お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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第1章 執事来訪

恋心

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「こちらが、五十嵐さんの部屋です」

 その後、一通りの説明を終え、屋敷を案内されたレオは、別館にある空き部屋に通されていた。

 お嬢様がいる本館とは別に建てられた、二階建てのこの別館は、使用人専用の屋敷だ。

 20帖ほどの部屋の中には、既にベッドや冷蔵庫などの生活必需品が完備されており、召使いの部屋にしては中々に広く、洗練された部屋だった。

「トイレは完備されています。お風呂は、男性寮共同の物を使って下さい。食事は、まかないが出ますので、所定の時間に他の使用人達と一緒に摂っていただきます。必要のない日は、事前にシェフの冨樫とがしにお伝えください。他に何か、ご質問はございますか?」

「食事は、使用人だけでいただくのですか?」

「はい。朝食の後に朝礼も行いますので」

「そうですか。では、お嬢様は、いつもお一人でお食事を?」

「そうですが……それが、なにか?」

「いえ、旦那様も奥様も、あまりこの屋敷にお立ち寄りにはならないと、お聞きしたもので」

「そうですが。だからと言って、使用人が、主人と共に食事をとるなど」

「そうですね……失礼。少し気になっただけです」

 ニッコリ笑いかけると、レオは、その後、部屋の奥へと進み、持参したトランクを机の上に置く。

「五十嵐さんは、二十歳とお聞きしていますが」

 すると、今度は矢野の方から話しかけてきて、レオは再び視線を向ける。

「はい、そうですが」

「では、一つご忠告を」

 じっと真一文字に結んだ矢野の口が、重く言葉を放つ。

「決して、お嬢様に恋心を抱かぬように」

「…………」

 そのご忠告に、レオは眉ひとつ動かさず、矢野を見つめた。
 
 使用人や執事が、屋敷のあるじに恋心を抱くなど、あってはならないこと。

 だが、そんな"当たり前"のこと、あえて言われずとも、暗黙の了解として誰もが周知しているべきことだった。

「……なぜ、わざわざ、そのようなことを?」

「あなたの前任の執事が、お嬢様に恋心を抱き解雇されました。お嬢様も、もう18です。年頃の女性と近い距離で働くとなれば、執事とはいえ、邪な感情を抱かないとは限りません。もし、また同じようなことがあれば、お嬢様がどんなにお嘆きになるか。なので、念の為ご忠告を」

「そうでしたか。なら、もう少し年配の男性を雇った方が良かったのでは? なぜ、私のような若い男を」

「仕方のないことなのです。この屋敷の使用人は女性が三人と、運転手の男性が一人しかおりません。その男性も、もう50代で俊敏性にかけます。万が一、なにかあった時に、お嬢様をお守りするためには、文武に長けた若い男性が一人はいないと困ります。あなたには、屋敷の用心棒としても、しっかり働いて頂きますので」

「なるほど。それなら、お任せ下さい。この命にかえても、お嬢様は、お守りいたしますよ」

「そのつもりでいてください。では、忠告はしましたので、決して、お嬢様に恋心など抱かぬよ」

 ──トゥルルルル!

 すると、その瞬間、屋敷の奥から電話の音が鳴り響いた。

 矢野は、その電話の音に反応すると

「では、私はこれで。もう直、お嬢様が学校から、お戻りになられます。あなたは、それまでに、しっかりと身なりを整えていてください」

 ──バタン!

 その後、矢野が、そそくさと部屋をでていくと、レオは、扉が閉まるのを見届けたあと、誰もいない部屋で、一息ついた。

「……なかなか、厳しそうな人だな」

 そう言って苦笑すると、レオは改めて机の上に置いたトランクに向き直る。

 中から荷物を取り出し、持参した筆記用具や日記を机の中にしまうと、その後、部屋の中を移動し、クローゼットの中から、予め用意されていた燕尾服を手に取った。

 屋敷から支給されたそれは、サイズにも問題はなく、その真新しい燕尾服を、ベッド横のコートハンガーにかけると、レオは今、着ている服をスルリと脱ぎすてた。

 白のワイシャツに袖を通し、黒のウェストコートとネクタイを締め、ジャケットを羽織ると、最後、真っ白な手袋をして鏡の前に立つ。

 すると、鏡に映る自分と目があった瞬間、腹の底から意もしれぬ笑いがこみ上げて来て、レオは、妖しく歪んだ口元を、そっと隠した。

 別に、燕尾服を着た自分が、おかしかった訳ではない。

 おかしかったのは、自分が、ということだ。

「お嬢様に、恋心を抱かぬように……か」

 先程、矢野に言われた言葉を復唱し、レオは、スッと目を細めた。

「悪いが、もうかな?」

 阿須加家の一人娘・阿須加 結月。

 あれから彼女は
 どんな美しい女性に成長しただろう。

 髪は、どのくらい伸びただろうか?

 俺と再会して
 どんな反応を見せてくれるだろう。

 驚きのあまり言葉を失うかもしれない。

 それとも、泣いて抱きついてくるだろうか?

 まだ見ぬ『お嬢様』を思い、レオは一人ほくそ笑む。

「……やっと、この時が来た」

 やっとやっと、待ちに待った、この時が

「待ってて、結月。今から、この屋敷を」

 俺が──にしてあげるから。


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