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愛ではなかった
しおりを挟む目の前でゆっくりとルーファスが視界から消えていく。
咄嗟にウルスラは抱き支えようとするが、それが出来ず、ルーファスはグラリとその場に倒れてしまった。
「ルーっ! 嫌っ! なんで?! ルーっ!」
すぐに流れる血を止めようと手を当てる。光がルーファスの胸を包むけれど、血はなかなか止まらなかった。
「アハ……アハハハハっ! 呆気ないのね! アハハハハハハ……!」
フューリズはそんな二人を見て高らかな笑い声をあげた。しかし、それは途中で遮られるように止まってしまう。
「え……?」
「貴女はそうやっていつも簡単に命を奪う」
「ロー、ラン……?」
フューリズの胸には大きな剣が生えていた。
いや、そうではない。後ろからローランに胸を貫かれていたのだ。
耳元でローランの囁くような声が聞こえる。
「貴女が私を信頼し、そうやって慢心する時を待っていましたよ。フューリズ様」
「な、なん……で……」
「貴女は私の人生を狂わせた。罰という名目で私に多くの人を傷つけさせ、命を奪わせた。その度に私の心はズタズタにされましたよ。だから同じように感じて貰いたいと思ったのです。これは復讐ですよ。貴女にお似合いの、私からの復讐なのです」
「あ、あい、愛して、る、と……言った……」
「ハハハ、そんな訳ないでしょう? 貴女を愛した事など一度もありませんよ。まぁ、その体を楽しませては貰いましたが」
「ロ、ラ……ン……」
「さようなら。慈愛の女神ではなく、醜い復讐の女神の生まれ変わり、フューリズ様」
フューリズの胸に生えた剣はズズズと引き抜かれて無くなっていく。
「あ、あっ……が……ぁ……」
痛みと絶望と憎しみ悲しみとが、剣と共に胸から引き抜かれていくように感じた。
そのまま力を無くすように前のめりに倒れてしまう。
さっきまで同じようにして倒れたルーファスを嘲笑っていたのに、自分には駆けつけて泣いてくれる者は誰もいない。
そればかりか愛していたローランから刺されるなんて、こんな馬鹿な話があるのだろうか。
いや、私はローランを愛していたのか?
薄れていく意識の中で考えるけれど、それすら分からなくなってくる。
なんだったんだろう……私は……
なんでこんな事になってしまったんだろう……
涙がホロホロ流れて落ちて、それはゆっくりと地面を濡らしていく。
微かに聞こえてくるのは、ローランの笑い声……
ローランも泣いているの……?
そんな苦しそうに笑わないで……
笑うときは
もっと楽しそうに笑った方が良いのに……
頬に地面の冷たい感触があるままに、フューリズはそのままなにも考えられなくなっていき、そしてピクリとも動けなくなってしまった。
それをローランは笑いながら見下ろしていた。しかしその目からは涙が溢れていた。
まだ上手く歩けない幼い頃からフューリズを知っていた。抱き上げるとキャッキャと笑っていた幼い少女は美しく成長していき、そして無惨に自分を苦しめていった。
愛して等いなかった筈だ。憎かった。殺したい程に。
やっとこうして手に掛ける事ができた。ずっと、いつか殺してやろうと思っていた。そうする事が最善だと思った。
フューリズと二人、どこか知らない場所でひっそりと慎ましく暮らせていけたらと考えた事は僅かながらにあった。けれどそれは有り得ない、出来ないと、何度も自分に言い聞かせ、復讐の心を奮い立たせた。
だけど今まで手に掛けることが出来なかった。自分に向けられる笑顔を見る度に心が揺れた。そうなった時、降格させられた事によって破門扱いとなり、家族から縁を切られた事を思い出して復讐心を自分で煽った。
それでもこの村で何事もなければ、このまま共にずっと過ごせるかも知れないと考えてもいた。このまま穏やかに誰も傷つけずに……
しかしやはりフューリズにはそれは無理だった。村人を支配し、侍らせ、罰という名目で殺し合いをさせる。邸にいた頃となんら変わる事なく、フューリズは自分に仇なす者ばかりか、意に沿わない者には容赦なく自分に刃を振るわせた。
そしてあろうことか、フューリズはあの少女にも危害を加えようとした。だからもうダメだと思った。平穏に二人で暮らせる等と、出来る筈など無かったのだ。
ただ自分は愚かな夢を見てしまっただけなのだ。
誰よりも憎く思った。だから自分がその命を葬った。誰にも汚されないように、自分が終わらせてやりたかった。
愛して等いなかった。これは愛なんかじゃなかった筈だ。
そんなふうに複雑な感情を胸に、ローランはフューリズを抱き上げた。そして静かにその場から立ち去っていった。
そんな事があったのも気づかず、ウルスラはこの現状を受け入れる事が出来ない程に狼狽えていた。
「ルー、ルーっ! お願い、ルー! 死なないで! ルーっ!!」
胸に手を当てて光で何とか回復させようとするけれど、ウルスラにはもう殆ど力が残っていなかった。
涙が溢れて、それを止める事なんて今のウルスラには出来なかった。
胸に手を当てるウルスラの手に重なるように、ルーファスの手が置かれた。その手は冷たく、さっき頬に触れていた手とは体温が著しく低下しているのが感じられる。
「ルーっ! 大丈夫だよ、助けるからね! 絶対に助けるからね!」
「ウルス、ラ……もう……いい……これ以上、は……ウルスラに、負担、が……」
「嫌だよ! そんな事、言わないでっ! ルー! お願い!」
「すまな、かった……」
「謝らないでっ! お願い……っ! ルーっ!」
「ウルスラ……愛して……」
そう言ってからルーファスは意識を失った。ウルスラは何とか残った力を振り絞ってルーファスに光を当て続ける。
やっと会えたのに、やっと想いが通じたのに、やっと触れ合えたのに、どうしてこんな事になってしまうの?!
多くを望んだ訳じゃない。自分が望んだのはルーファスだけだった。そのルーファスさえも取り上げるなんて、そんな酷いことはないんじゃないか。
ウルスラは泣きじゃくりながら、何度もルーファスを呼び、光を当て続ける。
そうしているとフラフラと意識が飛んでいきそうになってしまう。ウルスラは自分にはもう力が残っていない事を知る。
だけど諦められなかった。ルーファスの事だけは諦めたくなかった。
「誰か……助けて……お願い……お願い……」
ルーファスの胸に手を置き、その胸に倒れるようにして顔を乗せると、段々と力を無くしていくような感覚に襲われていく。
だけどまだダメだ。ルーファスをこのままにしていちゃダメなんだ。
今まで誰かに助けを乞うなんてした事はなかった。
どんな事が起こっても、自分の運命を受け入れてきたつもりだ。
その中で自分の出来る事を一生懸命にして生きてきた。
でも、こんなのは受け入れたくない。これだけはどうしても受け入れたくない。
自分で出来ないのなら、誰でもいいから助けて欲しい。その為に出来る事ならなんだってする。
ウルスラはすっかり我を失って涙をハラハラ流し、ルーファスの命を懇願した。
その願いは届いたようだった。
眩い光が放たれ、辺り一面真っ白に染まる。
思わずギュッと目を閉じて、その眩しさを回避する。
ゆっくりと目を開けても、その白さは変わらずで、他には全てが無くなったように何も見えなくなっていた。
傍にいたルーファスの姿も見えなくて、その場にただ一人ウルスラだけがいるのみだった。
ウルスラは訳が分からなくて、辺りをキョロキョロと見渡す。けれど何も見えない。分からない。ただ不安だけが胸を襲う。
そんな時何処からともなく声が聞こえてきた。姿は見えないけれど、直接頭に響くように声が聞こえてきた。
その声は初めて聞くのに懐かしく感じられ、とても安心感が得られる声だとウルスラは思った。
そうしてただ一人、ウルスラは姿の見えない誰かと話をする事になったのだ。
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