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81話 侵した過ち
しおりを挟むルストスレーム伯爵は、フィグネリアを愛していた。
だがそれは、聖女と言う肩書きがあったからだ。
病気や怪我をした人々を助け、疫病の猛威からモリエール領を、この国を救った元聖女フィグネリア。今はその力は無くなってしまったが、だからこそそれに悲観し自暴自棄になったのだろうと思っていた。
そしてアルトゥルも、元聖女の母親を誇りに思っていた。
誰にも出来なかった事を成し遂げた母親を尊敬し、羨望の眼差しで見つめていた。
男娼を侍らすのも、フィグネリアを慕っている男達が恋い焦がれてやって来ていると思っている。国を救った聖女であれば、それくらいは仕方のない事だと考えていた。
いや、そう思い込もうとしていた。
自分の母親が父親以外の男を部屋に入れる事を、息子であるアルトゥルが何とも思わない訳がない。しかしアルトゥルは現実から目を逸らし、毎日のようにやって来る男共を、聖女を慕う狂信者だと思い込もうとしていたのだ。
「うそ、てすよね……? お母様……?」
「フィグネリア、公爵様が言っている事は本当なのか?」
「そんな訳ないでしょう! わたくしは聖女よ! 聖女なのよ!」
「では疫病に侵された人々がどのように亡くなっていったのか言ってみろ」
「そ、それは……」
「ノアの力は自分には効かない。だから疫病に侵されたノアはそのまま命を落としたのだ。その証拠に、最も疫病が蔓延していたルマの街でフィグネリア、お前を見た者は誰もいない! 人々を救った茶色の髪とアンバーの瞳を持つ幼い少女の目撃者は幾人もいる! それは紛れもなくノアだったんだ!」
「そんなの、知らないわよ! わたくしが聖女なの! この国を救ったのはこのわたくしなのよ!」
何を言っても聞こうとしないフィグネリアに、ホトホト呆れるリュシアンだったが、その時騎乗している騎士達に囲まれた、一台の煌びやかな馬車が止まった。
誰が来たのかと、フィグネリアは訝しげに目を向けると、馬車から出てきたのは国王陛下だった。
「陛下、ここまでご足労頂き、申し訳ありません」
「よい。しかしモリエール公の言ったとおりだな」
そんな二人のやり取りが目に入らないとばかりに、フィグネリアは嬉しそうに国王陛下に駈け寄って行く。
「陛下! 陛下! 助けてください! モリエール公が酷いんです!」
「フィグネリアよ……」
「わたくしは無実です! モリエール公とシオンから罪を擦り付けられてしまったんです!」
しかし、フィグネリアは控えていた騎士達に拘束されてしまう。それはルストスレーム伯爵もアルトゥルも同じで、後ろ手に縄で縛られてしまった。
「な、何をするんです!? 陛下!」
「お前は長年、余を騙していたのだな。聖女の力はお前の力ではなかったのだな。余はお前の功績を認め、聖女として認定し称号を与え、高額な報奨金も与えた。それだけではなく、現在のルストスレーム領と鉱山も与え、王家への税金は極力少なくもしてやった。フィグネリアの悪い噂が耳に入っても、それを払拭するように指示をした。言わば見て見ぬふりをしたのだ。それがいけなかったのだな。お前をつけ上がらせてしまったのだな」
「ち、違います! 違うんです! 陛下!」
「お前の奇行は知っていた。奴隷を酷く虐げ、使用人達にも厳しく接し体罰も行っていた。散財し男娼を呼びつけていたのも知っておったのだ。それを娘のせいにするとは思わなんだが」
「違……う……」
「シオン嬢……今まで辛かったであろう……助けてやれず、申し訳なかった」
「え?! あ、はいっ!」
「社交界にも出ず、悪い噂ばかりが付いて回っていたそなたを気にはかけていたのだ。だが、余の前では大人しく可愛らしいフィグネリアを疑えなかった。信じたかったのだ。だからと言ってはなんだが、モリエール公との結婚をどうしても反故にはできなんだ。何度もモリエール公から無効にするように申し出があったのだがな」
「そう、だったんですか?」
それは初めて聞くことで、シオンはチラリとリュシアンを見る。バツが悪そうな顔をしているリュシアンの様子に、思わずシオンは顔を傾げた。
「モリエール公は余の甥にあたる。昔からその性格はよく知っておってな。彼ならシオン嬢に良くしてくれるだろうと確信しておったのだ。そしてそれは思ったとおりの結果となった」
「そんな思惑があったんですか……」
「シオン嬢が虐げられているかも知れないと勘ぐってはおったのだが、確証はなくてな。フィグネリアを信じたい気持ちが強かったから詳しく調べもせぬままだった。申し訳なかったな」
「なんと申し上げればいいのか……」
「ここまでのさばらせたのは、余がフィグネリアを甘やかしてしまったせいなのだ! その責任をしっかり取るつもりぞ!」
「陛下、何を仰っていらっしゃるんです……?」
「王家の名を語り紋章を偽造し、僅かな税収にも詐称する始末! 娘であるシオン嬢に自分達の罪を擦り付け、まともな教育一つさせぬまま追い出すように嫁がせ、公爵夫人用の金さえもせしめる卑しくもあざとい所業! そして何より、余を長年騙し続けた事は許されるべき事ではない! 貴様は極刑に処す!」
「お待ち下さい! 何かの間違いです! 違うんです、陛下!」
「ルストスレーム伯爵! 貴様も同様だ! 鉱山崩落事故があった時、助ける為の人員派遣を惜しみ、生き埋めにした状態で放置した! 王家からも多額の義援金をせしめ、それを投資に注ぎ込むとは有り得ぬことぞ! 貴様も極刑と処す!」
「そ、そんな……」
「令息であるアルトゥルよ。お前はまだ若い。両親に毒されて生きてきたのだから、恐らくお前も性根は腐っているやも知れぬ。だがお前にはやり直すチャンスをやろう。平民となり、孤児院で暮らすが良い。これを温情と捉えよ」
「は、い……」
「余の元へ来て謝罪するのであればまだしも、貴様らはここへ抗議にきたのだ。自分達は何も悪くないとな。有り得ぬ事ぞ」
「わたくしは悪くない……わたくしは悪くない……わたくしは悪くない……」
「恐らく陛下であれば許してくれると思っていたのだろう。だからここまで抗議に来た。それがお前の最大の過信だ」
リュシアンは冷たく言い放つと、蔑むような目を向けた。
まだ現実を受け入れられないフィグネリアは、独り言のように
「わたくしは悪くない……」
と言い続けていたのだった。
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