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化生の群編
慮外の助太刀
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アテナが融合した結城と悪路王は、互いに火花を散らして睨み合った。この戦いの終局が近いことを、二人ともひしひしと感じ取っていた。
悪路王はいくら痛みに耐性が高くても、肉体の耐久まで無制限とはいかない。アテナと結城の攻撃を受け続け、いよいよ限界が迫っていた。
それが悪路王に焦りと危機感を抱かせた。
結城もまた限界は近い。
融合したアテナは結城の状態が想像以上に深刻だったことに驚いた。精霊の仮面によって強引に力を引き出された結城の肉体は、即刻治療が必要なほどに傷付いていた。
内蔵機能は奇跡的に無事だったが、筋繊維はもう一歩で崩壊寸前だった。
(長引かせるわけにはいきません)
いまはアテナが融合したことで、結城は一時的にあらゆる肉体機能が向上し、ダメージをかなりの割合で軽減できていた。
それでも損傷自体が回復したわけではないので、早く治療に入らなければ危険なことに変わりはない。
結城にも、アテナにも、これ以上の余裕はなかった。
刀を構える結城と、鉤爪を鳴らす悪路王の間に緊張が走る。
だが不意に、悪路王は傍らにあった岩を掴み、片手で結城に放り投げてきた。
「っ!」
結城は一旦構えを解いて岩を避けた。悪路王の腕力で投げられた岩は、重厚な音を立てて地面に突き刺さる。
悪路王は今度は砂利を土もろともに掴み取ると、結城に向かって浴びせかけた。
何とか横っ跳びで砂利と土の範囲から脱したが、元いた場所は平面がなくなるほどに抉れてしまった。悪路王の力で投げられれば、ただの砂利や土でさえも恐るべき飛来物と化す。まともに当たれば蜂の巣になるのは明らかだった。
「くっ!」
『私たちを近づけさせないつもりですね』
悪路王は結城とアテナが接近戦で確実に倒そうとしていることを見越していた。だからこそ間合いに入らせず、消耗戦を強いて結城たちが音を上げるのを待つつもりでいるのだ。単純に消耗戦で挑むなら、痛みを感じない自身に利があると踏んで。
「こ、このままじゃ!」
『時間が!』
マスクマンと比べれば危険性がないとはいえ、アテナが結城に融合していることもまた、影響が少ないわけではなかった。
人の身に神を宿す行為自体、長引けば器である人体が保たなくなるので危険を孕んでいた。
そもそも霊能者ではなく、特殊な条件でアテナと融合している結城の事情は、通常の神官と比べても非常にシビアだった。
さらには肉体的な損傷と、アテナの損耗も相まって、融合していられる時間は平常時よりも極端に短くなっている。
悪路王が作る弾幕を突破できなければ、結城とアテナは時間切れで一気に形勢が不利になる。
それ即ち、今度こそ正真正銘の絶体絶命だった。
「ぐうっ! 近づけない!」
『一瞬でも隙を突かなくては!』
結城とアテナは何とか悪路王の間隙を探ろうとしたが、事ここに及んでは悪路王に油断はない。結城たちを明確な敵と認識した以上、必ず葬り去るという意思を固めたいた。もはや一部の隙もない。
(ほんの少しでいい!)
『隙さえあれば撃ち込める!』
間断なく悪路王が投げつける飛来物をかわしながら、結城とアテナは機会を待った。
もう融合が保てるのは、せいぜい4分ほどが限度だった。狙うは一瞬でいいはずが、その時間さえも見つけられない。
天への祈りにも似た思いで、その機が来るのを願った。
「えっ!?」
結城の祈りが通じたのかは定かではないが、突然結城の横を光の筋が通り過ぎた。
それがあまりにも速く動いていたので、光る何かが横切ったという程度しか、結城には分からなかった。
だが、その光の筋は結城たちにとって、まさに天の助けだった。
結城が目線を正面に戻すと、悪路王の左胸には拳大の穴が開いていたのだ。
薄れていく残光が証明している。結城の横を通り過ぎた光が、悪路王の心臓を撃ち抜いたことを。
「ガッハァ!」
心臓を瞬時に失った反動か、悪路王は盛大に吐血した。いったい何が起こったのか、悪路王さえ光の正体は見えなかった。
ただ、結城と融合していたアテナだけは、わずかではあるが光の先にあったものを捉えていた。
本当に少しではあったが、日本刀が一振り、悪路王の左胸を貫き、去っていくところを見た。
螺久道村から数キロ離れた小高い山の頂上には、村全体が一望できる展望台のような場所があった。
もちろん社の森も見えているが、中枢までは見えるはずもなく、結界が張られた社周辺など見えるはずもない。
ただ、そこから森の中心部を見つめる一つの人影があった。標高が高くないとはいえ、山の頂上で正装軍服を着ているのは明らかに場違いだった。さらに下はズボンではなく、ミニのプリーツスカートであるのだから、これまた違和感が一層強まる。
挙句にはその格好を纏っているのが、中学生ほどの年齢の少女だった。
改造軍服を着て暗くなった山の頂上で景色を眺める中学生くらいの少女。完全に状況にはそぐわないと言わざるをえない。
だが、その少女は何もふざけているのではなく、至って真面目にその場に佇んでいた。
「ちょっ! スズ様~!」
名前を呼ばれた軍服の少女は、声が聞こえた方へ振り返った。見るとくたびれたトレンチコートの男が山道を息せき切って登ってくる。
「洸一、遅い」
「そ、そりゃないですよ~。森のど真ん中で立ち止まったと思ったら、いきなりこんなトコまで走り出すんですから。オレ体力は普通の人間なんだから勘弁してくださいよ~」
帽子で顔を扇いでいるコートの男は、佐権院の部下であるダウジング使いの九木洸一刑事。そして軍服の少女は九木の式神という形で力を貸している伝説の鬼神、鈴鹿姫だった。
二人は事態を危ぶんだ佐権院から要請を受け、今しがた超特急で螺久道村に到着していた。もちろん村に現れると想定される強力な鬼への対抗戦力として。
「勘弁してほしいのは私の方。モデルの仕事終わってゆっくり寝てたのに、こんなところまで足を運ばされた。USJの年間パス約束してくれなかったら絶対お断り」
普段はティーンモデル『立星鈴』として活動している鈴鹿姫であるが、モデルの仕事は思いのほか気を遣うので、精神的に疲れることが多いらしい。
「そ、それは~、その~、ご機嫌損ねたのは申し訳なかったと思ってますけど、佐権院警視に言われたら何とも~」
佐権院が鈴鹿姫に恩を売ったことで協力を取り付けた際、九木の式神としたのは他の『二十八家』を刺激しないための措置だった。中には殊更パワーバランスを気にする家系もいるため、あえて佐権院家の当主ではなく、無名の霊能者の式神に据えることで、伝説の鈴鹿姫を味方に付けている事実をカムフラージュする狙いがあった。
そのため、実質的な指示は佐権院が出すことになっているが、現場における鈴鹿姫のご機嫌取りは九木がしなければならない状態だった。
「ふ~ん」
そっぽを向く素振りを見せているが、鈴鹿姫も本気で機嫌を悪くしているわけではない。
佐権院と九木には大恩があり、九木は鈴鹿姫の亡き夫、坂上田村麻呂に―――顎のライン程度が―――似ているので、多少の協力は惜しむつもりはなかった。
何より今回は鬼が関わっており、早急に事態の収拾が求められるとあっては、鈴鹿姫も黙っているわけにいかないところだった。
「と、ところで、こんなところまで来て何しようとしてるんですか?」
突然山に登った鈴鹿姫の行動について、九木は話題を変えることも兼ねて質問した。辺りはもう日が沈み、眺望を楽しむには全く適さない暗がりが拡がっていた。
「……そろそろ」
「えっ?」
九木が鈴鹿姫の呟いた言葉の意味を図りかねていると、眼下の暗闇から一筋の光が飛び出してきた。文字通り光の矢のような速さであったにも関わらず、鈴鹿姫は右手をすっと横に出すと、あっさりと光を掴み取ってしまった。
「うおっ!?」
予測していなかった出来事に、九木は面食らって一歩退いた。そして瞬きした後に改めて鈴鹿姫の手を見ると、一振りの太刀拵の日本刀が握られていた。
太刀としてはやや短いその刀は、九木もよく知っていた。
「しょ、小通連?」
鈴鹿姫が持つ神剣の一振り、手元から離れて敵を追尾する能力を持つ刀『小通連』だった。
「そいつでいったい何を斬ったんですか?」
「……さぁ?」
「さ、さぁって、スズ様……」
左手に持っていた鞘に小通連を納めながら、鈴鹿姫は暗がりの中にあるであろう社の森を見据えた。
森の中を歩いていた時、鈴鹿姫は二つの事実に気付いていた。
一つは森の中心部に結界が施され、侵入することはできないということ。結界そのものは強力なものではなかったが、ただ侵入を阻むのではなく、特殊な効果を持たされた結界は解くのに時間がかかってしまう。鬼神・大嶽丸や酒天童子ならともかく、鈴鹿姫は結界破りは得意なタイプではなかった。
二つ目は結界の外にいても、明らかに危険と感じる凶悪な存在が現れたこと。これは気配の察知や妖気の探知といった類ではなく、鬼同士だからこそ判る一種のシンパシーのようなものだった。
結界の中にいる存在が、佐権院が危惧した鬼であると、鈴鹿姫にはすぐに分かった。
しかし、結界を解くには時間が足りず、結界の中にいる鬼は一刻も早く退治しなければならないほど危険な雰囲気を放っている。
それらを考慮した鈴鹿姫の行動は迅速だった。
結界に侵入することは即断念し、森の中からすぐにとって返した。
向かったのは数キロ離れた先にある小高い山だった。移動中に確認した地形で、そこがベストポジションだと鈴鹿姫は即決した。
疾風のような速さで森を抜け、山を駆け、数十分と経たずにその場所に到達した。そこからなら、社の森全体を見渡せたからだ。
鈴鹿姫は小通連を抜き、最大限の念を込めて投擲した。
小通連は使い手が定めた敵を追尾し、自動で攻撃を加えることできる。さらに森の結界は侵入者は通さないが、物体なら透過できると鈴鹿姫は読んでいた。
小通連の持つ能力は、この状況にうってつけだった。
「小通連には『最も強い鬼に致命傷を与えよ』と命じた。たぶん、あそこにいた鬼に当たった、はず」
「じゃあやっつけちゃったってことですか?」
「そこまでは分からない。けど私にできるのはここまで。あとは結界の中にいる人たちの仕事」
「う、う~ん……」
(大丈夫かな、小林君たち)
鈴鹿姫のことを信じていないわけではないが、九木は複雑な思いで鈴鹿姫が見据える暗がりの先を目で追った。
ちなみに結界の中に出現した鬼が、坂上田村麻呂が退治した―――と伝えられているだけの―――鬼神・悪路王の顕現であったと、鈴鹿姫が知るのは数日先のことである。
悪路王はいくら痛みに耐性が高くても、肉体の耐久まで無制限とはいかない。アテナと結城の攻撃を受け続け、いよいよ限界が迫っていた。
それが悪路王に焦りと危機感を抱かせた。
結城もまた限界は近い。
融合したアテナは結城の状態が想像以上に深刻だったことに驚いた。精霊の仮面によって強引に力を引き出された結城の肉体は、即刻治療が必要なほどに傷付いていた。
内蔵機能は奇跡的に無事だったが、筋繊維はもう一歩で崩壊寸前だった。
(長引かせるわけにはいきません)
いまはアテナが融合したことで、結城は一時的にあらゆる肉体機能が向上し、ダメージをかなりの割合で軽減できていた。
それでも損傷自体が回復したわけではないので、早く治療に入らなければ危険なことに変わりはない。
結城にも、アテナにも、これ以上の余裕はなかった。
刀を構える結城と、鉤爪を鳴らす悪路王の間に緊張が走る。
だが不意に、悪路王は傍らにあった岩を掴み、片手で結城に放り投げてきた。
「っ!」
結城は一旦構えを解いて岩を避けた。悪路王の腕力で投げられた岩は、重厚な音を立てて地面に突き刺さる。
悪路王は今度は砂利を土もろともに掴み取ると、結城に向かって浴びせかけた。
何とか横っ跳びで砂利と土の範囲から脱したが、元いた場所は平面がなくなるほどに抉れてしまった。悪路王の力で投げられれば、ただの砂利や土でさえも恐るべき飛来物と化す。まともに当たれば蜂の巣になるのは明らかだった。
「くっ!」
『私たちを近づけさせないつもりですね』
悪路王は結城とアテナが接近戦で確実に倒そうとしていることを見越していた。だからこそ間合いに入らせず、消耗戦を強いて結城たちが音を上げるのを待つつもりでいるのだ。単純に消耗戦で挑むなら、痛みを感じない自身に利があると踏んで。
「こ、このままじゃ!」
『時間が!』
マスクマンと比べれば危険性がないとはいえ、アテナが結城に融合していることもまた、影響が少ないわけではなかった。
人の身に神を宿す行為自体、長引けば器である人体が保たなくなるので危険を孕んでいた。
そもそも霊能者ではなく、特殊な条件でアテナと融合している結城の事情は、通常の神官と比べても非常にシビアだった。
さらには肉体的な損傷と、アテナの損耗も相まって、融合していられる時間は平常時よりも極端に短くなっている。
悪路王が作る弾幕を突破できなければ、結城とアテナは時間切れで一気に形勢が不利になる。
それ即ち、今度こそ正真正銘の絶体絶命だった。
「ぐうっ! 近づけない!」
『一瞬でも隙を突かなくては!』
結城とアテナは何とか悪路王の間隙を探ろうとしたが、事ここに及んでは悪路王に油断はない。結城たちを明確な敵と認識した以上、必ず葬り去るという意思を固めたいた。もはや一部の隙もない。
(ほんの少しでいい!)
『隙さえあれば撃ち込める!』
間断なく悪路王が投げつける飛来物をかわしながら、結城とアテナは機会を待った。
もう融合が保てるのは、せいぜい4分ほどが限度だった。狙うは一瞬でいいはずが、その時間さえも見つけられない。
天への祈りにも似た思いで、その機が来るのを願った。
「えっ!?」
結城の祈りが通じたのかは定かではないが、突然結城の横を光の筋が通り過ぎた。
それがあまりにも速く動いていたので、光る何かが横切ったという程度しか、結城には分からなかった。
だが、その光の筋は結城たちにとって、まさに天の助けだった。
結城が目線を正面に戻すと、悪路王の左胸には拳大の穴が開いていたのだ。
薄れていく残光が証明している。結城の横を通り過ぎた光が、悪路王の心臓を撃ち抜いたことを。
「ガッハァ!」
心臓を瞬時に失った反動か、悪路王は盛大に吐血した。いったい何が起こったのか、悪路王さえ光の正体は見えなかった。
ただ、結城と融合していたアテナだけは、わずかではあるが光の先にあったものを捉えていた。
本当に少しではあったが、日本刀が一振り、悪路王の左胸を貫き、去っていくところを見た。
螺久道村から数キロ離れた小高い山の頂上には、村全体が一望できる展望台のような場所があった。
もちろん社の森も見えているが、中枢までは見えるはずもなく、結界が張られた社周辺など見えるはずもない。
ただ、そこから森の中心部を見つめる一つの人影があった。標高が高くないとはいえ、山の頂上で正装軍服を着ているのは明らかに場違いだった。さらに下はズボンではなく、ミニのプリーツスカートであるのだから、これまた違和感が一層強まる。
挙句にはその格好を纏っているのが、中学生ほどの年齢の少女だった。
改造軍服を着て暗くなった山の頂上で景色を眺める中学生くらいの少女。完全に状況にはそぐわないと言わざるをえない。
だが、その少女は何もふざけているのではなく、至って真面目にその場に佇んでいた。
「ちょっ! スズ様~!」
名前を呼ばれた軍服の少女は、声が聞こえた方へ振り返った。見るとくたびれたトレンチコートの男が山道を息せき切って登ってくる。
「洸一、遅い」
「そ、そりゃないですよ~。森のど真ん中で立ち止まったと思ったら、いきなりこんなトコまで走り出すんですから。オレ体力は普通の人間なんだから勘弁してくださいよ~」
帽子で顔を扇いでいるコートの男は、佐権院の部下であるダウジング使いの九木洸一刑事。そして軍服の少女は九木の式神という形で力を貸している伝説の鬼神、鈴鹿姫だった。
二人は事態を危ぶんだ佐権院から要請を受け、今しがた超特急で螺久道村に到着していた。もちろん村に現れると想定される強力な鬼への対抗戦力として。
「勘弁してほしいのは私の方。モデルの仕事終わってゆっくり寝てたのに、こんなところまで足を運ばされた。USJの年間パス約束してくれなかったら絶対お断り」
普段はティーンモデル『立星鈴』として活動している鈴鹿姫であるが、モデルの仕事は思いのほか気を遣うので、精神的に疲れることが多いらしい。
「そ、それは~、その~、ご機嫌損ねたのは申し訳なかったと思ってますけど、佐権院警視に言われたら何とも~」
佐権院が鈴鹿姫に恩を売ったことで協力を取り付けた際、九木の式神としたのは他の『二十八家』を刺激しないための措置だった。中には殊更パワーバランスを気にする家系もいるため、あえて佐権院家の当主ではなく、無名の霊能者の式神に据えることで、伝説の鈴鹿姫を味方に付けている事実をカムフラージュする狙いがあった。
そのため、実質的な指示は佐権院が出すことになっているが、現場における鈴鹿姫のご機嫌取りは九木がしなければならない状態だった。
「ふ~ん」
そっぽを向く素振りを見せているが、鈴鹿姫も本気で機嫌を悪くしているわけではない。
佐権院と九木には大恩があり、九木は鈴鹿姫の亡き夫、坂上田村麻呂に―――顎のライン程度が―――似ているので、多少の協力は惜しむつもりはなかった。
何より今回は鬼が関わっており、早急に事態の収拾が求められるとあっては、鈴鹿姫も黙っているわけにいかないところだった。
「と、ところで、こんなところまで来て何しようとしてるんですか?」
突然山に登った鈴鹿姫の行動について、九木は話題を変えることも兼ねて質問した。辺りはもう日が沈み、眺望を楽しむには全く適さない暗がりが拡がっていた。
「……そろそろ」
「えっ?」
九木が鈴鹿姫の呟いた言葉の意味を図りかねていると、眼下の暗闇から一筋の光が飛び出してきた。文字通り光の矢のような速さであったにも関わらず、鈴鹿姫は右手をすっと横に出すと、あっさりと光を掴み取ってしまった。
「うおっ!?」
予測していなかった出来事に、九木は面食らって一歩退いた。そして瞬きした後に改めて鈴鹿姫の手を見ると、一振りの太刀拵の日本刀が握られていた。
太刀としてはやや短いその刀は、九木もよく知っていた。
「しょ、小通連?」
鈴鹿姫が持つ神剣の一振り、手元から離れて敵を追尾する能力を持つ刀『小通連』だった。
「そいつでいったい何を斬ったんですか?」
「……さぁ?」
「さ、さぁって、スズ様……」
左手に持っていた鞘に小通連を納めながら、鈴鹿姫は暗がりの中にあるであろう社の森を見据えた。
森の中を歩いていた時、鈴鹿姫は二つの事実に気付いていた。
一つは森の中心部に結界が施され、侵入することはできないということ。結界そのものは強力なものではなかったが、ただ侵入を阻むのではなく、特殊な効果を持たされた結界は解くのに時間がかかってしまう。鬼神・大嶽丸や酒天童子ならともかく、鈴鹿姫は結界破りは得意なタイプではなかった。
二つ目は結界の外にいても、明らかに危険と感じる凶悪な存在が現れたこと。これは気配の察知や妖気の探知といった類ではなく、鬼同士だからこそ判る一種のシンパシーのようなものだった。
結界の中にいる存在が、佐権院が危惧した鬼であると、鈴鹿姫にはすぐに分かった。
しかし、結界を解くには時間が足りず、結界の中にいる鬼は一刻も早く退治しなければならないほど危険な雰囲気を放っている。
それらを考慮した鈴鹿姫の行動は迅速だった。
結界に侵入することは即断念し、森の中からすぐにとって返した。
向かったのは数キロ離れた先にある小高い山だった。移動中に確認した地形で、そこがベストポジションだと鈴鹿姫は即決した。
疾風のような速さで森を抜け、山を駆け、数十分と経たずにその場所に到達した。そこからなら、社の森全体を見渡せたからだ。
鈴鹿姫は小通連を抜き、最大限の念を込めて投擲した。
小通連は使い手が定めた敵を追尾し、自動で攻撃を加えることできる。さらに森の結界は侵入者は通さないが、物体なら透過できると鈴鹿姫は読んでいた。
小通連の持つ能力は、この状況にうってつけだった。
「小通連には『最も強い鬼に致命傷を与えよ』と命じた。たぶん、あそこにいた鬼に当たった、はず」
「じゃあやっつけちゃったってことですか?」
「そこまでは分からない。けど私にできるのはここまで。あとは結界の中にいる人たちの仕事」
「う、う~ん……」
(大丈夫かな、小林君たち)
鈴鹿姫のことを信じていないわけではないが、九木は複雑な思いで鈴鹿姫が見据える暗がりの先を目で追った。
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