お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
152 / 289
第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】

復讐と愛執のセレナーデ⑤ ~箱~

しおりを挟む

 弾き飛ばされた乗用車は、そのまま橋の欄干にぶつかって停車した。

 今まさに九死に一生を得た俺は、その場から数歩離れた場所で、結月に押し倒されていた。

 危ない──と叫びながら、抱き着かれたあとは、まるでスローモーションのようにゆっくりと世界が動いて、衝撃音とともに意識が覚醒する。

 すると、俺から離れた結月は、俺の無事を確認したあと

「よかった……っ」

 そう言って、ホッとしたような笑顔を浮かべて、それを見た瞬間、不思議と心が震えた。

 今、俺は死のうとしていたはずなのに、俺が生きていることを喜んでくれた、その姿に、なぜだか涙がでそうになった。

「大丈夫か!?」
「早く、救急車!!」

 だけど、そんな思考も、事故のあとだけあって一瞬にしてかき消された。

 起き上がり状況を確認すれば、俺たちの周りは、フロントガラスの破片が散らばり大惨事になっていた。

 乗用車に乗っていた女の人は、気を失っているみたいだったし、その乗用車がぶつかった場所は、さっきまで自分がいた場所だった。

 きっと、結月が助けてくれなければ、俺はあの日、確実に死んでいた。


(俺……生きてるんだ)

 自分の手の平を見つめて、生きていることを確認する。

 さっきまで、死のうとしていたのに、なぜかホッとしている自分がいた。

 死んで楽になりたいと思ったはずなのに、俺は、本当は死にたくなかったのだと、胸の内で理解した。

(あれ……?)

 だけど、その手の平を見つめて、ふと、あることに気付いた。

 さっきまで持っていた、あの空っぽの箱。

 それが、なぜか手元から消えていて

「箱がない!」
「……え?」

 だけど、そう叫んだのは、俺だけじゃなかった。

 視線を上げれば、結月もまた俺と同じことを同時に叫んでいて、俺達は目を見合わせた。

 そう、この時、俺と結月は、二人とも『箱』を手にしていた。

 俺の持つ、空っぽの小さな箱と、結月の持っていた、小脇抱えられるくらいの大きな箱。

 そして、それは、事故を回避する時、二つとも手元からなくなってしまって

「箱って……お前も」

「あ! あの箱!! お願い、とって!! 落ちちゃう!!」

 必死に叫んだ、結月。
 振り返れば、俺の背後にがあった。

 手がギリギリ届くか分からない距離にあったのは、ケーキでも入りそうな大きめの箱。そしてそれは、今にも橋から落ちそうになっていて

 ──ガシ!!

「……っ」

 咄嗟に手を伸ばして、その箱を掴みあげた。だけど

(重っ……何が入ってるんだ?)

 結月が持っていた箱は、こそこその重量があった。俺の空っぽの箱とは全く違う重み。だけど、その箱を抱え上げた瞬間

「にゃー」
「!?」

 中から声がした。
 か細く小さい……猫の声。

(え? この中、猫が……っ)

「ねぇ、もしかして、君の箱ってこれ?」

「え?」

 すると、今度は結月が俺の箱を見つけたらしい。俺に向けて、あの空っぽの箱を差し出してきた。

 目の前に戻ってきた大切な箱に、俺はホッとする。だけど、その直後

 「君たち、大丈夫か!?」

 と、大人たちが駆け寄ってきて、話は中断された。子供が二人、事故に巻き込まれたわけだから、当然の反応だとおもう。

「怪我はないか!?」
「今、警察と救急車が来るからね!」
「え……警察?」

 だけど、その大人たちの言葉に、結月が急に怯え始めた。

 今になれば、その理由は手に取りように分かるが、その頃の俺が、それを理解できるはずもなく。だけど、その表情を見て、何か訳ありなのかと思った俺は

「おばさん、俺達、どこもケガしてないから!」

「え、ちょっと待って! 本当に怪我してないの!?」

「してない! ほら、行くぞ。俺の箱なくすなよ」

「え──わっ!」

 その後、結月の手と取ると、俺は猫の箱を抱えたまま走り出した。

 本当は、かすり傷くらいはあったけど、警察を見ると父のことを思い出して嫌だったから、とにかく今は、ここから離れよう。
 
 そう思って、俺は結月と一緒に駆けだした。

 行先は、何も考えてなかった。

 だけど、その時繋いだ結月の手が、なんだかとても温かくて

 俺は久しぶりに、"生きていること"を実感した。



しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...