慈愛と復讐の間

レクフル

文字の大きさ
53 / 79

揺れる想い

しおりを挟む

 夜、ルーファスが帰ってくる頃には、ウルスラはいつも自室に籠っている。それはルーファスがそう指示をしたからであって、それを忠実に守っているだけなのだが、ルーファスは今日もフューリズの姿が見えない事を残念に思った。

 自分から会うことは夜に部屋に行く以外なかったが、最近フューリズの事を考えると胸が苦しくなってくる自分に苛立っていた。
 そして、部屋に帰った時に顔を見れたら良いのにと思ってしまう自分にも苛立った。

 これでは自分はフューリズを想っているようではないか。そんな事はある筈がない。有り得ない。

 そう自分で自分を否定するけれど、それでも無意識に心は求めてしまう。そんな自分が許せなかった。

 
「お帰りなさいませ、ルーファス殿下」

「あぁ。その……フューリズの様子はどうだ?」

「はい。今日は中庭でアフタヌーンティーを楽しまれました。フューリズ様のお好きな物をご用意させて頂きましたら、嬉しそうにされていましたよ」

「嬉しそうに……そうか……フューリズの好きな物とは、どんな物なのか」

「イチゴのケーキに玉子とハムのサンドイッチ、アプリコットティーでございます」

「な、に……それは……」

「どうかされましたか?」

「いや、何でもない」

「あの……ルーファス殿下、お聞きしたいのですが……」

「なんだ?」

「ウルスラ様と会われていた森にある小屋の場所は、まだお探しでいらっしゃるのでしょうか?」

「なぜそれを聞く?」

「あ、その、申し訳ございません! 少し気になりまして!」

「まぁよい……時間がある時に探しに行っている。しかしまだ目がハッキリ見えないから空間の歪みが分からなくてな。それでもかなり回復したのだ。今はお前の顔は何となくだが分かるぞ?」

「本当ですか?!」

「まだ輪郭がボヤけているがな。目があるのは分かる。口が開くのも分かるな。そんな感じだ」

「ではまだお顔を認識は出来ないのですね……」

「雰囲気や話し方で誰か分かったりはする。ただ、暗くなると途端に分かりづらくなるな」

「そうなんですね……早くハッキリ見えるようになれば良いですのに……」

「それでもかなり良くはなっておるぞ? まだ字を読むことは出来んが」

「そうですね、凄く回復されました!」

「あぁ。あ、フューリズに夜、部屋に行くと伝えてくれるか」

「……畏まりました」


 オリビアは言われた通りウルスラに伝えた。湯浴みをさせ、全身マッサージをしながら香油を塗って夜に備えた。寝衣に着替えて自室に戻り、ベッドに横たわって暫くすると、扉がノックされる。

 この状況で訪れるのはルーファスだけで、ウルスラは返事もせずにうつ伏せになる。すると照明が消されて部屋は月明かりのみとなる。
 それはいつもの事だった。

 ベッドが軋み、ルーファスが傍に来たのが分かる。


「フューリズ……私はお前の力を奪っている。それは分かっているな?」


 突然のルーファスの問いかけに驚きつつ、ウルスラは振り向くことなく頷く。


「その髪の色は……私に力を奪われたからか?」


 気にしてくれていたのかと驚きながらも、ウルスラはまた頷いた。


「そうか……お前は艶やかな黒髪が自慢だったのにな……」


 言われて、ウルスラは思わず頭を左右に振った。赤い髪でいた時の方が長く、母親と思っていたエルヴィラと同じ赤い髪が嬉しかった。
 それが突然黒に変わってしまって、それを受け入れる間もなく、髪は黒では無くなっていったのだ。

 この黒髪に思い入れも何もない。こんなふうに変わっていく自分を受け入れるだけで精一杯だった。
 
 しかし今日は何もせず、後ろから話し掛けられるだけだった。どうしたんだろう? そう思った瞬間、体に重みが加わった。
 一瞬驚いて、そのままウルスラは固まったように動けずにいた。
 ルーファスが後ろからウルスラを覆うようにして体を重ねてきたのだ。
 そんなふうにされたのは初めてだった。ルーファスの重みと体温が伝わってきて、それが心地よく感じてしまう。

 
「痩せているな……ちゃんと食べているのか?」


 言われてウルスラはゆっくりと頷く。声はすぐ近くから聞こえて、それに凄くドキドキする。そして、この質問は幼い頃からルーファスが気遣って言ってくれていた事で、その事が懐かしくも嬉しくも感じられた。


「お前が分からぬ……そうやって従順なふりをしてヴァイスをたぶらかしたのか? そして私もたぶらかそうとしているのか?」
 

 それには強く何度も頭を横に振る。こんなふうな事を言ってても、ルーファスの口調は優しかった。それは幼かったあの頃のようで、胸が苦しくなってくる。
 不意に涙が出そうになって、それを堪えるように手に力を入れる。そこに優しくルーファスの手が重なった。
 温かくて大きな手がウルスラの手を包み込む。それだけでもまた涙が出そうになってくる。


「まだ……ヴァイスを愛しているのか……?」


 そう聞かれて、どう答えて良いのかウルスラには分からなかった。ヴァイスという人は知らない。けれど、フューリズと結婚する筈だった人だという事は知っている。それがルーファスの弟だという事も。
 自分は今フューリズで、だからヴァイスを好きだった筈で……
 
 でもウルスラはそんな人を知らないし、好きなのはルーファスだけなのにそれを言う事もできなくて、ただ動く事も出来ずにそのままでいた。

 それが答えだと思ったのかどうなのか、不意に体から重さが無くなった。
 ベッドが軋み、少しして扉が閉まった音がした。

 背中に感じた重みと温もりがなくなって寂しさが胸を襲う。
 だけどウルスラは幼い頃と同じように、気持ちが暖かくなっていた。
 込み上げてくるものがあって、それを何度も何度も我慢して、泣かないように泣かないように布団をギュッて握りしめた。
 
 翌朝、オリビアがウルスラの部屋に朝食を運んできた。


「おはようございます! ウルスラ様!」

「おはよう、オリビア。あれ、今日は朝食、多くない?」

「はい、ルーファス殿下より仰せつかっております。しっかり食べるようにとの事ですよ!」

「ルーが?」

「えぇ! ウルスラ様が痩せていらっしゃるのが気になられているようですよ! お好きな物を食べられるだけで結構ですので、どうぞ召し上がってくださいまし!」

「私にこんなに……勿体ないよ……」

「そんな事はありません! 栄養をしっかり摂って、お元気になって頂かないといけませんからね!」

「うん……分かった。ありがとう、オリビア」


 ルーファスの気持ちが嬉しかった。昨夜はどういうつもりだったのかは分からなかったけれど、少しだけ心が寄り添えた気がした。



 その日ルーファスは執務室で仕事をした後、以前より気になっている場所へと赴いた。
 それはフューリズが幽閉されていた地下付近だったのだが、漏れ出す瘴気が何かを探る為だった。
 
 ウルスラから力を得てから、より敏感にその瘴気を感じるようになったルーファスは、何度かそこに何があるのか確認しに行っていた。
 しかし対応してくれる騎士からは、凶悪な存在を幽閉しているとだけ言われて、いつも地下へ降りる事すらさせて貰えなかったのだ。

 今日もついその場所にやって来てしまった。これだけ強い瘴気を放つ存在とはどういう者なのか、それが何故か異様に気になって仕方がなかったのだ。

 しかし今日は事情が違っていた。あれだけ溢れ出していた瘴気が殆ど無くなっていて、けれど騎士達がバタバタと慌ただしく動いている。

 地下から誰かが運び出されていて、何があったのかと思って見ていると、見覚えのある姿がボンヤリと見えた。


「それはもしかして……アメルハウザー伯、か?」

「ルーファス殿下、何故こんな所に?!」


 ルーファスの姿を見て驚いたナギラスは、ブルクハルトに近寄らせないようにしようとした。
 騎士達に担架で運ばれてくるブルクハルトは息も絶え絶えに苦しそうに胸を押さえていた。
 その胸辺りには黒い霧のようなものが、ルーファスには見えていたのだ。

 思わずそれを取り除こうとして手を伸ばしてしまった。


「ルーファス殿下! それに触れてはいけませんっ!」

「えっ?!」


 ブルクハルトの胸元から這い出すように、黒い霧はルーファスの手を伝って侵食しようとしてきた。

 それは一瞬の事で、ルーファスの体を蝕むように黒い霧は体に収まっていった。

 ルーファスはその場で崩れ落ち、そのまま意識を失ってしまったのだった。



 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...