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62話 大神殿へ
しおりを挟む眩しい光が消えると、そこはルマの街だった。
今は暑い季節が過ぎ、少しずつ風が冷たくなってきてはいるが、過ごしやすくもどこか物悲しく感じる季節。
前世でここに来た時は寒い季節だったのをシオンは思い出す。
所々雪の塊があって、それらが全て人だったと知った時は驚きと悲しさで胸がいっぱいになった。聴こえるのは悲痛に叫ぶ声だけで、道行く人は突然倒れて動かなくなっていった。
その情景が今もアリアリと目の前で起こっているかのように思い出せる。
だが今はあの時とは違っていた。
前にジョエルとメリエルと来た時とも違っていて、何だか物々しい雰囲気に感じられる。
前は人が多く賑わっていたが、今は行き交う人々は少なく、露店も殆どが閉じられたままだ。
まだそんなに疫病は広がっていない。以前程、酷い状態ではない。その事にシオンはホッと胸を撫で下ろす。
ここで魔力を放とうか。そう考えたが、この魔力は大神殿にあるエルピスの女神像に収められていたのだ。あの時、命が燃え尽きる最後の時、シオンは女神像の前で、「魔力はいらない」と言ったのを思い出した。
だからシオンとして生まれ変わった時に、生命を維持させる程の僅かな魔力しか無かったのかも知れないと考える。
誰しもが持って生まれてくる魔力は、身体中を巡る血液のように、その生命を円滑に維持させる為にも役立っでいるが、シオンには必要最小限の微量な魔力しか無かった。
そしてそれはエルピスの女神がノアの望みを聞いてくれたからだと、シオンは捉えていた。
だから魔力を放出させるなら、大神殿にある女神像の前で、また魔力を預かって欲しいと願いながらでないといけないのではないだろうか。
そう考えてシオンは大神殿まで行く事にした。
人通りの少ない道は歩きやすい筈なのに、思うように進まないと感じてしまう。それは今、一人だからではないだろうか。そう気付いたシオンは一人だと言う事に極度の寂しさを感じてしまった。
今まではずっとジョエルがいてくれた。支えてくれた。ノアの時はリアムが支えてくれた。
考えると、自分はなんて頼りない存在だったのだろうかと、情けなくて申し訳なくなってくる。
誰かに頼らなければ自分一人で立つことさえ出来なかったのかも知れない。ちゃんと自立しなければならなかったのに、それすら出来ていない未熟な自分であってはいけない。これからは。
そんな事を考えながら少しずつ歩を進め、大神殿にたどり着いた。
しかし中を見てシオンは戸惑いで足を止めてしまう。
そこには祈祷を求めて多くの人々が礼拝に来ていて、司祭達もその対応に大童になっていたからだ。
僅かではあったが、横たわり痛みに震える人もいた。
あぁ……
この空間はもうあの疫病に侵されている……
絶望にも似た感情がシオンの胸を襲う。
感染力が高いこの疫病は、きっとここにいる全ての人達の身体に侵食しているのだろう。
それは自分にも……
目に見えないモノに身体中を脅かされる感覚は初めてではない。また同じように体は蝕まれていくのだろう。
覚悟を決めた筈なのに、またあの時の痛みと苦しみに侵されると知ったシオンは、知らずに涙を流していた。
少しずつ、足を引きずりながらエルピスの女神像まで進んでいく。すがるように司祭に懇願する人達、絶望的な表情をしグッタリと椅子に座っている男の人、子供を抱きかかえて泣く母親、痛みに耐えながら司祭が来てくれるのを待つ老人。
その人達を横目にしつつ、流れる涙はそのままにシオンは女神像の前までたどり着いた。
「あぁ……まただ……」
女神像の前に来ると、体の不調や不具合は途端に無くなって身も心も軽くなるような心地いい感覚に陥る。
覚えてはいないが、母親に抱かれる感覚というのはこういう事だろうかと、シオンはこの空気の心地よさに身を委ねそうになる。
だがダメだ。今はそうしている場合じゃない。
膝を折り、両指を絡ませるように握って胸に当て、女神像に頭を垂れる。
「エルピスの女神様……お願いです。わたくしの魔力をまた預かって頂けませんか? そうしなければ、ここでまた多くの人達の命が亡くなっていくんです。どうかお願いします」
女神像はいつもと同じようにそこに佇んでいて、変わらず優しく皆を見守っているようだった。
「お願いします女神様……! 代わりに何か渡せるものがあればわたくしから奪ってくださって構いません! ですが……わたくしにできる事は何もなく……お渡しできるものも何もありません……それでも……!」
顔を上げて懇願するように、シオンは涙を流しながら訴え続ける。
「お願いします! 女神様! エルピス様! どうか、どうか……! また以前のようにこの街を……リュシアン様の守るこの領地をお守りください!」
涙で視界がボヤけて女神像が朧気にしか見えない。それでもシオンは祈りを止められなかった。そうしながらもシオンは魔力を胸の中心に貯めて、何時でも放出できるようにしていた。
すると突然シオンの全身が光りだした。それは暖かく柔らかく優しく、シオンの胸元から発するようにして全身を包み込み、それからゆっくりと体から離れて一つの塊となっていく。
光の塊はユラユラと昇っていき、女神像の胸元へスゥッと収まるように入っていった。
その様子を周りにいた誰もが不思議な光景として見つめており、騒がしかった神殿内は一気に静寂に包まれていく。
すると突然、女神像が一際大きく眩しい光を発し出した。あまりに眩い光に驚きつつも、その場の人々皆が耐えられず目を閉じた。
だがその光は一瞬の事ですぐに消え去った。目を開けた人々が見た女神像は元の何事も無かったかのように穏やかに佇んだ状態であったのだが、その場にいた皆が自身の変化に驚愕せざるを得なかった。
先程まであった痛みや苦しさ等の体の不調が全て無くなっていたからだ。
それどころか、漲る体力と魔力に気力、全てが今までよりも溢れているように感じられるのだ。
女神像の発した光がそうさせた。
そしてその傍らに倒れるように崩れ落ちた一人の少女が何か関係しているのかも知れないと、人々は驚きと困惑の中、現状を確認するように辺りを見渡しながら少しずつシオンに近づいていく。
そんな中、バァァンッ! という大きな音を立てて、誰かにより突然扉が大きく開け放たれたのだった。
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