慈愛と復讐の間

レクフル

文字の大きさ
73 / 79

変わりようがない

しおりを挟む

 黒い霧に覆われてからは、何も聞こえず見えず言えず、意識も朦朧としてハッキリせず、ルーファスはそこに立っているのがやっとなくらいだった。

 体は段々寒く感じ、血液が多く失われていってるんだろうと分かる程だった。

 それでもフューリズを離してはいけない。これ以上被害を広げてはいけない。増やしてはいけない。
 その事だけが頭にあって、フューリズを捕らえている光の筋を手離す事は出来なかった。

 また自分は目が見えなくなるのかも知れない。話せなくなるのかも知れない。今度は聞こえなくもなるのかも知れない。これ程強力な呪いになっていたのかと、ルーファスは身をもって分かってしまうけれど、だからこそこれ以上フューリズを放ってはおけないと思ったのだ。

 そんな意思だけがあって、真っ暗な状態の中、段々と感覚も無くなっていくようで、ルーファスは一人孤独へと落ちていきそうだった。
 
 そんな時、光が見えたのだ。暗闇にただ一筋の僅かな光が少しずつ広がっていき、それは温かくルーファスを包み込んでいったのだ。
 寒さを感じていた体に温かさが戻ったようで、それだけで自分は助かったのかと思わされる。

 辺りが明るくなって、微かに声が聞こえてきた。それは悲痛にルーファスを呼ぶ声。
 その声を聞いて、そんな悲しそうな声を出させてはいけないと思った。すぐにその悲しさを取り除きたい、安心させてやりたい、そう思ってルーファスはくうに手を伸ばす。

 そうして掴んだのはウルスラだった。

 求めて止まなかった、ウルスラだった。

 
「ルー!」

「ウルスラ……あぁ……やっぱり……ウルスラだったのだな……」

「ルー……良かった……ルー……!」

「ウルスラが……助けてくれたのだな……すまなかった……」

「ううん……ルー……会いたかった……」

「あぁ……私も会いたかった……会って謝りたかった……私が悪かった……何も分かっていなくて……ウルスラに酷いことばかりを……」

「良いの……もう良いの……こうしてギュッてしてくれたから……」

「そんな簡単に許していい事ではない……だけど……もう離したくない……離せない……」

「ん……ルー……離れたく、ない……」


 二人は抱きしめ合ったまま動けずにいた。

 やっと会えた。やっとこの腕で抱きしめる事ができた。
 想って焦がれて、会いたくて会えなくて仕方がなくて、でもどうしようもなくて、募る想いをずっと何とか堪えていた。
 そんな想いが全部溢れてしまって、もう止める事なんてできなかった。
 今までの感情を埋めるように、ただ抱き合っていたかった。

 ルーファスはウルスラの顔を見る。ずっとこの目でしっかりと見たかった。触れたかった。これは夢じゃない。夢なんかじゃない。

 その存在を確認するように頬に触れて、一つ一つしっかりと見つめていく。

 自分のせいで髪も眉もまつ毛もあの頃と違って白くなってしまった。けれどそれは美しく、そのまつ毛は今にも涙に濡れそうだった。

 瞳は何故か左眼が赤くなっていた。それでもウルスラの美しく大きな瞳に吸い込まれそうで、その瞳から目が離せなくなる。

 均整の取れた鼻筋、小さな口に程よい厚みの唇。

 どれもが美しくて可愛らしくて、自分の腕の中にいる事が信じられなくなってくる。

 愛おしくて、愛おしくて、どうして近くにいた時に気付けなかったのか、どうして突き放してしまったのかと、過去の自分が許せなくなってくる。
 
 そして、その力を奪ってしまった事にも悔やむ思いしかなかった。


「ウルスラ……本当にすまなかった。私は無理矢理ウルスラから力を奪ってしまった。この力を返したい。返せないだろうか?」

「無理矢理じゃない……ルーだから渡したの……ルーじゃないと……」

「もう充分なんだ……ウルスラさえいてくれれば他に何もいらない……それだけで良いんだ……」

「ルー……」


 嬉しかった。やっと会えて、自分の事をウルスラとして見て貰えて、名前を呼んでくれて抱きしめてくれて、もうそれだけで心が満たされていくのが分かる。
 ルーファスの胸は広くて暖かくて安心して、ずっとこうして欲しかったんだとウルスラは実感した。

 こうしていられる事が幸せで、ずっと望んでいた事がやっと叶った事が嬉しくて、抱きしめる手を離す事なんてできなかった。

 そんな抱き合う二人を見ていたフューリズは、呆然とその様子を見ていて苛立ちを覚えてしまう。

 想い合う二人が抱き合っているのが、自分にはないものの様に見えてしまうのだ。

 あんな風に愛された事はあったのか。愛した事はあったのか。なぜ自分にはそんな存在がいなかったのか。
 そんな事を考えてしまうのだ。

 純粋に想ってくれた相手はいた筈なのだ。けれど、それに気付けないでいた。ヴァイスは本当に心からフューリズを想っていた。愛していた。フューリズに伝えた言葉には何も偽りはなかった。

 しかし、それをフューリズは信じる事が出来なかった。

 そしてフューリズ自身が心からヴァイスを愛していた訳ではなかった。

 好きという感情はあった。しかし、それが愛だったのかどうかは分からなかった。愛だと思っていた。

 自分が愛してあげているのだから、それ以上を返して貰わないと許せない。そんなふうに思っていた。
 そうされるのが当然だと思っていた。

 では今はどうなのか。

 何を措いても助けなければならない筈の存在であった自分を助けなかったローラン。
 辺りは村人が倒れているのみで、操れないのだとしたら、誰が自分の言うことを聞いてくれるのか分からない状態。
 
 探しに来たのは自分を捕らえる者だけで、心配して探してくれる者は誰一人いない。
 
 愛されていた事すら気づけずに、フューリズの求める愛は自分本意でしかなく、愛を与える等とは考える事すらできなかったのだ。

 ウルスラから抱きしめられた時に感じた暖かさ、優しさを、何故今まで誰からも感じられなかったのか。どうして誰も自分を愛してくれなかったのか。
 そんな事ばかりが頭の中を渦巻いて、フューリズは自分が虚しく思えてならなかった。

 どうして自分だけいつも不幸なのか。愛されないのか。
 あんなふうに愛し愛され、お互いを求め合う事がどうして自分にはできないのか。

 今の自分の立場に何一つ納得いかなくて、また沸々と悪しき感情が湧いてくる。

 呪いの力をウルスラに奪われたとは言え、所詮元々の性格はそう簡単に変わる事はなかった。
 なぜなら、フューリズは復讐の女神の生まれ変わりだからだ。
 嫉妬や妬み、憎しみ怒りは常に感情を大きく揺るがす。

 幸せそうに微笑み抱きしめ合う二人を、そんな優しい表情を自分に向けた事すらなかったルーファスを、フューリズは許せない気持ちになったのだ。

 だから魔法を放った。

 残り僅かな魔力をかき集めるようにして、風で槍を作り出して勢いよくルーファスとウルスラに向けて放ったのだ。

 それに気付いたルーファスはすぐに結界を張り、ウルスラを庇うようにフューリズから背を向け、すぐにウルスラの両肩を掴んで自分から引き離した。
 突然の事で、ウルスラはなぜルーファスが自分を離したのか分からなかった。

 
「え……ルー……どうした、の……?」

「ウ、ル……スラ……無事、か……」

「う、ん……え……?」

「そう、か……」


 そう言って微笑んだルーファスがウルスラの両肩を掴んでいる手は、微かに震えていた。

 不思議に思いルーファスを見ていると、突然口から血を吐き出した。
 まだなぜそうなったのか分かっていないウルスラは驚いて、理由を探るようにそのまま目線を下に落とす。


「ルーっ!」


 ルーファスの胸からは大量の血液が溢れ出ていてた。
 それが飛び散って、ウルスラをも赤く染めていく。

 ルーファスはその場に立っている事が出来なくなって、力を無くすように膝から崩れ落ちていくのだった……

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...