お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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第18章 巫山の夢

目覚めのキス

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 それから数日が経ち、阿須加の屋敷は、普段と変わらぬ朝を迎えていた。

 12月初旬の未明。まだ、日が昇らない時間に、レオは目を覚ました。

 朝の冷気に満ちた使用人専用の別棟は、とても寒く、ベッドから出れば、冷えた空気が肌を刺す。

 だが、寒さには慣れているのか、レオはあっさり起き上がり体温計を手にすると、その後、静かに計測が終わるのを待った。

 暫くして、機械的なアラームが鳴る。

 すると、体温計には『36.2℃』と落ち着いた体温が表示されていた。

(熱、下がったか)

 あれから、レオは体調を整えることに専念した。

 5日間ほど、執事の業務を最小限にし、お嬢様の学校への送り迎えと、別館の呼び出しの対応以外は、自室で休むよう命令された。

 あくまでも、外から見れば、普段と変わらぬまま、屋敷の中にいる間だけ休むようにしたのは、阿須加家の人間だけでなく、自分たちを知る全ての者に、普段と違うを悟らせないため。

 だが、これが上手くいったのも、愛理と恵美が、上手くサポートしてくれたおかげだ。

(体調も万全。計画の再考も整った。あとは──)

 そう、あとは、この計画通りに、ことを進めるだけ。


 その後、ベッドから出たレオは、顔を洗い、軽く髪を整えたあと、着替えを始めた。

 クローゼットの中から、シャツや燕尾服を取り出せば、手際良く袖を通し、瞬く間に着替えを終える。

 今日から、また、執事として正式な業務にあたる。そして、レオが、執事としてこの屋敷で働くのも──あと21日。

 その間、絶対に、誰にも気づかれてはいけない。

「……始めるか」

 白い手袋を付けると、鏡を見つめたレオは、改めて決意する。


 さぁ、始めよう。

 お嬢様を救い出すための


 執事としての、最後の戦いを──



 ✣

 ✣

 ✣


 別棟から本館に移ると、レオは、恵美と愛理と合流し、朝食を摂った。

 朝食の合間に、数日、屋敷の業務を任せてしまったことを謝り感謝すれば、二人は体調が落ち着いたレオをみて、素直に喜んでいた。

 そして、朝食を終えたあとは、ミーティングをすませ、各々持ち場へと戻る。

 シェフの愛理は、ランチの仕込みに取り掛かり、恵美は洗濯などの家事に勤しむ。

 そして、執事であるレオは、日の昇った午前6時。お嬢様の部屋に向かい、モーニングティーの準備をする。

 ──コンコンコン。

 だが、いつも通り、お嬢様の部屋の扉を叩くが、結月は一向に返事をせず。

「……?」

 軽く首を傾げ、今一度、扉を鳴らし『お嬢様』と声をかけた。

 レオが、身の回りの世話をするようになってから、この時間には、しっかり制服に着替え、待っている結月。だが、今日は、そうではないらしい。

(まだ、寝てるのか?)

 ガチャ──と静かに扉を開けると、レオは、まだ薄暗い部屋の中を見回した。

 すると、天蓋付きの大きなベッドの中で、レオの愛しいお姫様が眠っていた。

 あどけない表情で、布団にくるまり丸くなる姿は、何度見ても飽きない。

 それに、ここ数日は、体を休めろとの命令が下されていたため、お嬢様のお世話は、メイドの恵美に任せていた。

 だからか、こうして結月を起こしに来るのは、レオにとっても数日ぶりだった。

 コツ──と、靴の音を響かせると、レオは静かに結月の元に歩みよった。天蓋から垂れるレースのカーテンを開け、あっさり中へ入る。

 冬の朝は、とても冷える。

 だが、使用人用の部屋とは違い、お嬢様の部屋は、常に快適な温度に保たれていた。暑すぎず、寒すぎず、お嬢様が、決して寝苦しくないように──…

(……相変わらず、無防備だな)

 ベッドの上に腰掛け、眠る結月をみつめれば、レオは、屋敷に来たばかりの頃、こうして無防備に眠る結月の額に、そっと口付けたのを思い出した。

 結月が、記憶喪失になったと知った、あの日。

 夢にうなされていた結月に、レオは『大丈夫だ』と声をかけた。

 まるで、助けを求めるように、自分の裾を掴む結月は、あまりに弱々しく、今、思えば、結月は、あの頃から、ずっと叫んでいたのかもしれない。

 助けて──と、記憶の底から、呼びかけていたのかもしれない。


「お嬢様、朝ですよ」

 静かに眠る結月は、思いのほか眠りが深いようで、レオが呼びかけても、起きる兆しがなかった。

 白い肌に、長い睫毛がかかる姿が愛らしく、だが、シーツの上に散らばる艶やかな黒髪は、それとは対照的に大人の色気を醸し出していた。

 8年で、大人になった愛しい人は、こうして執事としてやってきても、あっさりその仮面を外させてしまう。

 紳士的な執事から、ただの男に変えてしまう。

「結月──」

 名前を呼んで、頬に触れた。だが、それでも反応のない結月に、レオの悪戯心は、更に高まった。

 執事の証でもある白い手袋を片手だけ取り去り、ベッドの上に置くと、その陶磁器のような柔肌に、直接、指を這わせる。

 始めは頬に、そこからゆっくりと首筋を伝い、その指先は、下へ下へとむかっていく。

「ん……」

 すると、胸元にたどり着く寸前、結月が擽ったそうに甘めの声を上げた。だが、その後も結月は、目を覚まそうとはせず

(まだ、起きないのか……)

 一体、どこまですれば、目を覚ますのだろう?

 そんな探究心も勿論あったが、これ以上時間をかけると、学校に遅刻させてしまう。

 そう思うと、レオは仕方ないとばかりにイタズラを中断し、その後、ゆっくりと身をかがめ、眠る結月に唇に優しく口付けた。

 前に口付けた時は額に。
 だが、今回は、なんの迷いもなく唇に。

 まるで眠り姫に、目覚めのキスを落とすように、優しく唇を合わせれば、それから暫くして、ゆっくりと結月が目を覚ました。

 瞼があがり、まどろみの中、結月がレオを見つめる。すると、レオは、そんな結月を見つめ、綺麗に微笑んだ。

「おはようございます、お嬢様。お目覚めのキスは、如何ですか?」

「!?」

 すると、そう言葉を落とした瞬間、結月がパチッと目を開けた。
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