お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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第17章 恋人たちの末路

繋がれた鎖

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「あなた方は、本当にそんな人生が、結月にとって幸せだと言えますか?」

 その言葉に、誰もが息を詰めた。

 自分達が仕えたお嬢様のこの先の未来が、あまりにも辛く過酷なものであることに、身が震える思いがした。

 好きでもない相手と結婚をさせられるだけでなく、子供が出来なければ、また別の男に宛てがわれる。

 心と身体をひたすら酷使し、すり減らすだけの人生に、どんな夢や希望があるのだろう。

「お嬢様……っ」

 その先に待つのは、果てしない暗闇だけな気がして、恵美が、涙目になり結月を見つめた。

 そして、その後は、もう誰一人として、レオに反論する者はいなかった。

 レオは、そんな使用人たちを一瞥すると、その後、席から立ち、床に座り込み放心状態になった結月の傍に膝まづいた。

  知らされていなかった事実。
 それも、あまりにも悲惨な未来を告られた。今の結月の心境を思うと、胸が張り裂けそうになる。

 だが、ここまで来たら、もう後には引けない。

 レオは、結月の手を取り、静かに立ち上がらせると、次に、使用人たちに向き直り、改めて頭を下げた。

「これまで、あなた方を欺いていたこと、深くお詫び申し上げます。ですが、結月のことを少しでも大切に思って下さるなら、どうか俺に、彼女を拐うことを許してください」

 真摯に頭を下げ、許しを乞う姿に、4人は息を詰めた。

 言っていることは、決してまともではない。娘を一人、拐うと言っているのだから。

 だけど、その姿には、不思議と胸を打たれた。
 
 彼の誠実さが、否応にも、伝わってくる。この執事は、本気でお嬢様を、この屋敷から連れ出そうとしている。

 この阿須加というしがらみを解いて、お嬢様に繋がれた鎖を、必死の思いで断ち切ろうとしてる。

 だけど、本当に上手くいくのだろうか?

 もし、連れ戻されたりしたら、その先に待つのは──更なる絶望だけ。

「許してって、言われても……っ」

 すると、その姿に困り果てが恵美は

「斎藤さん、斎藤さんも、何か言ってください……!」

 そう言って、斎藤に助けを求めた。

 ずっと黙っていた斎藤は、一度、恵美に目を向けた後、改めて、結月とレオに目を向けた。

 深く頭を下げる執事と、その横で立ち尽くすお嬢様。

 きっと、この二人の未来は、自分のこの言葉で、決まってしまう。

 人の未来を左右する一言。その最後の判断を任されるのは、あまりにもコクだった。

 でも……

「……そうだな。私は、かな」

「嬉しい……?」

 瞬間、斎藤が微笑みつげたことばは、意外なもので、皆は首を傾げた。

「……嬉しいって」

「私は、お嬢様が生まれた時から、ずっとお傍に仕えてきた。お嬢様は、幼い頃とても無邪気でね。よく私に行きたい場所や、やりたいことを、色々話してくれた。だけど、私は、それを叶えてやることができなかった。旦那様からの命令があったから……それに、白木さんが辞めさせられてからは、小さなワガママですら、ぱったり言わなくなってしまってね……だから、また、こうしてワガママを言ってくれたことが、私は嬉しくてね」

「っ……」

 変わらない眼差しで、まるで、父のように暖かな言葉をかけてくれた斎藤に、結月の胸はいっぱいになった。

 駆け落ちをしたいなんて世迷言よまいごとを、まるで可愛いワガママだとでも言うように、嬉しいと言ってくれる。

 やはり、自分の父は、斎藤だけだと思った。例え、血が繋がらなくても、使用人だったとしても……

 だが、それは斎藤も同じだったらしい。斎藤は、優しく結月を見つめると

「お嬢様、今はもう使用人でないから、言えますが、私はあなたを本当の娘のように思っていました。無邪気に笑いかけてくれるのが嬉しくて、微笑ましく思いながらも、あなたの将来を、ずっと案じていました。せめて、優しく清廉な男性が、お嬢様の婚約者になってくれたらと……ですが、その婚約者も、どうやら、そうではないらしい。なら、私は例え向かう先が茨の道でも、お嬢様の気持ちを優先させてあげたい」

「……私の」

「はい。好きな男となら、茨の道もまた変わって見えるかもしれない。それで、五十嵐くん。なにか策はあるのかい?」

 すると、斎藤は、次にレオを見つめた。

「矢野さんの言う通り、駆け落ちなんて簡単なことじゃない。警察が動き出せば、見つかるのは時間の問題。なにより、連れ戻されれば、お嬢様は今以上に監視が厳しくなって、二度と会う事は出来なくなるだろう。だが、君のことだ。なんの策もなく駆け落ちをしようなんて、思ってはいないだろう。もし、お嬢様を救う手立てがあるのなら、どうか、私にも──

「え?」

 手伝う──その言葉に一驚する。

「手伝う……?」

「あぁ、うちのお嬢様は、いい子すぎて、張合いがなくてね。だが、そんなお嬢様のくらい叶えてやりたいだろう。夢は、

「……っ」

 斎藤の言葉は、レオの心に深く深く響いた。

 幼い頃の結月には、たくさんの夢があった。

 だけど、その夢は、成長するにつれ、一つ一つ失われていった。

 親に傷つけられ、涙を流す度に、心を殺し、人形のように生きていた結月。

 だが、そんな結月を見てきたからこそ、斎藤は、結月の夢を叶えたいと言ってくれる。

 お嬢様の
 
 人生をかけたワガママを


 ただ『好きな人と家族になりたい』


 そんな

 普通の女の子らしい夢を……



「私も手伝います!」

 すると、その斎藤を筆頭に、使用人たちが次々と声を上げ始めた。

 恵美は、結月の側まで駆け寄ると

「お嬢様! 餅津木家になんて、絶対に行っちゃダメです!」

「そうだよ! いくらなんでも酷すぎる!! 私も手伝うから、みんなで駆け落ち成功させよう! ねぇ、矢野さん!!」

「え! 私は……っ」

 愛理が詰めよれば、ずっと反対していた矢野もまた、結月を見つめ目を細めた。

 矢野だって、ずっと結月に仕えてきた。

 まるで自分の娘のように、彼女の幸せを願ってきた。

「ッ……私が、お嬢様の幸せを願わないはずがないでしょう!」

「ふふ、だよね~」

 すると、場の雰囲気は、まるで冬が終わりを告げたように温かくなった。

 初めの殺伐とした空気が、嘘のように和らぎ、結月は、そんなみんなの姿を見て、また、目に涙をうかべた。

「ぅう、みんな……っ」

「ちょ、お嬢様、泣かないでくださいよ!」

「ッ……だって」

 恵美が心配し声をかければ、結月の頬にはまた涙がつたった。

 止まるはずがない。
 こんなに、嬉しい涙が……

「ありがとう、みんな……っ」

 泣きながら感謝の言葉を伝えれば、使用人たちは、その後、温かく微笑んだ。

 絶対に、成功させよう。
 大切な大切な、お嬢様のために──…

 そして、そんな彼らの決意を前には、レオもまたその意志を強くする。

 一時は、どうなることかと思った。

 最悪の場合、今夜にでも結月を連れて屋敷を離れるべきかも考えた。

 だが、そうならずにすんだのは、この使用人たちが、本気で結月の幸せを願ってくれたから……

「それで、本当に策はあるんですか?」

 すると、矢野が問いかけてきて、レオは、視線をあげた。

 策──そう言われ、レオは不敵に微笑むと

「はい。ですが、その前に……」


 久しぶりに、使用人たちが集まった屋敷の中は、これまでとは違う空気に包まれていた。

 それはまるで、二人の未来に小さな小さな光が灯されたかのような、そんな優しく晴れやかなものだった。
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