お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
51 / 289
第6章 執事の休息

フランス人と猫

しおりを挟む
「Hey Leo! Ça fait longtemps!」

 暫くして、その戸がカラカラと音を立てて開くと、中から、家主がひょっこりと顔を出した。

 肩にかからないくらいの金色の髪と、海のように深く美しい青い瞳。

 それでいて、抜群のスタイルと整った顔立ちをしたその人物は、尋ねてきたレオを見るなり、ニッコリとキレイな笑顔を向けて、話しかけてきた。

「mon ange, tu m'as tellement manqué!」

、日本語で話せ」

 でてくるなり、いきなりフランス語でまくし立てられ、レオは迷惑そうに答えた。

 ルイ──と呼ばれたその人物は、8年前、レオがフランスで知り合った友人の一人だ。

 たまたま家が近く、なぜか妙に懐かれたのもあってか、レオは当時、ルイから、よくフランス語を教わっていた。

 そして、その代わりと言ってはなんだが、日本のことを聞かれ、色々と教えてあげたところ、日本が好きになったばかりか、見事日本語をマスターし、挙げ句の果てに日本に移住までしてきた、ちょっと変わり者のフランス人だ。

 果たして、こんな純日本風の家に、金髪碧眼のフランス人が住んでるなんて、誰が思うだろうか?

 ちなみに、一見女性にも見間違えるほどの綺麗な顔立ちをしているが、これでも、レオより二つ年上のだったりする。

「酷いなー。少しくらい、付き合ってくれてもいいのに」

 一瞬つまらなそうな顔をすると、その後ルイは流暢りゅうちょうな日本語で話し始めた。

 ちなみに、先程のフランス語は

 Hey Leo! Ça fait longtemps!
 (やぁ、レオ! 久しぶり!)

 mon ange, tu m'as tellement manqué!
 (とっても、会いたかったよ!)

 という意味。

「こっちじゃ、あまりフランス語使わなくてさー。僕がフランス語しゃべれなくなったら、レオのせいだよ」

「俺のせいにするな。それに、早々忘れるものでもないだろ」

「まぁ、そうかもね。それより、可愛いを放り出して二ヶ月も音信不通だなんて……執事の仕事って、そんなに忙しいのかい?」

 すると、ろくに挨拶もせず、レオが玄関に上がった瞬間、ルイが意味も分からないことを問いかけてきた。

「恋人?」

「うん。ずっと待ってたんだよ、レオのこと」

 そう言って、小首を傾げたルイの瞳は、悲し気に揺れていた。

 確かに、ここ最近忙しくて、なかなか来てやれなかった。だが、そんなにも、寂しい思いをさせていたなんて……

「そうか、悪いことをしたな……。でも、は、恋人じゃなくて、だ」

「え?」

 すると、間髪入れず修正された言葉に、今度はルイが首を傾げる。

 『ルナ』とは、レオが大事にしている愛猫あいびょうの黒猫のこと。

 阿須加の屋敷に住み込む前は一緒に暮らしていたのだが、流石に屋敷で猫を飼えるはずもなく、レオが執事になると同時に、ルナは友人であるルイに預けられたのだが……

「あれ? 娘? でも『ルナ』って、Fiancé婚約者の名前から付けたんじゃないの? ルナちゃんをでる時のレオ、かなりデレてたし、てっきりお嬢様の身代わりか、なにかかと思ってた」

(身代わり!?)

 全く悪気なく飛び出してきた言葉に、レオは眉をしかめる。

 確かにルナは、ラテン語で『月』という意味だし、結月の『月』からとったと思われても仕方ない。だが、ハッキリ言って、身代わりとして飼っていたわけではないし、その言い方には酷く語弊がある!!

「身代わりとか言うな。それに、ルナの名前は結月が付けてくれて」

「へー、そうだったんだ。じゃぁ、さしずめルナちゃんは、ってところかな?」

「……っ」

 流石、フランス人!
 言葉のチョイスが、ストレート過ぎる!

 たしかに、結月もルナも、レオにとっては大切な存在。だが、さすがに『愛の結晶』などと言われると、ちょっと恥ずかしくなる。

「それで、どうなの?」

「え?」

「レオの『夢』は、叶いそう?」

 すると、廊下を進みながら、ルイが再びレオに問いかけてきた。

 これでもルイは、レオの事情を知っている唯一の理解者だった。

 付きあい自体は数年だが、それでも年が近いのもあってか、こうして執事として日本に戻って来たあとも、何かと世話になっていた。

「いや……」

「そっか……ねぇ、レオ。もういっその事、、何もかも話して」

 まるで、悪魔の囁きのような、そんな甘い言葉をかけられた。じわりと、まるで心に染み入るように。

 奪ってしまえば──そんなこと、何度と考えた。
 何度、結月を、このまま奪い去ってしまおうかと

「そうだな。やっぱり、それが一番」

「あ、待って。今の冗談!」

 だが、思ったより真剣な返事が帰ってきて、ルイは、苦笑いをうかべた。

(うーん……なにかあったな。この感じは)

 友人の冗談を、冗談だと気づけないくらい、なにか思い悩むことがあったのだろう。

 ルイはレオを心配しつつも、また優しく微笑む。

「まあ、今日はゆっくりしていきなよ。可愛いルナちゃんとも、久しぶりに会うんだし」

「あー、そうする。それより、ルイの方はどうなんだ?」

「え? 僕?」

 すると、廊下をすすみながら、今度はレオが尋ねた。

 ルイは日本に来てから、出版会社に務め、翻訳の仕事をしながら生計をたてていた。

 フランス語で書かれた本や文書を、日本語に翻訳する仕事。だが、いくら日本語がペラペラと言っても、翻訳家として食べていけるのは一握り。

 しかも、まだ若いルイに、そう簡単に仕事が舞い込む訳もなく……

「うーん。まぁまぁかな。少しずつ仕事は増えてはいるけど……あ。でも、最近は、モデルの仕事も引き受けてるよ」

「モデル?」

「うん。さすがに翻訳の仕事一本で、食べていけるほどじゃないからね」

「まぁ、その顔なら、引く手数多だろうな。そのうち、そっちが本業になるんじゃないか?」

「まさか! 僕、目立つの嫌いだし。どちらかと言うと、家で本読んだり、机に向かってる方が性に合ってる」

 そう言って、爽やかに笑いかけるルイを見て、レオはルイと初めて、出会った時のことを思い出した。

 フランスに行って、まだ間もない頃、道に迷い途方に暮れていた時に、たまたま声をかけてくれたのが、ルイだった。

 右も左もわからず、言葉も通じない異国の地。

 そんな心細い場所で、ニッコリと笑って声をかけられ、不思議と安心したのを覚えてる。

 色素の薄い金色の髪は、夕陽に染まってキラキラと輝いていて、もともと線が細く、女の子のような顔立ちをしたルイは、当時からとても綺麗だった。

 それこそ、天使でも舞い降りたのかと思った程に……

 だが、そんな劇的な出会いも、あっという間に覆された。

 六人兄妹の末っ子で、散々甘やかされて育ってきたルイは、思っていよりも自由奔放な性格で、そのあとは、この悪友に振り回された記憶しかない。

(モデルねぇ……)

 まぁ、この見た目なら納得だな──と、レオは一人感心する。すると、そのタイミングで

「にゃ~」

 と声を上げながら、一匹の黒猫が姿を現した。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...