小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

朱月の真実(その2)

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「君の妹については分かった。次の質問だ。君たちは悪路王あくろおうの肉体を新造するために、『蟲毒こどくの法』を利用して鬼を造りだそうとしていたね?」
 佐権院さげんいんは眼鏡の位置を戻し、それまでより少し目を細めた。ここからは警察官として看過できない内容が含まれているからだ。
「どうやって殺し合わせたんだ。確認された鬼……もとい、鬼のなりそこないは君の配偶者も含めて三体いた。合計で二十七人が互いに殺し合ったことになる。村の根底にある異常性もあるが、彼らをどう言いくるめたんだ?」
 悪路王の肉体の代替を用意するために、邪鬼を造る『蟲毒の法』は、一回につき九人を殺し合わせるという形式が取られた。そのためには集められた九人の人間たちが殺し合いを演じる必要がある。だが、そう簡単に殺し合いを強要できるわけではない。まして、九人というのはそれなりの人数になる。
 佐権院は殺人事件の状況整理として、表向きの動機を聞いておかねばならなかった。
「……朱月あかつき家は螺久道村らくどうむらでは村長以上の地位と発言権を持ってた。表のことは村長が取り仕切って、裏のこと……主におやしろの管理と……生け贄の儀式を……朱月家が。村の人間たちも、村長より朱月家の方を重視していた。だから、密かに相談事を持ちかけられていた。村の人間たちの、人に言えない事情なんかを、朱月家は全て知っていた」
 アテナや雛祈ひなぎからもたらされた情報で、朱月家が悪路王となった人間と最も血縁が深いことは、佐権院も知っていた。同じく裏の世界に通じている者として、佐権院は灯恵ともえが言わんとしていることに段々察しがついてきた。
「お金に困っている人、知らたくない弱みを持っている人、村の行く末に不安を持っている人、村のためなら殺人さえいとわない人。そういう人たちを動かすのは簡単だった」
 灯恵は涼しげに、むしろ冷たい印象の微笑みを浮かべた。
 そこまで聞けば、佐権院には充分だった。
 世の裏で闇の所業に手を染めてきた者たちにとって、朱月家はかつてのいにしえの時代、コミュニティにおいてまつりごとを司ってきた預言者と同じだった。螺久道村において最も大きな権力を有し、崇められている朱月家の言葉は、絶大な効果を持って村人たちを動かしたことだろう。たとえそれが手を血で染めることだとしても。
「他の村人たちには鬼神様の大事な用のためだと言って誤魔化したわ。何一つ疑おうとしなかった。生け贄を捧げた分だけ、鬼神様の恩恵が村にもたらされるって、みんな頭から信じてた。当の鬼神様には生け贄なんて何の役にも立たなくて、じきに村を滅ぼすことになるとも知らずに……」
(猟奇殺人に村長宅の襲撃。それらが起こっても村の人間に動揺した気配がなかったのはそれが原因か)
 結城から電話で相談を受けた佐権院は、螺久道村に住む人間たちから感じた違和感のことも聞いていた。『鬼神様のため』という鶴の一声だけで、螺久道村の人間たちは生け贄を簡単に割り切り、日常生活を続けていたのだ。
 百年以上に渡って生け贄を捧げることをとしてきた村人たちの心理には、佐権院もおぞましさを隠し切れずに顔をしかめた。
「君たちに……君にとっては酷な話になると思うが、嬰児えいじの魂は呪術的にはほとんど効果がない。生まれたばかりで感情も記憶も未発達な分、未練や怨みといった思念が発生しにくい。あえて言わせてもらうが、螺久道村で行われてきたことは、素人考えの凶行にすぎなかったということだ」
「そう、私たちはただただ子どもの血を流してきただけ。そうすることで必ず幸せになれると信じきって、気が付いたら……人間じゃなくなってた」
 佐権院は稔丸ねんまるの使いの者が届けてきた『腕』のことを思い出していた。観察した限りでは、その『腕』は人間のものであり、解析した限りでも、人間の細胞しか検出できなかった。
 だが、霊視ができる者にとっては、そこに内包されている因子は驚異だった。
 半妖怪の細胞を解析した場合、受け継いでいる妖怪の因子に起因して、常人とは形質・性質が異なっている事例はよくある。
 ただし、あくまで人間の細胞がベースになっており、異なる因子が相互に適合しようとした形にはなっていても、完全に溶け込んでいることはない。
 検体として持ち込まれた『腕』のサンプルを霊視した結果、『鬼』の因子が完全融合した細胞が見受けられたのだ。
 しかし、全ての細胞がそのような状態だったわけではない。むしろ、『腕』に残っていたのはごくごく微量で、ただの人間の腕と言って差し支えないものだった。
 佐権院が問題としたのは、もしもその細胞をもっと高い比率で持ち合わせている人間がいるならば、何かのきっかけでその人間を強力な『鬼』に変えてしまうことが可能かもしれないという予想だった。
 その予想は見事に的中し、鬼神・悪路王の復活を促す重要なファクターとなっていた。
(鬼の肉体を浸けて造った酒、か)
 螺久道村の人間たちは、鬼の力を手に入れようと、百年以上に渡って『鬼の酒』を飲み続けてきたという。無論、それだけで鬼の力が手に入るはずもない。だからこそ村人たちは鬼化することもなく、ただの人間のままでいた。
 だが、『鬼の酒』は鬼の因子をじわじわと村人たちの細胞に浸透させていた。分離させることが不可能なほどに。
 それを九人型式の『蟲毒の法』によって刺激し、鬼を新造しようと目論んだところだったが、細胞の比率が低ければ完全な鬼にはならず、かといって人間の姿のままでいられるわけではない。
 結果、鬼でもなく、人間でもない、なりそこないの邪鬼が生まれることになってしまったのだ。
 ただ一人の男の復讐心が鬼に変わり、その鬼を村人たちが利用しようとし、妄執から多くの小さな命が失われ、子を亡くした母の激情が邪鬼を、鬼神を生み出した。
 そんな人間のごうが行き着いた螺久道村という場所に、佐権院は恐れとも、諦観ともつかない複雑な感情を抱いていた。
「これまで積み重ねてきたことが、どうしようもない間違いだって知った時、全部壊さないと心を保つこともできなかった。だから……村も、村人も、あの土地も、全部……全部殺して……全部壊してしまいたかったのに……」
 ここにきて初めて、灯恵は顔を歪めて止め処なく涙を流した。その意味するところを、佐権院はよく知っている。警察官として、その感情も、その涙も、何度となく見てきた。
「どうして……こんなこと……しなきゃよかったって……思っちゃうの?」
 灯恵の脳裏には、炎に焼かれ、崩れ落ちていく村の光景がありありと記憶されていた。
 望んでいたはずだった。必ず目的を果たすと心に決めていたはずだった。
 そのはずが、焼け落ちていく村の光景を目にした灯恵が手にしたのは満足感ではなく、取り返しのつかない後悔だけだった。
「嫌だ……嫌だ……よぉ……こんな……気持ちに……なるなら……したくなかったよぉ……」
 涙にしゃくり上げながら、力なくぽつりぽつりと後悔を口にする灯恵は、もう復讐鬼などではなく、ただの幼い子どものようになっていた。
 復讐に駆られた人間は、自分で復讐心を止めることができない。激情に突き動かされ、自分自身すら見失い、凶行へと堕ちていく。
 復讐が終われば、復讐心は驚くほど綺麗に消滅する。そして正気に戻った者は、多大な罪科に苛まれ、押しつぶされ、延々と後悔するだけになる。
 事情は千差万別ではあれど、復讐という方法に打って出た人間の末路を、佐権院はよく知っていた。
 罪の重さに耐えかねて命を絶とうとする者、己の心の闇を知って絶望する者、心の均衡を失って発狂する者。
 そうした者たちと比べ、罪に向き合い、罰を受け止め、再生への道を歩み出せる者は存外少なかった。
  朱月灯恵もまた、復讐を決意しておきながら、その実、人の心がまだ残っていたために、罪悪感という苦渋を味わうことになった憐れな一人だった。
 犯した罪を消し去る方法は存在しないが、朱月灯恵に限っては、まだ少し、救われる道があった。そのための情報を、佐権院は持っていた。
「村人たちは生きている」
「え?」
 佐権院が発した一言を、灯恵はすぐに理解できなかった。が、徐々にその意味するところを噛み締め、驚きに目を丸くした。
「生きて……る?」
「そうだ。村人たちは無事だ」
「どう……して」
 螺久道村の人間たちが生きている。佐権院はその詳細を話し始めた。
 
 結城ゆうきたちが悪路王と対決する前日、結城はアテナの力を借りて佐権院に連絡を取っていた。螺久道村で起こっている異変と、それについての見解を伝えて協力を得るためだ。
 現場での戦闘は、結城の勢力と雛祈の勢力を総動員すれば対処できるかもしれない。問題は螺久道村の住人たちに被害を出さないということだった。
 もしも大規模な戦闘に発展するならば、住人たちを巻き込まないように避難させる必要がある。結城たちが動くと怪しまれるかもしれないので、警察としても霊能者としても権限を持っている佐権院を頼ることにしたのだ。
『話は分かった。私の方でできる限り手配しておこう』
『お願いします。僕たちだけじゃちょっと難しそうだったので』
『なに、気にすることはない。今後とも力にならせてもらうよ』
『ありがとうございます。それでは』
 螺久道村の不穏な気配にどう対処するかで悩んでいた佐権院には渡りに船だった。
 実際に何かが起こったとしても、結城たちが現場にいるならば、雛祈たちも合わせて戦力としては上々だった。主だったところは結城たちに任せ、佐権院は住人たちの避難という裏方に徹すれば、事件を早期に解決し、結城たちに貸しを作るというオマケも付く。
 佐権院には非常に都合の良い展開だった。
 あとは螺久道村の住人をどう避難させるかだ。
 結城からは、黒幕と目している人物に気取られないようにしてほしいという要望があった。警察組織の人員を投入すれば話は簡単だが、いきなり村一つに避難要請をすれば、大いに目立つことになる。
 大規模な避難を隠密に遂行するために、佐権院はもう一人、協力者を立てることにした。
 『二十八家にじゅうはっけ』の中で裏工作や事後処理に長けている者、多珂倉たかくら稔丸だった。ちょうど『腕』を届けに来たシトローネも待たせていたので、連絡を取るのは容易かった。
 佐権院からの依頼を受けた稔丸はまず、取り急ぎ所有していた対呪防御仕様の73式大型トラックを、従者たちに連絡して螺久道村の近くに届けさせた。
 日が落ちる頃を見計らい、雪花せっかが作った薬香を焚き、それをシトローネの風のルーンで村の全戸に行き渡るようにした。薬香を吸った村人たちは一時的に意思力が低下し、単純な命令に従う状態となる。シトローネが風のルーンに少し細工し、『村の外に出ろ』という囁きを付加していたので、村人たちは自分の足で村外へと赴くことになった。
 あとは貸切にした涼水市すずみしの公民館まで、トラックで移送すればいいだけの話だった。
 唯一の懸念は事が起こる前に、避難が完了するかという時間との勝負だったが、村に火が放たれる直前に村人全員を収容できたのは幸運だった。
「今回の事件の被害者は、『蟲毒の法』で犠牲となった二十七人と、村長の岸角碩左衛門きしかどせきざえもんが負傷したのみ。それ以上は一人も死者はいない」
「あ……あ……」
「小林くんに感謝することだ。彼は、あの村の人間たちを見捨てなかった」
「あああああ!」
 灯恵は声を上げて泣き出した。先程までの悲しみと後悔から流れた涙とは違い、その意味するところは佐権院にも解っていた。灯恵はしゃくり上げながら、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、しきりに『ありがとう』と呟いていたのだから。
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