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揺れる想い
しおりを挟む夜、ルーファスが帰ってくる頃には、ウルスラはいつも自室に籠っている。それはルーファスがそう指示をしたからであって、それを忠実に守っているだけなのだが、ルーファスは今日もフューリズの姿が見えない事を残念に思った。
自分から会うことは夜に部屋に行く以外なかったが、最近フューリズの事を考えると胸が苦しくなってくる自分に苛立っていた。
そして、部屋に帰った時に顔を見れたら良いのにと思ってしまう自分にも苛立った。
これでは自分はフューリズを想っているようではないか。そんな事はある筈がない。有り得ない。
そう自分で自分を否定するけれど、それでも無意識に心は求めてしまう。そんな自分が許せなかった。
「お帰りなさいませ、ルーファス殿下」
「あぁ。その……フューリズの様子はどうだ?」
「はい。今日は中庭でアフタヌーンティーを楽しまれました。フューリズ様のお好きな物をご用意させて頂きましたら、嬉しそうにされていましたよ」
「嬉しそうに……そうか……フューリズの好きな物とは、どんな物なのか」
「イチゴのケーキに玉子とハムのサンドイッチ、アプリコットティーでございます」
「な、に……それは……」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
「あの……ルーファス殿下、お聞きしたいのですが……」
「なんだ?」
「ウルスラ様と会われていた森にある小屋の場所は、まだお探しでいらっしゃるのでしょうか?」
「なぜそれを聞く?」
「あ、その、申し訳ございません! 少し気になりまして!」
「まぁよい……時間がある時に探しに行っている。しかしまだ目がハッキリ見えないから空間の歪みが分からなくてな。それでもかなり回復したのだ。今はお前の顔は何となくだが分かるぞ?」
「本当ですか?!」
「まだ輪郭がボヤけているがな。目があるのは分かる。口が開くのも分かるな。そんな感じだ」
「ではまだお顔を認識は出来ないのですね……」
「雰囲気や話し方で誰か分かったりはする。ただ、暗くなると途端に分かりづらくなるな」
「そうなんですね……早くハッキリ見えるようになれば良いですのに……」
「それでもかなり良くはなっておるぞ? まだ字を読むことは出来んが」
「そうですね、凄く回復されました!」
「あぁ。あ、フューリズに夜、部屋に行くと伝えてくれるか」
「……畏まりました」
オリビアは言われた通りウルスラに伝えた。湯浴みをさせ、全身マッサージをしながら香油を塗って夜に備えた。寝衣に着替えて自室に戻り、ベッドに横たわって暫くすると、扉がノックされる。
この状況で訪れるのはルーファスだけで、ウルスラは返事もせずにうつ伏せになる。すると照明が消されて部屋は月明かりのみとなる。
それはいつもの事だった。
ベッドが軋み、ルーファスが傍に来たのが分かる。
「フューリズ……私はお前の力を奪っている。それは分かっているな?」
突然のルーファスの問いかけに驚きつつ、ウルスラは振り向くことなく頷く。
「その髪の色は……私に力を奪われたからか?」
気にしてくれていたのかと驚きながらも、ウルスラはまた頷いた。
「そうか……お前は艶やかな黒髪が自慢だったのにな……」
言われて、ウルスラは思わず頭を左右に振った。赤い髪でいた時の方が長く、母親と思っていたエルヴィラと同じ赤い髪が嬉しかった。
それが突然黒に変わってしまって、それを受け入れる間もなく、髪は黒では無くなっていったのだ。
この黒髪に思い入れも何もない。こんなふうに変わっていく自分を受け入れるだけで精一杯だった。
しかし今日は何もせず、後ろから話し掛けられるだけだった。どうしたんだろう? そう思った瞬間、体に重みが加わった。
一瞬驚いて、そのままウルスラは固まったように動けずにいた。
ルーファスが後ろからウルスラを覆うようにして体を重ねてきたのだ。
そんなふうにされたのは初めてだった。ルーファスの重みと体温が伝わってきて、それが心地よく感じてしまう。
「痩せているな……ちゃんと食べているのか?」
言われてウルスラはゆっくりと頷く。声はすぐ近くから聞こえて、それに凄くドキドキする。そして、この質問は幼い頃からルーファスが気遣って言ってくれていた事で、その事が懐かしくも嬉しくも感じられた。
「お前が分からぬ……そうやって従順なふりをしてヴァイスを誑したのか? そして私も誑そうとしているのか?」
それには強く何度も頭を横に振る。こんなふうな事を言ってても、ルーファスの口調は優しかった。それは幼かったあの頃のようで、胸が苦しくなってくる。
不意に涙が出そうになって、それを堪えるように手に力を入れる。そこに優しくルーファスの手が重なった。
温かくて大きな手がウルスラの手を包み込む。それだけでもまた涙が出そうになってくる。
「まだ……ヴァイスを愛しているのか……?」
そう聞かれて、どう答えて良いのかウルスラには分からなかった。ヴァイスという人は知らない。けれど、フューリズと結婚する筈だった人だという事は知っている。それがルーファスの弟だという事も。
自分は今フューリズで、だからヴァイスを好きだった筈で……
でもウルスラはそんな人を知らないし、好きなのはルーファスだけなのにそれを言う事もできなくて、ただ動く事も出来ずにそのままでいた。
それが答えだと思ったのかどうなのか、不意に体から重さが無くなった。
ベッドが軋み、少しして扉が閉まった音がした。
背中に感じた重みと温もりがなくなって寂しさが胸を襲う。
だけどウルスラは幼い頃と同じように、気持ちが暖かくなっていた。
込み上げてくるものがあって、それを何度も何度も我慢して、泣かないように泣かないように布団をギュッて握りしめた。
翌朝、オリビアがウルスラの部屋に朝食を運んできた。
「おはようございます! ウルスラ様!」
「おはよう、オリビア。あれ、今日は朝食、多くない?」
「はい、ルーファス殿下より仰せつかっております。しっかり食べるようにとの事ですよ!」
「ルーが?」
「えぇ! ウルスラ様が痩せていらっしゃるのが気になられているようですよ! お好きな物を食べられるだけで結構ですので、どうぞ召し上がってくださいまし!」
「私にこんなに……勿体ないよ……」
「そんな事はありません! 栄養をしっかり摂って、お元気になって頂かないといけませんからね!」
「うん……分かった。ありがとう、オリビア」
ルーファスの気持ちが嬉しかった。昨夜はどういうつもりだったのかは分からなかったけれど、少しだけ心が寄り添えた気がした。
その日ルーファスは執務室で仕事をした後、以前より気になっている場所へと赴いた。
それはフューリズが幽閉されていた地下付近だったのだが、漏れ出す瘴気が何かを探る為だった。
ウルスラから力を得てから、より敏感にその瘴気を感じるようになったルーファスは、何度かそこに何があるのか確認しに行っていた。
しかし対応してくれる騎士からは、凶悪な存在を幽閉しているとだけ言われて、いつも地下へ降りる事すらさせて貰えなかったのだ。
今日もついその場所にやって来てしまった。これだけ強い瘴気を放つ存在とはどういう者なのか、それが何故か異様に気になって仕方がなかったのだ。
しかし今日は事情が違っていた。あれだけ溢れ出していた瘴気が殆ど無くなっていて、けれど騎士達がバタバタと慌ただしく動いている。
地下から誰かが運び出されていて、何があったのかと思って見ていると、見覚えのある姿がボンヤリと見えた。
「それはもしかして……アメルハウザー伯、か?」
「ルーファス殿下、何故こんな所に?!」
ルーファスの姿を見て驚いたナギラスは、ブルクハルトに近寄らせないようにしようとした。
騎士達に担架で運ばれてくるブルクハルトは息も絶え絶えに苦しそうに胸を押さえていた。
その胸辺りには黒い霧のようなものが、ルーファスには見えていたのだ。
思わずそれを取り除こうとして手を伸ばしてしまった。
「ルーファス殿下! それに触れてはいけませんっ!」
「えっ?!」
ブルクハルトの胸元から這い出すように、黒い霧はルーファスの手を伝って侵食しようとしてきた。
それは一瞬の事で、ルーファスの体を蝕むように黒い霧は体に収まっていった。
ルーファスはその場で崩れ落ち、そのまま意識を失ってしまったのだった。
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