慈愛と復讐の間

レクフル

文字の大きさ
74 / 79

愛ではなかった

しおりを挟む

 目の前でゆっくりとルーファスが視界から消えていく。

 咄嗟にウルスラは抱き支えようとするが、それが出来ず、ルーファスはグラリとその場に倒れてしまった。


「ルーっ! 嫌っ! なんで?! ルーっ!」


 すぐに流れる血を止めようと手を当てる。光がルーファスの胸を包むけれど、血はなかなか止まらなかった。

 
「アハ……アハハハハっ! 呆気ないのね! アハハハハハハ……!」


 フューリズはそんな二人を見て高らかな笑い声をあげた。しかし、それは途中で遮られるように止まってしまう。
 

「え……?」

「貴女はそうやっていつも簡単に命を奪う」

「ロー、ラン……?」


 フューリズの胸には大きな剣が生えていた。

 いや、そうではない。後ろからローランに胸を貫かれていたのだ。

 耳元でローランの囁くような声が聞こえる。


「貴女が私を信頼し、そうやって慢心する時を待っていましたよ。フューリズ様」

「な、なん……で……」

「貴女は私の人生を狂わせた。罰という名目で私に多くの人を傷つけさせ、命を奪わせた。その度に私の心はズタズタにされましたよ。だから同じように感じて貰いたいと思ったのです。これは復讐ですよ。貴女にお似合いの、私からの復讐なのです」

「あ、あい、愛して、る、と……言った……」

「ハハハ、そんな訳ないでしょう? 貴女を愛した事など一度もありませんよ。まぁ、その体を楽しませては貰いましたが」

「ロ、ラ……ン……」

「さようなら。慈愛の女神ではなく、醜い復讐の女神の生まれ変わり、フューリズ様」


 フューリズの胸に生えた剣はズズズと引き抜かれて無くなっていく。


「あ、あっ……が……ぁ……」


 痛みと絶望と憎しみ悲しみとが、剣と共に胸から引き抜かれていくように感じた。

 そのまま力を無くすように前のめりに倒れてしまう。

 さっきまで同じようにして倒れたルーファスを嘲笑っていたのに、自分には駆けつけて泣いてくれる者は誰もいない。

 そればかりか愛していたローランから刺されるなんて、こんな馬鹿な話があるのだろうか。

 いや、私はローランを愛していたのか? 

 薄れていく意識の中で考えるけれど、それすら分からなくなってくる。

 なんだったんだろう……私は……

 なんでこんな事になってしまったんだろう……

 涙がホロホロ流れて落ちて、それはゆっくりと地面を濡らしていく。
 微かに聞こえてくるのは、ローランの笑い声……

 ローランも泣いているの……?  

 そんな苦しそうに笑わないで……

 笑うときは

 もっと楽しそうに笑った方が良いのに……

 頬に地面の冷たい感触があるままに、フューリズはそのままなにも考えられなくなっていき、そしてピクリとも動けなくなってしまった。

 それをローランは笑いながら見下ろしていた。しかしその目からは涙が溢れていた。
 
 まだ上手く歩けない幼い頃からフューリズを知っていた。抱き上げるとキャッキャと笑っていた幼い少女は美しく成長していき、そして無惨に自分を苦しめていった。

 愛して等いなかった筈だ。憎かった。殺したい程に。

 やっとこうして手に掛ける事ができた。ずっと、いつか殺してやろうと思っていた。そうする事が最善だと思った。

 フューリズと二人、どこか知らない場所でひっそりと慎ましく暮らせていけたらと考えた事は僅かながらにあった。けれどそれは有り得ない、出来ないと、何度も自分に言い聞かせ、復讐の心を奮い立たせた。

 だけど今まで手に掛けることが出来なかった。自分に向けられる笑顔を見る度に心が揺れた。そうなった時、降格させられた事によって破門扱いとなり、家族から縁を切られた事を思い出して復讐心を自分で煽った。

 それでもこの村で何事もなければ、このまま共にずっと過ごせるかも知れないと考えてもいた。このまま穏やかに誰も傷つけずに……

 しかしやはりフューリズにはそれは無理だった。村人を支配し、侍らせ、罰という名目で殺し合いをさせる。邸にいた頃となんら変わる事なく、フューリズは自分に仇なす者ばかりか、意に沿わない者には容赦なく自分に刃を振るわせた。

 そしてあろうことか、フューリズはあの少女にも危害を加えようとした。だからもうダメだと思った。平穏に二人で暮らせる等と、出来る筈など無かったのだ。
 ただ自分は愚かな夢を見てしまっただけなのだ。
 
 誰よりも憎く思った。だから自分がその命を葬った。誰にも汚されないように、自分が終わらせてやりたかった。

 愛して等いなかった。これは愛なんかじゃなかった筈だ。

 そんなふうに複雑な感情を胸に、ローランはフューリズを抱き上げた。そして静かにその場から立ち去っていった。

 そんな事があったのも気づかず、ウルスラはこの現状を受け入れる事が出来ない程に狼狽えていた。


「ルー、ルーっ! お願い、ルー! 死なないで! ルーっ!!」


 胸に手を当てて光で何とか回復させようとするけれど、ウルスラにはもう殆ど力が残っていなかった。

 涙が溢れて、それを止める事なんて今のウルスラには出来なかった。

 胸に手を当てるウルスラの手に重なるように、ルーファスの手が置かれた。その手は冷たく、さっき頬に触れていた手とは体温が著しく低下しているのが感じられる。


「ルーっ! 大丈夫だよ、助けるからね! 絶対に助けるからね!」

「ウルス、ラ……もう……いい……これ以上、は……ウルスラに、負担、が……」

「嫌だよ! そんな事、言わないでっ! ルー! お願い!」

「すまな、かった……」

「謝らないでっ! お願い……っ! ルーっ!」

「ウルスラ……愛して……」


 そう言ってからルーファスは意識を失った。ウルスラは何とか残った力を振り絞ってルーファスに光を当て続ける。
 やっと会えたのに、やっと想いが通じたのに、やっと触れ合えたのに、どうしてこんな事になってしまうの?!

 多くを望んだ訳じゃない。自分が望んだのはルーファスだけだった。そのルーファスさえも取り上げるなんて、そんな酷いことはないんじゃないか。
 ウルスラは泣きじゃくりながら、何度もルーファスを呼び、光を当て続ける。
 
 そうしているとフラフラと意識が飛んでいきそうになってしまう。ウルスラは自分にはもう力が残っていない事を知る。
 
 だけど諦められなかった。ルーファスの事だけは諦めたくなかった。


「誰か……助けて……お願い……お願い……」

 
 ルーファスの胸に手を置き、その胸に倒れるようにして顔を乗せると、段々と力を無くしていくような感覚に襲われていく。

 だけどまだダメだ。ルーファスをこのままにしていちゃダメなんだ。

 今まで誰かに助けを乞うなんてした事はなかった。
 どんな事が起こっても、自分の運命を受け入れてきたつもりだ。
 その中で自分の出来る事を一生懸命にして生きてきた。

 でも、こんなのは受け入れたくない。これだけはどうしても受け入れたくない。

 自分で出来ないのなら、誰でもいいから助けて欲しい。その為に出来る事ならなんだってする。

 ウルスラはすっかり我を失って涙をハラハラ流し、ルーファスの命を懇願した。
 その願いは届いたようだった。

 眩い光が放たれ、辺り一面真っ白に染まる。

 思わずギュッと目を閉じて、その眩しさを回避する。

 ゆっくりと目を開けても、その白さは変わらずで、他には全てが無くなったように何も見えなくなっていた。

 傍にいたルーファスの姿も見えなくて、その場にただ一人ウルスラだけがいるのみだった。

 ウルスラは訳が分からなくて、辺りをキョロキョロと見渡す。けれど何も見えない。分からない。ただ不安だけが胸を襲う。

 そんな時何処からともなく声が聞こえてきた。姿は見えないけれど、直接頭に響くように声が聞こえてきた。

 その声は初めて聞くのに懐かしく感じられ、とても安心感が得られる声だとウルスラは思った。

 そうしてただ一人、ウルスラは姿の見えない誰かと話をする事になったのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...