8 / 79
その日を境に
しおりを挟む夜も更けた頃、静かに寝息をたてるウルスラの元へエルヴィラは歩み寄る。
そっと足元の布団を捲り足輪に触れる。
この足輪には魔石が埋め込まれてあかる。この魔石は鉱山の近くの地層にあった化石から採取した物で、動物らしき物の心臓辺りから取り出された石だった。
この石は魔力を帯びていて、錬金術で加工していけば様々な効果を持つ道具へと変えることができる。
ウルスラの足輪とフューリズの腕輪には、同じ魔石を加工した物が嵌め込まれている。腕輪には大きめの魔石を嵌め込んであり、足輪には小さめの魔石を嵌め込んである。
魔石には能力が自然と集まるようになっている。そして小さな魔石は大きな魔石に戻ろうとする作用が自然と働き、集まった能力が渡ってしまうという現象が起こるのだ。
この魔石に、エルヴィラは自分の魔力を込める。今より更に能力を吸収させるようにしたのだ。
能力が吸収されれば、その能力は大きな魔石に自然と渡っていく。これで能力が覚醒した後も、フューリズは慈愛の女神の生まれ変わりとして生きていけるはず。
持ちうる全ての魔力を足輪の魔石に込め、魔力切れでエルヴィラはそのまま倒れるようにして眠ってしまった。
朝方目覚めたウルスラは、足元にエルヴィラが眠っているのを見て不思議に思った。エルヴィラはいつも自分とは別の場所で眠るので、こんなに近くで眠っているのを疑問に思いながらも、近くで眠っていた事実に嬉しく感じた。
起こさないようにそっと布団を掛けて、毎朝の日課である水汲みをしにバケツを持って川へ向かう。
いつもなら向かっている道中、様々な動物が話しかけてくる。もっぱら多いのは梟達だが、今日は動物達の姿は見えない。気配は感じるけれど、近寄って来ようとはしないのだ。
どうしたんだろう……
ウルスラは辺りをキョロキョロ見渡しながら、動物達の様子を伺う。いつも近寄って話し掛けてくれる梟達が、遠巻きにこちらを見ているのが分かる。けれどそれだけで、そばに来ようとはしなかった。
何があったんだろう……何か悪い事でもしちゃったのかな……
そんな事を考えながら、何度も水汲みを繰り返していく。水瓶に水がたっぷり入って、もう水汲みに行く必要は無くなったけれど、ウルスラは外の様子が気になった。こんな事は今まで無かった事で、動物達に何かあったのかも知れないと考えた。
そうは思っても今は自分に何か出来る事もなく、急いで朝食の準備をする。
朝食の用意が終わって、でもまだ目覚めないエルヴィラの様子を見に行く。いつもならもう目覚めている頃だ。なのに起きてこないのは何故だろう? どこか具合でも悪いのかも知れない。
そう思って眠っているエルヴィラのそばに行き、そっと肩を揺らす。
熱は無さそうだ。普通に眠っているように思う。それでも心配だった。もしかしたら何か病気になってしまったのではないか。そんなふうに思いながら、何度も肩を揺すってみた。
そうしていると、漸くエルヴィラは目を覚ました。そしてウルスラを見ると、様相を変えていきなり頬を思いっきり叩いたのだ。
「誰が触っていいって言ったんだ! 私に触れるんじゃない!」
「…………」
叩かれてそのまま転げて体を壁にぶつけてしまって、その衝撃で暫く動けないでいたウルスラに、エルヴィラはユラリと立ち上がりそばまでやって来た。
それからウルスラを足で何度も蹴った。身を丸くして手で頭を覆い、ただエルヴィラからの暴力が止むのを待つ。だけど、それは何時もよりも長く続いた。
ウルスラはそれをひたすら我慢してやり過ごす。その痛みに思わず声が出そうになるけれど、何とか出さないように唇をギュッと結んでただ耐える。
不意に涙が出そうになった。
だけどダメだ。泣いちゃダメだ。そう自分に言い聞かすようにして耐える。
誰に言われたのか分からない。言われたのかどうなのかも覚えていない。だけど覚えている事がある。
【貴女は泣いてはいけません。常に笑顔でいるように。それが人々を救うのです】
その言葉がいつも頭の片隅にあった。だから笑顔でいるように心掛けた。悲しくても辛くても、笑顔でいれば人も笑顔になってくれる。あぁ、やっぱりそうなんだ。笑顔を絶やしちゃダメなんだ。そう思って今まで我慢してきた。大丈夫、きっと大丈夫。だから泣いちゃダメなんだ。
瞳が潤んでも、耐えるようにギュッと目を閉じてエルヴィラからの暴力に耐え忍ぶ。それしか出来ないからだ。それしか方法を知らないからだ。
何度もそうされて、エルヴィラの息が荒くなってから少しずつ暴力が無くなっていく。
「本当に目障りだよ! 何処かへ消えちまいな!」
いつものように罵られているだけだ。だけどいつもより強くそう言われているように感じる。気にしちゃダメだ。そう思いながらも悲しさは胸を苦しめる。下を向いて痛む体を何とか起こして立ち上がる。
エルヴィラに言われたとおり、目の前から姿を消すように外へ出る。家の裏手に回り込んで、そこで膝を抱えて踞る。
背中が痛い。頭を庇ってた腕も、そして足も痛い。だけどそれより心が一番痛かった。
なぜ怒られるんだろう。何がいけなかったんだろう。触れるのがそんなにいけなかったのだろうか。もう二度と触れてはいけないのか。
もとより、人の温かさなんて物心ついた頃には記憶にすらなかった。抱きしめられた記憶もない。眠っているエルヴィラのそばに行って、そっと起こさないように布団越しに触れたことは何度もある。
そっと横で、気付かれないように添い寝した事もある。だけどダメなんだ。それはもうしちゃダメなんだ。ウルスラはそう理解せざるを得なかった。
暫くの間そうしていて、時折玄関の方へ回り物音を聞くようにして家の中の様子を伺って、すぐにまた裏手へ戻る。何度かそんな事を繰り返していると、扉が開く音がしてエルヴィラが出ていった。それを遠くから確認して、エルヴィラの姿が見えなくなってから家の中に入った。
テーブルに食べ終わった食器があって、ウルスラはそれを片付ける。パンを一つ手にとって口に含んで、それを朝食とする。目が潤んで涙が出そうなのを何とか堪えて、小さなパンを食べ終わる。
テーブルには買い物かごも置いてあって、その中にメモが入ってあった。
ルーファスと週に一度勉強を教えてもらうようになってから、文字の読み書きが出来るようになった。だから何を買ってくれば良いのかメモを見て分かるようになった。それが嬉しくて、思わず笑みが溢れた。
いつものように掃除と洗濯、昼食の準備を終わらせてから買い物をしに街へ行く。
その時も動物達は寄ってこなかった。いつもならあちらこちらから鹿や猪、狐、リスに兎、鳥、狼なんかもやって来る。
そんな時は動物同士で争いなんかしなくって、皆和みながら話しかけてくれる。
だけど今日はウルスラの元に動物達は近寄ってこなかった。朝の梟もそうだったけど、一体何があったんだろうか。嫌われてしまったんだろうか。動物達と話せる事が楽しくて、ウルスラにとっては癒されるひとときだったのに。
辺りを何度もキョロキョロ確認しながら、近寄ってこない動物達を横目に街へと向かう。気にはなるけど立ち止まれない。そうすると帰りが遅くなってしまって、またエルヴィラを怒らせる事になるからだ。
それでもいつもより遅い足取りで森を抜け、街道に出てからは足早に街へと急いだ。
門番がいたので、いつものようにニッコリ笑って会釈をする。だけど門番は微笑む事をしなかった。服から覗く部分には傷や青アザが至る所にあって、ボロボロの服を着た痩せ細ったウルスラを見て、門番は怪訝な顔をする。その表情を見てウルスラは戸惑った。
いつも優しく微笑んでくれて、何も言わずとも中へ通してくれていた。でも今日は違うかった。厳しい顔を向け前に立ちはだかり、中へ通そうとはしてくれない。
仕方なくウルスラは
「買い物にきました」
とだけ言い、買い物かごとメモを見せた。そうしてから漸く門番は道を開けてくれたのだ。
その様子に戸惑いながらも、ウルスラはいつものようにいつもの店で買い物をしていく。
この街の人達はいつもウルスラに優しかった。笑顔を見せると同じように笑顔を返してくれて、それがウルスラには嬉しく思える事だったのだ。
だけど今日は違った。
ウルスラが微笑んでも、誰も微笑み返してはくれなかった。それよりもボロボロの見た目のウルスラに、門番と同じように怪訝な表情をするばかりだった。
街へ来るのが楽しみだった。話をしなくても皆がウルスラに話し掛けてくれたし、優しく接してくれていたからだ。
それが今日は違うかった。誰もがウルスラを汚いモノでも見るかのような目付きでいたし、話し掛けてもくれなかった。いつも何かしら食べさせてくれていた店も、近づくだけで嫌そうな顔をする。
急にこんな事になって、ウルスラは戸惑うしかなかった。何があったのか。何がいけなかったのか。考えてもウルスラに分かる訳はなく、重い気持ちで街を後にするしかなかった。
皆の目が怖かった。穢らわしいモノでも見るような目付きに恐怖を感じた。こんな事、今まで無かったのに。笑えば誰もが同じように返してくれた。だから誰にもそうしてきたし、それで良いと思っていた。
でも今日は違うかった。誰もが冷たい目でウルスラを見て、早く帰れと言わんばかりに、手でシッシッとあしらわれてしまったりもした。
街から出て家路につく。いつも街からの帰り道は心がホカホカして心も体も暖まったように感じていたのに、今日はそんな気持ちになれる筈もなく、ウルスラは下を向いてトボトボ帰るしかなかった。
帰りの森の中もまた行きと同じように、動物達は近寄ろうとしてくれない。
皆が自分から離れていくように感じて、今まで以上に寂しく、そして悲しくなった。
今日は何かが違う。だけど今日が過ぎれば、また元に戻るかも知れない。だからなんとか今日をやり過ごそう。
そう思って家に帰った。
だけどそれは変わることなく、その日を境に皆がウルスラを蔑むような目で見、嫌悪の表情を向けたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい
しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる