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83話 相違
しおりを挟むダヴィード国王はフィグネリアのこんな姿を初めて目の当たりにして、今まで聞かされていた噂が本当だったのだと確信した。
しかしそれよりもショックが大きくて、しばらくは呆然とした状態で立ち竦んでいた。
一方リュシアンは、これが通常のフィグネリアである事は百も承知で、何の動揺もすることなく平然とフィグネリアの様子を見ていた。
それよりもただ、シオンがこれ以上怖がったりしないかと、そればかりが気になっていた。
「お前なんていつも私の顔もまともに見れず、ブルブル震えるばかりで何も出来ない、なんの力もない子だったじゃない! 公爵夫人になったからって、一体何が変わるというの! 根本的なものは何も変わっていない! 人はそう簡単には変われないのよ!」
「分かっています。自分には何もない、何も出来ない事くらい。変わりたくてもすぐに思うように変われない事も……! でも! それはあなたも同じですよね?! あなたはずっとそうだった! 使用人を虐げ、食べ物も充分に与えず! リアムはいつもあなたに殴られて鞭を打たれて、食事も充分じゃなかったから成長できずにガリガリに痩せて! 私の魔力を奪うだけ奪っておいて最後はあの街に無理やり……!」
「は? アンタ、何言ってんの?」
「また同じ事をするんですか? したんですか? 自分より目下の者の命は価値のないものだと、蔑んで甚振って罵って、生きる気力も目標も全て奪って……でも必要になったらそんな存在でも利用するんですか?! 何のために子供を……シオンを産んだんですか?!」
「はぁ? 子供なんて親の為の道具でしかないじゃない。わたくしに利益をもたらせるように躾けて利用するのは当然の事でしょう? 誤算だったのはアンタはわたくしを慕わなかった事よ。アルトゥルは程よく洗脳できたのに」
後ろで聞いていたアルトゥルはショックを受けたような顔をしてフィグネリアを見ていた。
既にフィグネリアは騎士に拘束はされていたが、シオンと話をするにあたって連行するのをとどめているに過ぎないのだが、ダヴィード国王もその場にいた騎士達も、そしてルストスレーム伯爵とアルトゥルもフィグネリアとシオンのやり取りを呆然と見続けている。
それは取り押さえ連行しようとした騎士達をリュシアンが目で制したからだった。
これまでの恨みはリアムだったリュシアンにもあるが、それよりもノアの時代と娘として生まれたシオンの方が恨む事も多いだろうし、耐え忍んできた期間も長い。
常に押さえつけられるように生きてきて、自尊心も生きる気力も奪われたシオンが、やっとフィグネリアの呪縛から逃れられる時が来たのだ。
「子供は親の所有物だと、そう仰ってるんですか……?」
「もちろんよ。それ以外何があるの? 貴族であれば尚更そうでしょう? 親の為、家門の為に使われていくのが子供の役目でしょう? でもね。わたくしはそれを自分の力でやってきたのよ! 聖女として働いてきたからルストスレーム伯爵夫人となったし、陛下から寵愛されたのよ!」
「それはあなたの力ではありませんでした! それでも! それでも全て自分の力で成し遂げたとでも言うつもりですか?!」
「当然よ! 力を奪った後、その力を使いこなしてきたのはわたくしなの! ノアであればわたくしのように効率的には使えなかったわ! 感謝してほしいくらいよ!」
「やっと力を奪った事を認めたな」
フィグネリアの自白を聞き逃さなかったリュシアンが、言質を取ったとばかりに前に出る。一瞬怯んだフィグネリアだったが、開き直ったように胸を張った。
「それの何がいけないって言うの?! 人々を救って来たのはわたくしであって、ノアじゃない! 転移陣を設置したのもわたくしだし、ノアであれば何も出来ずに力を持て余していただけじゃない! それをわたくしが効率良く使ってあげていたのよ!」
「ならルマの街にお前が行けば良かったではないか!」
「なぜわたくしがそんな危険な所へ? 死にに行くようなものじゃない。それこそノアがすべき事だったのよ。わたくしに貢献できたんだから有り難く思うべきだわ」
「やはりお前とは話にならないな」
「リュシアン様、もういいんです。……私、ずっと怖かったんです。この人の事が怖くて怖くて仕方がなかったんです。きっと私はこの人に、洗脳はされてなくても心を支配されていたと思います。だけど、もう大丈夫です。この人はただ成長していないだけの、分別のつかない幼い子供と同じだと分かりましたから……」
「はぁ?! 何分かったような口聞いてんのよ! お前ごときが!」
「もうやめないか! フィグネリア!」
苛立ったように言ったのはダヴィード国王だった。フィグネリアの暴言の数々を聞き、今まで自分に見せていた姿こそが仮初めの姿だったのだと、ようやく納得がいったのだ。
「陛下、分かってください! わたくしは何も間違った事はしておりません! 確かに少し口は悪かったかも知れませんが、親が子供を利用するのは貴族であれば当然の事でしょう? それの何がいけないと言うんですか?」
「貴様は貴族の風上にも置けぬ! このような娘を生み出したカタラーニ男爵家も取り潰しとする! 連れて行け!」
「はっ!」
「な、何故です?! 陛下! 陛下!」
今度こそ騎士達に連行されていったフィグネリア達だったが、それを見送るシオンの表情は明るくは無かった。
「すまなかった、シオン嬢……これは人を見抜く力の無かった余の責任ぞ。これまで辛かっただろう」
「それは……」
「モリエール卿、そなたの言うことが全て正しかった。疑って申し訳なかった」
「いえ。分かって頂けたのであれば、それで問題ありません」
「迷惑を掛けたな。ルストスレーム領はこれよりモリエール領とする。管理が難しければ人員を提供しよう」
「承知致しました。ありがとうございます」
「後日手続きに王城まで来るが良い。ゆっくりで構わぬ。それまではシオン嬢を労ってやるようにな」
「ご厚意に感謝致します」
リュシアンが頭を下げると、同じようにシオンも頭を下げた。それを見たダヴィード国王はふぅとひと息ついてから微笑み、その場を後にした。
シオンはその場でしばらく動かずに、いつまでもフィグネリアがいた場所を見続けていたのだった。
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