お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
46 / 289
第5章 二人だけの秘密

不安

しおりを挟む

「すごい雨ね」

 レオが、結月の髪を手にした瞬間、窓の外を見て、結月がポツリと呟いた。

 首元に、赤いリボンがあしらわれた白のブラウスに、黒のロングスカート。実にお嬢様らしい清楚な身なりをした結月は、身支度を整えた後、レオに髪をといてもらっていた。

 厚い雲がかかった空からは、どりゃぶりの雨が、朝から、ずっと降り続いていた。

 ──こんな日に、雨まで降るなんて。

 二人の気持ちが暗いのは、きっと今日の午後、結月の両親が尋ねてくるからだろう。

「お父様たち、本当に来るのかしら?」

「…………」

 結月が、何気なしに問いかければ、レオは一瞬だけ手をとめる。

 こんな天気だ。あの両親なら、いつ気が変わってもおかしくない。だが……

「先程、別邸に確認を取りましたが、今のところ、予定に変更はないそうです」

「……そう」

 再び、髪をときながらレオが返せば、結月は、一層表情を暗くして俯いた。

 その不安げな表情に、レオの心には、またふつふつと黒い感情がよみがえってくる。

 もしかしたら、結月は、今もまだ、あの両親にわずかばかりの期待を寄せているのかもしれない。

 昨日、話してくれたように『いい子にしていたら、いつか娘として受け入れてくれる』と。

 だけど、正直あんな親、期待するだけ無駄だと思う。

 確かに傍から見れば、あの両親だって「被害者」なのかもしれない。

 次男として産まれながら家督を継がされた洋介も、その妻であったがために跡取りを産めとキツイ言葉を浴びせられた美結も、歪んだ一族の犠牲になっただけなのかもしれない。

 だけど、それで結月を恨むのはお門違いで、同情なんて出来るはずもなかった。

 レオにとって、あの二人は「被害者」ではなく「加害者」でしかないから──


「ねぇ、五十嵐はどう思う?」

「何がですか?」

「私ののこと。お父様たち、どう考えてると思う? 進学かしら、就職かしら、それとも──」

 一瞬過ぎった、その先の言葉に、二人は同時に眉をひそめた。結月が言おうとしていることは、大体わかった。

 きっと、を紹介されるかもしれない。そう言いたいのだろう。

 だが、ハッキリ言って、そんなサプライズ誰も望んでない。結月だって、まだ結婚したくはないだろうし、レオだって、自分以外の男が結月に触れるなんて、考えただけでも虫唾むしずが走る。

 だが、結月が"阿須加家の娘"である限り、いつ、そんな日が来てもおかしくはなく

(不安、なんだろうな……)

 あの両親が、わざわざ屋敷に尋ねてくる。ならば、今後のことについて、なにか重大な話があるのだろう。

 そして、その話が、結婚に関することだったとしても、なんら不思議はない。

 だが、レオは優しく微笑むと

「大丈夫ですよ」

「え?」

「今日は、旦那様も奥様も、すぐに別邸にもどられると仰っていました。それに、もし、婚約者を紹介されるなら、もっと正式な場を設けるでしょう」

「そうかしら……?」

「そうですよ。それにお嬢様は、まだ学生ですからね」

 漠然とした不安は抱えつつも、結月の心を和らげるようにレオが優しく諭せば、結月は、心なしか安堵の表情を浮かべた。

 いくら18歳とはいえ、結婚させるには、それなりに段取りというものがある。

 ならば、今日の話は、もっと別のことだろう。

 そんなことを考えながら、仕上げとばかりに髪に赤いリボンを結びつけると、結月はその後、無邪気に笑って、レオにお礼の言葉を返してきた。

「ありがとう、五十嵐」

「いえ。では、朝食のご用意ができましたら、また参ります」

「えぇ……あ、待って!」

 だが、レオが部屋から去ろうとした瞬間、結月が、レオの服を掴み、引き止める。突然、服を引っ張られ、レオが驚きと同時に振り向けば

「あの……昨日は、ありがとう」

「え?」

「まだ、ちゃんとお礼を言ってなかったから……昨日は、公園につれていってくれてありがとう。いきなりで、少し驚いたけど、とても楽しかったわ」

「……っ」

 頬を、ほんのり桜色に染めながら言った結月の言葉に、レオは目を見開いた。

 昨日、結月を公園に連れ出して、一時間ほど二人で過ごした。

 ただ公園を散歩して、メロンパンを食べて、雑談をしただけの、なんの特別感のない時間。

 しかも、親の言いつけを無理矢理、破らせたというのに、わざわざ、お礼を言ってくるなんて──

「……お嬢様」

 レオは、嬉しさのあまり、そっと手を伸ばすと、結月の頬に触れ、嬉しそうに微笑んだ。

 なにげない言葉や、仕草の一つ一つに、いつも心をかき乱される。

 側にいるだけで、話をするだけで、こうして肌に触れるだけで、心の奥底から、また愛しいという気持ちが、溢れだし、自分でも驚くくらい、感情を抑えきれなくなる。

 だけど──

「……そう言っていただけると、私もお嬢様の執事として大変嬉しく思います」

 だけど、そんな思いを必死に抑えこみ、レオは自分の『立場』を言い聞かせた。

 自分は『執事』だと。
 これ以上、触れることは許されないと。

 そして──

「また旦那様たちのことで、お辛いことがあれば、私には全てお話しください。昨日も申し上げましたが、私は絶対に、お嬢様が悲しむことは致しません」

 たとえ、今は、執事として見守ることしか出来なくても、それでも……

「うん、ありがとう。五十嵐がそばにいてくれるなら、とても心強いわ」

 ほんの一筋でも、彼女の心に光を灯せるように……

「しかし、その引き止め方は、少し反則ではないでしょうか?」

「え?」

 だが、名残惜しくも結月から手を離せば、レオは、またからかうように、そういった。

 依然、レオの服を掴んだまま離さない結月。
 すると、やっとのこと、その行動に気づいたらしい。

「あ、ごめんなさい!! いきなり引き止めて!」

「いえ、でも、俺以外の男にそんなことをしたら、気があるのでは?と勘違いされてしまいますよ?」

「え!? そうなの!?」

「はい。お嬢様、可愛いんですから、気をつけてください。決してに、そのようなことをしてはいけませんよ」

「わ、わかったわ……っ」

「はい。では、私は一旦失礼致しますが、他に聞いておきたいことなどは、ありませんか?」

「え……と。それは、あの…………大丈夫」

「そうですか。では、また後ほど伺います」

 するとレオは、また一礼して、部屋から出ていった。

 雨の音が響く室内。一人残された結月は、レオが出ていった扉をみつめ、ボソリとつぶやく。

「聞いておきたいこと……か」

 そういえば、前にいっていた『お嬢様のために執事になった』と。

 あれは、一体、どういう意味なのだろう?

 顔も名前も知らない男性が、自分のために、執事を目指すなんて、あるわけがない。

 だけど、不思議と五十嵐の言葉は、結月の心を、落ち着かせてくれた。

 それはまるで、遠い昔から、知り合いだったみたいに──

「やっぱり……五十嵐と、どこかで会ったことがあるのかしら?」

 漠然とそんなことを考えながら、結月は外を見つめた。だが、降り続く雨は強まるばかりで、重い空はどこまでも続いていた。



しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...