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第8章 執事でなくなる日
結婚
しおりを挟む「五十嵐さん、すみません! 手伝ってもらっちゃって!」
夏休みに入り、しばらくたった八月の上旬。
阿須加家の屋敷では、脚立にまたがり天井に手を伸ばすレオに、恵美が下方から声をかけていた。
応接室の高い高い天井からぶら下がるのは、花の造形が美しいフラワーシェード。
その電球が一つだけ切れてしまったようで、恵美が応接室で一人あたふたしているところに、レオが通りかかり、代わり電球を変えると言ってきた。
「謝らなくていいですよ。それに、高いところや重い荷物は俺が代わりにやりますから、必要な時は遠慮なく呼んでください」
「あ、ありがとうございます……!」
電球を古いものから新しいものと入れ替えると、一つだけ欠けていた花形のランプが優しい光を取り戻した。
脚立を支えていた恵美は、手際よく照明を変え、ついでに拭き掃除もしくれたレオを見て、ほんのり頬を赤らめる。
(五十嵐さんて、優しいなー……)
執事として仕事が出来るだけでなく、使用人達にも分け隔てなく優しい。
前任の執事は、お嬢様のことに関しては色々と気をまわしていたが、メイドやコックには指示をするだけで、このように代わりに照明を変えてくれることもなかった。
女性に危ない仕事はさせられないと、部下でありながら、ちゃんと女性として扱ってくれるのは、素直に嬉しいものだ。
(ホント、五十嵐さんに彼女がいて良かった!! こんな、見た目も中身もいい人、一緒に働いてたら、絶対好きになっちゃうよ!)
「脚立も片付けておきますね」
すると脚立からおりてきたレオが、再度恵美に話かける。
「え!? いいですよ! 脚立くらい片付けます!」
「さっき重いものは俺が代わると言ったばかりじゃないですか」
「そうですけど」
「こういう時は、素直に男を立てるものですよ?」
「っ……」
優しく微笑みかけられると、恵の顔はより一層赤くなる。
何、このイケメン、心臓に悪すぎる……!
(お、おちつけ! 五十嵐さんは、きっと誰にでもこうなんだ!!)
早まる鼓動を必死に抑え込む。
しかし、なんてタチの悪い人だ。彼女がいるにも関わらず、使用人までを誑し込むなんて……
(しかし、彼女かぁ……きっと彼女も素敵な人なんだろうな)
こんな素敵な男性が、結婚を意識するくらいだ。それに、彼はいつも彼女の話をする時、とても愛おしそうな顔をする。
それこそ、ほかの女なんて、付け入る隙すらないくらいに……
「あの、五十嵐さん」
すると、少しだけ改まって、恵美が再び言葉を放つ。
「今の彼女さんとは、結婚の約束をしてると言っていましたよね?」
「え?…………それが、なにか?」
いきなり振られた彼女の話題に、今度はレオが微かな動揺を見せる。
できるなら、彼女についての話題は、極力避けたい。でなくては、いつかボロがでる……気がする。
「あの、すみません。早めに庭の手入れも終わらせたいので、俺はそろそろ──」
「待ってください! ひとつだけ! ひとつだけ聞きたいことが!!」
だが、逃げ去ろうとするレオの服に、ガッシリ掴み、恵美はもの凄い剣幕で詰め寄ってきた。
ダメだ。これは逃げられそうにない!
「な、なんでしょうか」
「あの、もしその方と結婚したら、五十嵐さん、執事を辞めちゃうんですか?」
「え?」
それは予想外の言葉だった。だが、答えなんて、もう既に決まっている。
「それは、まぁ……辞めますね」
「え!?」
その瞬間、驚く恵美をみて、レオは苦笑いを浮かべた。
それもそうだろう。結月と結婚したら、執事を続ける必要なんてなくなる。
なにより、自分は結月のためだけに、こうして執事になって戻ってきたわけで、結月意外に仕えるつもりもない。
「そうですか……やっぱり、辞めちゃうんですね」
「あの……それが、なにか?」
「いえ! ただ、五十嵐さんが辞めちゃったら、お嬢様、悲しむかもなって」
「え?」
「お嬢様、五十嵐さんが来てから、とても楽しそうなんです。私、お嬢様にお仕えして二年になりますが、お嬢様はあまり感情を表にだす方ではなくて……でも、五十嵐さんが来てからは、素直に笑ったり怒ったり、年相応に女の子らしい姿を見せるようになってきて……だから、五十嵐さんがいなくなったら、また前のお嬢様に戻っちゃうのかなって……っ」
「…………」
確かに結月は、最近とても表情が豊かになってきた。
そして、それが執事のおかげだということに、恵美はきづいているのだろう。
しかも、結月のことを、こんなにも心配しているなんて……
「大丈夫ですよ」
「え?」
「お嬢様がこの屋敷にいる限り、俺は執事を辞めたりしません」
「本当ですか!」
「はい。だから、心配しないでください」
そう言って微笑みかけると、恵美の表情もパッと明るくなる。
「良かった~~!」
「……あ、そちらのバケツも一緒に片付けましょうか?」
「え! いえいえ、これは私が片付けます!!」
これ以上、頼る訳にはいかないと、恵美は拭き掃除を終えたバケツやタオルを慌てて手に取ると、その後、応接室からでていった。
すると、レオはそんな恵美の後ろ姿を見届け、小さく微笑む。
(大丈夫……元から、結月を悲しませるつもりはない)
俺が『執事』を辞める時は、結月が『お嬢様』を辞める時──
この屋敷を空っぽにして、俺が、アイツらに
────『復讐』を果たす時。
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