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第3章 独占欲の行方
夢
しおりを挟む「どうせ、口説くなら、可愛い子のほうがいいだろ?」
その言葉は、酷く嫌悪感を宿す言葉で、レオは無言のまま眉をひそめた。
しかし、そんな執事の苛立ちに気づくことなく、浩史は話し続ける。
「ここのお嬢様、俺と同い年なのに、こんなに広い屋敷に住んで、メイドや執事に囲まれて、何不自由なく幸せに暮らしてるんだろ? なら、お嬢様を口説き落として結婚したら、俺も同じような生活送れるじゃん!」
つまり、逆玉の輿に乗りたいから、結月を口説こうとしてると?
「はは、まるで話にならない。バカ言ってないで、とっとと学校にいっておいで」
あまりにもふざけた内容に、レオは呆れつつ浩史から鍵を受け取ると、そそくさと車に乗りこもうと、踵を返す。だが……
「ちょ、なんだよそれ!? 一般庶民の俺は、お嬢様には釣り合わないとでも言いてーのか!?」
「誰もそんなこといってないだろ。でも、釣り合わないのは確かだよ。元からヒモになるつもりで女の子を口説くなんて、男として話にならない。裕福な生活がしたいなら、しっかり勉強して、大学にでもいって、一人前の男になって、自分で稼げ」
「っ、うるせーな!! 俺だって、大学行けるなら行きてーよ!! だけど……っ」
全く相手にしないレオに、浩史が吠えれば、レオは小首をかしげながら
「大学、行けないの? なんで?」
「な、なんでって……金がねーからに決まってんだろ!」
「へー、俺はてっきり、学力がたりないのかと」
「学力!? バカにすんな!? 学力は足りてる!」
「お嬢様を口説き落とすなんて、バカなこというからだろ。頭弱いと思われても仕方ない」
「っ……」
「それより、大学に行って何をしたいの? それ、矢野さんは知ってる?」
「な、なんでもいいだろ……! それに、言えるわけねーじゃん! 親父は安月給のサラリーマンだし、お袋はメイドとか言ってもパートの家政婦みたいなもんだし、どうせ無理だっていわれるだけだし! 大体、子供なんて、生まれた瞬間から人生ほぼ決まったようなもんだろ!? 貧乏な親の元に生まれたら、子供も一生貧乏だし、逆に金持ちの家にうまれたら、ここのお嬢様みたいに、一生、楽に暮らせるんだから! どうせ俺も高校を卒業したら、親父みたいに安月給のサラリーマンで終わる運命なんだよ! なら、金持ちの女を口説いて、玉の輿、狙う方がまだ見込みあるじゃん!」
「…………」
何となく、胸の内にある不満をぶつけられているように感じた。
進みたい進路があるのに、選べない憤りと、自分と同じ年の女の子が、自分とは全くかけ離れた、裕福な生活をしていることに……
「へー……だから、うちのお嬢様を口説き落として、阿須加家に婿入りしようって?」
「悪いかよ……っ」
「いや、君が将来『裕福な生活をするのが夢』だと言うなら、そのために君がどう行動するかは、君の自由だよ。誰だって幸せになるために夢を見る。例えそれが、どんな無謀な夢でも、ありふれた些細な夢でも、君が幸せだと思えるなら、それを笑う資格は、他人にはない。でも、君の、その夢に──うちのお嬢様を巻き込むのは頂けないな」
「……え?」
瞬間、ヒヤリとした声が響いた。
「やっぱり君は、うちのお嬢様には釣り合わないよ。分かったら、早く学校いけ」
「っ……」
そう言って、また背を向け、執事が歩き出せば、一気に沸点があがったのか、浩史は、まくし立てるように声を荒らげる。
「あーあー、つまりは、俺みたいな貧乏人じゃ釣り合わねーってことだろ!? どうせ、ここのお嬢様も、庶民を見下して笑ってる性格の悪い女なんだろうな!」
「…………」
背中に怒号が伝わると、レオは車の前で、足を止めた。
(庶民をみくだして笑ってる、性格の悪い女……か)
その言葉は、酷く胸に刺さった。確かに、自分も昔、結月のことを、そんな風に思っていた。
でも……
「うちのお嬢様、一人じゃ何もできないんだよね」
「え?」
「朝も一人じゃ起きれないし、着替えも髪を結うのもメイドにやってもらうし、食事は毎日シェフが作ってくれるから、料理なんて全くしないし、屋敷の掃除も管理も、全部人任せ」
「…………」
いきなり始まったお嬢様への愚痴。
それを聞いて、浩史は唖然とするが、レオは構わず続ける。
「やらなくても、身の回りの世話は全て使用人がしてくれるよ。着る服も全て高級品。学校だって高い授業料払って有名私立の女子校に通ってる。食べる物は、全て一流の食材でシェフが最高の料理を作ってくれる。正直、庶民の生活なんて知りもしないし、スーパーで売ってる100円のチョコレートなんて食べたことすらなかった、世間知らずなお嬢様だよ」
そう言って振り返えれば、レオは、再び浩史を見つめた。
「君の言う通り、どんな親の元に生まれるかで、子どもの生活が決まるのは確かだよ。彼女は子供の頃から、それが"当たり前"の生活をしてきた。君が望む、誰もが羨むような贅沢な暮らしをね。でも、それでも彼女は……普通の子供が、当たり前に持っているはずのものを、持っていないんだよ」
「え?」
持っていない──その言葉に、浩史は黙りこんだ。
その執事の瞳は、なんだかとても、悲しげな色をしているような気がしたから。
「な、何を、持ってないの?」
「それは教えられないかな。でも、お嬢様の『夢』は、君の夢とは全く違うものだよ。だから、君とは釣り合わない。それに、執事の仕事は、お嬢様の本当の望みを叶えることだ。そのためだったら、俺は何だってする。例えそれが、同じ屋敷で働くメイドの息子だったとしても、俺が『邪魔だ』と判断したら──容赦なく、ぶっ潰す」
「……っ」
優しい声とは裏腹に、それは、酷く物騒な物言いだった。
うっすらと笑みを浮かべて放たれた言葉は、酷く威圧的で、まるで、鋭い牙をもった番犬のよう
(あれ? なんか、この執事やばくね?)
執事って、もっと朗らかでニコニコした存在だと思ってた!!
笑って願いを叶えてくれる、魔法使いみたいな人かと思ってた!!
だけど、これは絶対に敵に回しちゃいけないタイプだ!
もう『容赦なくぶっ潰す』が、物理的になのか、精神的になのかすら、聞きたくない!
「す……すみませんでした」
「分かればいいよ」
すると、浩史が謝った瞬間、レオはニッコリと笑った。
二重人格なのだろうか?
さっきとは、まるで別人だ。
「あ、あの……執事さんて、いくつなの?」
「先月、20歳になったばかり」
「若っ!? 何、その貫禄!? つか、ここのお嬢様って、こんな豪華な生活してて、ほかにも望みがあるの!? ワガママ過ぎない!?」
「あはは、お嬢様なんて、みんなワガママなものだよ。まぁ、夢があるのはいいことだよ。生きる気力にもなる。君もどうせ見るなら、ヒモになる夢じゃなくて、大学行く方にしたら?」
「ヒモになる夢って何!? そこまで腑抜けてねーし!」
すると、声を荒らげる浩史をあしらいながら、レオはまた背を向けた。
「あ、あのさ。執事さんにも、夢あるの?」
だが、その背に向かって、浩史が問いかけた。
他人の夢が気になったのか?
それとも、相手が、この執事だからなのか?
レオは立ち止まり、目の前の屋敷を見上げると……
「そうだな。俺の夢は……好きな子と一緒に、朝ごはんを食べることかな?」
「え!? なにそれ、ちっさ!?」
「あはは、そうかもね。それより、そろそろ学校いかなきゃ、遅刻するよ」
「あ! やべっ!? なー、車あるなら送ってくんねー」
「バカか。これはお嬢様専用なんだよ。庶民は走れ、全力で」
「あーこれだから、金持ちは! それと俺が大学行きたがってたとか、絶対お袋にいうなよ!」
「言わないよ」
「絶対だからな!」
慌ただしく言葉を放ったあと、浩史はやっと門の前から離れて、足早に走り去っていった。
レオは、そんな浩史の後ろ姿を見送りながら車に寄りかかると、先ほど受け取った矢野の鍵を見つめた。
自宅のものらしきその鍵には、どこかのテーマパークのストラップが付いていた。
「……ありがとう、浩史くん」
鍵を見つめながら、レオは小さく微笑む。
(君のおかげで……)
──次のターゲットが決まったよ。
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