お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
77 / 289
第8章 執事でなくなる日

ダメなのに

しおりを挟む

(どうしよう、手が……っ)

 その後、レオに手を引かれペットショップに向かうことになった結月は、その状況に酷く困惑していた。

 お互いの手がしっかりと重なる感覚。いつもは手袋越しにしか触れないし、触れられたとしても手を添える程度だ。

 それが、こんなにもしっかりと握りしめられたとなると、さすがに動揺せずにはいられなかった。

(は、離してって言わなきゃ……っ)

 こんな所を、誰かに見られたら大変だ。

 なにより、五十嵐の彼女がいる。もし万が一にでも、彼女にこんな所をみられてしまったら。

 だが、何故か「離して」と、その一言が言えず

(っ……なんで? やっぱり、私おかしいわ)

 今日は、どこかにおかしい。

 ただ執事の手を取っているだけなのに、不思議と胸の奥がざわついた。

 自分よりも大きくて、逞しい手。

 まるで、大切に守っているかのように、優しく強く握られた手に、不思議と安心感を覚える。

(このままじゃ、ダメなのに……っ)

 どうして、この手を、離すことが出来ないのだろう──


「ついたよ」
「……ぁ、はぃ」

 不意に呼びかけられ顔を上げると、そこは既にペットショップの前だった。

 透明なケースの中には、まだ生まれて数ヶ月の仔猫や仔犬が、欠伸あくびをしたり遊んだり、居眠りをしたいと、和やかに戯れていた。

(わッ……かわいい!)

「結月は、猫好き?」

「う、うん。好きよ……! 猫が一番好き」

「そう……」

 愛らしい動物たちに、思わず胸を高鳴らせた。

 すると、そう言った結月の言葉に、レオは、どこか安心したように微笑んだ。

 その表情に、結月の心はまた乱される。

 繋がった手は、ずっと熱いままで、動揺が、今にも伝わってしまうのではないかと言うくらい。

「ル、ルナちゃんて、どんな子なの?」

「え?」

 すると、それを気取られぬように、結月は話を逸らす。

「ほ、ほら、色とか、年齢とか? 五十嵐、猫飼っているのでしょう?」

「うん……黒猫だよ。今8歳」

「8歳? 性別は? 女の子?」

「うん」

「可愛い?」

「あぁ、可愛いよ。とっても」

「そう……あ、品種とか?」

「……雑種かな」

「雑種?」

「あぁ、ルナはこのケースの中にいる猫みたいに値段なんて付ける価値もない、だよ」

「…………」

 透明なケースの中には、毛並みの美しい猫たちが十数匹。そしてその下には、それぞれ品種と一緒に金額が書かれたプレートがあった。

 命につく──値段。

 結月には、その金額が高いのか安いのかすら、よく分からなかった。

「雑種って、価値がないの?」

「こういった市場ではね」

「同じ命なのに?」

「あぁ、でも、例えそうだったとしても、俺にとっては、かけがえのない家族だよ」

 そう言って笑ったレオは、とても優しい目をしていて、それを見れば、そのルナという黒猫のことを、とてもとても大切にしているのが伝わってきた。

(きっと、ルナちゃんは幸せね……)

 誰にも求められなかった。
 その言葉は酷く胸に突き刺さった。

 だけど、世間から、どんなに「価値がない」と言われても、こんなに愛してくれる

 飼い主に出会えたのは、きっと幸せなことだと思った。

「ルナちゃんのこと、とても大切にしているのね」

「あぁ、世界でに愛おしいとすら思うよ。それに、顔つきもシュッとしてて毛並みもすごく綺麗だし、きっと、ここにいるどの猫よりも美人!」

(っ……案外、親バカ)

 だが、まさに目に入れても痛くないとでもいうように、酷く可愛がっている姿を見て、結月は更に表情を引き攣らせた。

(ぅう、どうしよう。世界で二番目なんて……そこまで可愛がっている飼い猫の名前を、私が"ぬいぐるみ"に付けたなんて、すごく言いにくいわ!)

 困った。非常に困った!

 こうなれば、もう名前を変えるとか、初めから付けなかったということにした方がいいかもしれない。

(せっかく刻印してもらったけど、五十嵐に気を使わせるよりは……)

「結月」

 すると、再びレオに呼びかけられ、結月は顔を上げた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...