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癒していたのは
しおりを挟む王都で起きた騒ぎは、フェルディナンの耳にもルーファスの耳にも届いた。
その報告を受けてフェルディナンは、フューリズが放っていた術か何かをウルスラが解除したのではないか、そう考えた。
同じ報告を受けたルーファスは、フューリズがまた王都へ行って暴動を起こしたのだと考えた。
各々の監視させた者からの報告であったとしても、その内容は同じであった。
だが、真実を知るフェルディナンと、ウルスラをフューリズと思い込んでいるルーファスでは捉え方が全く違ったのだ。
まだ具合が良くなさそうなウルスラを放っておけなくて、オリビアは看病に徹していた。
その時、ノックもなく突然勢いよく扉が開いて、ウルスラの部屋にルーファスが入ってきた。
「フューリズ! 貴様はまた王都で何をしたのだ?!」
「ルーファス殿下?!」
「その声は……オリビアか?! なぜお前がここにいる?!」
「それは……フューリズ様は具合が良くなく、看病を……」
「お前が看病等する必要はない。強制されているのであろう。もう向こうへ行ってよい」
「ですが……!」
「捕らわれておるのか?! もしかしてお前も操られたか!」
「いえ! そうではございません!」
「フューリズっ! 用がなければここから出るなと言った筈だ! これ以上被害を増やす事は許さぬ! お前はオリビアにあれだけの事をしておいて、まだそれ以上を強いるのか?!」
「わ、私は……」
「喋るなと申した筈だ! お前に光を奪われ、声を奪われたあの時、最後に聞いたお前の笑い声が未だに忘れられぬ……っ! 私を嘲り笑ったその声を、二度と私に聞かせるでない!」
「…………」
「ルーファス殿下っ! それはあまりにも……!」
「オリビア! お前は髪を焼かれ酷い火傷を負い、その命までも奪われそうだったのだぞ?! それでもフューリズに肩入れするか!」
「そうではございません!」
「操られているのであれば、もう私の元では過ごせぬ……!」
「ルーファス殿下っ! 私は操られてなどおりません! ……申し訳ございませんでした……」
「よいかフューリズ! 今までのように自由に出来るとは思わぬ事だ! 私はお前を許さない……必ずヴァイスを殺害した証拠を見つけ出し、お前を裁いてやる!」
「……っ!」
凄い剣幕でウルスラを睨み付け、ルーファスは部屋を出て行った。
その時、
「オリビア!」
と呼び寄せ、ウルスラの部屋からオリビアを退出させた。
それはルーファスからすればオリビアを助け出したという事なのだが、ウルスラとの仲を引き裂かれたようにオリビアは感じてしまった。
恩義のあるルーファスに逆らおうとは思わない。自分はルーファス付きの侍女なのだから。
だが、ルーファスとウルスラの事情を知るのは自分だけだと思うと、いてもたってもいられなくなる。
そしてその場を離れるのに名残惜しむオリビアに、ウルスラは大丈夫とでも言うように笑って送り出してくれる。その表情にオリビアの胸は痛んだ。
それ後こっそり、オリビアは真夜中にウルスラの元へと訪れた。
まだ体の痛みに耐えるような状態のウルスラの汗を拭い、背中を擦り、水を飲ませた。
一晩中そうしていて、朝方になってやっとグッスリ眠れたウルスラの元からそっと離れて、オリビアは自室へと戻った。
それから少しして業務は始まる。オリビアは殆ど眠ることなく仕事を開始したのだが、朝食を用意しているところでルーファスに呼び出されてしまった。
「おはようございます。ルーファス殿下」
「オリビア……もう一度確認するが、お前は本当に操られていないのか?」
「勿論、操られてはおりません」
「そうか。ならば良いのだ……だが、フューリズとはなるべく関わらないで欲しい。フューリズには他の者を付けているしな」
「ですが……」
「なんだ? 何か不満でもあるのか?」
「いえ、そうではありませんが……その……ルーファス殿下がいらっしゃらない時間、私がフューリズ様の動向をお調べすれば良いのではないかと思いまして……」
「お前がか?」
「はい。以前フューリズ様に付かせて頂いておりましたので、あの方をある程度は理解できているつもりでございます。あの……いかがでしょうか……?」
「私はお前がフューリズに毒されるのではないかと……また何かされるのではないかと心配なのだ……」
「ルーファス殿下……ありがとうございます。でも私なら大丈夫でございます。私を信じては頂けないでしょうか?」
「そうか……ならばお前に託そう。だが少しでも危険を感じれば、すぐに回避するよう心掛けて欲しい。良いな?」
「はい……!」
ルーファスの許可を得て、オリビアはウルスラと共にあれる事になった。その事を知ってウルスラは喜んだ。自分をウルスラだと知ってくれている人が傍にいてくれる事が凄く有り難たかった。
昼頃にはウルスラはすっかり元気になっていて、昼食もしっかり摂っていた。それを見てオリビアは安心した。
「オリビア、ありがとう。でも無理はしないでね。昨日もあまり寝てないでしょう?」
「私はなにも問題ありませんよ。ウルスラ様、今日はゆっくり身体を休めてくださいませ。本日の講習も休むように伝えておりますので」
「え? もう元気なのに?」
「先程までお辛そうにされておいででした。今日は一日お体を労ってあげなければなりませんよ」
「でもね、まだ王都にはあの黒いのに侵された人達がいっぱいいるの。それにね、お空に帰れない人達もいっぱいいるの」
「お空?」
「うん。亡くなった人達でね、皆悲しそうにしててね? ずっと何か伝えたくて想う人のそばにいるんだけど、それが叶わないの。だからお空に還してあげなきゃって思うの」
「ウルスラ様は霊が見えるのですか?!」
「え? あ、うん……そうなったのは最近なんだけど……だからね、また王都に行きたいの」
「なりません! またあのような暴動が起こるかも知れません! それに、もう呪いを体に取り込むのは止めてくださいまし!」
「え? どうして?」
「昨日、あれからウルスラ様は体に痛みがあったのでしょう?! とてもお辛そうで、私見てられなくて……」
「でも……王都の人達が自分の感情を表に出せなくて苦しんでいるの、見たでしょ? それは凄く辛いと思うの。悲しいと思うの」
「そうかも知れませんが……ですが昨日の今日というのはやはりお止めになられた方がよろしいかと思います。いえ、やっぱりダメです! もうあんな事はお止めにならなくては!」
「あ、じゃあ今日は大人しくするから、ね? 明日なら良いでしょ? ね!」
「明日もお止めになってくださいまし! ルーファス殿下もお怒りになられます!」
「えっと……じゃあ取り敢えず今日は、ルーの黒の霧の事を考えよう! あのね、不思議に思ってたの。ルーの黒い霧ね、あれ凄く悪いヤツなのにルーの体がまだ元気なの、不思議だなって」
「それはどう言う事でしょうか?」
「あの黒いの、ルーの体に入り込んで悪さをしようとするんだけど、それが出来ないような感じになってるの。それってルーは何かに守られてるのかな?」
「王族の方は皆様、結界術師の方に体を守るように結界を張られております。ウルスラ様にも毎朝結界が張られているの、ご存知ですよね?」
「うん。毎朝、私の部屋に入らずにかけてくれるよね」
「あの……本当は直接お会いして術を施されるものなのですが、それもルーファス殿下が、その……」
「そっか……仕方ないよね。フューリズは人を傷つけちゃうかも知れないんだからね」
「はい……」
「あ、でもね、その結界で黒い霧とか防げてる訳じゃないと思うの。でも、それじゃ……なんでだろう?」
「もしかして……あ、あの、ウルスラ様がルーファス殿下に贈られた薬草、覚えていらっしゃいますか?」
「え? あ、うん。覚えてるよ。それがどうしたの?」
「あの薬草はとても希少な物だったようでして、一般的な薬草が突然変異により発生した物らしいのです。その薬草自体も希少なのにそれに花が咲いた事で、幻と言われる程の物だと薬学者の先生が言われていて……その花が届いてからでございます。ルーファス殿下の手の震えが止まったのは」
「手もだったの?!」
「そうでございます。何一つその手で持つことすら出来なくなり、目も見えず声も発せず……ですが、ウルスラ様の贈られた薬草の花が来てからというもの、少しずつではございますが回復されているように感じるのです」
「そうなんだ……少しでも役に立てれたのかな、私……」
「はい! 凄く!」
「良かった……本当に良かった……」
ウルスラの嬉しそうな表情を見て、ウルスラはルーファスの事を慕っているのだとオリビアは悟った。恐らくそれはルーファスも……
二人は想い合っているのだ。なのになぜこんなふうにすれ違ってしまうのか……
そう思うと悲しくなってきて、またオリビアは泣きそうになってしまう。それを何とか堪えて笑顔を作る。
「それとですね、その花は本当に凄いんです! なんと、今も咲いているのですよ!」
「え?! 本当に?!」
「はい! 一日に一度水を与えるのみですが、一度も枯れる事なく咲き続けているのです! 本当に凄いです!」
「それ、見たい! 見せて欲しい!」
「えっと……それは……」
「ダメ、かな……?」
「いえ……ウルスラ様になら良いと思います。お持ちしますので、少々お待ちくださいませ!」
そう言ってオリビアはウルスラの部屋から出て行った。そして暫くして、大切そうに鉢植えを抱えて戻って来た。
よく見るとそれは鉢植えではなく、ウルスラが贈った欠けた大きめのコップだった。
ルーファスなら綺麗な鉢植えを用意する事は可能な筈なのに、贈ったままの状態だったのを見て、ルーファスがウルスラからの贈り物を大切に思ってくれていたのが感じ取れた。
その花は贈った時と同じような状態で存在していた。それを見てウルスラは、その花の懐かしさと、その時の気持ちと、あの頃住んでいた森の小屋の情景が浮かんで、一気にその頃をリアルに思い出してしまって胸がいっぱいになった。
そんな事から思わずそのコップを抱きしめてしまった。
「頑張ったんだね。ずっとルーを癒してくれてたんだね。ありがとう。本当にありがとね……」
ウルスラがそう話しかけると、花はそれに呼応するように淡く光りだした。
その様子をオリビアはマジマジと見詰める。ウルスラと会ってから、不思議な現象ばかりを目にしている。それはとても神秘的で、神聖な事に感じられて、どれ一つとして見逃したくなかったからだ。
「うん? ふふ……そう……わかったよ」
「え? ど、どうされました、か?」
「ん? あぁ、この花がね? 歌を歌って欲しいんだって。私、この花を育てる時にね? ルーから教えてもらった歌を歌ってたの。その歌を気に入ってくれててね。私に歌ってって、ねだってくるの。それが凄く可愛いの」
「花の言葉が分かるのですか?!」
「何となくだけどね」
ウルスラがそう言ってから、コップを優しく胸に抱いて、それからゆっくりと揺れて歌を歌い出す。それはまるで赤子をあやす母親のように。
その歌は初めて聴いた筈なのに、懐かしいような、幼い頃母親に歌って貰っていたような、思わず昔を思い出してしまう、そんなふうに感じさせる旋律だった。
ウルスラの歌声は優しく美しく響いていき、波紋のように広がっていく。
王城を包むように広がった歌声の効果は、人々の心を穏やかにしていった。皆が幸せに包まれたような感覚になり、心傷ついた人も癒えてゆく。
病気を患った人も怪我をした人も、いつの間にかすっかり回復していた。
それは突然の事だったが、人々は騒ぐ事なく、その歌の効果で平穏にいる事ができた。
王城中がそうなっている等と知る由もなく、オリビアはウルスラの歌声に酔いしれる。
そして歌を聴いたであろう花は、一層輝きを増して光を放ちだす。
それは花が歌を聴いて喜んでいるようにも見えた。
自分よりも若く幼いウルスラに、オリビアは母のような大きさと優しさと暖かさを感じたのだった。
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