵。朝倉軍が攻撃したのは守護の武田義統ではなく、丹波国の松永長頼と通じて謀反を起こしていた粟屋勝久であった。以後、朝倉家はたびたび若狭へと出兵を繰り返すようになる。
そんな朝倉義景麾下の越前勢と、家康は七年後には戦場で出会うこととなる。
そして、畿内で大きな権力を持つ三好長慶の嫡子が早世したのもこの八月のこと。これによって、三好長慶の弟・十河一存の子である十河重存が三好長慶の養子に迎えられることとなった。
十河重存の他にも甥と呼べる人物はいるにも関わらず、三好長慶の養子として選ばれたのが彼だったのか。それは十河重存の生母が九条家の出身であったからである。
当時、三好家は第十二代将軍・足利義晴、第十三代将軍・足利義輝と対立したことがあった。その二人の将軍の正室を輩出したのが近衛家。その近衛家と対立していたのが、九条家であった。
そうした三好家と九条家、足利将軍家と近衛家という対立図式から、後継者として選ばれたのが十河重存であった。彼こそ、後に三好義継として家康の同盟者・織田信長と干戈を交えることになる人物なのである。
さらに、三十七年後には家康が対決することにもなる毛利家では、当主・毛利隆元が死去したことに伴い、その子・毛利輝元が家督を継承したのもこの頃であった。これより後、信長や家康と関わりの生まれる人物たちが戦国乱世で活躍しだしたのが、この辺りの時期でもあったのだ。
――閑話休題
五本松城の戦いや藤波畷の戦いから丸二年が過ぎたことを意味する永禄六年九月。この月も各地で動きがあった。
北条・今川連合軍は太田三楽斎道誉の武蔵国岩槻城を攻略できずに撤退することになった中、上野国から侵攻した武田軍だけは戦果を挙げるに至った。
しかし、それは武田氏を除く北条家と今川家の軍勢はほとんど成果を挙げることはなく、甲相駿三国同盟の当主揃い踏みの戦いは幕引きとなり、それぞれの軍は国元へ引き揚げることとなってしまったのである。
そんな中、今川領国である遠江国宇津山城では九月二十一日、異変が起こった。
「真次!これは一体どういうことか!」
「どうもこうもござらぬ!孫太郎兄者は何も分かっておらぬゆえな!」
兄で今川方の朝比奈孫太郎泰充に対し、反今川を掲げるのは弟・朝比奈真次。弟から向けられる白刃を睨みつける兄。そんな構図が宇津山城内で発生してしまっていた。
父・朝比奈紀伊守泰長の親今川派という外交姿勢を父の死によって家督を継承した兄・孫太郎のやり方に対して、以前から不満を貯め込んでいた朝比奈真次が反旗を翻したのである。
「おのれ、兄に向かってその口の利き方はなんだ!」
「ふん!わしに口の利き方に難癖をつける前に、孫太郎兄者は今川家への態度を改めた方が良い!」
「たわけたことを!我らは今川家の譜代家臣であるぞ!態度を改める云々など論外じゃ!」
「ははは!これでは御家の先が思いやられるわ!」
刹那、朝比奈孫太郎泰充の首筋に横薙ぎの一閃が見舞われる。朝比奈真次の刀からは血が滴り落ちる。
「くっ、血迷ったか……!」
「血迷ってなどおらぬ!迷うておられるのは兄者の方じゃ!三州急用と申して臨時の徴税まで行ったというに、三河へ軍勢を派遣するどころか、当主自ら呑気に関東へ出陣してしまわれた!このままでは我らは立ち行かなくなるではないか!」
「何故お主には御屋形様の御心が分からぬのか――」
「分かりたくもないわ!あのような無能な主君のことなど!」
最後。朝比奈真次が口にした言葉を朝比奈孫太郎泰充が耳にすることはなかった。しかし、そのどこか悲しげな表情だけは、朝比奈真次の心に深く刻み込まれていた――
そんな遠江国宇津山城での異変は岡崎城の家康のもとへも報じられていた。
「殿、その書状は?」
「これか。これは宝飯郡伊奈城主の本多助太夫忠俊からじゃ」
「おお、当家に新たに従った本多助太夫殿からの書状にございましたか。して、書状にはなんと?」
「うむ。娘婿である宇津山城の朝比奈真次の調略が成せたこと。加えて、当の朝比奈真次が実兄である宇津山城主の朝比奈孫太郎泰充を討ったとも記されておる」
「それは祝着至極に存じまする!よもや遠江の、何を置いても今川譜代の家柄の者を調略したことは大きな意味を持ちましょうぞ」
宇津山城での変事の報せに近侍の鳥居彦右衛門尉元忠もまた家康以上に喜んでいる。五本松城の戦いで西郷弾正左衛門正勝・孫六郎元正の両名を討ち取った軍勢の一翼を担っていた朝比奈紀伊守泰長。その次男を調略したというのだから、喜びは一層大きなものがあった。
「そうじゃ、彦右衛門尉。もうじきそなたの兄、鳥居源七郎忠宗の十七回忌であろう」
「はい。某が九ツの時に亡くなりましたゆえ、早いものでございます」
「そうであった。あの時、九ツであったそなたも齢二十五となり、立派にわしに仕えてくれてもおる。源七郎もあの世で驚いておろうな」
鳥居彦右衛門尉としても、幼少の折に接してくれた気前の良い兄が戦死してから十六年が経とうとしていることは実に感慨深いものであった。
「殿!この彦右衛門尉、今は亡き兄の分も奉公して参る所存!そのためにも、上野城の酒井将監に与した弟、四郎左衛門忠広だけは断じて許しませぬ!」
「その意気じゃ。されど、わしは四郎左衛門の武勇を高く評価してもおる。再びわしの直臣として働いてもらいたいと考えてもおるのじゃ」
「左様にございましたか!愚弟には過分なる評価なれど、殿のご意向とあらば、生け捕りにし、殿の御前まで引きずって参りましょうぞ」
「うむ。そうしてくれ。何より、弟同士で斬り合っては源七郎も黄泉の国で悲しもうし、子供同士が斬り合うことは父である伊賀守を最も傷つけることともなる。親不孝にだけはならぬよう、心配りをするのじゃぞ」
「ははっ!そういたしまする!」
律儀に家康へ深々とお辞儀をする鳥居彦右衛門尉。そんな律儀な近侍の姿を見て、酒井将監の離反がどれほどの悲しみを生むのか、考えさせられてもいた。
上野城を攻め落とすとしたならば、見知った顔の者同士で斬り合い、場合によっては親兄弟とも戦うことともなるのだ。
家老の酒井左衛門尉にとって酒井将監は叔父。近侍の鳥居彦右衛門尉にとっては鳥居四郎左衛門は血を分けた弟であり、榊原小平太から見て榊原七郎右衛門清政は実兄なのだ。骨肉の争いほど、この世で残酷なものはない。
これまでの松平家同士の争いとて、同じこと。この世で骨肉の争いを根絶させるまでは叶わぬ願いであったとしても、自分の周囲でそうしたことが起こらないようにだけはしたい。
改めて、そうしたことを願い、実行しようとする家康のもとに、新たな戦を告げる報せが届けられる。
曰く、幡豆郡寺部城主・小笠原左衛門佐広重が離反した、と。
家康は三河一統を実現するため、東三河で敵対している今川方の動向にも気を配りながら、岡崎より北に位置する上野城の酒井将監忠尚離反への対処も行わなければならない事態が続いていた。
そのような中で執り行われた随念院の法要であったが、内心で感じている焦燥感を微塵も滲ませることなく、つつがなく終えた家康。
そんな家康のもとへ、家老である石川与七郎数正が四方へ放った草の者から得た情報などを携えて登城してきたのである。
「殿、上野城の酒井将監にございまするが、やはり当家に従うつもりは毛頭ないとの一点張りにございました」
「左様であったか。身内の左衛門尉が働きかけても同じであったか」
「はい。甥の左衛門尉殿の言葉にも耳を貸すことはない様子。ここは心を鬼にする必要があるのではないかと」
「そうであろうな。加えて、酒井将監がことじゃ。放っておいては大給城の松平和泉守や足助真弓山城の鈴木重直と連携する恐れもあろう」
家康が懸念する事柄としては、随念院の実子である大給松平家の松平和泉守親乗や、夫であった鈴木重直といった反家康を掲げる勢力を結びつくこと。そうなっては、滝脇城の松平出雲守乗高だけでは到底抑えきれない勢力になっていくのは必定ともいえた。
「上野城に信濃から来た僧侶だの、駿河から旅して参った僧侶だの、怪しげな者も出入りしておるとか。あまり野放しにいたしますと、不都合極まりないかと存じまする」
「やはり今川や武田も暗躍しておると見える。されど、決め手に欠くのじゃ。東三河までも警戒せねばならぬ今では、城攻略に割けるだけの兵力が足らぬ」
東三河の今川方と隣接している松平家の兵力を動員しては攻めてくださいと言っているようなもの。しかも、東三河の野田菅沼氏や西郷氏をむしろ救援に向かわなければならない立場でもあるのだ。家康としても、即断即決できるような事柄ではなかった。
「そうです、遠江や駿河に放った草の者から面白き報告がございました」
「なに、面白き報告とな。遠慮することはない。申してみよ」
「はっ、然らば申し上げまする。どうやら今川の領内では三州急用との名目で課せられた徴税への不満が高まっておるとのこと」
「ほう、わしを成敗せんがための徴税が反発を招いておると申すか」
「はい。それが、今川氏真自らは軍勢を率いて駿府を発し、相模へ入ったとのことで。三河侵攻のための徴税であるのに、関東へ出陣したことが背後にある様子」
家康も今川領国のすべてを把握しているわけではない。しかし、自分が未だに今川家の従属国衆という立場であった時、織田を征伐するといって臨時徴税まで行ったにもかかわらず、それを有言不実行のまま終えた時、己が何を想うかを考えれば自ずと答えが見えるような気もしてくる。
「酒井将監と呼応しての動きと見ゆるが、東三河へ三浦備後守を派遣したのみ。おそらく、将監めも焦っておろう」
「そうでありましょうな。されど、初戦で我らに敗北を喫し、数多の将兵が失っておりまする。打って出て野戦を仕掛ける気力はございますまい」
家康としても石川与七郎数正の意見には同意するところ。だが、何分にも酒井将監忠尚という男は底知れぬ傑物である。打って出てこないと見せて、打って出て来る可能性は十分にある。
「よいか、与七郎。酒井将監という男は油断ならぬ。滝脇城の松平出雲守にも何かあったらすぐにも報せるよう、改めて伝えておかねばならぬ」
「承知いたしました。苅谷の水野下野守殿へも使者を派遣して知らせておきましょうか」
「おお、それもそうじゃ。加茂郡ともなれば、小牧山城の織田上総介殿へも助力を願うやもしれぬと使者を立てておこうぞ」
同盟先である小牧山城の織田上総介信長、苅谷城の水野下野守信元にも協力してもらう可能性。
この選択肢は家康としても最終手段ともいえることだが、加茂郡での変事とあっては、両者にとっても見過ごせない事態であるため、他人事として扱われる可能性は低いというのが家康の見立てであった。
「殿。当の今川氏真自らが率いる今川軍は相模国にて北条家当主と御隠居が指揮する北条軍と合流し、上野国方面からは当主自らが采配を執る武田軍も侵攻を開始するとのこと。甲相駿三国同盟の三当主揃い踏みでの関東での攻勢が行われんとしておる様子」
「それは三国同盟以来初のこと。それがどこまでの成果を挙げるかまではわしにも分からぬ。じゃが、与七郎が申したきことは、上野城を攻め落とすならば今しかないということであろう。違うか」
「仰せの通りにございまする。この戦、今川氏真が今一度三河へ入るなどということがあっては、今度こそ当家は窮地に立たされまする。それだけは是が非でも回避せねばならぬ正念場であると心得まする」
「それについてはわしも同意見じゃ。されど、そなたが聞かせてくれた今川家の領国がことを鑑みるに、手立てを講じることはできるように思う」
「調略、にございまするか」
石川与七郎の言葉に家康は大きく頷いた。東三河の切り崩しには手間取っているものの、領国内で不満が蓄積しているというのならば、東三河に隣接する遠江を調略で荒らしまわるということも一手になり得るのではないか。それが家康の思い描く最良の一手であった。
そうして家康が内憂外患に悩む頃、永禄六年八月。各地の戦国大名の間にも動きがあった。
越前の朝倉義景が家臣たちを統制する力を失った若狭守護の武田義統の治める隣国・若狭へと出兵。朝倉軍が攻撃したのは守護の武田義統ではなく、丹波国の松永長頼と通じて謀反を起こしていた粟屋勝久であった。以後、朝倉家はたびたび若狭へと出兵を繰り返すようになる。
そんな朝倉義景麾下の越前勢と、家康は七年後には戦場で出会うこととなる。
そして、畿内で大きな権力を持つ三好長慶の嫡子が早世したのもこの八月のこと。これによって、三好長慶の弟・十河一存の子である十河重存が三好長慶の養子に迎えられることとなった。
十河重存の他にも甥と呼べる人物はいるにも関わらず、三好長慶の養子として選ばれたのが彼だったのか。それは十河重存の生母が九条家の出身であったからである。
当時、三好家は第十二代将軍・足利義晴、第十三代将軍・足利義輝と対立したことがあった。その二人の将軍の正室を輩出したのが近衛家。その近衛家と対立していたのが、九条家であった。
そうした三好家と九条家、足利将軍家と近衛家という対立図式から、後継者として選ばれたのが十河重存であった。彼こそ、後に三好義継として家康の同盟者・織田信長と干戈を交えることになる人物なのである。
さらに、三十七年後には家康が対決することにもなる毛利家では、当主・毛利隆元が死去したことに伴い、その子・毛利輝元が家督を継承したのもこの頃であった。これより後、信長や家康と関わりの生まれる人物たちが戦国乱世で活躍しだしたのが、この辺りの時期でもあったのだ。
――閑話休題
五本松城の戦いや藤波畷の戦いから丸二年が過ぎたことを意味する永禄六年九月。この月も各地で動きがあった。
北条・今川連合軍は太田三楽斎道誉の武蔵国岩槻城を攻略できずに撤退することになった中、上野国から侵攻した武田軍だけは戦果を挙げるに至った。
しかし、それは武田氏を除く北条家と今川家の軍勢はほとんど成果を挙げることはなく、甲相駿三国同盟の当主揃い踏みの戦いは幕引きとなり、それぞれの軍は国元へ引き揚げることとなってしまったのである。
そんな中、今川領国である遠江国宇津山城では九月二十一日、異変が起こった。
「真次!これは一体どういうことか!」
「どうもこうもござらぬ!孫太郎兄者は何も分かっておらぬゆえな!」
兄で今川方の朝比奈孫太郎泰充に対し、反今川を掲げるのは弟・朝比奈真次。弟から向けられる白刃を睨みつける兄。そんな構図が宇津山城内で発生してしまっていた。
父・朝比奈紀伊守泰長の親今川派という外交姿勢を父の死によって家督を継承した兄・孫太郎のやり方に対して、以前から不満を貯め込んでいた朝比奈真次が反旗を翻したのである。
「おのれ、兄に向かってその口の利き方はなんだ!」
「ふん!わしに口の利き方に難癖をつける前に、孫太郎兄者は今川家への態度を改めた方が良い!」
「たわけたことを!我らは今川家の譜代家臣であるぞ!態度を改める云々など論外じゃ!」
「ははは!これでは御家の先が思いやられるわ!」
刹那、朝比奈孫太郎泰充の首筋に横薙ぎの一閃が見舞われる。朝比奈真次の刀からは血が滴り落ちる。
「くっ、血迷ったか……!」
「血迷ってなどおらぬ!迷うておられるのは兄者の方じゃ!三州急用と申して臨時の徴税まで行ったというに、三河へ軍勢を派遣するどころか、当主自ら呑気に関東へ出陣してしまわれた!このままでは我らは立ち行かなくなるではないか!」
「何故お主には御屋形様の御心が分からぬのか――」
「分かりたくもないわ!あのような無能な主君のことなど!」
最後。朝比奈真次が口にした言葉を朝比奈孫太郎泰充が耳にすることはなかった。しかし、そのどこか悲しげな表情だけは、朝比奈真次の心に深く刻み込まれていた――
そんな遠江国宇津山城での異変は岡崎城の家康のもとへも報じられていた。
「殿、その書状は?」
「これか。これは宝飯郡伊奈城主の本多助太夫忠俊からじゃ」
「おお、当家に新たに従った本多助太夫殿からの書状にございましたか。して、書状にはなんと?」
「うむ。娘婿である宇津山城の朝比奈真次の調略が成せたこと。加えて、当の朝比奈真次が実兄である宇津山城主の朝比奈孫太郎泰充を討ったとも記されておる」
「それは祝着至極に存じまする!よもや遠江の、何を置いても今川譜代の家柄の者を調略したことは大きな意味を持ちましょうぞ」
宇津山城での変事の報せに近侍の鳥居彦右衛門尉元忠もまた家康以上に喜んでいる。五本松城の戦いで西郷弾正左衛門正勝・孫六郎元正の両名を討ち取った軍勢の一翼を担っていた朝比奈紀伊守泰長。その次男を調略したというのだから、喜びは一層大きなものがあった。
「そうじゃ、彦右衛門尉。もうじきそなたの兄、鳥居源七郎忠宗の十七回忌であろう」
「はい。某が九ツの時に亡くなりましたゆえ、早いものでございます」
「そうであった。あの時、九ツであったそなたも齢二十五となり、立派にわしに仕えてくれてもおる。源七郎もあの世で驚いておろうな」
鳥居彦右衛門尉としても、幼少の折に接してくれた気前の良い兄が戦死してから十六年が経とうとしていることは実に感慨深いものであった。
「殿!この彦右衛門尉、今は亡き兄の分も奉公して参る所存!そのためにも、上野城の酒井将監に与した弟、四郎左衛門忠広だけは断じて許しませぬ!」
「その意気じゃ。されど、わしは四郎左衛門の武勇を高く評価してもおる。再びわしの直臣として働いてもらいたいと考えてもおるのじゃ」
「左様にございましたか!愚弟には過分なる評価なれど、殿のご意向とあらば、生け捕りにし、殿の御前まで引きずって参りましょうぞ」
「うむ。そうしてくれ。何より、弟同士で斬り合っては源七郎も黄泉の国で悲しもうし、子供同士が斬り合うことは父である伊賀守を最も傷つけることともなる。親不孝にだけはならぬよう、心配りをするのじゃぞ」
「ははっ!そういたしまする!」
律儀に家康へ深々とお辞儀をする鳥居彦右衛門尉。そんな律儀な近侍の姿を見て、酒井将監の離反がどれほどの悲しみを生むのか、考えさせられてもいた。
上野城を攻め落とすとしたならば、見知った顔の者同士で斬り合い、場合によっては親兄弟とも戦うことともなるのだ。
家老の酒井左衛門尉にとって酒井将監は叔父。近侍の鳥居彦右衛門尉にとっては鳥居四郎左衛門は血を分けた弟であり、榊原小平太から見て榊原七郎右衛門清政は実兄なのだ。骨肉の争いほど、この世で残酷なものはない。
これまでの松平家同士の争いとて、同じこと。この世で骨肉の争いを根絶させるまでは叶わぬ願いであったとしても、自分の周囲でそうしたことが起こらないようにだけはしたい。
改めて、そうしたことを願い、実行しようとする家康のもとに、新たな戦を告げる報せが届けられる。
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虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
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対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
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