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第15章 お嬢様の記憶
集合
しおりを挟む12月に入ると、世間はいっそう慌ただしくなる。
町の中は、クリスマスのイルミネーションが輝き、通行人も普段より多い。
そんな中で、阿須加家の元メイド『矢野 智子』は、ある初老の男性に声をかけられていた。
「矢野さん」
「まぁ、斎藤さん」
白髪が印象的な穏やかな風貌の男性。その男性は、少し前まで一緒に阿須加家の屋敷で働いていた男性だった。
そう、運転手の──『斎藤 源次郎』だ。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「あぁ……君こそ、元気そうだね」
「はい、おかげさまで。そう言えば、あれから、奥様の様子はいかがですか?」
「今は、大分落ち着いていてね。薬に頼りながらではあるが、今は自宅で穏やかにすごしてるよ」
「そうですか……」
斎藤の妻は、現在不治の病にかかり、余命わずかと聞いていた。そして、斎藤が退職したのも、妻の最期に寄り添うためだったということもあり、矢野も、斎藤のことは気になっていた。
「斎藤さんは、介護疲れなどされていませんか?」
「はは、心配かけるねぇ。なんとかやっているよ。さすがに屋敷で働きながらは無理だったろうがね。正直、五十嵐くんには助けられたし、みんなにも世話になった。その後、屋敷の方は大丈夫かい?」
「あ……実は私も、秋に退職して」
「え? 矢野さんも?」
「はい、息子が大学進学を目指していて、先を考えて転職を……五十嵐さんが、いい仕事を紹介してくれて助かりましたが」
「そうだったのか……じゃぁ、今、屋敷には」
「使用人が三人と、お嬢様だけです」
「…………」
その言葉に、矢野と斎藤は、二人して眉を下げた。
あの屋敷は、かなり広大なため、庭の手入れ一つでも大変な作業だ。それなのに、屋敷の手入れや管理をする使用人が、たったの3人とは……
しかも、そのうちの2人が女性となれば、執事一人に、かなりの負担がのしかかっていることがうかがえた。
「五十嵐君は、大丈夫だろうか?」
「どうでしょうか……旦那様も奥様も、かなり人使いが荒い人達ですから」
「そうだな。……少し様子を見に行ってみるよ」
「え? 屋敷に行かれるのですか?」
「あぁ、ちょうどここまで出てきたしね。せっかくだから、お嬢様が好きなお菓子でも持って、会いに行ってみよう」
そう言うと、斎藤は矢野に手を振り、踵を返した。だが、そんな斎藤に矢野は
「待ってくだい! 私も、一緒にいっていいですか?」
「え?」
「実は、私も辞めてから気に入っていたんです。あの子達が、無理をしていないか……」
✣
✣
✣
「愛理さん、入籍日決めたんですね!」
夕方、屋敷の中では、キッチンで料理をする愛理に向けて、恵美が明るく声をかけいた。
どうやら、愛理と谷崎の入籍予定日が決まったらしく、レオは、そんな二人の会話を、仕込みの手伝いをしながら聞いていた。
だが、先日寝込んでから、ずっと微熱が続いているレオ。働けない程ではないが、やはり万全ではないからか、身体は、すこぶる重かった。
(さすがに、きついな……)
いくら微熱とはいえ、頭痛を堪えながら仕事をするのは、辛いものがあった。
だが、顔に出さないようにしているからか、誰もレオの体調不良には気づかない。
といっても、唯一結月だけは、気づいているかもしれない。時折、不安そうな目で見つめられるから……
(結月、気づいてるのかな?)
前に、額に触れられそうになり、思わず、その手を取った。
バレたかもしれない。
まだ、熱があるって──
(でも、今は、まだ"完璧な執事"でいないと……)
あいつらの目を欺くためにも、普段通り過ごさなくてはならない。
なにより、執事が体調不良で寝込むなんて有るまじきこと。結月を屋敷から連れ出すためにも、あまり目立つ行動はしたくない。
「でも、誕生日に籍を入れるなんて、素敵ですね~」
すると、再び恵美が声が聞こえてきた。
どうやら愛理は、彼氏の誕生日に籍を入れるらしく、レオは、スっと気持ちを切り替えると、再度情報を聞き出すため、二人の話に耳を傾ける。
「彼氏さんの誕生日は、いつなんですか~」
「1月28日! 雅文の誕生日にしとけば、結婚記念日を忘れらることもないかなって。あいつ、記念日忘れやすいし」
「あはは、たしかに自分の誕生日を忘れる人は、そうはいないでしょうしね~」
「………」
愛理は、来月1月28日。彼氏である、谷崎 雅文の誕生日に籍を入れるらしい。
そして、退職予定日は、その前日の1月27日。そう、結月が高校を卒業する、約一か月前──
(少なくとも、それまでは動けないか……)
この屋敷を出ていくなら、使用人を全て追い出したあと。だが、彼女達の都合もあるため、そう上手く進まない。
なにより、あと一人、恵美を追い出す目処が、まだたっていない。
(あまり、ギリギリまで居座られたら、困るな)
タイムリミットが迫れば迫るほど、リスクは高くなる。できるなら、早急に目処をつけたい。だが、恵美に退職の意思はなく、オマケに住み込みのメイド。
こうなれば、やはり『結月には話すな』と口止めした上で、餅津木家に行くことが決まっている旨を話す方が……
「五十嵐さん! では私は、お嬢様にお茶を入れてきますね」
「え? あ、はい、お願いします」
瞬間、恵美に声をかけられ、レオはまた笑って答えた。レオと愛理が夕食の準備をする傍ら、恵美は、お嬢様にお持ちするアフタヌーンティーの準備を始めた。
そして、キッチンから離れ、結月の元は向かう恵美をみつめながら、レオは深くため息を着く。
(落ち着こう。焦ったところで上手くいくわけがない)
再び、手元を動かしながら、レオは精神を落ちつかせた。
──ピンポーン!
「?」
だが、その瞬間インターフォンがなって、レオは、再度手をとめた。
(……誰だ?)
今日は、来客の予定がない。だからか、多少不審に思いながら、レオは愛理の元から離れ、インターフォンモニターの前に移動する。
すると、そこには、見慣れた人物が二人映っていた。
尋ねてきたのは、もう退職したはずの──『斎藤 源次郎』と『矢野 智子』だった。
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