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第10章 餅津木家とお嬢様
スイートルーム
しおりを挟む「──どうぞ、入って」
21階のスイートルーム──招かれた結月は、冬弥に誘われるまま部屋の中に入った。
だだっ広いその部屋には、外を一望できる大きな窓と、格調高い黒のローテーブルとベルベット調のソファー。
そして、部屋の片隅には、メイドが二人待機していて、結月は、ほっと胸をなでおろした。
(……良かった。いきなり、二人っきりってわけではないみたい)
いくら婚約者とはいえ、いきなり初対面の相手と二人だけにされるのは、女子校に通い、男性と話す機会が少なかった結月には、少し気が重かった。
すると、冬弥に促されるまま結月はソファーに腰掛けると、その後、横に座った『餅津木 冬弥』にそっと目を向けた。
スラリと背の高い、黒髪の青年。
年は二十歳で、今は父親の会社で、兄の春馬と一緒に働いているらしい。
だが、父の話しぶりからしたら、結婚したあとは、阿須加家が経営するホテルの次期社長となるのだろう。
(私……この人と結婚するのね)
覚悟はしていた。
顔も知らない相手と結婚させられるだろうと、ずっと思っていた。だが、実際に目の当たりにすると、やはり、そう簡単に受け入れるものではなかった。
「そう、緊張しないで下さい。結月さんは、苦手な食べ物とかは」
「いぇ……特には」
「そうですか。では、飲み物と軽い食事などを持たせましょう。まずは、こうしてお会いできた記念に、乾杯でも」
「……はい」
戸惑いながらも笑顔を作ると、冬弥がメイドを呼び、飲み物などを頼み始めた。
そんな冬弥を見つめながら思いだすのは、自分の"執事"の事だった。
(五十嵐、私がここにいるの、きっと知らないわよね……心配してないといいけど)
✣
✣
✣
(おっそい……!)
1階、エレベーター前──
結月の思う通り、心配しまくっている執事は、エレベーターの前に立ち、イライラしていた。
早いところ、21階にのぼりたいのに、なかなかエレベーターが降りてこないからだ。
(たくっ……なんでこんな時に限って)
ロビー近くのエレベーターは、なにかと人目に付くし、各階で停車していたら時間もかかる。
そのため、あまり人目につかないエレベーターを使ったのが、それもあまり意味がなかったようだった。
(落ち着け。エレベーターは直に来る。だけど問題は……)
だが、イライラしつつも、レオは冷静さを取り戻しながら、先のことを考える。
そう、問題は21階に行ったところで、自分が堂々と結月たちがいる部屋に乗り込むわけには行かないことだ。
自分は、あくまでも──執事。
冬弥が現・婚約者なのだとしたら、その冬弥は、いずれ自分の主人になりかねない相手。
そんなこと微塵も想像したくないが、今の立場からすれば、迂闊に反抗などしてはならない相手だった。
「古賀くん! これ、21階に運んで!」
「?」
だが、その瞬間、不意に女性の声が聞こえてきて、レオは視線を向けた。
見れば、このホテルのスタッフだろう。男女の2人組が、ワゴンの前で話をしているようだった。
「えっと……21階のスイート。料理は、ブルーチーズとクランベリーのスプリングロールと、ザクロとオレンジと白身魚のカルパッチョと他数種。ワインは、シャトー・メルロー。上客のお客様だから、粗相のないようにね!」
「了解! 21階っスね!」
軽いトーンの声が響くと、古賀と呼ばれた青年はワゴンを押して、従業員用のエレベーターの方へと向かっていった。
──ピンポン!
「!」
すると、丁度レオの前のエレベーターもおりて来て、レオは、その中に一人乗り込むと、顎に手を当て考え込む。
(……シャトー・メルローって、確か)
『シャトーメルロー』は、少し前に友人のルイから聞いた、フランス産の赤ワイン。
それに、あの時ルイは
『シャトー・メルローは、あまり女の子にすすめていいお酒じゃないよ。甘くて口当たりがいいし一見ジュースみたいだけど、かなりアルコール度数が高いからね。お酒に弱い子が飲んだら、すぐ意識飛ばしちゃうよ』
そう言っていた。
だが、さっきのボーイが向かったのは、21階のスイートルーム。
そう、冬弥と結月がいる部屋だ。
「…………」
無言のまま、エレベーターのパネルをみつめると、レオはゆっくりと上がっていく数字を睨みつけた。
──なんだか、嫌な予感がする。
そう思ったレオは、結月の身を案じ、きつく拳を握りしめたのだった。
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