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化生の群編
謎の使用人
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勝手知った庭を散策するような呑気さで歩み寄ってきた男に対して、雛祈たちはまさに信じられないものを目の当たりにした時の顔になっていた。
つい今し方、山に住む精霊の力で人が住むどころか行き来もできないと結論付けたところに、何の前触れもなく人が現れたのだ。驚かない方がおかしい。
特に雛祈は自身が組み立てた仮定をあっさり崩されたので、驚きは他の二人の比ではない。
「もしかして迷ったとかですか? 良ければ麓まで送りますよ?」
雛祈たちの受けた戦慄を他所に、男は三人に気楽な感じで話しかけてきた。
「っ! あ、あなたこそ、ここで何やってるの!?」
話しかけられて我に帰った雛祈は、目の前にいる『ありえないはずの人間』に、まず尋ねた。
「えっ? ああ。昆虫採集ですよ」
「昆虫採集?」
男の答えを聞いた雛祈は、あまりにもありきたりな目的に思わず繰り返してしまった。
よく見れば、男は作業着に軍手、麦わら帽子を被り、右手には虫取り網を持ち、肩掛けした紐で小さなボックスを提げていた。いかにも昆虫を捕まえていますと言わんばかりの出で立ちだった。
「友達が今日あたりに行った方がすごくイイのが採れるって言ってくれたんで、いま一緒に―――あ、いや、一人で探していたんです」
「?」
変に言いよどんだところは少し気になったが、ひとまず目の前の人物に危険性はないと判断し、雛祈は警戒を解いた。
「ところであなた、この山に古いお屋敷があるって聞いたんだけど、何か知ってる?」
「……あっ、ああ、そうか。皆さん『お客さん』だったんですね。それで山を登ってる途中だったんだ。でも登るなら反対側ですよ。こっちは急勾配すぎて僕も登るのがしんどい―――」
「ちょ、ちょっと待って! あなた、そのお屋敷に出入りしてるの?」
「出入りっていうか、僕そこに住んでますよ」
「……」
雛祈は文字通り呆気にとられ、口を開いたまま硬直した。人を惑わす山の中で会うはずのない人間に出会い、その相手は例の古屋敷に住んでいると言ってのける。ここまで見事に予測を覆されると、これまで祀凰寺家の後継者として鍛えられてきた雛祈の精神も、理解が追いつかずにショートしてしまいそうだった。
「オ、オホン! で、ではそのお屋敷に案内していただけますカシラ? 私たち、そこにちょっと用事がありまシテ……」
雛祈は硬直してから0.5秒にも満たない時間で気を取り直した。それは祀凰寺家の人間として、崖っぷちではあったが面目を保とうとした驚異の精神力による成果だった。とはいえ、まだ立ち直りきっていないのか、平静を装いきれていない。
(用事? 依頼じゃなくて? 本当に珍しいな)
「分かりました。こっちです」
男は軽快に踵を返すと、出てきた藪を掻き分けて道なき道を進み始めた。その背を追って、雛祈たちも少し距離を取って山中を歩いていく。
「桜一郎、あなたから見て、あの男どう考える?」
「ん?」
男の後に続いて歩く中、雛祈は男の耳に聞こえないほどの小声で桜一郎に話しかけた。
「立ち振る舞いや発している気を取ってみても、まったく驚異とは感じられない。正真正銘ただの一般人だ。さっきの話からすると、おそらく例の古屋敷の使用人……庭師か何か、か?」
「私もそう思う。警戒心がないどころか、あれはもうマヌケと呼ぶレベルよ。古屋敷に住んでるっていうモグリは、堂々と使用人まで雇って居直ってるなんて。まったく豪気なものね」
もう少しで会うことになるであろう古屋敷の主に対して、雛祈はさも忌々しげに吐き捨てた。
「ただ……」
「? ただ、何?」
「あの男、かなり『鍛えられている』のではないか、とも思える」
「へっ?」
そう評した桜一郎に、雛祈は間の抜けた声を漏らした。前を歩く、おそらく使用人と思われる男を見遣るが、雛祈には桜一郎の評価は分かりかねた。
「作業服を着ていて体格が分かりづらいが、細かな動きに武術を修練している者の特徴がある。おそらく……剣」
「んん!?」
雛祈はもう一度、男の動きを注意深く観察した。雛祈もまた祀凰寺家の裏の仕事を一部任されるに際し、武術の鍛錬は幼い頃から積んでいる。その雛祈が見ても、山の傾斜をどちらかと言えば鈍くさい動きで登っていく男の様は、とても武術を嗜んでいる者のそれではなかった。しかし、年齢差では雛祈の数百倍を生きてきた桜一郎の評価である以上、安易に否定しきれるものでもない。
「わ、私も、そ、そんな気がしました。そ、その……ちょ、ちょっとだけ」
話を聞いていた千冬もまた、弱々しくも桜一郎の評価に賛同してきた。
「じゃあ何? あのトンチキ男、あんなだけど相当な使い手だって言うの?」
「いや、全く」
「はぁ!?」
それまでとは打って変わった桜一郎の返答に、雛祈は小声で素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何よそれ!? かなり鍛えられているのに強いわけじゃないっていうの!?」
「確かに『鍛えられてはいる』……と思う。ただ、あの男に武術の才覚がほとんど見受けられない。単純に戦ったなら十中八九……いや九分九厘お嬢が勝つ。自分や千冬なら目を瞑って小指で倒せる」
「~~~!!」
雛祈は頭の中がこんがらがる思いだった。目の前を歩く男はどう見ても脅威となりえないはずなのに、得体が知れなさすぎて目の前に存在していることを疑いたくなる。宇宙人と遭遇した方がまだ素直に事実を受け入れられたかもしれない。せっかく異常事態に見舞われた困惑から回復しかかっていたのに、雛祈はさらに不可解な種を精神に蒔かれる羽目になり、それがまたも苛立ちを誘った。
(こうなったらモグリのど素人にこのイライラを全部ぶつけてやるわ! 覚悟してなさいよ~!)
間近に迫る古屋敷の主との対面に、雛祈は怒りで肩を震わせていた。
つい今し方、山に住む精霊の力で人が住むどころか行き来もできないと結論付けたところに、何の前触れもなく人が現れたのだ。驚かない方がおかしい。
特に雛祈は自身が組み立てた仮定をあっさり崩されたので、驚きは他の二人の比ではない。
「もしかして迷ったとかですか? 良ければ麓まで送りますよ?」
雛祈たちの受けた戦慄を他所に、男は三人に気楽な感じで話しかけてきた。
「っ! あ、あなたこそ、ここで何やってるの!?」
話しかけられて我に帰った雛祈は、目の前にいる『ありえないはずの人間』に、まず尋ねた。
「えっ? ああ。昆虫採集ですよ」
「昆虫採集?」
男の答えを聞いた雛祈は、あまりにもありきたりな目的に思わず繰り返してしまった。
よく見れば、男は作業着に軍手、麦わら帽子を被り、右手には虫取り網を持ち、肩掛けした紐で小さなボックスを提げていた。いかにも昆虫を捕まえていますと言わんばかりの出で立ちだった。
「友達が今日あたりに行った方がすごくイイのが採れるって言ってくれたんで、いま一緒に―――あ、いや、一人で探していたんです」
「?」
変に言いよどんだところは少し気になったが、ひとまず目の前の人物に危険性はないと判断し、雛祈は警戒を解いた。
「ところであなた、この山に古いお屋敷があるって聞いたんだけど、何か知ってる?」
「……あっ、ああ、そうか。皆さん『お客さん』だったんですね。それで山を登ってる途中だったんだ。でも登るなら反対側ですよ。こっちは急勾配すぎて僕も登るのがしんどい―――」
「ちょ、ちょっと待って! あなた、そのお屋敷に出入りしてるの?」
「出入りっていうか、僕そこに住んでますよ」
「……」
雛祈は文字通り呆気にとられ、口を開いたまま硬直した。人を惑わす山の中で会うはずのない人間に出会い、その相手は例の古屋敷に住んでいると言ってのける。ここまで見事に予測を覆されると、これまで祀凰寺家の後継者として鍛えられてきた雛祈の精神も、理解が追いつかずにショートしてしまいそうだった。
「オ、オホン! で、ではそのお屋敷に案内していただけますカシラ? 私たち、そこにちょっと用事がありまシテ……」
雛祈は硬直してから0.5秒にも満たない時間で気を取り直した。それは祀凰寺家の人間として、崖っぷちではあったが面目を保とうとした驚異の精神力による成果だった。とはいえ、まだ立ち直りきっていないのか、平静を装いきれていない。
(用事? 依頼じゃなくて? 本当に珍しいな)
「分かりました。こっちです」
男は軽快に踵を返すと、出てきた藪を掻き分けて道なき道を進み始めた。その背を追って、雛祈たちも少し距離を取って山中を歩いていく。
「桜一郎、あなたから見て、あの男どう考える?」
「ん?」
男の後に続いて歩く中、雛祈は男の耳に聞こえないほどの小声で桜一郎に話しかけた。
「立ち振る舞いや発している気を取ってみても、まったく驚異とは感じられない。正真正銘ただの一般人だ。さっきの話からすると、おそらく例の古屋敷の使用人……庭師か何か、か?」
「私もそう思う。警戒心がないどころか、あれはもうマヌケと呼ぶレベルよ。古屋敷に住んでるっていうモグリは、堂々と使用人まで雇って居直ってるなんて。まったく豪気なものね」
もう少しで会うことになるであろう古屋敷の主に対して、雛祈はさも忌々しげに吐き捨てた。
「ただ……」
「? ただ、何?」
「あの男、かなり『鍛えられている』のではないか、とも思える」
「へっ?」
そう評した桜一郎に、雛祈は間の抜けた声を漏らした。前を歩く、おそらく使用人と思われる男を見遣るが、雛祈には桜一郎の評価は分かりかねた。
「作業服を着ていて体格が分かりづらいが、細かな動きに武術を修練している者の特徴がある。おそらく……剣」
「んん!?」
雛祈はもう一度、男の動きを注意深く観察した。雛祈もまた祀凰寺家の裏の仕事を一部任されるに際し、武術の鍛錬は幼い頃から積んでいる。その雛祈が見ても、山の傾斜をどちらかと言えば鈍くさい動きで登っていく男の様は、とても武術を嗜んでいる者のそれではなかった。しかし、年齢差では雛祈の数百倍を生きてきた桜一郎の評価である以上、安易に否定しきれるものでもない。
「わ、私も、そ、そんな気がしました。そ、その……ちょ、ちょっとだけ」
話を聞いていた千冬もまた、弱々しくも桜一郎の評価に賛同してきた。
「じゃあ何? あのトンチキ男、あんなだけど相当な使い手だって言うの?」
「いや、全く」
「はぁ!?」
それまでとは打って変わった桜一郎の返答に、雛祈は小声で素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何よそれ!? かなり鍛えられているのに強いわけじゃないっていうの!?」
「確かに『鍛えられてはいる』……と思う。ただ、あの男に武術の才覚がほとんど見受けられない。単純に戦ったなら十中八九……いや九分九厘お嬢が勝つ。自分や千冬なら目を瞑って小指で倒せる」
「~~~!!」
雛祈は頭の中がこんがらがる思いだった。目の前を歩く男はどう見ても脅威となりえないはずなのに、得体が知れなさすぎて目の前に存在していることを疑いたくなる。宇宙人と遭遇した方がまだ素直に事実を受け入れられたかもしれない。せっかく異常事態に見舞われた困惑から回復しかかっていたのに、雛祈はさらに不可解な種を精神に蒔かれる羽目になり、それがまたも苛立ちを誘った。
(こうなったらモグリのど素人にこのイライラを全部ぶつけてやるわ! 覚悟してなさいよ~!)
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