1 / 31
第1話 二人の婚約者候補①
しおりを挟む
新緑が艶やかに光を照らしかえす。
爽やかな風が心地良いこの時期に、王城の庭園でガーデンパーティが催された。
今をときめく第二王子が主催と銘打ったこのパーティには、貴族令嬢や貴族令息、有力な商家の子が多数集まっている。
皺一つない白い布が敷かれた長机がいくつも配置され、その上には王家のお抱えシェフが作ったであろう多種多様な軽食とスイーツが用意されていた。
王城のガーデンパーティに招待されるのは大変光栄なことである。
特に若い令嬢達は浮き足立っていた。
理由は簡単だ。
もっぱら、今回のガーデンパーティは第二王子の婚約者候補が発表されるという噂があった。
スラットレイ伯爵家の娘、シャルロットも参加者の一人だ。
シャルロットは特別、第二王子の婚約者になりたい訳ではないが、王家のスイーツが食べられる数少ない機会のため、今回のパーティを楽しみにしていた。
全ての種類に手をつけるのは不可能なほどたくさんのスイーツに心が踊る。
(はあ、どれを頂こうかしら)
幸せな溜め息をつきながら、目移りしていると、大きな衝撃がシャルロットの頬を襲った。
バシンと強く乾いた音があたりに響き渡る。
ジンジンとシャルロットの頬がひりつく。
シャルロットは何が起こったかわからなかったが、可愛らしい声に似つかわしくない金切り声が響く。
「許せない!あなたなんか!ただの昔馴染みのくせに!」
シャルロットの目の前には赤髪の令嬢がひどい形相で仁王立ちしている。
たしか商家の一人娘、ヴェロニカだ。
なぜこんなに怒っているのか分からなかったが、ヴェロニカの次の一言で全てを察した。
「絶対にフリード殿下の婚約者は譲らないわ!」
眉を吊り上げて激怒するヴェロニカはそれだけ言うと、シャルロットの返事など必要ないかのように踵を返した。
クスクスと周りから嘲笑の声が聞こえる。
シャルロットは自分が婚約者候補に選ばれたことを察した。
ーーー
蓋を開けてみればシャルロットとヴェロニカは婚約者筆頭として花嫁修行をすることになった。
なんと二人とも婚約者候補になったのだ。
ヴェロニカも候補に選ばれているのであれば、あれほど怒らなくてもよかったのではないか。
婚約者候補が二人いることが気に食わなかったのかもしれない。
王子の婚約者は最低でも三ヶ月は花嫁修行を受けるのが通例で、その間は王城に住み込む。
若い令嬢が住み込むことで周囲からは殿下の本命だと思われがちだが、結果的に婚約者にならないことも過去にはあったらしい。
それでも王城で花嫁修行をしたという箔がつく。
見初められなかったとしても、その後は引き手数多ということだ。
ただしヴェロニカは本気でフリードの婚約者になりたいのだろう。
あれほど怒っていたのだから。
シャルロットはどうぞどうぞ、という気持ちではあるが、選ばれたからには精一杯努めたい。
生半可な気持ちは失礼だとも考えた。
第二王子であるフリードは歳が二十二になるが、今まで一人も婚約者候補を決めてこなかった。
ただ、美しくも柔和でどんな令嬢とも気さくに話す第二王子は大変人気があり、王子の花嫁になれるかもしれないと夢を見てしまう若い令嬢は多かった。
その為、浮いた話も多い。
実家に遊びに来てくれただの、城下町でデートしていただの、舞踏会のあとに女性と休憩室に入って行っただの。
シャルロットは第二王子の昔馴染みだ。
シャルロットはフリードが王立学院に入学するまではよく王城で共に過ごしたが、シャルロットはフリードに特別な感情を持ったことはなく、それよりも毎回用意される菓子を楽しみにしていた。
スラットレイ伯爵家は代々王家と親睦があった。
元々広大な領地の領主であり、人と土地の管理が極めて秀でていた為、没落や横領などで爵位を返上する貴族に領地があった場合、スラットレイ家が仮の領主に任命されることがあった。
治安が悪ければ治め、ひもじい者が多ければ身分に分け隔てなく、食料を分け与え元気づけた。
曾祖父の代で相当な領土を誇っていたが、祖父、父の代でさらに拡大し、領主の中では国一番の広さを所有するまでになった。
どれだけ土地を持っても堅実な領地経営を行い、しかも求められれば少しの恩恵と引き換えに国に土地を返還するのだ。
領主であるスラットレイ伯爵が政界から離れているがゆえに、王家としては縁故関係で有力な伯爵家と結び付きを強固にしておきたいのだろう。
現代の王子は四人もいる。
王子は他国の王女や令嬢と婚姻関係を結ぶのが一般的だろうが、一人くらい国内での政略結婚をしても問題ないのだろう。
昔馴染みであるフリードとの穏やかな関係を思うと、見初められているなどと到底考えられず、シャルロットは自分が選ばれている理由を過不足なく理解していた。
ヴェロニカは新興の商家の娘で、ヴェロニカの実家はここ十年で国外に対してとても利益を伸ばしていると聞いたことがある。
ヴェロニカが選ばれた理由も、概ね自分と同様だろう。
シャルロットは王城に上がると、侍女に案内されてこれからしばらく過ごすことになる部屋までやってきた。
両開きの扉を開くと前室と思われるスペースがあった。
前室は侍女や護衛が待機できるような作りになっているようだ。
前室を通り部屋に案内されると、可愛らしい小花の壁紙に品のある調度品が飾られる中、そこに似つかわしくない屈強な騎士が立っていた。
爽やかな風が心地良いこの時期に、王城の庭園でガーデンパーティが催された。
今をときめく第二王子が主催と銘打ったこのパーティには、貴族令嬢や貴族令息、有力な商家の子が多数集まっている。
皺一つない白い布が敷かれた長机がいくつも配置され、その上には王家のお抱えシェフが作ったであろう多種多様な軽食とスイーツが用意されていた。
王城のガーデンパーティに招待されるのは大変光栄なことである。
特に若い令嬢達は浮き足立っていた。
理由は簡単だ。
もっぱら、今回のガーデンパーティは第二王子の婚約者候補が発表されるという噂があった。
スラットレイ伯爵家の娘、シャルロットも参加者の一人だ。
シャルロットは特別、第二王子の婚約者になりたい訳ではないが、王家のスイーツが食べられる数少ない機会のため、今回のパーティを楽しみにしていた。
全ての種類に手をつけるのは不可能なほどたくさんのスイーツに心が踊る。
(はあ、どれを頂こうかしら)
幸せな溜め息をつきながら、目移りしていると、大きな衝撃がシャルロットの頬を襲った。
バシンと強く乾いた音があたりに響き渡る。
ジンジンとシャルロットの頬がひりつく。
シャルロットは何が起こったかわからなかったが、可愛らしい声に似つかわしくない金切り声が響く。
「許せない!あなたなんか!ただの昔馴染みのくせに!」
シャルロットの目の前には赤髪の令嬢がひどい形相で仁王立ちしている。
たしか商家の一人娘、ヴェロニカだ。
なぜこんなに怒っているのか分からなかったが、ヴェロニカの次の一言で全てを察した。
「絶対にフリード殿下の婚約者は譲らないわ!」
眉を吊り上げて激怒するヴェロニカはそれだけ言うと、シャルロットの返事など必要ないかのように踵を返した。
クスクスと周りから嘲笑の声が聞こえる。
シャルロットは自分が婚約者候補に選ばれたことを察した。
ーーー
蓋を開けてみればシャルロットとヴェロニカは婚約者筆頭として花嫁修行をすることになった。
なんと二人とも婚約者候補になったのだ。
ヴェロニカも候補に選ばれているのであれば、あれほど怒らなくてもよかったのではないか。
婚約者候補が二人いることが気に食わなかったのかもしれない。
王子の婚約者は最低でも三ヶ月は花嫁修行を受けるのが通例で、その間は王城に住み込む。
若い令嬢が住み込むことで周囲からは殿下の本命だと思われがちだが、結果的に婚約者にならないことも過去にはあったらしい。
それでも王城で花嫁修行をしたという箔がつく。
見初められなかったとしても、その後は引き手数多ということだ。
ただしヴェロニカは本気でフリードの婚約者になりたいのだろう。
あれほど怒っていたのだから。
シャルロットはどうぞどうぞ、という気持ちではあるが、選ばれたからには精一杯努めたい。
生半可な気持ちは失礼だとも考えた。
第二王子であるフリードは歳が二十二になるが、今まで一人も婚約者候補を決めてこなかった。
ただ、美しくも柔和でどんな令嬢とも気さくに話す第二王子は大変人気があり、王子の花嫁になれるかもしれないと夢を見てしまう若い令嬢は多かった。
その為、浮いた話も多い。
実家に遊びに来てくれただの、城下町でデートしていただの、舞踏会のあとに女性と休憩室に入って行っただの。
シャルロットは第二王子の昔馴染みだ。
シャルロットはフリードが王立学院に入学するまではよく王城で共に過ごしたが、シャルロットはフリードに特別な感情を持ったことはなく、それよりも毎回用意される菓子を楽しみにしていた。
スラットレイ伯爵家は代々王家と親睦があった。
元々広大な領地の領主であり、人と土地の管理が極めて秀でていた為、没落や横領などで爵位を返上する貴族に領地があった場合、スラットレイ家が仮の領主に任命されることがあった。
治安が悪ければ治め、ひもじい者が多ければ身分に分け隔てなく、食料を分け与え元気づけた。
曾祖父の代で相当な領土を誇っていたが、祖父、父の代でさらに拡大し、領主の中では国一番の広さを所有するまでになった。
どれだけ土地を持っても堅実な領地経営を行い、しかも求められれば少しの恩恵と引き換えに国に土地を返還するのだ。
領主であるスラットレイ伯爵が政界から離れているがゆえに、王家としては縁故関係で有力な伯爵家と結び付きを強固にしておきたいのだろう。
現代の王子は四人もいる。
王子は他国の王女や令嬢と婚姻関係を結ぶのが一般的だろうが、一人くらい国内での政略結婚をしても問題ないのだろう。
昔馴染みであるフリードとの穏やかな関係を思うと、見初められているなどと到底考えられず、シャルロットは自分が選ばれている理由を過不足なく理解していた。
ヴェロニカは新興の商家の娘で、ヴェロニカの実家はここ十年で国外に対してとても利益を伸ばしていると聞いたことがある。
ヴェロニカが選ばれた理由も、概ね自分と同様だろう。
シャルロットは王城に上がると、侍女に案内されてこれからしばらく過ごすことになる部屋までやってきた。
両開きの扉を開くと前室と思われるスペースがあった。
前室は侍女や護衛が待機できるような作りになっているようだ。
前室を通り部屋に案内されると、可愛らしい小花の壁紙に品のある調度品が飾られる中、そこに似つかわしくない屈強な騎士が立っていた。
224
あなたにおすすめの小説
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい
狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。
ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された
狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた
成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った
ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた
酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き………
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結】 初恋を終わらせたら、何故か攫われて溺愛されました
紬あおい
恋愛
姉の恋人に片思いをして10年目。
突然の婚約発表で、自分だけが知らなかった事実を突き付けられたサラーシュ。
悲しむ間もなく攫われて、溺愛されるお話。
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。 ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる