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39話 社交の場
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左手首に現れた印に、リュシアンは嫌なものでも見るかのように目をやり、それからため息をついた。
王命だ。仕方がない。わかり切っていた事だ。そう自分に言い聞かせる。
王位継承権を持つ高位の存在であるが、だからこそリュシアンは王命に背く事が出来なかった。
それは力を持つ為。武力であれ、爵位であれ、それがなんであっても構わなかった。未熟だった前世の自分には無かった力。それこそがノアを守る為になると、そう思ってきた。
だから間違っていない。これは仕方のない事だった。
そうは思ってもこの現実を今、簡単には受け入れたくはなかった。なぜならノアが現れたからだ。
ただ幸せに……
自分と共になくとも、ノアが幸せであるならそれで良い。その幸せを守る為に力をつけてきたのだ。
だがその考えはノアを目にした途端にリュシアンから脆く崩れそうになっていく。
ノアと共にいたあの頃を思い出す。辛い事がたくさんあった。苦しい事もたくさんあった。だけど幸せだったのだ。ノアの笑顔を見られるだけで疲れが飛んでいった。癒やされていった。それだけで良かった。贅沢なんていらなかった。手を握り合いながら眠ったあの日々が堪らなく恋しい。
今日はメリエルの姿を見ていない。シオンと共に来なかったようだ。先程からそうと意識せずに、リュシアンはメリエルの姿を探していた。
ノアがいない。そう思うだけで半身をエグられたような感覚に陥る。その存在を確認してしまってから、リュシアンは暖かで穏やかなモノに包まれたような感覚でいた。それが何かは分からないが、ノアの存在一つでこうも自分の心持ちが変わるのかと、その事に驚いた程だった。
そんなリュシアンの胸ポケットには、深紅の御守りが覗いている。それは狩りに出る他の貴族達もそうしていて、今日はポケットチーフの代わりに御守りが入れられてあった。
リュシアンにはこれまで御守りは誰からも受け付けなかった為、その胸に御守りがあるのは初めての事で、それだけでリュシアンとシオンの夫婦仲は悪くないのだと皆が思った。
それは国王も。
結婚に乗り気でなかったように感じていたのに、これ程美しい女性との結婚であれば、リュシアンの意識も変わったのだろうと国王は微笑ましく感じた。
程なくして、狩猟大会の開始が国王から発せられ、馬に乗った男共が次々に森へと、結界の外へと駆けていった。結界は人間以外のモノが入れないようになっていて、人間であれば行き来は可能となっている。
同じようにリュシアンが馬で駆けていくが、その姿をシオンは声を掛けることも出来ず、ただ無事であれと祈り見送るしかなかった。
それから公爵家のテントへ戻ろうとしたところでシオンは呼び止められた。
「モリエール公爵夫人。宜しければこちらでわたくし達とお茶でもいかがかしら」
「王女殿下……!」
ニッコリと微笑んで話し掛けて来たのは、クレメンティナ王女だった。
シルヴィオの妹であるクレメンティナは、幼い頃よりリュシアンを慕っていた。何度も国王に、リュシアンと結婚できるよう取り計らって欲しいと懇願した。
だけどそれは叶えられなかった。領地を、延いてはこの国を救った聖女であるフィグネリアへの恩は必ず返すと、弟であるモリエール前公爵たっての願いは必ず叶えたかったのだ。だからいくら娘が可愛かろうが、それを覆す事など国王にはできなかった。
しかしクレメンティナは納得などできなかった。自分はこの国唯一の王女であり、女性では祖母や母に次いで位の高い身分なのだ。それなのに何よりも切望した事が叶えられないなんてあり得ない事だと憤っていた。
その思いは今もなお。
相手は悪女と名高いシオンなのだ。いくら美しいと言えど、そんな事には臆する事はない。何故なら自分はシオンよりも高い位置にいるのだから。それにきっと、悪女よりも自分の方がリュシアンに相応しいはずなのだから。
そんな考えから、クレメンティナはシオンを自分のテーブルへと誘ったのだ。そこには既に数人の令嬢や夫人達がいて、皆が興味津々な目を向けてシオンを待ち受けていた。
「皆様、噂のモリエール公爵夫人をお連れしたわよ」
「初めてお目にかかります。シオン・モリエールと申します」
ドキドキとしながらも、それを見せずに微笑んで、シオンはゆっくりと礼をした。
そこにいたのは初めての人達だったが、昨日徹夜で覚えた貴族名鑑にあった人達ばかりだったので、シオンは安堵すると共にメリエルに感謝した。
席に着くと、隣に王女は座った。皆笑顔だが、その腹にかかえでいるものは全く別のものだと言うことをシオンはメリエルから聞いて知っている。
迂闊な事は言えない。自分はもうルストスレーム家の伯爵令嬢ではないのだ。公爵夫人なのだ。
左手首を右手で守るようにギュッと握り締めて、シオンはゆっくりと深呼吸するのであった。
王命だ。仕方がない。わかり切っていた事だ。そう自分に言い聞かせる。
王位継承権を持つ高位の存在であるが、だからこそリュシアンは王命に背く事が出来なかった。
それは力を持つ為。武力であれ、爵位であれ、それがなんであっても構わなかった。未熟だった前世の自分には無かった力。それこそがノアを守る為になると、そう思ってきた。
だから間違っていない。これは仕方のない事だった。
そうは思ってもこの現実を今、簡単には受け入れたくはなかった。なぜならノアが現れたからだ。
ただ幸せに……
自分と共になくとも、ノアが幸せであるならそれで良い。その幸せを守る為に力をつけてきたのだ。
だがその考えはノアを目にした途端にリュシアンから脆く崩れそうになっていく。
ノアと共にいたあの頃を思い出す。辛い事がたくさんあった。苦しい事もたくさんあった。だけど幸せだったのだ。ノアの笑顔を見られるだけで疲れが飛んでいった。癒やされていった。それだけで良かった。贅沢なんていらなかった。手を握り合いながら眠ったあの日々が堪らなく恋しい。
今日はメリエルの姿を見ていない。シオンと共に来なかったようだ。先程からそうと意識せずに、リュシアンはメリエルの姿を探していた。
ノアがいない。そう思うだけで半身をエグられたような感覚に陥る。その存在を確認してしまってから、リュシアンは暖かで穏やかなモノに包まれたような感覚でいた。それが何かは分からないが、ノアの存在一つでこうも自分の心持ちが変わるのかと、その事に驚いた程だった。
そんなリュシアンの胸ポケットには、深紅の御守りが覗いている。それは狩りに出る他の貴族達もそうしていて、今日はポケットチーフの代わりに御守りが入れられてあった。
リュシアンにはこれまで御守りは誰からも受け付けなかった為、その胸に御守りがあるのは初めての事で、それだけでリュシアンとシオンの夫婦仲は悪くないのだと皆が思った。
それは国王も。
結婚に乗り気でなかったように感じていたのに、これ程美しい女性との結婚であれば、リュシアンの意識も変わったのだろうと国王は微笑ましく感じた。
程なくして、狩猟大会の開始が国王から発せられ、馬に乗った男共が次々に森へと、結界の外へと駆けていった。結界は人間以外のモノが入れないようになっていて、人間であれば行き来は可能となっている。
同じようにリュシアンが馬で駆けていくが、その姿をシオンは声を掛けることも出来ず、ただ無事であれと祈り見送るしかなかった。
それから公爵家のテントへ戻ろうとしたところでシオンは呼び止められた。
「モリエール公爵夫人。宜しければこちらでわたくし達とお茶でもいかがかしら」
「王女殿下……!」
ニッコリと微笑んで話し掛けて来たのは、クレメンティナ王女だった。
シルヴィオの妹であるクレメンティナは、幼い頃よりリュシアンを慕っていた。何度も国王に、リュシアンと結婚できるよう取り計らって欲しいと懇願した。
だけどそれは叶えられなかった。領地を、延いてはこの国を救った聖女であるフィグネリアへの恩は必ず返すと、弟であるモリエール前公爵たっての願いは必ず叶えたかったのだ。だからいくら娘が可愛かろうが、それを覆す事など国王にはできなかった。
しかしクレメンティナは納得などできなかった。自分はこの国唯一の王女であり、女性では祖母や母に次いで位の高い身分なのだ。それなのに何よりも切望した事が叶えられないなんてあり得ない事だと憤っていた。
その思いは今もなお。
相手は悪女と名高いシオンなのだ。いくら美しいと言えど、そんな事には臆する事はない。何故なら自分はシオンよりも高い位置にいるのだから。それにきっと、悪女よりも自分の方がリュシアンに相応しいはずなのだから。
そんな考えから、クレメンティナはシオンを自分のテーブルへと誘ったのだ。そこには既に数人の令嬢や夫人達がいて、皆が興味津々な目を向けてシオンを待ち受けていた。
「皆様、噂のモリエール公爵夫人をお連れしたわよ」
「初めてお目にかかります。シオン・モリエールと申します」
ドキドキとしながらも、それを見せずに微笑んで、シオンはゆっくりと礼をした。
そこにいたのは初めての人達だったが、昨日徹夜で覚えた貴族名鑑にあった人達ばかりだったので、シオンは安堵すると共にメリエルに感謝した。
席に着くと、隣に王女は座った。皆笑顔だが、その腹にかかえでいるものは全く別のものだと言うことをシオンはメリエルから聞いて知っている。
迂闊な事は言えない。自分はもうルストスレーム家の伯爵令嬢ではないのだ。公爵夫人なのだ。
左手首を右手で守るようにギュッと握り締めて、シオンはゆっくりと深呼吸するのであった。
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