お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
141 / 289
第15章 お嬢様の記憶

朧月

しおりを挟む

「そう、愛理さんも辞めてしまうのね……」

 それから数日がたち、12月に入った頃。結月は就寝する前に、愛理が退職する話を正式に聞かされていた。

 斎藤と矢野に続き、今度は愛理まで辞めてしまう。家族のように慕っていた人達が次々といなくなることに、結月は、どことなく落ち込んだ表情をしていた。

「寂しいですか?」

「寂しいわ……でも、愛理さん、結婚するんでしょ? なら、こんなに素晴しいことはないわ」

 落ち込みつつも、結婚というめでたい話に、結月は嬉しそうに顔をほころばせた。

 それは、斎藤や矢野の時とは、また違った反応で、悲しませてしまうと不安だったレオも、ホッと胸をなでおろす。

「冨樫は、年末年始まで働いて、1月頃退職する予定です」

「そう。じゃぁ、もう暫く愛理さんの手料理を食べられるのね」

 ベッドに腰かけた結月が、名残惜しそうに、そう言った。

 愛理が、この屋敷に来て5年。
 まだ、若いコックだったが、腕は確かなもので、愛理は結月の好みにあわせて、多種多様な料理を作ってくれた。

 それは、たった一人で食べる寂しい食事を、不思議と明るくしてくれるもので、それを思えば、自分が、どれだけ恵まれていたのかを、改めて実感する。

「愛理さんが手がけたお店なら、きっと素敵なお店になるわね……あ、でも、愛理さんがやめた後、この屋敷の食事はどうなるの?」

「……」

 だが、その後、結月は、また不安そうにレオを見つめた。

 そして、その言葉に、レオは躊躇する。

 この先この屋敷に、新しい使用人はこない。……となれば、コックの仕事も、この屋敷にいるが引き継ぐことになる。

 だが、ここで誤魔化しても、いずれは分かること。そう思うと、レオは結月の目を見つめ、また笑いかけた。

「ご安心ください。冨樫の仕事は、私が全て引き継ぎます。ですから、食事のことは何の心配も」

「な、なに言ってるの! ただでさえ、斎藤と矢野の仕事を引き継いでるのに、これ以上、仕事を増やしたりしたら」

「大丈夫ですよ」

「大丈夫なわけ……!」

「本当に大丈夫だから、もう黙って」

「ッ……ん」

 必死に訴える結月の頬に手を触れると、レオは、そのまま結月の唇に口付けた。

 この時間、愛理と恵美は、全ての業務を終え、使用人の部屋がある別棟にいる。

 邪魔が入らないのを分かっているのか、レオは、いつもより深く口内に入り込むと、まるで呼吸を乱すかのように、執拗にキスを繰り返した。

 こうして、息をつく間を与えなければ、いずれ結月は、反論どころではなくなる。

 それを見越してなのか、何度と刺激的なキスを送るのだが、それでも結月は、わずかな呼吸の合間をぬって、負けじと話しかけてきた。

「……っ、いがらし……まだ、話……終わってな……っ」

「あまり喋ると苦しくなりますよ。それに、私の体をいたわってくださるというなら、もっと、ご褒美をください」

「ご……ほう……び?」

「はい。お嬢様とのキスなら、他のどんな薬よりも効果がありそうです」

「ぁ……んッ」

 そう言って、また口付ければ、その反動で、二人同時にベッドの上に倒れ込んだ。

 スプリングが軋む音と同時に、覆いかぶさり、組み敷く形になったからか、レオは、先程よりも口付けやすくなったと、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 その後、深くベッドに沈みこんだ結月に、よりいっそう深く口付けた。

 言葉を発する余裕すらなくなるほどの、甘く激しい口付け。

 そしてそれを、しばらく繰り返していると、案の定キスに不慣れは結月は、あっという間にレオのペースに飲み込まれてしまい、頬を染めながら、苦しそうな呼吸をはじめた。

「ん、はぁ……っ」

(このまま、クタクタになるまで、口付けてしまおう)

 そう思って、レオは執拗にキスの雨を降らせ、結月を翻弄していく。

 執事の体調のことなんて、考えられなくなるように……何度も何度もキスをして、結月の思考を奪っていく。

 だが、そんな中、結月は、レオの首元に腕を伸ばすと、次の瞬間、レオの身体にギュッときつく抱きついてきた。

「話を……そらさないで……っ」
「ッ……!」

 不意をつかれ、密着した身体が熱を持つと、同時に聞こえた声に、レオは目を見開いた。

「本当に……心配してるの……これ以上、無理して……五十嵐に、もしもの事が、あったら……っ」

「…………」

 震えた声が、鼓膜を通じて脳内に入り込む。

 本気で、心配してる。
 結月が、俺の事を──…

「ごめん……でも、今は無理をしなきゃいけない時なんだよ」

「……っ」

 だが、そんな結月の頬をなでると、レオは嘘偽りなく答えた。

 自分でも、無理をしている自覚はある。
 だけど、もう時間がない。

 あと数ヶ月したら、自分たちは、引き裂かれてしまう。

 もう、お嬢様と執事ですら、いられなくなってしまう。

 そう思えば、思うほど──焦る自分がいる。

「どうか、わかって……これは、俺が望んでやってることだから」

「……望んでって……明らかな、過重労働なのよ」

「いいんだよ。それに近いうち、この屋敷の使用人は、全て追い出す」

「え?」

「元からそのつもりで、この屋敷にきたんだ。そのために、執事の仕事だけじゃなく、屋敷で求められる技術は全て身につけてきた。斉藤さんや矢野さんを、辞めるよう仕向けたのも、俺だよ。だから、使用人の仕事を引き継ぐのも、全て計画通り──だから、結月は何も心配しなくていい。あとは、全部俺がやるから……」

「……っ」

 そう言って、髪を撫でたあと、レオはまた結月に口付けた。

 心配しなくていいと、俺は平気だからと、訴えかけるように、優しく、そっと……

 だけど、そんなレオに、結月は納得していないような顔をしていた。




 ✣

 ✣

 ✣




 その後、深夜2時がすぎた頃、結月は一人目を覚ました。

 寒い中、ベッドから出ると、薄手の毛布を羽織り、自分の部屋から出る。

 二階の廊下を進み、突き当たりにある窓の前に立つと、そこから使用人たちがいる別棟の方を見つめた。

 埋まっている部屋は、三部屋。

 二部屋は、電気がきえているが、一部屋だけ、まだ明るかった。

(五十嵐……まだ、起きてるのかしら?)

 執事は、自分の前では、いつも変わらない姿でいる。平気そうに振舞ってる。

 だけど、最近よくレオが、別館に呼び出されているのを、結月は知っていた。

『休んでいる』なんていいながら、休めていない。

「どうして、私なんかのために……そこまで、してくれるの?」

 遠く、愛しい人の部屋をみつめながら、結月は呟いた。

 自分は、五十嵐のことを、なにも覚えていない。その上、思い出せもしない。

 なんで、そんな薄情な女のために、そこまでできるのか?

「……五十嵐は、私の……どこを好きになったの?」

 冷たいガラス窓に振れて、結月は悲しそうに呟いた。

 就寝前、何度と口付けられた唇には、今もまだ、彼の感触が残ってる。

 心配する私を、五十嵐は、いつもキスをして黙らせる。

 心配することですら、許してくれない。

 大丈夫といって、無理ばかりで


 だけど、それも全部




 私のため──…



(……使用人を、全部追い出すって言ってた)


 ならば、近いうちに、恵美さんも、いなくなる。

 でも、それも、私のためなのだろう。

 私が、この屋敷にから、安心して出て行けるように──…

「全部、私のため……っ」

 私のために、五十嵐は執事になって、戻ってきてくれた。

 だけど、どうして、そうまでして、私を愛してくれるの?

 知りたい。
 思い出したい。

 五十嵐のこと──

 あなたと出会った時のことも
 あなたを、好きになった時のことも

 そして、あなたと初めて

 キスをした時のことも──…


 全部、全部、思い出したい。


 でも、五十嵐は教えてくれない。

 無理に思い出さなくていいと、いつも、甘やかしてばかりで──…


「……っ」

 瞬間、結月はくるりと踵を返すと、また自分の部屋へと戻った。

 部屋のナイトライトだけつけると、ほのかに明かりが灯る中、結月は、自分の机の上に、手がかりになりそうなものを、次々と並べていく。

 8年前の記憶に、つながりそうなもの。

 五十嵐がきてから、何かしら、疑問や違和感を感じたもの。

 幼い頃から読んでいた植物図鑑をとりだすと、結月は『ヤマユリの花』のページを開いた。

 他にもある。

 記憶をなくしたあと、机の中でみつけた『空っぽの箱』

 そして、なぜか『ルナ』と名付けてしまったぬいぐるみ。

 そして、夢の中にでてきた『モチヅキくん』

 あとは……?


「思い出さなきゃ……っ」

 8年前、何があったのか?
 空白の時間に、私は何をしていたのか?

「思い、出して……っ」

 お願い──きっと、その記憶は、私にとって、忘れたくなかった、大切な記憶だから。


「待っててね、五十嵐。必ず、思い出すから……っ」

 12月に入った、その日の月は、ひどく朧気だった。

 それは、まるで、結月の記憶のように──霞がかった上弦の月。


 そして、それは、結月が高校を卒業するまで、残り"3ヶ月"を切った

 寒い寒い、夜のことだった。



しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...