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変わりようがない
しおりを挟む黒い霧に覆われてからは、何も聞こえず見えず言えず、意識も朦朧としてハッキリせず、ルーファスはそこに立っているのがやっとなくらいだった。
体は段々寒く感じ、血液が多く失われていってるんだろうと分かる程だった。
それでもフューリズを離してはいけない。これ以上被害を広げてはいけない。増やしてはいけない。
その事だけが頭にあって、フューリズを捕らえている光の筋を手離す事は出来なかった。
また自分は目が見えなくなるのかも知れない。話せなくなるのかも知れない。今度は聞こえなくもなるのかも知れない。これ程強力な呪いになっていたのかと、ルーファスは身をもって分かってしまうけれど、だからこそこれ以上フューリズを放ってはおけないと思ったのだ。
そんな意思だけがあって、真っ暗な状態の中、段々と感覚も無くなっていくようで、ルーファスは一人孤独へと落ちていきそうだった。
そんな時、光が見えたのだ。暗闇にただ一筋の僅かな光が少しずつ広がっていき、それは温かくルーファスを包み込んでいったのだ。
寒さを感じていた体に温かさが戻ったようで、それだけで自分は助かったのかと思わされる。
辺りが明るくなって、微かに声が聞こえてきた。それは悲痛にルーファスを呼ぶ声。
その声を聞いて、そんな悲しそうな声を出させてはいけないと思った。すぐにその悲しさを取り除きたい、安心させてやりたい、そう思ってルーファスは空に手を伸ばす。
そうして掴んだのはウルスラだった。
求めて止まなかった、ウルスラだった。
「ルー!」
「ウルスラ……あぁ……やっぱり……ウルスラだったのだな……」
「ルー……良かった……ルー……!」
「ウルスラが……助けてくれたのだな……すまなかった……」
「ううん……ルー……会いたかった……」
「あぁ……私も会いたかった……会って謝りたかった……私が悪かった……何も分かっていなくて……ウルスラに酷いことばかりを……」
「良いの……もう良いの……こうしてギュッてしてくれたから……」
「そんな簡単に許していい事ではない……だけど……もう離したくない……離せない……」
「ん……ルー……離れたく、ない……」
二人は抱きしめ合ったまま動けずにいた。
やっと会えた。やっとこの腕で抱きしめる事ができた。
想って焦がれて、会いたくて会えなくて仕方がなくて、でもどうしようもなくて、募る想いをずっと何とか堪えていた。
そんな想いが全部溢れてしまって、もう止める事なんてできなかった。
今までの感情を埋めるように、ただ抱き合っていたかった。
ルーファスはウルスラの顔を見る。ずっとこの目でしっかりと見たかった。触れたかった。これは夢じゃない。夢なんかじゃない。
その存在を確認するように頬に触れて、一つ一つしっかりと見つめていく。
自分のせいで髪も眉もまつ毛もあの頃と違って白くなってしまった。けれどそれは美しく、そのまつ毛は今にも涙に濡れそうだった。
瞳は何故か左眼が赤くなっていた。それでもウルスラの美しく大きな瞳に吸い込まれそうで、その瞳から目が離せなくなる。
均整の取れた鼻筋、小さな口に程よい厚みの唇。
どれもが美しくて可愛らしくて、自分の腕の中にいる事が信じられなくなってくる。
愛おしくて、愛おしくて、どうして近くにいた時に気付けなかったのか、どうして突き放してしまったのかと、過去の自分が許せなくなってくる。
そして、その力を奪ってしまった事にも悔やむ思いしかなかった。
「ウルスラ……本当にすまなかった。私は無理矢理ウルスラから力を奪ってしまった。この力を返したい。返せないだろうか?」
「無理矢理じゃない……ルーだから渡したの……ルーじゃないと……」
「もう充分なんだ……ウルスラさえいてくれれば他に何もいらない……それだけで良いんだ……」
「ルー……」
嬉しかった。やっと会えて、自分の事をウルスラとして見て貰えて、名前を呼んでくれて抱きしめてくれて、もうそれだけで心が満たされていくのが分かる。
ルーファスの胸は広くて暖かくて安心して、ずっとこうして欲しかったんだとウルスラは実感した。
こうしていられる事が幸せで、ずっと望んでいた事がやっと叶った事が嬉しくて、抱きしめる手を離す事なんてできなかった。
そんな抱き合う二人を見ていたフューリズは、呆然とその様子を見ていて苛立ちを覚えてしまう。
想い合う二人が抱き合っているのが、自分にはないものの様に見えてしまうのだ。
あんな風に愛された事はあったのか。愛した事はあったのか。なぜ自分にはそんな存在がいなかったのか。
そんな事を考えてしまうのだ。
純粋に想ってくれた相手はいた筈なのだ。けれど、それに気付けないでいた。ヴァイスは本当に心からフューリズを想っていた。愛していた。フューリズに伝えた言葉には何も偽りはなかった。
しかし、それをフューリズは信じる事が出来なかった。
そしてフューリズ自身が心からヴァイスを愛していた訳ではなかった。
好きという感情はあった。しかし、それが愛だったのかどうかは分からなかった。愛だと思っていた。
自分が愛してあげているのだから、それ以上を返して貰わないと許せない。そんなふうに思っていた。
そうされるのが当然だと思っていた。
では今はどうなのか。
何を措いても助けなければならない筈の存在であった自分を助けなかったローラン。
辺りは村人が倒れているのみで、操れないのだとしたら、誰が自分の言うことを聞いてくれるのか分からない状態。
探しに来たのは自分を捕らえる者だけで、心配して探してくれる者は誰一人いない。
愛されていた事すら気づけずに、フューリズの求める愛は自分本意でしかなく、愛を与える等とは考える事すらできなかったのだ。
ウルスラから抱きしめられた時に感じた暖かさ、優しさを、何故今まで誰からも感じられなかったのか。どうして誰も自分を愛してくれなかったのか。
そんな事ばかりが頭の中を渦巻いて、フューリズは自分が虚しく思えてならなかった。
どうして自分だけいつも不幸なのか。愛されないのか。
あんなふうに愛し愛され、お互いを求め合う事がどうして自分にはできないのか。
今の自分の立場に何一つ納得いかなくて、また沸々と悪しき感情が湧いてくる。
呪いの力をウルスラに奪われたとは言え、所詮元々の性格はそう簡単に変わる事はなかった。
なぜなら、フューリズは復讐の女神の生まれ変わりだからだ。
嫉妬や妬み、憎しみ怒りは常に感情を大きく揺るがす。
幸せそうに微笑み抱きしめ合う二人を、そんな優しい表情を自分に向けた事すらなかったルーファスを、フューリズは許せない気持ちになったのだ。
だから魔法を放った。
残り僅かな魔力をかき集めるようにして、風で槍を作り出して勢いよくルーファスとウルスラに向けて放ったのだ。
それに気付いたルーファスはすぐに結界を張り、ウルスラを庇うようにフューリズから背を向け、すぐにウルスラの両肩を掴んで自分から引き離した。
突然の事で、ウルスラはなぜルーファスが自分を離したのか分からなかった。
「え……ルー……どうした、の……?」
「ウ、ル……スラ……無事、か……」
「う、ん……え……?」
「そう、か……」
そう言って微笑んだルーファスがウルスラの両肩を掴んでいる手は、微かに震えていた。
不思議に思いルーファスを見ていると、突然口から血を吐き出した。
まだなぜそうなったのか分かっていないウルスラは驚いて、理由を探るようにそのまま目線を下に落とす。
「ルーっ!」
ルーファスの胸からは大量の血液が溢れ出ていてた。
それが飛び散って、ウルスラをも赤く染めていく。
ルーファスはその場に立っている事が出来なくなって、力を無くすように膝から崩れ落ちていくのだった……
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