お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
164 / 289
第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】

復讐と愛執のセレナーデ⑰ ~慟哭~

しおりを挟む

「結月、俺……結月に、話さなきゃいけないことがある」

「え、話……?」

「うん。実は俺……フランスに行くんだ」

「え?」

 その言葉に、結月は大きく目を見開いた。

 言っている意味が、うまく伝わらなかったのか、結月は、それから暫くして

「フランス? 旅行にでも行くの?」

「……違う」

「え? じゃぁ……」

「さっき、名字が変わるっていっただろ。俺、親戚の叔父さんのところに引き取られることになった。だから、養子縁組の手続きがすんだら、日本を離れて、フランスに行くことになる」

「……っ」

 すると、まるで信じられないとでも言うように、結月は目を見開き黙り込んだ。

 少し前に『家族になろう』と話したばかりなのに、こんなにすぐに離れ離れになる話をするなんて、結月の目を見れば見るほど、罪悪感にさいなまれた。

 だけど──

「そう……レオ、日本から、いなくなっちゃうんだ」

 絞り出すように声を発したかと思えば、結月は、その後、ふわりと笑った。

「良かったね」

「え?」

「だって、レオに、新しい家族ができるってことでしょ? なら、とっても喜ばしいことだわ」

「…………」

 そう言うと、結月は、また微笑んだ。

 全く気にしないとでも言うように。
 むしろ、喜んですらいるように。

 だけど、俺は、その言葉に、全く納得できなかった。

「それ、本気で言ってるのか?」

「当たり前じゃない。だって、家族ができるのよ。レオに、また家族が……フランスに行っちゃうのは寂しいけど、とっても素敵なことだわ。だから、私のことは気にしなくていいから、フランスで幸せになってね!」

 その声は、とても晴れやかで、穏やかだった。まるで、それが本心だと言うように。

 でも──

「俺には、嘘つかないで」
「……え?」

 俺は、知ってる。結月が、優しいことを…

 そして、いつも本心を隠して、笑っていることを…

 傷つきながら、苦しみながら、それでも、誰かのために聞き分けのいい子を演じて、結月は、自分を殺して生きてる。

 でも──

「俺の前では、嘘つかなくていい。ちゃんと、本心で話して」

「……っ」

 目を見て、手を握れば、結月は、小さく唇を噛み締めた。

 どうか、俺にだけは、嘘をつかないで欲しい。自分の気持ちを、押し殺さないで欲しい。

 今、笑ってくれたのも、きっと、俺のため。

 俺が、安心してフランスに行けるように。
 心残りなんて、何も残さないように。

 だけど、そんな言葉、俺は全く望んでない。

「ちゃんと、離れたくないって言って」
「っ……なんで……せっかく……っ」

 せっかく、笑顔で送り出そうとしてるのに……そう言っているように聞こえた。

 だけど、しっかり手を握りしめ、目を合わせれば、結月はその後、泣きながら、声を震わせ始めた。

「いや……嫌……行かないで、レオ……っ」

 あふれだした本心は、涙と一緒になって溢れ、結月は、切なく虚しく慟哭《どうこく》する。

 ほんの短い間だったけど、この時間に、俺たちは、安らぎを感じていた。

 そして、それは、簡単に捨てられるようなものではなくて──

「ゴメン……ゴメン、結月……っ」

 だけど、行かないでと泣く結月に、俺は謝ることしか出来なかった。

 ひくひくと涙を流す結月の声が、俺の心に、深く深く突き刺さる。

 どうして、俺は今、子供なんだろう。

 もっと、力があって、賢ければ、結月をつれて逃げることも出来たかもしれない。

 目には自然と涙が滲んで、不甲斐ない自分自身を呪った。

 だけど、泣いていても変わらない。

 嫌だと、喚き散らす子供のままでは、きっと、夢は叶わない。

「結月……聞いて」

 泣き続ける結月を見つめて、俺は静かに問いかけた。

 早くしないと、メイドの白木がやってくる。だけど、これだけは、伝えておきたいと思った。

「大人になったら、一緒に誕生日を祝おう」

「え……?」

「今は無理でも、いつかになって、一緒に暮らして、毎年、誕生日を一緒に祝おう」

「……っ」

 それは、ほんの小さな願い。
 ありきたりで、遠い、未来への約束。

 だけど、結月は

「ムリだよ、そんなの……だって、私……大人になったら……っ」

 わかってる。
 結月の未来は、もう決まっていた。

 どんなに拒んでも、逆らえない。
 何をしても覆らない、絶対的な『鎖』

 結月を自由にするには『檻(屋敷)』を壊すだけじゃダメだった。

 この一族に縛られた、太く頑丈な『鎖』を断ち切らないといけない。

「それに、きっと忘れちゃうわ……っ」
「え?」

 すると、結月は、また泣きながら

「だって、新しい家族ができるのよ、レオに……フランスに行って、家族と過ごしていたら、きっと、私のことなんて、忘れちゃうわ……っ」

 忘れて欲しくない。
 だけど、その距離は、あまりに遠く。

 『いつか』といった俺の言葉は、結月にとって、あっさり消えてしまう幻のようなものだったのかもしれない。

 俺が提示した"曖昧な約束"は、結月を安心させるほどの威力はなく、だけど、それでも離れる決心をしたのは、この気持ちを現実のものにするため。

 結月の『鎖』を断ちきり
 この『想い』を

  『夢』のままで終わらせないため──


「忘れない」

「……っ」

「絶対に俺は、結月を忘れない」

 強く結月を抱きしめると、俺はハッキリとそう言った。

「だから、信じて待ってて……俺は、必ず、またここに帰ってくる。絶対に結月を忘れたりしない。だから、一緒いられる残り三か月の間に、たくさん思い出を作ろう」

「思い、出……?」

「うん。きっと俺は、夏頃フランスに行くと思う。だから、それまでに……」

 ありったけの思い出を、この心と身体に刻み込んでおこう。

 決して、忘れないように。

 いつかまた、この記憶が、二人の運命を繋ぐように……


「っ……レオ」

 その後、結月はまた涙を流し、俺の胸に顔を埋めた。ひたすら泣き続ける結月を、俺はただただ抱きしめながら

「ゴメン……今の俺じゃダメなんだ。結月を守れない。だから、この先たくさん勉強して、大人になって、必ず結月を迎えにいく。だから、どうか」

 ──どうか、俺を信じて待ってて。

 その言葉に、結月は、また涙を泣がしたあと、コクリとうなづいた。

 別れの時は、刻刻と迫っていた。

 日はゆっくりと傾いて、温室の中に影を作る。

 すると、それから暫くして、結月は、泣き腫らした目を抜ぐうと

「明日の、五時に……また屋敷にきて」

「え?」

「温室のテーブルの裏に、箱を隠しておくから、持っていって」

「箱?」

「うん……私、もう行くね。こんな顔でいたら、きっと何あったって思われるから、白木さんが来る前に、部屋に戻る」

「……分かった」

 繋いでいた手が、ゆっくりと離れた。

 名残惜しく思いながらも、その手をきつく握りしめると、俺は、誰にも見つからないように、静かに温室から抜け出した。

 空には、桜が舞っていた。

 それは、いづれ来る『別れの日』を示唆しさするように、ひらりひらりと、空を流れていた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...