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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】
復讐と愛執のセレナーデ⑩ ~指切り~
しおりを挟むそれは、自分でも驚くくらいだった。無意識に結月の腕を掴むと、結月はバランスを崩して、俺の方に倒れ込んできた。
温室の中には、しとしとと降る雨の音だけが響いていて、結月を抱きしめたのがわかった瞬間、まるで時間が止まったように静かになった。
自分の腕の中に、女の子がいる。
それを実感して、身体は、緊張と同時に動かなくなった。
なぜなら、それまで、女の子を抱きしめたことなんてなかったし、小柄で柔らかい結月の体に触れた瞬間、なんだかすごく"いけないこと"をしている気がしたから。
「ッ……ごめん!」
「……!」
慌てて結月から離れれば、結月は、その場に立ち尽くしたまま、顔を真っ赤にしていた。
心臓は、壊れるんじゃないかってくらいドキドキしていて、身体は、その音に比例して、駆け上がるように熱くなった。
この時、もう既に恋愛感情があったのかは、よく分からない。それを理解するには、まだ少し幼かったから。
だけど、行って欲しくなかった。
結月と離れたくない。
まだ、このままでいたい。
俺をおいて、他の誰かの元になんか、行かないでほしい……っ
「嫌だ……」
「え?」
「婚約者が出来たからって、結月と会えなくなるのは、嫌だ……!」
ハッキリとそう言えば、結月は、とても驚いた顔をしていた。
まるで捨てられる寸前の子供みたいに、情けないくらい声をふるわせる俺をみて、結月は何を思っただろう。
もしかしたら、怖かったのかもしれない。
怯えていたのかもしれない。
また、独りになることに──
なんの目的もなく、誰にも必要とされなく、ただただ『不要な人間』になることに……
「私も……」
「え?」
だけど、結月は、そんな俺に再び近づくと、今一度、俺の身体に抱きついてきた。
「私も……望月くんと会えなくなるのは嫌」
「……っ」
ピタッと体を密着させて、縋るように嫌だといったその言葉に、胸が自然と熱くなった。
憎しみと喜び。
嫌悪と安堵。
様々な感情が駆け巡りながらも、触れた熱に、そこはかとない優しさを感じた。
そして、その後、俺の胸に顔を押し付けて、そっと目をじた結月は
「許嫁なんて……出来なければいいのに……っ」
そう苦しく吐露したあと、目に涙をうかべた。
この時の結月が、俺の事をどう思っていたのかは、今も、まだ知ることはないけど、その仕草から、お互いに『必要な存在』だということが、よく伝わってきて、俺は結月に答えるように、今度は自分から、その小さな体を抱きしめた。
どうか、この時間に終わりが来ないように。
いつまでも、俺のそばにいてくれるように……
そして、それからだと思う。
俺たちは、少しずつ、少しずつ『約束』を増やしていった。
✣✣✣
「ねぇ、また来てくれる?」
何度と交わしたのは『また会いにくる』という約束だった。
「嫌だって言ったら、泣くくせに」
「泣かないよ」
「じゃぁ、来ない」
「……っ」
「ほら、泣きそう」
少しだけ意地悪をすれば、結月は少しむくれた顔をして、俺は謝るついでに、そっと小指を差し出した。
「……なに?」
「指切り、知らない?」
「し、しってるけど……私、指切りとかしたことなくて」
「……そう」
どうやら、初めてらしく、俺は結月の手を掴むと、その指に、強引に自分の指を絡ませた。
まだ少し肌寒い時期、繋がった指先は少しずつ熱を持ち始めて、しっかりと触れ合っているのがわかった。
「顔、赤いけど」
「あ……赤くないわ!」
「赤いよ。俺と指切りするのが、そんなに恥ずかしい?」
「……っ」
顔を赤くする結月は、とても可愛いくと、俺はそんな結月と、指切りを交わしながら
「また、来る……だから、泣くなよ」
「──うん」
他愛もない、約束。それから、俺たちは、別れる度に指切りをした。
また、会おうと──…
そして、結月と交わした約束の中で、一番おかしかった約束が『チョコレートが食べたい』というもの。
「うっ……このチョコレート、硬すぎない?」
猫の飼い主を探す時、何度か、お菓子を持参したことがあって、そして、その時、結月にチョコレートをあげたことがあった。
だけど、結月はそのチョコを食べたあと、まずそうな顔をして、そう言って、少しだけケンカになった。
だけど、驚いたのは、あんなに不味そうに食べていた、あのチョコレートを、また食べたいといいだしたこと。
「前に、まずいって言ってなかったか?」
「うーん……確かに、何度食べても硬いわ。このチョコ」
「物好きだな。不味いチョコが、また食べたいなんて。お嬢様なんだから、いつも高級なチョコ食ってんだろ?」
「そうよ。でもね、有名店の高級チョコより、今はこっちのチョコの方が好きになっちゃったの!」
「はぁ?」
「だって、これは望月くんがくれたチョコレートだもの。食べるとね、とても幸せな気持ちになるの」
「……っ」
一袋100円の安いチョコレートを、俺から貰ったものだから幸せだという結月に、よく心をかき乱された。
嬉しいと、また食べたいと、俺の目を見て笑う結月に、復讐したいと秘めていたあの真っ黒な心が、まるで口の中のチョコレートみたいに、ゆっくりとゆっくりと、溶かされていくように感じた。
そう、結月はまさに、チョコレートのような子だった。
口の中で、いつまでも残って離れない、甘ったるくて中毒性のある女の子。
そして、そんな結月に、俺はもう既に、囚われていたのかもしれない。
結月という存在に、いつしか復讐心が和らいだ頃。
『ヤマユリの花』の話を聞いたのは、ちょうど、そんな頃だった。
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