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第2話 二人の婚約者候補②
しおりを挟む無表情な騎士が口を開いた。
「専属護衛になりました、アランです。以後お見知りおきください」
短く刈り揃えられた黒髪に、精悍でくっきりとした顔つき。
無表情だが逞しく大きな体で存在感がすごい。
「あらあなたは」
「......その後お加減はいかがですか」
「ええ、特に問題ないわ。その節はどうもありがとう」
「いえ」
「あの時借りたハンカチを持ってきたのよ、後で返すわね」
「お構いなく。では、前室で待機しておりますので」
なんと専属護衛騎士を名乗る男は、頬を叩かれた後にシャルロットが笑い者になっている中、濡れたハンカチーフを持ってきてくれた護衛騎士だった。
(あら、とてもタイプだわ)
ハンカチーフを渡されたシャルロットは頬が痛いことを忘れて見惚れてしまった。
絵に描いたように自分の理想の男性が目の前にいる。
アランはガーデンパーティの護衛を担当していたのだろう。
こちらへ、とだけで言うと好奇な目に晒されていた私を離れた東屋に連れて行ってくれた。
すぐに立ち去ってしまったが、ヴェロニカに叩かれたことに動揺して立ち尽くしていたシャルロットは随分助かった。
そのあと気持ちが落ち着いたタイミングで会場に戻ると、自分が第二王子の婚約者候補になったことを聞かされて、納得したのだった。
お抱えの侍女やメイドを連れてくることはできず、夜になるとシャルロットは部屋に一人きりになった。
ほんの少し実家が恋しい。
フリード殿下の婚約者というのは現実味がないが、このまま結婚するのだろうか。
不安な気持ちがふつふつと込み上げてくる。
ただ、隣の部屋には優しいあの騎士がいると思うと少しだけ安心して眠ることができた。
ーーー
婚約者候補となったからには花嫁修行である。
教養とマナー講座やダンスレッスン、食事のマナーは基本として、自国と近隣諸国の地理を徹底的に叩き込まれる。
一番大変なのは自国と近隣諸国の要人の姿絵を見ながら、家族構成や事業、食や酒の好みまで多岐に渡って記憶することだろう。
高位貴族に嫁ぐことになっても同様に多数のことを覚えるだろうが覚える量が桁違いである。
王族の嫁は要人が参加するパーティに数えきれないほど参加したり、お礼状を書くため出来る限り覚えておいて損はない。
シャルロットは必死に家庭教師に出された課題をこなしていた。
夕方からはダンスレッスンだ。
ダンス講師の都合で夕方に行われることが多かった。
週に二、三度あるダンスレッスンはヴェロニカと共に練習が行われる。
小ホールに向かうため、護衛のアランはもちろんついてきてくれる。
「ご機嫌よう、ヴェロニカ様」
「ご機嫌よう」
壁付けされているベンチに座っていたヴェロニカは顔をこちらに向けることなく侍女にダンスシューズを履かせてもらっていた。
シャルロットもダンスシューズに履き替えると早速ワルツの練習が始まる。
シャルロットはダンスが得意だ。
伯爵家で幼少期から練習をしているからだ。
そして要人の顔を覚えることよりよっぽど楽しい。
しかしヴェロニカはそうではないようだった。
初めてダンスを踊る訳ではなさそうだが、専門的な講師に指導してもらったことはないのかもしれない。
シャルロットが及第点をもらい少し休もうとすると。
「違います!ステップとカウントを一致させましょう」
「はいっ……スロークイックイッスロー……」
講師の指摘に素直に耳を傾けて真剣に練習するヴェロニカに意外な一面を見る。
ステップは覚束ないが、少しずつ上手くなってきている。
「…まあよいでしょう。では最後にパートナーと合わせる練習です」
シャルロットはあたりを見渡すが、周りにはヴェロニカの護衛と侍女。
そしてシャルロットの護衛のアランしかいない。
「少しお手伝いしていただいても?」
講師が護衛の二人に声を掛ける。
「はい、研修の経験しかありませんが」
「研修?」
シャルロットが呟くと講師が説明する。
「騎士は研修期間に一か月程ダンスの特訓もありますからね、大船に乗った気持ちでやってみましょう」
「ふふふ、騎士様は色々なことを研修されるのですね」
アランが腕を上げてホールドを張ると、シャルロットが近づいて手を組む。
もう片方の手はアランの腕に添える。
父と兄以外と踊ることはほとんどない為、少し気恥ずかしい。
「なんだか、フィットするわ」
「それは何よりです」
講師が手拍子でリズムを取る。
「では基本ステップから」
大きなホールドに包み込まれたかと思うと、力強くもスムーズなリードにシャルロットは自然に体重移動が出来、軽快にステップを踏む。
チラリと見上げると真剣な表情のアランが額に汗の粒を浮かべている。
無表情なアランも少し緊張しているのかもしれない。
可愛いところもあるのねと、アランを見つめて微笑む。
「よいですね、では来週までに復習をしっかりとすること」
「はい、ありがとうございます」
「次、ヴェロニカさん」
「嫌ですわ」
自室に戻ろうとしたシャルロットだったがヴェロニカの声に足を止めた。
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