慈愛と復讐の間

レクフル

文字の大きさ
52 / 79

あの場所へ

しおりを挟む

 王都は昔のように賑やかで活気のある場所へと戻っていった。
 
 それは蔓延はびこった疫病が祓われていくように、顔を隠した黒髪の少女が現れると、少しずつ皆が元気を取り戻していったのだ。

 初めはその少女に反抗し楯突く者も多かった。なぜなら、操られた元凶はその黒髪の少女だと思われていたからだ。

 しかしどれだけ野次ろうがなじろうが、少女は僅かに見える口元を上げるだけで、王都に来るのを止めなかった。

 そうして王都は前のように活気に溢れる日常を取り戻していったのだ。
 しかしそうなってからは、その黒髪の少女を見掛ける事は無くなっていった。

 あれから……

 ルーファスがそうと知らずウルスラの部屋へ夜に訪れた日から、一週間に一度はルーファスは夜にウルスラの部屋へ赴くようになっていた。

 そうする度に体に力が漲ってきて、その力を奪えたと実感できる事に喜びと罪悪感と、言い様のない幸福感、そして常に付いて回る嫌悪感にルーファスは苛まれ続けていた。
 
 初めてそうなってからも、フューリズは何も抵抗しない。声も出さない。ただ、耐えるように呼吸を乱しているだけで、そしてその身を自分に任せるだけであった。 
 それにはルーファスは戸惑いつつも、その行為を止めるつもりはなかった。力を奪っていくこともそうだが、少しずつルーファスの心も、フューリズを名乗るウルスラへと引き寄せられていったのだ。
 そしてその事にも葛藤があり、ルーファスは夜以外でフューリズに会おうとしなかった。

 そんなルーファスのフォローをするように、オリビアはウルスラ付きの侍女よりも、長く多くウルスラに付き添うようになっていた。

 
「ウルスラ様……髪が……」


 ウルスラの髪の手入れをしていたオリビアは、不意にそう口に出してしまった。
 ルーファスと夜を共にする度にウルスラの髪色が淡くなっていくからだ。
 それは髪だけではなく、瞳の色もそうだった。


「うん、もう黒じゃ無くなっちゃったね。グレーって、おばさんっぽいかな?」

「そんな事はありません! グレーと言うより、青と銀に近い色でございます! 瞳は綺麗な青色でございます!」

「ふふ……そう?」

「その分……ルーファス殿下の髪色は段々濃くなってきておりますね……瞳も黒に近くなってらっしゃいます」

「私、ルーの淡く光る紫の髪、好きだったんだけどな……でも、黒くなってもきっと格好良いよね?」

「はい、勿論でございます! 目もかなり回復されてらっしゃいます! ですからウルスラ様がちゃんとルーファス殿下にお顔を見せれば、きっと分かってくださいます!」

「ルーは夜以外、来てくれないよ。それ以外は会おうともしてくれないし……それに、私のこんな姿見たら、ルーはきっと驚くよ。私の事、フューリズって思ってるし、今さら違いましたなんて言えないよ……」

「ですが、それではウルスラ様が……」

「ルーはきっと、自分でも色んな葛藤があると思うの。フューリズの事嫌いなのに、あんな事しなくちゃいけないの、きっと辛いと思うの」

「ではウルスラ様はどうなります?! フューリズ様と間違ったままに一儀に及ばれて……そうなる度にウルスラ様は悲しそうにしておられます!」

「悲しそう、かな? ダメだね、笑わなくちゃいけないのに……」

「無理に笑わなくてもいいのです! 泣きたい時は泣いてくださればいいのです!」

「泣けないよ。私ね、泣いちゃいけないの。泣いたらね、とんでもない事になっちゃうの」

「え……それは……どうなるのですか……?」

「あ、ううん。何でもない。余計な事言っちゃった。ちょっと疲れてるのかな……」

「ウルスラ様……」


 日に日に元気を無くしていくウルスラに、オリビアは不安が過る。
 食事の量も少なくなって、ここに来てから少しふっくらしてきたと思っていた体は、また元のように痩せていく。

 笑顔も少なくなり、儚げな感じがする。少し動くとすぐに疲れるのか、部屋で休む事が多くなった。
 今では一日外に出ずに部屋で本を読む事が殆どた。

 黒く美しく光っていた髪は青っぽい銀に変わっていた。それはルーファスに力を奪われた代償だった。
 
 慈愛の女神の力を奪うには、その力を得たいと思う気持ちと、その力を与えたいと思う気持ちが一致しないと力の受け渡しはできない。
 その事から、少なくともウルスラはルーファスに力を与えたいと思っていたのだ。

 幼い頃の楽しかった記憶にいたのは、いつもルーファスだった。その思い出があったから、これまで頑張ってこられたのだ。
 だからルーファスの力になれるのであれば、ルーファスが自分の力を必要としているのであれば、それを渡す事くらいどうって事はなかった。

 ウルスラからすれば、突然得たような力だった。それが無くなったとしても何も問題はなかった。

 ただ……

 一つだけ離してはいけない力があると思っていた。それは浄化の力だ。

 王都は殆どの呪いを浄化する事ができた。だけど、まだ少しルーファスの目には黒い霧は残っている。この力だけは譲れない。それ以外であれば、何を差し出しても構わない。
 ウルスラはそんな気持ちだった。

 けれどそれを取り除こうにも、ルーファスと会えるのは夜だけだった。部屋に入るとすぐに照明を消され暗くさせてから、後ろを向くように言われてしまう。
 それは自分を見せたくないのか、対面したくなかったのか……
 触れるのは最小限で、ただ力を奪うだけを目的とした行為。
 ウルスラはそれを耐えるだけしか出来なくて、ルーファスから呪いを取り除く余裕が無いのだ。

 それでもルーファスの目が良くなってきているのは、ウルスラが毎日薬草の花に歌を歌っていたからだ。
 花は少しずつ光を強く帯びるようになり、それがルーファスの呪いを浄化させていったのだ。

 ウルスラ自身気づいてなかったが、ウルスラの持つ能力は大きかった。

 現在ルーファスはウルスラから、身体強化、物理耐性、魔法耐性、状態異常耐性、全属性魔法の能力を奪っている。
 それでも、奪われたからといって全く使えない訳ではないが、その力は大きく削がれていた。

 ウルスラが日々元気が無くなっていくと同時に、ルーファスは日々体力が漲っていく。
 正反対の状態へとなっているのだ。

 そんな二人の状態を見て、オリビアは気が気ではなかった。
 ウルスラは王都へ行きたいと言い出す事も最近はなく、平和な時間が流れている。
 そして自室のソファーで一人、窓から外を見て悲しそうな表情をする事が多くなったように感じていた。何とか元気づけたくて、いつも明るくウルスラに接するように心がけた。


「ウルスラ様、今日はとてもお天気が良いです! お外でアフタヌーンティーでもいかがでしょうか?!」

「外? でも外に出たらルーが怒るよ?」

「それくらい大丈夫ですって! 出るなと言われていても王都に何度も行かれてたじゃないですか!」

「そう、だね」

「ではご用意が出来ましたらお呼びいたしますね!」


 ウルスラは力なく笑う。オリビアはわざと大袈裟に笑顔を作って部屋を出て行った。
 気を使わせちゃって悪いなぁって、窓の外を見ながらウルスラは独り言つ。
 そうは思っても力が出ない。元気が出ないのだ。体力も多く奪われてしまっていて、少し歩くだけでもすぐに疲れてしまう。
 それでも求められれば与えてしまう。与えたいと思ってしまう。
 
 少ししてからオリビアに呼ばれて、中庭まで連れ出して貰った。中庭には色とりどりの花が咲き誇っていて、庭の周りには木々も生い茂っていて、心地良い風が吹いていた。
 テーブルには数種類のケーキと、サンドイッチも様々な具材を挟んだ物があって、お茶も数種類、ジュースもフルーツも用意されていた。
 

「こんなに沢山……良いのに……」

「これは全部ウルスラ様のですよ!」

「施しは……ダメなのに……」

「施し……ですか?」

「ううん、何でもない」

「これはですね、ルーファス殿下からのご厚意なんですよ。ウルスラ様が望む物は何でも用意して欲しいって言われてるんです。ですがウルスラ様は何も望まれないので、あの頃よく食べられていた物を用意させて頂きました」

「あの頃?」

「はい。夢でルーファス殿下と会われていた頃の、です。玉子とハムのサンドイッチとイチゴのケーキはお好きでしたよね? お茶はアプリコットティーがお好きでしたよね?」

「うん……うん……ありがとう、オリビア……」


 オリビアの優しさに涙が出そうになる。そしてルーファスが自分に気遣うように言ってくれていた事が嬉しくて、胸が苦しくなってくる。
 なんとか涙が出ないように我慢して、両手をギュッて握りしめて目をグリグリする。

 外で食べるのは美味しくて、少し気持ちが晴れたように感じた。
 その中庭とは雰囲気は違うけれど、木々に囲まれた場所で育ったウルスラは懐かしく感じたのだ。
  
 
「森に……あの小屋に帰りたい……」

「え……」

「帰りたい……」

「ウルスラ様……」


 ハッとして、つい口から出てしまった言葉を飲み込むようにして笑顔を作る。
 それはもう叶わない事なんだろうと、ウルスラには分かっていた。
 分かっていても、今もなお、あの頃の記憶にすがってしまう。

 今もただ、優しかったルーファスとの思い出にすがるしかできなかった。

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...